「簪ちゃんと上手くいってるの?」
放課後、楯無会長との自主訓練が終わり、休憩所で休んでいる時。タオルで汗を拭きながらISスーツに身を包んだ楯無会長が突然そんなことを言い出した。
突然のことに訳が分からず、首をかしげてしまう。今に始まったことじゃないがこの人は突然何を言い出すんだろう。
「心配なのよ。簪ちゃんと弟君が上手くいっているかどうか」
心配そうな表情を浮かべてそんなことを楯無会長は言う。
楯無会長の言葉が本当に心配してのものなのか、はたまたいつものからかい半分なのか判断に困る。
というか失礼な話、余計なお世話だ。楯無会長に心配されなくても簪とはとても上手くいっている。些細な喧嘩こそはたまにするが特にこれといって大喧嘩した憶えは最近ないし、二人揃って幸せだ。
そうなのだが、どうして楯無会長はそんなことを聞いてくるのだろう?
そういえば前、クラスの子に……。
『――君と更識さんって付き合っているのに何だかドライなカップルだよね』
そんなことを心配した風に聞かれたことを思い出した。
その時もまた、突然言われたものだから訳が分からずどういことなのかと聞き返してみたら。
『いつも一緒にいるけど……何というか付き合ってるのにこう甘い雰囲気が少ないっていうかイチャイチャしてるの全然見ないなぁと思って』
なんてことを言われたのを思い出す。
楯無会長が心配していることはこういうことなんだろうかと聞いてみた。
「皆、貴方達カップルに思うことは一緒なのね。そうよ! そうなのよ! 簪ちゃんが幸せなのは分かっているのよ! でも、貴方達あまりにもドライだから心配になるっていうか……」
やっぱり、聞くまでもなかったことだった。
しかし、楯無会長にまでドライだと思われているのか。俺と楯無会長はそこまで交友が深いわけでもないし……簪と楯無会長の仲は兎も角、何だかんだで楯無会長は簪のことをよく見ている。
だから、楯無会長がそういうのは相当のことなんだろうってことは分かる。だけど、今更付き合い方を変えるわけにもいかないし、はたしてそこまで心配になるほどのものなのか俺には分からない。
仮に俺が楯無会長の立場だとして……俺達の立場に仮に一夏達を置き換えて考えても、そういうカップルなんだろうって思うだけで心配するほどのことじゃない気はする。
「分からないって顔してるわね、まったく。ラブラブなのは分かっているつもりだけど私はもっと簪ちゃんの幸せな顔が見たいのよ」
拗ねたような口調で言われてしまった。
まあ、そう言われたら言いたいことは分からなくはない。いくら幸せだと分かっていても、楯無会長にも俺達はドライなカップルに見えている。人前でイチャイチャだなんてしないし、何より外では簪表情硬いからな。無表情に近い。だから、余計に具体的なものが分かりにくいんだろう。
それに簪は楯無会長との昔の因縁めいたものは解消して前よりかは仲はよくなりつつはあるけど、それでも全てが全ていきなりかわるものでもないから、簪から楯無会長に俺達の具体的な話しないだろうし。
「だから、これからはお姉ちゃんにちゃんと恋人同士らしい姿を見せなさい!」
ビシっと指を尽きてまた無茶な言ってきた。
一度、楯無会長にちゃんと説明しないといけないか、やっぱり。
そう思い楯無会長にも人前ではそんなことはしたくない、しないという簪との約束に近いものがあるということを説明した。
「あら、そういうことなの。ふ~ん、変わってるわね。普通なら見せつけたいとか思いそうなものだけど」
説明して楯無会長は一応納得したくれたみたいだ。
変わっているだろうか……見せつけたいってのはそりゃ一般気に多いだけで、やっぱりそうしたいとは思わないし、それこそ付き合い方は人それぞれだと思う。
「それもそうね、変なこと言ってごめんなさい」
謝られてしまい、謝るほどのことじゃと返す。
「それに簪ちゃんの性格よくよく考えたらしないわよね。あの子そういうの人前でそういうことするの恥ずかしがるだろうし」
本当に何だかんだで簪のことを楯無会長はよく分かっている。
常識や立場的な問題もあるが、恥ずかしいというのが一番の理由。
恥ずかしい思いしてまでは流石に。
「簪ちゃんは分かったからいいけど、弟君はしたくないの?」
は?と思わず聞き返してしまう。
今さっき説明したばかりで分かってもらえたと思っていたけど、違うかったのか?
