簪とのありふれた日常とその周辺   作:シート

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簪と夏の訪れを感じて

 

「海、綺麗……」

 

 目の前に広がる水平線がどこまでも広がっている広大な海。

 沈みゆく夕日に照らされた水面を眺めながら簪がぽつりと言う。

 幻想的で来てよかったと思える景色だ。

 

「うん。……遠出した甲斐、あるね」

 

 そうだな。

 今日というか今はデートの最中。まあデートと言っても、実際は息抜きと生活必需品を買いに行くための買い物だが。

 ただいつもの様にレゾナンスに買い物に行くのではいつもと変らず、息抜きとしても少し味気ない感じだ。なので、折角だからということで俺達は遠出をすることにした。場所は夏なので一度は海をということで海の近い街へと来ていた。

 そしてそろそろ寮へ帰る頃。買い物を一通り済ませた俺と簪は、最後に当初の目的の一つである海を見に浜辺へと来ていた。

 二人砂浜に立って言葉なく静かに海を眺める。

 

「……いい風。何だか潮の香りがする」

 

 俺達の間に風が優しく吹く。

 海からだろう。確かに潮の香りがしなくはない。

 

「ん……」

 

 風で揺れる髪を押さえながら、簪は気持ちよさそうな表情を浮かべる。

 そこまで強い風ではなく、夏だからなのか風は温かい。それでも気持ちいいことには変らない良い風。

 

「誰も……いないね」

 

 周りに目をやれば、道路や歩道にはちらほら車や通行人が通っているが、今いる浜辺には俺達以外誰もいない。

 だからなのか、簪は繋いだ手を離しては、そっと腕を絡ませて、再び手を繋ぎ直してきた。

 いろいろな意味で熱い。

 

「でも……悪くはない」

 

 そう簪は嬉しそうにほんのり頬を綻ばせていた。

 確かに悪くない。

 この熱いと感じる熱さはきっと夏の暑さだけではないのだから。

 

「そろそろ……夏休み、だね」

 

 ぽつりと簪がそう言った。

 

 そういえば、そうだ。後何日もすれば、夏休みを迎える。

 簪と迎える二度目の夏休み。一年生の時(去年)は打鉄弐式につきっきりだった為、俺も簪も夏休みらしい過し方はしなかった。夏休みの外出なんて初デートの一度ぐらいなもの。

 だけど、今年は違う。去年と比べて遥かに落ち着いた日々を送れているおかげか、今年はゆっくりと夏休みを満喫できる。今から楽しみだ。

 

「ん、私も楽しみ。またあなたの実家に行くことになってるし」

 

 一日二日程度の帰省だが、その時にまた去年の年末のように俺の実家へ簪の連れて行くことになっている。まあ、実家に行く前に簪の実家にも行くことになっているんだけども。

 

 夏休みにちゃんと決まっている予定はその帰省ともう一つぐらいなもの。その他はほぼフリー。特に決まってない。

 だから、その空いている日を、今年の夏を簪とどんな風に過すのかと考えるのは楽しい。今日は流石にもう本格的な海水浴を楽しむことは出来ないが、また日を改めてくるのもいいのかもしれないけど。

 

「んー……海水浴はいいかな。熱いし、人混み凄そうだから。後プールとかもいい」

 

 前もって釘を刺されてしまった。

 まあ、簪ならそう言うと思っていたし、そう言われたからといって嫌な気持ちになることはない。

 それに言いはしたが、日を改めて来るとなると俺もいいかなって思う。理由は簪と大体同じだ。

 

「それにね……人前で水着とか……は、恥ずかしいから……」

 

 と、簪は恥ずかしそうに言った。

 何とも簪らしい言葉だ。

 ただ、そうなると今年もまた簪の水着姿は見れないのか。一年生の時(去年)あった臨海学校の時にも見れなったわけだし。

 

「見たいの……?」

 

 見たいと頷く。

 

「ふふ、相変わらず即答だね」

 

 簪はくすくす楽しげに笑う。

 見たいものは見たい。ただそれだけ。それに例え照れ隠しでも見たくないとか言えないし、言いたくもない。

 

「分かった。じゃあ……二人っきりの時になら見せてあげる。特別に」

 

 それはそれでどうなんだろうと思いはしたが、つっこむのは野暮か。

 見せてくれるというのなら、楽しみにしておこう。

 

 にしても、俺も簪も暑いのも人混みも嫌となると、下手したら引きこってしまいそうだ。人が極端に大勢集まる場所に行く必要はないが、折角の夏休みを無駄にするのは勿体ない。

 

「……だったら……私、行きたいところがあるんだけどいい……?」

 

 簪にしては珍しい問いかけ。

 

「人混みは嫌だけど……夏祭りに、行ってみたい」

 

 夏祭り……夏の定番イベントだ。いいかもしれない。

 ただ地元の祭りならいつあるのか覚えているが、近くの祭りがいつあってどんなものなのは知らない。行くとなると近くの方が何かとよさそうだから、帰ったら調べるか。

 

「うん。そうだ、浴衣……着てみようかな」

 

 艶やかな浴衣に身を包んだすらっとした綺麗な簪。

 言われて、思わず簪のそんな浴衣姿を思い浮かべる。

 こんな感じで似合いそうだ。そう思うと夏祭りが、夏休みがますます楽しみになってきた。

 

「……」

 

 夕日に照らされた海を静かに見つめる俺と簪。

 ザアッザアッという波打つ音が静かに聞こえる。

 夏休みのことを考えるのもいいけど、俺達の前にはあるべきことが一つある。

 

「あー……明日から期末テストだったよね……」

 

 心なしか簪の声色が暗いのは気のせいではないはず。

 俺だって明日からの期末テストのことを思うと、気が重たくないわけじゃない。別にテストに対する不安や心配があるわけではない。勉強は毎日欠かさずやっているから大丈夫なはずだ。ただ、めんどくさくて大変なだけとしか思えないから気が重い。

 

「ね。でも……結果は残さないと」

 

 確かな思いが伝わってくる。

 そうだ、結果は残さなければならない。俺も簪も。

 俺達の交際は認められているが、実際のところは学校やその他諸々関係各所に黙認されているだけにしか過ぎない。

 だから、黙認し続けてもらうには恋愛にかまけて腑抜けているのではないと、まずは勉強、わかりやすくテストでいい結果を出して証明していくことが必要だと思う。

 ただこれは言われたからそうしようとしているわけじゃない。というか、言われてすらない。これで黙認し続けてもらえるのかどうか本当のところは分からない。つまるところ結局は自分達がそうしたいからそうしているだけのこと。

 でも、何もしないよりかはきっといいはずだ。だから、まずはいい結果を残せるように明日からの期末テストを頑張ろう。

 

「ん……頑張って、何の心配もなく夏休み過したいからね」

 

 結果云々よりもまずはそれだ。

 補習や追試になったらそれこそ元も子もない。

 

「ふふっ」

 

 ぎゅっと絡めている腕に抱きついてくる簪。

 

 何はともあれ期末テストが終われば、夏休み。

 どんな夏休みになるのか分からない。それでも簪と一緒なら。 

 

「あなたと一緒なら楽しい時間になる……きっと」

 




簪と夏を過す楽しみ。

今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは

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