簪とのありふれた日常とその周辺   作:シート

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頑張り屋さんな簪

 厳しい残暑が続く秋。

 まだ残る夏の暑さを感じながら俺達は、二学期を迎えた。

 二年目になる今学期も普段の生活特にこれといった大きな変化はない。学校行事が多い為、相変わらず忙しい日々を送っている。

 いや、一つ訂正すべき事が……というよりかは、付け加えた方がいいことがあった。

 大々的に取り上げるほど大きな変化ではないが、小さくそして素晴らしい変化はある。

 

 二学期ともなれば、流石の新一年生も学園の生活に慣れてくる。

 そうなれば、交友関係はもちろん、先輩後輩関係も築かれていくというもの。

 後輩である一年生から慕われる同級生は多くいた。特に俺達の世代は例年と比べて、代表候補生ないし専用機持ちが例年と比べて多い。

 それ故に、代表候補ないし専用機持ちであるオルコットや凰達は、非常に多くの後輩達に慕われている。一部では、ドラマや漫画などでしかないと思っていた『御姉様』呼びして、何というか熱烈な想いで慕っている後輩達の姿もちらほらいるほどに。

 

 それは最愛の彼女である簪もだった。

 

「更識先輩、先ほどの実技の授業見学させてもらいましたが凄い勉強なりました! 素敵です!」

 

「う、うん……ありがとう」

 

「先輩! いつかでいいので、ISの実技ぜひ見てください!」

 

「あっ、私もお願いしま~す!」

 

「えっ? あっ、えっと……その内、ね」

 

「やった~!」

 

 渡り廊下で数人の一年生達に話しかけられている簪。

 流石に『御姉様』呼びされるほどのアレな慕われ方はされてない様だが、それでもかなり人気だ。

 楽しそうに話しかけてくる一年生に、簪は困った様子ながらも簪なりに一生懸命応じている。和気藹々とした雰囲気を感じなくはない。

 そんな簪の頑張っている姿を少し離れたところで見ているが何だかこの光景を見ていると、軽いデジャヴを感じる。俺も傍から見るとこんな感じだったんだろうか。

 しかし、あの簪がこんな風に後輩に慕われているとは。しみじみ感心してしまう。

 

「あっ~もしかして~」

 

「お前寂しいのか?」

 

 何所からともなく沸いて出てきた本音と一夏。

 何でそうなるんだ。俺は、そんな顔してるのだろうか。

 というか、二人揃ってニヤニヤと微笑ましそうな視線を向けるな。

 

「ニヤニヤ~」

 

 二人揃ってわざっとらしく言葉にして言うのもやめろ。

 まったくなんなんだ、こいつらは。

 

「でもさぁ~本当は寂しいんじゃないの~?」

 

 いつものふわふわとした口調の本音にそう問いかけられる。

 

 そんな訳ないだろとすぐさま否定しようとしたが本当のところはどうなんだろうと、ふと考えてみる。

 微塵も寂しくないと言えば、嘘になるかもしれないが、そもそもこれは寂しいとか寂しくないとか言う問題ではないだろ。

 沢山の後輩に慕われている簪を見ていると、寂しいというよりかは嬉しい気持ちになる。それは簪が頑張っているのが分かるからだ。

 昔、いや元々簪はこんな風にたくさんの人達とは勿論、歳の違う人達と接するのは苦手としているはずだ。嫌っているまでありうる。それは今も変らないだろう。

 だがしかし、今の簪はそれを克服しようと、今までの自分から変ろうと自ら一生懸命頑張っている。その成果が同級生との関係だったり、今の様に簪を慕う後輩達だったりする。

 頑張る簪の姿はやはり見ていて嬉しいものであり、応援している。むしろ、尊敬すらしている。そして、愛おしい姿でもあるのだ。

 自分もまだ後輩達と接するのは異性なだけに苦手だが、簪を見習って克服していかなければならないなと素直に思わさせてくれる。

 

「うわっ、からかったのに真剣に考えられた上に何だか、惚気られちゃったよ」

 