というか、悪い予感がする。
「例えば……こんなこと、とか」
言いながら、抱きつこうとしてくる。
思わず俺は反射的に楯無会長を避けて、抱きつかれるのを回避する。
すると、拗ねたように見つめてくる。
「もう~! 何で避けるのよ~!」
何でも何もない。何でとはこっちの台詞だ。
脈絡ないし、第一そんな格好……ISスーツのまま抱きつこうとするな。
iSスーツじゃなければいいって話でもないけど、普通の服装よりもISスーツはいろいろと危ない。
「ふふんっ、お姉ちゃんの体意識しちゃった? 弟君はいけない子ね♪」
からかう様な笑みを浮かべて、楯無会長は自分の腕で胸を隠すようぎゅっと抱きしめる。
格好的には隠している格好だが、腕に隠している胸が強調されている。これはわざとやっているのは嫌でも分かる。
だから俺は見ないように楯無会長から目線を反らす。
「今は私と弟君の二人っきりよ? 他に誰もいないし、誰の目も気にしなくてすむ」
目をそらしたのがいけなかった。楯無会長がじりじりと歩みよってくる。俺はじりじりと後ろへ下がる。
嫌な予感が悪寒に変わって止まない。
楯無会長、恐いんですけど。
「怖いって失礼ね。それと楯無会長だなんて……他人行儀なのは寂しいわ。二人っきりの時はお姉ちゃんか刀奈って呼んでって言ったはずよ」
楯無会長にじりじりと歩み寄られ、じりじりと後ろへ下がるしかない俺はいつしか背に壁が近づいてきているのが分かった。
さっきまで割りと普通な話しをしていたはずなのに……どうしてこうなった。
本当にこの人は一体何をしたいのか分からない。こんなことをされると楯無会長に対する苦手意識が強くなるばかりだ。
正直、楯無会長のことはかなり苦手だ。簪と付き合っていることを認めてくれ、喜んで、手助けや後押しをしてくれたりや、俺のことを『弟君』と呼び、妹である簪と同じくらい弟として可愛がったくれたり。今みたいにISの自主訓練にも付き合ってくれたりといい人なのは分かっているが……何を考えてるのかまったく分からない。
分からないし、考えが読めないから対応に困る。今だってそうだ。いつものようにからかっているだけなのか……はたまた、別の意図があってのことなのか分からない。
別の意図があってもこんなことされても困るわけだが。
「私なら簪ちゃんが出来ないことをしてあげられるわよ? あなたが望むこと何でも」
艶っぽい声でそう楯無会長は至近距離で言ってくる。
近い。物凄く近い。吐息が若干かかっている。逃げようにも後ろは壁、左右には壁に手をついた楯無会長の両腕。逃げられない。
本当どうしてこうなった。
『甘い。甘々』
先日簪言われたことが頭を過ぎる。
言われても仕方ない。警戒が今一つ甘かった。自主訓練終わったのなら、さっさと部屋に戻ればよかったと今更ながらに後悔する。
しかし、どうやってこの状況を打破したものか。このままだと埒明かないし、早く簪に会いたい。
「ん? 首筋……」
俺の首筋を見てそんなことを言う楯無会長。
首筋? と思い楯無会長が見てる箇所に意識をやれば、そこは先日簪にキスマークをつけられた場所だった。
あれから数日経っているのに、目につくほどまだ痕残ってるんだな……じゃなくて、さっさと抜け出さないと。
「へぇ~なるほどねぇ~」
ニヤついた笑みを浮かべてる楯無会長。気づいた様子だ。
まあ流石にこんなところに痕をつけていれば、簪がつけたキスマークだとバレてしまう。もっともバレてもかまわない。こんなところにキスマークがあるってことはつけた人が自分のだと主張するためのものだから。
「私もつけたあげよっか?」
耳を疑った。何言ってるんだ、まったく。あまり手荒なことはしたくないが、仕方ない。
――悪いがお断りだ。そう言い腕を振り払って楯無会長と距離をとる。
「……」
こんなことされると思っていなかったのか言葉を失ったように呆然としている。
仕方ないとは言え、こんな反応されると少しばかり罪悪感を感じるが今は捨て置こう。
こればっかりはおふざけが過ぎている。楯無会長のことだ。からかったら俺の反応が楽しくて度が過ぎたんだろうけど、こればっかりはこれ以上はいけない。
ここから先のパーソナルスペースには簪しか許してないのだから。
未だ呆然としている楯無会長を放っておくのは気が引けるが、今がチャンスと感じ、俺はお礼を言って休憩室を後にした。
