早朝、日課の寮周りを周回するランニングと筋トレを終えてた俺は、一度部屋へ戻ることにする。
スマホで時間を確認すれば、皆が起きだすいい時間。
いつもなら大体このぐらいに簪からメッセージが来ているのだけど、今朝は来ていない。まあ、いつも簪から先にメッセージが来るのではなく、俺からも先に送ることがあるから、そこまでおかしいという訳じゃない。ただ少し気になりはする。
とりあえず、俺から先にメッセージ送っておくか。『おはよう』と短いメッセージを送ると、自室へ戻った俺は汗を流すために風呂でシャワーを浴びた。
簡単に済ませた為、十分もかからずシャワーを済ませると、体を拭きながら登校の準備などを少しずつ始めていく。この間にも簪からの返事を待ったが、まだ来てない。それどころか既読すらついてない。
流石に少し変だ。いつもなら、この時間にはもう起きているはずだ。簪の朝も忙しいといえば、忙しいけど、そこまでじゃないはず。返事が出来ないほどのことがあったのだろうか。少々気にしすぎな気がしなくはないけど、そんなことを思っていると、タイミングよく簪からメッセージが返ってきた。
《おはよう。ごめんなさい、返事が遅れて。今朝、熱が高くて体調が悪くて》
それでか。
昨日はそんな素振りなかったけど、ここ最近も割かし忙しめではあったから、そのせいかもしれない。気づけなかったのが、少し悔しいところではある。
ちなみに熱ってどれぐらいあるんだろう。
《……38.1。だから今日、学校お休みするね》
かなり高いな。学校に行ってられる熱じゃない。
簪一人なら心配は尽きないけど、簪のルームメイトは本音だ。おそらく、本音が簪の身の回りのことをやってくれているばずだ。本音は普段のほほんとしていても歴とした簪専属の従者。簪に熱があるのなら尚更。
だから、今行っても何かしてあげられるわけじゃないけど、様子ぐらいは見に行きたい。大丈夫だろうか。
《……分かった。いいよ、来て》
よかった。
簪からのメッセージに感謝の返事を送ると俺は足早に簪の部屋と向かった。
着くとドアをノックして、中の様子を伺う。すると、中から本音が出迎えてくれた。
「もう来たんだ~早いね~おはよう~。ささっ、入って入って~」
本音に部屋の中へと入れてもらう。
本音は元気そうだ。簪は大丈夫なんだろうか。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ~かんちゃん、さっきお薬飲んだしね。かんちゃん、来たよー」
「……うん、おはよう」
膝辺りまで布団をかけ、上半身を起してベットの上に簪はいた。
パジャマ姿の簪は、おでこに熱さまシートを貼っている。
顔色はそこまで悪いわけじゃない。だけど、やっぱり辛そうだ。熱があれほど高いし無理もないか。
でも、一安心だ。
「ちょっと、かんちゃんのことお願いしてもいい? 私、先にご飯食べてくるね~」
そう言って本音は、申し訳なさそうに両手を合わせながら、部屋を後にした。
気を使わせてしまったな。
「……ごめんね、朝早いのに。あなたも朝食まだなんでしょう」
申し訳なさそうな表情を浮かべている簪。
そう言えば、まだ食べてない。
でも、朝食なら後でいくらでも食べるし、今は簪の方が最優先だ。
「ありがとう……嬉しい」
簪は嬉しそうに小さく笑みを浮かべた。
部屋で二人っきりになった俺と簪。
二人っきりにしてもらってのはいいけど、やっぱり、特にこれといって簪にしてあげられることはない。
やるべきことはほとんど本音が済ませてくれたっぽいから、何だか手持ち無沙汰な感じ。
簪の看病が出来ればいいんだけど、いかんせん学校がある出来ない。いっそ学校を休んで看病できたらいいんだけど……。
「だ、だめだよ……! 学校はちゃんと行かないと。そこまで辛いわけじゃないから。それにほら、本音もいるし」
分かってるって。
看病はしたいけど、その為にだけに休めば、返って簪にいらぬ気をつかわせてしまう。今は簪に何も気兼ねなく療養してもらうのが大切なのだから。
しかし何だ……こんな時でも簪の口からは本音の名前が出てくる。頼られてないってことじゃないことは分かっているし、簪と本音は幼馴染という長い長い付き合い。一々表すまでもない心からの信頼あったのことなのだと分かっているが少しだけ複雑だ。
本音がいるとやっぱり俺がしてあげられることは何もないに等しい。
「決め付けよくない。そんなことないから……もう気をつかいすぎ。移るものじゃないけど万が一移ったらって心配だったけど……こうして様子見に来てくれたこと本当に嬉しい……凄く」