「本当、生真面目だな。お前」

 

 二人揃ってやれやれといった顔をしている。

 本音も一夏も好き放題言いたい放題言ってくる。

 特に本音。うわって酷い言われようだ。

 何と言われ様がこれが本心。他に言うことは見当たらない。

 

 一夏は兎も角。

 

「おい、何でだよ」

 

 そう言う本音は、どうなんだろうか。

 

「私~? 寂しいよ。というか、すっごく寂しい」

 

 本当に本音は寂しそうに即答したのだった。

 本音がそんな風に言うなんて、何というか意外だ。

 知る限り、普段はそんな風に寂しそうにしないからな、本音は。

 

「そりゃ、ね。あっ、当然だけど、かんちゃんのああいう様子見れるのは嬉しいことだよ。かんちゃんが頑張ってる証拠みたいなものだからね。もちろん、私も応援してる。でも、頑張るかんちゃんは凄すぎて離れていくのを感じるというか。もう、私が昔みたいに何から何までもう気にかける必要は本当になくなったんだな~って。……例えるなら、娘の巣立ちを寂しがる親みたいな感じかな~」

 

 と冗談めかしに本音は言った。妙な例えだが、この例えのおかげで本音の寂しさを少しぐらいは理解できた気がする。

 本音は、俺よりも簪との付き合い、一緒に過ごした時間は長い。

 だからこそ、本音の場合は嬉しさよりも寂しさのほうが勝ったのだろう。

 

「寂しいからって出来ることは少ないけどね。頑張るかんちゃんを影ながら応援するのと、かんちゃんが頑張りすぎないようにフォローするぐらい」

 

 その通りだ。出来ることなんて、本当にそれぐらい。

 出来ることを精一杯してあげたい。

 それに簪は頑張り始めると、結構無理するからな。

 

「そうだね~かんちゃんのこと、よろしく頼むよ。彼氏君」

 

 言われなくてもと俺は頷いた。

 

 

 

 

 夕食時。寮の食堂は今日、いつもより空いていた為、早く晩御飯を食べることが出来た。一緒に食べたメンバーはいつもの四人。

今晩も絶品だった料理に満足しながら、食後のお茶を啜りまったりする。

 

「風呂入ったらどうするかな」

 

 目の前の席にいる一夏がぼやく。

 晩御飯を食べたら、使用終了時間までに風呂を済ませていれば、基本自由。流石に学園の外には出かけられないが、寮生の自由に過していいことになっている。友達の部屋に行くのもいいし、自室で一人ゴロゴロするのもいいし、今日はもう早めに寝てもいい。

 一般的な寮生活なら自習時間にあたるらしいが、IS学園は校風が自由な為、好きにしてもいいのはありがたい。

 俺もどうするかとぼんやりと考える。

 

「お風呂済ませたら、おりむー(一夏)の部屋に行くね~」

 

「OK。分かった」

 

 一夏達は今晩も一緒に過ごすようだ。まあ、いつも通りだな。

 俺も人のことを言えない。

 簪も部屋に来るかと隣の席にいる簪に聞いてみたが、返事はない。上の空と言うよりかは、スマホを弄っていたせいからか、耳に届いてなかったみたいだった。

 誘いの言葉をもう一度声をかけてみた。

 

「え? あ……その、今夜もちょっと……用事があって、ごめんなさい」

 

 簪は申し訳なさそうにしていた。

 

「振られたな」

 

「振られた~」

 

 からかってくる一夏と本音の外野二人。

 楽しそうに、まったく飽きないな。早く部屋に行ってろよ。俺はお茶を啜りながら二人に飽きれるばかり。

 そんなんじゃない。今夜も、という簪の言葉でああもしかしてとすぐに思い当たった。

 

「うん。今夜も後輩の子に勉強見てほしいってお願いされてて……時間あるから引き受けた」

 

