簪とのありふれた日常とその周辺   作:シート

80 / 127
暑熱と汗と簪と

「熱い……」

 

 俺を背もたれにして背中合わせに座って読書をしている簪がぽつりとまた言った。

 今日何度目も聞かされる言葉。

 正直聞き飽きたが、言いたくもなるのも分かる。今夜はそれほどまでに暑い。

 

 夏が段々と近づいてきて、暦の上ではもう初夏だからなんだろうか。

 日中の照りつける暑さとは違い、夜の暑さはむわっとした蒸し暑さで嫌になる。

 服以外にもそろそろ夏用の寝具一式や扇風機、クーラーを部屋にも用意しなければいけないな。

 

「だね……でも、寒い夜もあるし……今暑くても深夜から朝にかけは一気に冷える。めんどくさい季節」

 

 けだるくぼやく簪に苦笑いで同意する。

 寒暖差が大きい今日この頃、暑いからといって暑さ対策している時に限って寒くなって冷えたりと調節がいろいろと大変だ。

  この暑さだともうタオルケット一枚でもいい気はするが、これから段々と冷え込んでいくと思うとその辺の加減がだるいな。

 

「……熱い」

 

 再び簪が言った。

 そんなに熱いなら離れればいいのものを……。

 

「ん、そうだね」

 

 曖昧な返事をして、簪は離れた。

 かと思ったが、今度は背後から抱きしめてきた。

 何やってんだ。熱いから離れてほしい。

 

「なら、振りほどいたらいい……」

 

 俺がそうしないと分かって言っているだろ。

 

「うん……」

 

 頷いて簪は更に後ろからぎゅっと抱きついてくる。

 すると、当然密着度は上がる。

 背中には押し当てられた柔らかな胸の感触が感じられ、簪の体温がよく分かる。

 おまけに吐息まで伝わってくるのだからむず痒い。

 こうしてくっついているのは暖かいと言えなくもないのだが、やっぱり普通に熱い。

 

「うん、熱い熱い……ふふっ」

 

 楽しそうだな。

 

「ん、楽しい……あなたは、楽しくない?」

 

 そう聞かれると何だか変な感じだ。

 楽しいってのとはちょっと違う。

 あえて言うなら、嬉しいって感じが一番あっている。

 

「嬉しい、か……そうだね、私も嬉しい」

 

 耳元で嬉しそうに笑って簪は抱きつく力を強めた。

 

 そして、そのままの状態で読書をまた始めた。

 後ろから抱きついてきてる簪は横から顔を覗かせ、一緒になって読んでいる。

 しばらくそうやってくっついていたが、流石にこのむわっとした暑さの中でくっついていれば、互いの体温が合わさって新たな暑さを感じさせられる。

 いつしか背中や額にはじんわりと汗が滲み出ているのを感じた。

 

「本当……汗出るね」

 

 と言うだけで離れようとしない。よっぽどだ。

 だが、流石にそろそろ離れないとどんどん汗が出てくる。首筋の汗が滴り落ちるのが分かる。

 これは後で風呂に入ってさっぱりしたほうがいいかもしれない。

 なんてことをぼんやり考えていると、簪が静かにしていることに気がつく。

 

「……」

 

 というよりも、首筋に視線を感じた。

 どうしたんだ。様子が気になり、振り向こうとした瞬間だった。

 

「ぺろぺろ」

 

 生暖かいぬるっとした感触を首筋に感じた。

 正体はすぐに分かった。これは舌だ。舌で汗を舐め取るように首筋を舐められている。

 しかし、突然のことに体がぞわっとして、恥ずかしいことに妙に甲高い変な声まで出てしまった。

 

「ひゃって……凄い声」

 

 そんなこと言われてもだな。普通こんなことさされば声出るだろ。

 確かに凄い声ではあるけどもだ。

 というか、簪は何で突然こんなことを……。

 

「んー……何となく……」

 

 とぼけられても困る。

 綺麗なものではないし、やめた方がいいと思うが。

 

「大丈夫……あなたのなら汚くない」

 

 断言されてしまった。しかし、そうは言ってもだな……。

 再度抗議しようとしたが、それよりも先に簪はまた首筋を舐めるものだから、堪えようとしても変な声がどうしても出てしまう。

 

「ふふっ、いい声……んっ、ぺろぺろ」

 