嬉しそうな簪の表情がそれは嘘ではないのだと言葉と同じくらい伝わってくる。
顔色もよくなった気がする。
「熱出して休むのなんて久しぶりだから……ちょっぴり不安だったけど……楽になったよ」
どちらからともなく手が重なり、手を繋ぐ。
熱のせいだろうか。ぽかぽかとしてあったかいけど、いつもの様に簪の手は柔らかい。
握っている簪は、地よさそうにしている。
決め付けだったな。
様子見ることしかできないけど、それでも出来ることはある。だから、別に不安がる必要はない。
簪には早くよくなってほしい。
「うん……療養に専念する。……時間そろそろ……」
言われて、スマホで時間を確認する。
そろそろ朝食を食べないと、まずい時間になっていた。
名残惜しいけど、今朝はここまで。
またお昼休みにでも様子見にこよう。幸い、俺達の学生寮は昼休みなら、寮に戻ってきてもいいことになっている。こういう時、寮生活だと便利だ。
その時にスポーツドリンクやゼリーでも差し入れしよう。
「そんな悪いよ……」
やっぱりダメか……
すると、簪は慌てて笑みを含んだ少し困った顔をした。
「だ、だめなんて言ってない。もう……ずるい。そんな目されたら何もいえないよ」
押し切った感はあるが、よかった。
これで昼は簪と少しの間だけでも一緒に過せる。
「そうだね……楽しみにしてる。そうだ……鍵、サブだけど渡しておくね」
簪に部屋の鍵、ルームキーカードを渡される。
「じゃあ、またお昼」
鍵を受け取ると別れを告げて、簪の部屋を後にした。
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昼休み、俺は早速簪の部屋へと向かっていた。
手には本音が手配してくれた寮の食堂の人が作ったお粥と、購買で買ったスポーツドリンクやゼリーとかを持って。
簪の部屋の前まで着くと、まずはノックして中の様子を伺う。返事はない。
一応ノックしたし、大丈夫だろう。朝貰ったルームキーカードで鍵を開け、中へと入った。
「……」
穏やかに簪が眠っている。
顔色がまたよくなっている。熱も下がっている様子だ。薬が効いて、ちゃんと体を休めてよくなった証拠だ。
来たのはいいけど、眠っている簪を起すのはよくないし、気が引ける。書置きでも残して、また放課後出直そう。
「……ぁ……来てたんだ」
タイミングよく簪が起きた。
もしかして、起してしまったのやも。
「大丈夫だよ……お昼ごはん、持ってきてくれたんだ。ありがとう」
お粥は消化にいいけど、少しぐらいは食べれそうなんだろうか。
「食べる」
簪がスプーンとお粥、そして俺を順番に見る。
俺を見る簪の目は、何かを期待しているようで、ねだる様な視線を向けてきていた。
……そういこうとか。
頭の中で簪が何を考えたのか分かり、簪をチラッと見ると、目が合った。簪は、恥ずかしそうに目を伏せる。どうやら、正解らしい。
俺はお粥を適量スプーンで掬うと、ふーふーと一度冷まして、こぼれないようスプーンのしたに手を当てながら、ゆっくりと簪の口へと運んだ。定番である『あ~ん』の台詞をつけながら。
「あ、あぅ……あ、あーん……」
恥ずかしそうにしながら、簪は口を開き、ゆっくりと食べる。
病人相手には悪いが、照れながら食べる簪は可愛いというよりもちょっとおもしろい。
口の中のを美味しそうに食べ終えた簪の頬は、赤く染まっていた。
「美味しいけど……こんなことされたら……熱上がっちゃいそう」
それは大変だ。
なら、残りもしっかり食べないとな。食べたら満腹感で眠気が来てまた眠られるだろうし。
そうすれば、早く治るに違いない。
「もうばか……あ~ん……」
簪は満更でもない様子で口を小さく開けた。
病人なんだから、このぐらい素直な方がいい。
俺は再びお粥を適量掬い、冷ましてから、スプーンを差し出した。
「……はむ、もぐもぐ……美味しい」
お粥が美味しいからなのか、食べさせてもらったのが嬉しいからなのか、それともその両方なのか。
簪は、心の底から幸せそうに微笑む。
その後、簪は自分でお粥を食べ、俺も持ってきていた昼食のパンを食べて、二人一緒に昼食を済ませた。
「……こういうのもいいね」
突然、簪がそんなことを言った。
「……熱出して休むのも久しぶりだけど……こうして看病されるのも久しぶりだから」
ああ、そういうこと。
久しぶりに熱を出して休めば、不安になるもの。
そんな時に誰かに看病、誰かが傍にいるというのは心強いもの。分かるような気がする。
実家ではどうだったんだろうか。
「本音が看病してくれてた。ほら、専属だから」