 毎晩ではないがここ最近、簪はよく後輩の子達の勉強も見てあげている。

 俺もたまにお願いされて見ることはあるが、最近は簪がひっぱりだこ。これも簪の後輩との交流。

 簪は、何だかんだ面倒見がいい。簪が慕われるのは専用機持ち、代表候補だからってのも大きいのだろうが、実のところはこういう面倒見のいいところが慕われる最もな理由なんだろうと思う。

 おそらくさっきスマホを弄っていたのは、その後輩達に連絡とかを取っていたのだと理解した。

 

「……行ってもいい?」

 

 今夜も簪は、俺にそう聞いてくる。

 いいも何も簪がお願いされているのだから、行ってきたらいい。俺のことは気にする必要はない。

 部屋に来てもらっても特にこれといってすることはない。いつも通り、二人で勉強するか、まったりするぐらい。後輩達の勉強を見てあげるほうが、よっぽど有意義な時間の使い方だ。

 

 さて今夜はもう一夏で遊べないし、一人でなにするかなと考えていれば、簪はちょいちょいと掴んだ服を引っ張る。

 どうしたものかと振り向くと、簪がじっと見つめてきていた。

 

「……」

 

 無言で俺の目を見つめてくる簪。

 何か探ってる様子みたいだったが、簪は何も言わないから何がしたいのか今一はっきりしない。

 ただ目を逸らすことは許していないようで、若干呆気に取られながら見つめ返していると、簪は少し残念がる瞳の色を写した後、ようやく睨めっこから解放してくれた。

 

「ん……分かった。じゃあ、もう行くね」

 

 簪は食べ終わった食器を持って、席を立つ。

 その様子を俺達三人は見送る。

 簪は、何か言いたかったんだろうか。流石にいろいろ足りなすぎて、疑問が募るばかり。

 いっそ、断られたのを残念がりでもすればよかったんだろうか。

 

「いや、案外そうかもしれないぜ」

 

おりむー(一夏)、鋭いね~」

 

 いや、まさかな……そう思うことしか出来なかった。

 

 

 

 

 机に向かい、黙々と書類整理をしていく。

 ペースは順調だ。これならあと少しで終えられる。

 邪魔さえなければの話だが。

 

「暇ね~」

 

 退屈そうな声が目の前の席から聞こえてくる。

 その声の主は楯無さんだった。

 構ったら最後、作業の進みが悪くなるので適当に聞き流す。相手してられない。

 あしらわれた事を当然、楯無さんも分かっているようだが、気にした様子はなく更に絡んでくる。

 

「暇ー遊びましょうよー」

 

 甘ったるい声で甘えてくるかのように言ってくる楯無さん。オマケに前の席にいたのに、椅子を持ってきて隣に座ってくる。

 しかし、構うことなく黙々と作業を続ける。楯無さんは暇かもしれないが、俺にはやるべきことがある。暇じゃないのは見て分かるだろうが、楯無さんはそんなこと気にする人ではない。

 証拠に肩と肩をぴったりとくっつけて来てよりそってくる。邪魔なことこの上ないが、それでも構うことはない。ここで構ったら相手の思う壺だ。

 

「む~! つまんない。一夏君ならいい反応してくれるのに」

 

 一夏と比べられても困る。

 というか、一夏にもいい迷惑だからしないであげてほしい。

 

 そんなに暇ならこんなところで油を売らずに、友達と過すなり、勉強してたほうがいいだろ。

 というか、勉強しろよ。本当に暇でいいのか受験生。他の三年生の先輩達は忙しそうにしているのに。

 

「勉強しろって本当、生真面目ね。友達は皆揃って勉強してるから暇なのよ。私は推薦入試だから大丈夫だけど。それに今更、勉強しても知れてるわ」

 

 世の受験生が聞いたら、絶対怒られる。

 勉強は続けていくことに意味があるもので、こうして時間を無駄にして足元すくわれないといいが。

 

「ということで姉弟の仲を深めましょう。お仕事で疲れてない? お姉ちゃんに沢山甘えてもいいのよ? 二人っきりなのだから、照れ屋な弟君も安心よ」

 