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「……それで遅くなったんだ」
あの後、急いで着替えて簪の待つ俺の自室へと戻った。
そして、休憩所であった楯無会長とのことを全て正直に話した。
目の前にいる簪はそんな話をただ静かに聞いてくれだが、申し訳なさから正座して簪の反応を待つ。
さっきの出来事は警戒の甘さが招いた事。ましてや彼女の姉が相手だ。他の人、友達とか以上にことが複雑になる。何より、簪に対して不貞を働いたみたいで罪悪感が増すばかりだ。
「ん、分かった。話してくれてありがとう」
伏せていた顔を恐る恐る上げると目が合い、簪は笑った。
「もうっ、何で正座なんてしてるの」
いや、あんなことあったわけで怒らせてしまったのやも。もしくは嫌な気分にさせてしまったんじゃないかと……
「へぇ~そんなこと考えてたんだ」
静かな口調だが怒ったというよりかは拗ねたような感じの簪。
どうやら俺は思い過ごしをしていたみたいだ。よかった。
よかったんただけど……それでもやっぱり、あんなことがあった訳で、気にしないわけにもいかなくて。
「もう! あなたは気にしすぎ。私は別に怒ってもないし、嫌な気分にもなってない。気にしたりもしてない」
気にしすぎな俺を元気付けてくれるように言ってくれる言葉がありがたかった。
ずっと気にして重かった気が少し楽になったのを感じた。
「それに未遂で済んだんでしょう? ちゃんと自分から断ったって聞けて安心したし嬉しいよ。だから、大丈夫」
優しい笑みを浮かべて簪は言った。
「ほら、来て」
目の前で両手を広げている簪の胸へ倒れこむように抱きつく。
簪は胸元にある俺の頭を抱くように抱きしめてくれて、頭を撫でてくれる。
撫でてくれる柔らかな手。暖かな簪の体温、聞こえてくる簪の心臓の鼓動の音。聞いているとすごく安心できる感覚して、ずっと聞いていたい感じする。
重たかった気がだんだんとほぐれていくのがよく分かる。心があったかくなる。
「ふふっ」
小さな子供みたいな俺を簪は嬉しそうな笑い声を漏らしながら抱きしめ撫で続けてくれる。
「でも……お姉ちゃんには困ったな」
確かに。
あんな風にいつも人をくったような態度で人をからかった楽しんでいるけど、こんなことをまたされたら困ったものじゃない。どうしたものか。
「そうだね、こんなこと私だってされたくないし。うーん……私……一度お姉ちゃんと戦わないといけないね」
濁点が思わずついてしまいそうなぐらいえっ?と聞き返した。
戦うってまた物騒な。もしかしてISで戦う気じゃないんだろうなと聞けば、簪はあきれたように笑った。
「もう。馬鹿じゃないんだから私闘でISは使いません。もっと平和的な方法で、だよ」
平和的な方法がどんなものなのか俺に検討が危ないものではなさそうだ。
「ISじゃまだお姉ちゃんには到底敵わないって分かってるし、ISだけが全てじゃないからね。もろちろん、あなたにも協力してもらうけどいいかな?」
ああ、喜んでと簪を抱きしめる力をほんの少し強める。
「それにお姉ちゃんだからこそ、一度ちゃんと見せてあげないといけないのかもね」
何をか何て聞くのは無粋だ。
俺はただ静かに簪に抱きしめられる。
「人前でイチャついたりしてないせいで……あなたが満たされてないって、そんな風に見られているのは私が嫌だから」
簪の瞳には確かな強い意思があるのが分かる。
簪の言うこと……それは俺もそう思われてたら俺だって嫌だ。
だから恥ずかしいのもやっぱりまだあるけど、一度ちゃんと目に見える形として示した方がいいのは確かだ。
姉という近親者だからこそ楯無会長には余計に。
「お姉ちゃんだろうと誰だろうと何があっても私はあなたを絶対渡さないから」
簪は満面の笑みを浮かべながら、俺をそっと抱きしめた。
こんなかっこいいこと言われたら、男として立つ瀬がない。でも、嬉しい言葉。
簪にはかなわないなまったく……。
…
ととの。
今回も簪の彼氏君は例の如く、オリ主――「あなた」です。
決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいるあなたかもしれません。
それでは~