 完全におもしろがってる。

 抵抗しようにもマウントを取られているせいか上手くいかず、絶妙な加減でこう何度も首筋を舐められるのはなれないくすぐったさを感じて、たまらず変な声を出してしまう。

 するとますます簪を喜ばせて、また舐めてくる。この繰り返し。

 嬉しそうに簪は舐めているが、そんなにいいものなんだろうか。

 

「うん……何だか病み付きになる。後、ちょっと美味しい、かも……」

 

 なんだそれ。

 ああ、最近愛しの彼女が変態になっていく。

 ……いや、簪が変態なのは昔からだったな。

 

「むぅっ……がぶっ」

 

 簪さんや。何で噛み付くんだ。

 甘噛みの範囲ではあるけど、わりと痛い。

 

「絶対、今失礼なこと考えてたの分かったもん……」

 

 不服そうな声。

 人の心を読まないでほしい。

 いや、俺が分かりやす過ぎるんだろうか。

 

「今のただの勘。でも、その気になればあなたの考えなんて大体分かるんだから……ほら、反省」

 

 はい……反省した様子を見せてみた。

 

「よろしい……あっ、歯形ついちゃった。ごめんね」

 

 謝りながら簪は今しがた甘噛したところをチロチロと舐める。

 よほど舐めるのが気に入ったらしい。

 むわっとした暑さ、汗ばむ簪の体温を感じながらも離れることもなく大人しくされるがままになる。

 もう諦めたから今更やめろとは言わないが、こう舐められているとくすぐったさを通り越して変な気分だ。もどかしくて、じれったい。

 ……我慢の限界だ。ここは仕返しの一つでもしてやろう。

 

 バタンという音が部屋に響いた。

 そして、訪れる攻守逆転。

 簪を押し倒す形で今度は俺がマウントを取っていた。

 

「……」

 

 簪に驚いた様子はない。

 むしろ、俺がこうしてくると狙っていたようだった。

 こちらを見る簪の瞳が期待と情欲できらきらと潤んでいるのがその何よりもだ。

 上手く誘われたな、これ。

 

 ふと簪の様子を見てみると、暑さで火照った様に頬は赤く染まり、額に前髪が汗で張り付いている。

 それが何処か気持ち悪そうに見え、指で取って楽にしてあげた。

 

「ん、ありがとう……」

 

 嬉しそうに言って少しはすっきりとした様子になってくれたが、それでもまだ気持ち悪そうだ。

 簪はまだ汗凄いからな。

 まあ、あれだけべったりくっついていれば当然。かく言う俺も同じくらい汗をかいている。 

 おかげで……と言うべきなのか、汗で香り立ち簪のいい匂いが鼻先を擽って何だか心地いい。

 

「や……もう、そんなくんくんしないで」

 

 そうは言うものの体を軽く捩じらす以外、嫌がる様子は勿論、抵抗すらしない。

 好きにさせてくれるということだろう。

 喉に滴る一筋の汗を舐めとった。

 

「ひゃっ」

 

 体をビクッと震わせ、可愛らしい悲鳴めいた声をあげていた。

 凄い声。続けざまにまた何度か舐めてみる。

 するとまた、おもしろいぐらいいい声で鳴いてくれる。

 

「むぅ……さっきの仕返しのつもり? 綺麗なものじゃないし、舐めない方がいいよ」

 

 言うと思っていたから、さっき簪が俺に言った言葉をそっくりそのまま返す。

 簪のなら汚くなんかない。

 それにさっき散々やられたんだ。このぐらいは許されるだろう。相変わらず抵抗されてないわけだし。

 

「ひゃぁ、んんっ……。もう……ね、近くに」

 

 下から抱き寄せられる。

 腕に引かれるまま額と額をくっつけた。

 本当にすぐ目の前には簪がいて、感じるお互いの熱い吐息に誘われるように。

 

「ちゅっ……んっ……ふふっ、んっちゅ、はぁうっ……ん、ちゅぅっ……んちゅっ……」

 

 唇を甘噛みしつつ唇と唇が軽く何度も触れ合わせる。

 時には愛の言葉もしっかり交わす。

 

 キスは唇を触れ合わすだけではない。キスするようにスリスリと鼻と鼻をあわせ愛を確かめ合う。

 そうしていると何ともくすぐったくて幸せだけど、密着していることで生まれる暑さと二人で作った熱で汗が滴る。

 暑い……おかげで体が火照る。

 

「うん、暑い……でも、幸せ……あなたともっとこの暑さを、熱を感じてたい」

 

 滴る汗が混ざり合うように一つになりながら、二人の熱は更なる激しさを魅せていくのだった。

 





今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません

それでは

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。