 何が安心なんだろうか。不安しかない。

 嫌だな、この人と同じ部屋にいるの。何されるのか分かったものじゃない。

 誰か戻ってきてほしい。

 

「ふふっ、嫌そうな顔して可愛い。私に媚びず靡かないところ好きよ。愛してるわ」

 

 はいはいと聞き流す。

 何というか、楽しそうで何よりだ。

 適当に楯無さんをあしらい続けながらも手は止めず作業は続ける。

 

「でも、今日は本当に誰もいないのね。一夏君と本音はまた二人で遊んでイチャラブ?」

 

 何を言っているのかよく分からないが、別に二人は遊んでいるわけじゃない。

 生徒会と生徒会長を引退した楯無さんの後を継いで新生徒会長になった一夏と、その補佐として副会長になった本音の二人は、今別件の仕事を済ませているはず。

 まあ、仕事を済ませて問題さえ起さなければ、二人が遊んでいようが何してようがそれは本人達の責任。どうでもよくはないが、どうでもいい。

 

「そうなの。簪ちゃんは?」

 

 簪も別件でいない。

 おそらく、後輩の面倒見てるか、整備室で作業しているかのどっちかだろう。

 他も大体そんな感じで今日はいない。いつも賑やかな生徒会室は一応静かで作業しやすい。

 

 ちなみにだがこの様に俺も簪も生徒会に所属している。

 役職は簪が書記で、自分が虚先輩の後を継いで会計である。

 

「なるほど。べったりなのは一夏君達だけってことね。でも、いいの? 簪ちゃん放っておいて」

 

 何も別に放っておいているわけではないんだが。

 別行動が多いのも今に始まったことじゃないし。それはこの人も知っているはずだ。

 楯無さんは何を言いたいんだろうか。

 

「ほら最近、簪ちゃんの後輩人気凄いから寂しくないのかなって」

 

 楯無さん知っていたのか。まあ、妹大好きな人だから知っていて当然ではある。

 しかしまた、それか。本音にも言われたな、それ。

 

「本音が? あの子の方が寂しがっていそうなのに」

 

 楯無さんには本音のことはお見通しだった。

 よく分かったな。驚いた。流石と言うべきなんだろか、この場合は。

 

「付き合い長いからね。私と本音も」

 

 言われて納得した。

 それもそうだ。簪と本音が幼馴染なら、楯無さんとも幼馴染ということになる。

 ああいうのは付き合いが長いと分かるものだろうし。

 

 そう言う楯無さんは、寂しかったりするのだろうか。

 

「寂しいか……うーん、寂しいと聞かれれば寂しいけど、寂しいと言うよりかはへぇ~そうなんだって感じのほうが強いわね。当然、嬉しい事で姉として誇らしいけど」

 

 てっきり、楯無さんのことだから大げさなぐらい寂しがったり、嬉しがるものだと思っていた。

 しかし、今実際に聞けば楯無さんから出た言葉はそっけなさを感じるものだった。

 

「今更、簪ちゃんの成長一つでそんな大げさに寂しがったりしてられないわよ。姉離れはとっくの昔にされているわけだし、私も妹離れしなくちゃ。ね、弟君」

 

 その通りなのかもしれない。

 ただ、その意味深な視線を向けるのはやめてほしい。

 

「でも、あの簪ちゃんが後輩にモテモテだなんて意外よね。まあ、それだけ簪ちゃんが頑張ってるってことなんだろうけど。だからこそ、放っておいていいの?」

 

 その話題はさっき終わったものだと思っていたのにまた蒸し返してくる。

 反論したり、それについて何か言うのすらめんどくさくなってきた。

 

「そんなこと言ってると後輩に簪ちゃん取られるわよ」

 

 飽きれて何も言うどころか、思いも出来なかった。

 言うことかいてそれか。馬鹿らしい。

 

「馬鹿なのは弟君よ。IS学園は女子校なのよ。同性を好きになることなんてよくあるわ。出来る優しい良い先輩ってそれだけで魅力的なのだから」

 

