「……ふふん~……ふんふふ~……」
俺を背もたれにして両足の間に座っている簪が、珍しく鼻歌を歌っている。
えらく上機嫌。実に楽しそうだ。
それこそは別に構いはしないのだけど、何と言うか……。
「あ……ごめんなさい。テレビ見てる邪魔、してるよね……」
それは別に気にしなくてもいい。謝るようなことでもない。
今俺の部屋で二人一緒にテレビ、撮り溜まっている日曜朝8時の特撮番組を一緒に見ているのだが、簪はテレビよりも別のことにご執心の様子。それはそんなに楽しいんだろうか。
というか、テレビ見るの止めるか。
「いいよ、そこまでしなくて。私も見たいし、ちゃんと見てるから……」
そう言いはするもののいまだ片手間遊んでいる簪を見て、つい何となく疑ってしまった。
「本当。だってほら、このシーンなんだけど」
巻き戻してつい先ほど見たシーンについて語り始める簪。
しまった。簪のスイッチを変に入れてしまったみたいだ。
「と、私は思う」
な、なるほど……あまりの力説っぷりに思わず関心してしまった。
一緒に見ている俺よりもちゃんと見ていた。むしろ、何となく見ていた俺の方が申し訳なくなった。
流石というべきか、簪の話は深くておもしろい。高々一話でこれほどまで話せるのはやっぱり特撮とかが好きだからなんだろう。めちゃくちゃ饒舌だった。その分、10分近くマシンガントークされていたわけだが。
そして話してる間も簪は俺の手を握っては、指でずっと遊んでいた。
俺がずっと気にしていたことがこれだ。
一通り見終わった今も楽しそうに簪は指を弄って遊んでいる。何がそれほどまで楽しいのか俺にはさっぱりだ。
「ん、そうだね……一番は好きな人の手だからこうしているだけでも凄く楽しい」
そう言われても自分の手をそんな風に思えない。
俺が簪の髪を触っていると楽しいみたいなものなんだろうか。
「そんな感じかな……。あなたは握られるのは……嫌?」
何処か不安げに簪が見つめてくる。
嫌なんてことはない。しかし、こう握られてはくすぐったくて仕方ない。
「ふふっ、よかった」
安堵の表情を浮かべてまた簪はぎゅっとぎゅっと握る。
やはり、俺の手を触るのがそこまで楽しいのか分からない。
女子の手みたいに柔らかいわけでもなければ、すべすべとしているわけでもない。
男らしく無骨と言えばいいのか、ゴツゴツしている。オマケに日々のトレーニングなどで出来た血豆の跡や小さな傷だらけだ。
「分かってない。このゴツゴツしてるのがいい。男らしくて綺麗で素敵」
手を握っていた簪は俺に手を開かせて、厚みを確かめるように触ってみたり、骨や浮き出る血管を撫でる。やはりと言うべきか、くすぐったい。
次第に簪は、俺の手の平にある血豆の跡や傷の跡を優しく、愛しむかのように撫でてくれる。
「傷だってそう。あなたの頑張ってる大事な証拠。私、好きだよ」
思わず、ドキッとしてしまった。
今は二人っきりだからなのか、普段恥ずかしがり屋な癖して簪は時々こんな風に恥ずかしい台詞を恥ずかしげもなく平気で言ってくる。だから、普通に照れてしまった。
「あ……ふふ、照れてる、ね」
案の定簪に微笑まれてからかわれている。
よしてくれ。そう言うかのように俺は無表情、無言を貫き照れ隠した。もっとも、簪の前では意味のないことだが、これは条件反射のようなもの。男が照れ顔だなんて見せられないからな。
だけど、簪に手を褒めてもらって純粋に嬉しい。むしろ、何だか誇らしい。
トレーニングを続けてよかった。これからも続けていこうと強く思える。
「本当、手おっきいね」
簪が俺の手と自分の手を合わせながら、関心した様子で言った。
当然だろ、それは。男なんだから。
「もう……そういうことが言いたいんじゃないの」
言って簪は、俺の手を取って自分の頬へと当てた。
「……この手がどんな時でも私に勇気をくれる。私を愛してくれる。考え深い……こうやってると、何だか幸せ」
振り向き様に顔を見せてくれた簪は、うっとりと心底幸せそうな顔をしている。
手の平から伝わってくる柔らかな頬の感触。
すべすべしているのにモチモチともしていて気持ちいい。
触れれば触れるほど可愛くて愛しいという思いが増していく。
流れ的にとは言え、こうして遠慮なく頬に触れさせてくれるのは嬉しい。
何だか今簪が可愛くて仕方ない。
心地よい重みや温度が逃げていかないように、いまだ俺を背もたれにして両足の間にいる簪を抱き寄せた。
「ふふっ」
くすぐったそうに笑う簪。
その時ふと、簪の手が目についた。
俺の手が大きいというのなら、簪の手は小さい。細く、小さく、繊細な女性らしい手。しっかりと手入れがされていてとても綺麗だ。
感じる手の温かみからは簪の日々が頑張りがこれほどかと伝わってくる。強い手だ。
簪は俺の手を好きだと言ってくれたが、俺もまたそんな簪の手が大好きだ。
尊敬と愛情を示すように俺は、簪の手を取って手の甲にそっとキスをした。
「あ、ぅう……」
聞こえたのはそんな言葉にもならない小さな声。
俯くばかりで簪の表情は伺えない。
このままの状態でしばしの間無言になる。二人っきりとは言え、これはいくらなんでもやりすぎたか。そうならば、申し訳ないことをした。
「ち、違うっ……急に凄いことしてくるんだもん。ビックリ、した」
先ほどまで触れていた頬が恥ずかしそうに赤く染めている。
ああ、なるほど。何だこれは照れているだけなのか。よかったと安心したが。
「よくない。私は今も……ドキドキ、してるんだから……心臓に悪い。あなたって、本当恥ずかしくなるようなこと平気でするよね」
そうは言うが簪は、少し声が弾んでいて何処か嬉しそうだ。満更でもない様子。
恥ずかしいことをしている自覚はある。これでは一夏をタラシだのなんだのとは言えない。
でもだからと言って一夏のように平気な訳じゃない。恥ずかしさはもちろんあるが、今は二人っきり。人目を気にする必要なんてどこにもない。
だからこそ言える事でもあって、こんな時ぐらい愛する女への愛を惜しむ気もまたない。
「もうっ、ばかっ……」
言葉とは裏腹に手を握る簪。
「ねぇ……」
名を呼ばれ、視線を簪へと向ければ。
「んっ……」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
簪の唇が、俺の唇に触れた。そのことを次第に理解して、呆気に取られた。
どうしてまた。
「手だけじゃ物足らなかったのと……後は、さっきのお返し」
悪戯っぽく笑う簪。
やられた。そう俺は笑うしかなかった。
だけど、やられたままというのは少しばかり癪だ。そこで俺からも簪へと口付ける。キスの報復だ。
「ん……。……むぅっ」
口づけて、唇を離すと目の前には簪のむっとした顔。
すると、また簪に口付けられる。そしてまた悔しいから俺からも口づけを返す。
子供じみたやり取りだが、こんなやり取りが只々幸せだ。
今だ手は恋人繋ぎで握り合ったまま寄り添いあう。
触れ合う手から感じる温もり。目があって二人で交わす微笑み。たったそれだけで言葉が必要ないほどの想いを伝え合う。
そんなありふれた、でも確かな幸せで満たされた贅沢な一時。
「愛してるよ、あなた」
…
今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません
それでは