やっぱり、本音だったか。
楯無会長とかはどうだったんだろう。
「お姉ちゃん……? ……うーん、ほら昔は私とお姉ちゃん仲よくなかったというか距離があったから……気にはかけてくれたみたいだけど、看病とか様子見にきたりとかそういうのは」
まあ、そうか。
昔からの簪と楯無会長の事情は詳しく聴かされて知っているから、何となくそのことが想像つく。
でもやっぱり、昔から気にはかけていたんだ。楯無会長は、本当に不器用な人。
「だからってのも変だけど……本音以外の人にこうして看病をしてもらえるのって何だか新鮮……特別な感じがする。何度も言うけど、あなたが傍にいてくれて本当によかった」
そう言って簪はとても嬉しそうに微笑んでいたのだった。
「ん、ふぁ……」
空きっ腹が満たされたことと安心して幸福感を得たからなのか、口に当てた手の下で簪が小さな欠伸をしているのが分かった。
眠そうにしている簪。また眠気がやってきたな。
「うん……ごめんね、もう少しだけ寝るね」
言って簪は、起していた体を寝かせ、布団を被る。
よくなったとはいえ、まだ直りかけだ。少しといわずゆっくり寝て、しっかり治して欲しい。
すると、簪の視線に気づいた。
「……」
無言のまま、俺の手を見つめる簪。
それが何を意図してるのか俺はすぐ気づき、手を差し出した。
布団の隙間から簪がゆっくりと手を伸ばしてきて、手を取り、そっと握り合う。
「五時限目遅刻しないように少しだけでいいから……」
分かってる。
遅刻はしない。でも、簪が眠るまでちゃんと繋いでおくから。
「ありがとう」
安心した様子で目を瞑り、簪は小さな寝息を立て始め眠った。
それから俺は遅刻しない時間ギリギリまで、安らかに眠る簪の寝顔を眺め、授業へと戻った。
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今日一日の授業が全て終わった。
この後、これといった必ずやらなければいけない前もって決めていた予定はない。自由な放課後。しいてあるとすれば、いつも自主練ぐらい。だけど、今日それはキャンセルだ。
なので、俺は再び簪の部屋へとやってきた。ドアの前でノックして様子を伺う。
「……はーい。どうぞ、入ってきて」
部屋の中からそんな簪の声が聞こえ、中へと入る。
ベットの方までいくと、そこには上半身だけ簪が体を起していた。
「ごめんね……放課後も来てもらって」
と簪は申し訳なさそうにている。
何を言うんだと思ってしまった。
まあ、こうして俺が来るのは簪にしたら、俺の負担になっているんじゃないかと不安に思っているみたいだ。
らしいといえばらしいけど、そんなことはない。俺はいつも自分がしたいと思うことしかしてない。
放課後だって様子を見に来るのは行きたいと思ったからで、それは簪のことが大切で好きだからだ。
だから、簪が気にする必要はない。
「よ、よくそんな恥ずかしいこと言えるね……嬉しいけど」
なら、よかった。
くさいこと言ったけど、満更でもない簪の様子を見て安心した。
それにしても今簪は起きているけど、もう大丈夫なんだろうか。
「もう、大丈夫。……すっかりよくなった。逆に寝すぎて辛いぐらい」
冗談めかしに簪が言ってことは、本当によくなったらしい。
ならば、と言いながら俺は簪のおでこに自分のおでこを当てて熱を計る。
「ひゃぁ……!?」
確かに熱は下がったようだ。
よく知る簪の体温になっている。
後はこのまま安静していれば、熱は上がることなく、明日から元気に過せるはずだ。
「……それは分かってるけど……汗かいてるから……ちょっと恥ずかしい」
簪は恥ずかしそうに自分の体を隠すようにぎゅっとしていた。
それもそうか。少し気が利いてなかった。
だから、なんだろう。
今の簪は、汗のせいだからか、いつになく色気みたいなものがあるように見える。
「それに……あまりくっついているとキス、したくなっちゃうでしょう」
メッと叱るように簪は言う。
その様子は、なんだか小悪魔っぽくて可愛らしい。
別にキスしてもいいんだけど。
と思ったが、よくなったとは言え簪は病人。
明日ちゃんと治ってたら、簪のしたいことどんなことでもしてあげよう。
「私のしたいこと……? いいの……?」
いいも何も、そうしてあげたいことが俺のしてあげたいことでもある。
嘘は言わない。
「そっか……だったら、ちゃんと治す」
満面の笑みで言った簪はとてもとても可愛かったのであった。
…
今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。
それでは