 言ってることは分かるには分かる。

 出来る優しい良い先輩ってそれだけで魅力的だ。卒業した虚先輩とかがそうであるように。

 好きなったとしても、それは先輩を慕う後輩としての親愛的なもの。

 楯無さんが指して言っているのは別のことで、いくらなんでもそれは言い過ぎなのでは

 それにIS学園でなくても、普通の学校や共学でもそういうことはあるにはあることみたいだし。

 

「言い過ぎなんてことはないわ。自分で言うのは何だけど私だって、女の子に告白されたことあるわよ。ガチの奴を、何度もね。丁寧にお断りしてるけど……簪ちゃんは今モテ期なのだから、後輩から熱烈な告白を受けていてもおかしくない。私の勘がそう告げているわ」

 

 何故だか自信満々な様子で楯無さんは言い切った。

 信憑性が凄い薄い。

 ガチの告白か……そんなものは好きにしたらいいとしか言えない。俺がしゃしゃり出るようなものではないし、出てもいけない。受けるかどうかは簪次第。

 

「相変わらずね~。でも、女の子ってあなたが思っている以上にエグいから気をつけたほうがいいわよ」

 

 何をどう気をつけたらいいのか。そもそも気をつけようがないが、先輩からの忠告だ。頭の片隅にでも忘れないようにしておこう。

 

「気をつけたほうが言えば、もう一つ。弟君は寂しがってないみたいだけど、簪ちゃんはどうかしらね」

 

 言われて、作業の手が止まり、先日の夕食時にあった出来事を思い出す。

 じっと見つめてきたこと。その時に見た少し残念がる様子を写した簪の瞳。

 楯無さんまでこう言ってくるってことは、やはりそういうことなのだろう。

 

「心当たりがあるみたいね。簪ちゃんを大切にしてね」

 

 言われなくてもとまた頷く。

 簪については何となく察しはついていたが、前もって楯無さんに忠告してもらえてよかったのかもしれない。ありがたい限りだ。

 

 

 

 

 日課である自習が一区切りつき、外出禁止時間までの残り時間を自室でまったりしていた。

 ベットのうちに凭れながら座っている俺の股の間に座っている簪と一緒に。

 撮り溜めていた番組を流しているが、簪にとって興味を引きつけるほど面白い内容ではないらしく、片手間で持て余した暇を潰すように、繋いだ俺の手で遊んでいる。

 

「ふふっ」

 

 下のほうからから嬉しそうな簪の声が聞こえ、どうしたのかと聞き返す。

 

「こうやって過すの……久しぶりだから、何もしてなくても楽しくなっちゃって……」

 

 口角を緩ませ、簪は嬉しそうにはに噛む。

 確かにこうやって、夜二人っきりでのんびり過すのは久しぶりだった。

 ここ最近、簪はずっと後輩達の勉強を見てあげたりと忙しく、俺の方も何だかんだと忙しく、こうして夜今までの様に過すことは少なかった。

 簪が言う通り、何もしなくても楽しい。忙しいことは充実していることでもあったりするが、こうしているのが一番充実している気がする。

 楽しいと言えば、俺から見て後輩の勉強を見ている簪は楽しそうにしている。

 

「楽しい……楽しいというよりかは、遣り甲斐を感じるかな。皆、真面目には聞いてくれて、楽しそうに教えたこと自分の力にして言ってる姿を見るのは何だか嬉しい。そういう意味では楽しい。これからも続けたい」

 

 簪にしては珍しく能動的で、前向きな言葉。

 簪がそう思えるのなら、やはり後輩達との交流は簪にとっていいことなんだろう。

 それから簪は他に沢山後輩達の出来事を話してくれた。勉強の教え方だとか、教えている内容、後輩達のことなどいろいろいと。

 より詳細な簪のがんばりを知ることができて俺は何だか安心した。凄いな、簪は。これからも簪の頑張りを応援したくなった。

 

「ありがとう」

 

 髪を梳くように頭を撫でると嬉しそうに簪は頬を緩める。

 

「あ……でも……ううん、何でもない」

 

 何でもなくはない。

 何か言いかけた後にそんな気まずそうな顔されたら余計に気になる。

 後輩と何か問題でもあったんだろうか。

 

「問題はない……ただ、その……後輩達からの抱きついたりされて……スキンシップが激しくて大変。何だか本音が増えたみたい。中には好きって言ってくる子もいて……多分、冗談だろうけど」

 

 簪は苦笑いしていた。

 

 自信満々な様子で言いきった楯無さんの言葉をふと思い出してしまった。

 あの時は話し半分に聞き流していたし、簪が後輩に言われたときの様子を見てないから、何ともいえないがまさかな。

 このまま冗談で済んでいればそれにこしたことはないんだろうけど、こういうのって大体思ってる方向とは真逆に行くもの。

 事前に忠告してもらってやっぱりよかった。だからって何かしておくべきことはやはりないが。

 

「……」

 

 しばしの沈黙の後、簪は俺の名前を呼ぶ。

 こちらのほうに体を向きなおして簪は、いつかのようにまた無言で見つめてくる。

 瞳が何かを訴えかけていることはよく分かった。その何かも。

 簪はゆっくりと話し始めた。

 

「私ね……実はちょっぴり寂しかった。自分が望んでやってることで一々寂しがるようなことじゃないんだけど……平気そうなあなたを見たら、ついね……」

 

 寂しそうでいながらそれでいてバツが悪そうな表情を簪は浮かべる。

 やっぱり、そうだったか。まさかと思っていたことは、当たっていた。

 本音や楯無さんに言われなくてもと言っていた自分が少し情けない。寂しくさせてしまったこととかについていろいろと簪に言いたいことはあったが言わないようにした。

 謝りでもしたら簪は気にしてしまう。だから、今は何も言わず励ますように後ろから抱く力を強めた。

 

「ん……ありがとう」

 

 思いは通じたのか、簪は嬉しそうな声を零しては、体を預けるようにもたれかかってくる。

 俺からしたら簪は小柄、小さい。この小さな体でたくさんのことに自ら挑戦して頑張っている。

 久しぶりに一緒の時間を過し、簪から話を聞いて、簪が頑張っていることを知ることができた。

 頑張る簪は輝いているけど、頑張り過ぎないか心配だ。

 寂しいと簪が言っていたのも頑張りすぎから来ているものであるし。

 

「大丈夫。こうやって一緒に過せてるだけで……凄い元気沸いてくるから」

 

言ってることは分かる。

 忙しい日々だが、俺もまた今夜こうして一緒に過ごせているだけで、簪から元気をもらえた。

 ただ簪は頑張りすぎるから、本当かとついつい疑ってしまった。

 

「心配しすぎ。じゃあ、今夜みたいにまた……いろいろと充電、させてほしいな」

 

 遠慮気味に簪は言った。

 充電とはまた何とも可愛い言い方である。

 それぐらいならお安い御用。

 

 心配しすぎか……そうだな。

 俺がすべきことは、頑張る簪を応援し、頑張り過ぎないようにフォローするだけのこと。

 だけどもう少し、二人の時間も取る様にしよう。

 

「そうだね。もう少し、ぎゅ……ってしてほしい」

 

 せがまれるまま、後ろから抱きしめる力を痛くないように気をつけながら強める。

 すると、手が丁度簪の首あたりにあって、何となしに簪の喉を撫でた。

 

「ん……」

 

 喉を撫でられ可愛がられる猫がリラックスして喉を鳴らすように、簪が気持ちよさそうな声を出すのを聞いた。

 簪は目を閉じ、喉を撫でられる気持ちよさを満喫しているかのようだった。

 無防備な姿でくつろぐ簪の様子を見て、こうして二人っきりの時ぐらいはやっぱり日頃の疲れを和らげてほしい。

 そうあれるように俺も努めなければ。

 

「ふふっ、幸せ」

 

 幸せそうな優しい声をもらす簪。

 久しぶりの二人っきりの時間は、いつもと変らないように過ぎていく。

 






今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは

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