簪とのありふれた日常とその周辺   作:シート

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ドライデレな簪との一時

「二人ってさ付き合っているのに何だかドライなカップルだよね」

 

 そんなことを突然言われたのは放課後、学食のカフェテリアで簪と二人でお茶をしていた時のこと。

 言ってきたのは同じクラスの女子。仲はそこまでよくはないが見知った顔だ。

 突然のことにどういうことか分からず、俺と簪は顔を見合わせた。

 

「あっ、それ私も思った!」

 

 近くにいた女子までもがその言葉に賛同して、ますますどういうことかなのか分からなくなる。

 自分達で困惑していても仕方ないので、ほぼ無表情に近い簪が静かに聞いた。

 

「……どういうこと?」

 

「あ、更識さん、気を悪くしたのならごめんね。別に悪気があって言ったんじゃなくて、二人ってさ今みたいにいつも一緒にいるけど……何というか付き合ってるのにこう甘い雰囲気が少ないっていうかイチャイチャしてるの全然見ないなぁと思って」

 

 なんてことを言われ、周りにいる女子達がうんうんと頷いている。

 

 どうやら俺達は周りからドライだと見られているらしい。自分達がそうだなんて今、言われるまで考えたことなんてなかったし、簪との関係がドライってことは決してない。加えてドライなのをお互い自ら装っているつもりもない。自分達で言うのも恥ずかしいのは分かっているが、熱々なくらいだ。

 それに彼女達が言う甘い雰囲気やイチャイチャしているが一体どういうことを指して、そう言うのか分からないが俺達がドライなカップルに見えてそれが何か問題あるのだろうか?

 悪口……ってわけじゃないだろうし、そう言われても訳が分からないだけで嫌だとは思わない。

 別に誰かに対して自分たちが熱々なのを見せつけたいなんて考えはないし、そんなことはしてないつもりだ。俺も簪も今の付き合い方に不満があるなんてことは決してない。むしろ、今の付き合い方が一番性にあっているぐらいだ。

 だから余計にどうしてそんなことを聞かれたのか、ますます疑問でしかない。そう思っているのは俺だけじゃなく、簪もだったみたいで。

 

「……それが何か問題でもあるの?」

 

「えっ? えっと……問題はないんだけど、そんな二人見ないからもう少しぐらい二人がイチャイチャしてるの見てみたいなぁ……って思っただけで……」

 

「う、うん」

 

 静かに問いかける簪の雰囲気に圧されて彼女達はたじろいだ様子をする。

 

 そういうものなんだろうか。やっぱり、女子高でしかも年頃の女子。恋愛ごとに興味ある年頃で、俺と簪はIS学園で数少ないカップルだ。付き合っていることは自他共に認めていることだからこそ、話題になって彼女達にしたら興味がわいて他人の恋愛が気になるんだろう。

 例えるなら芸能人カップルがどんな付き合い方をしているのか気にするエンタメ的な感覚で。多分そんな感覚なはずだ。その気持ちが分からなくはないが、だからといってな。

 

「……別にドライなつもりはないし、イチャイチャなんてする必要ない」

 

 静かに簪は言った。

 

 俺も簪と同意見だ。人前で人目を気にせずイチャイチャなんてする必要ないし、しないからこそ傍から見てドライに見えたとしても今更変えるつもりはない。それは拒絶しているわけじゃない。外でそういうことは基本的にしないと、お互いの中である種の暗黙の了解となっているだけの話。暗黙の了解となってはいるが……そういう雰囲気になればするし、求められればちゃんと求め返す。本当にそれだけの話。

 

「か、更識さんはツンツンしてるというかクールだね。あっ、そうだ。彼氏さんとしてはどうなの? イチャイチャしないの?」

 

 矛先が今度は俺に向いてきた。

 俺も特にそこまでは……と答えておいた。

 

「本当、付き合ってるのにドライだね」

 

 そんなことを何度も言われてもな。ドライに見えるのがそんなに気になるものなのか。

 付き合ってるとは言え、IS学園はもちろん今の俺が置かれている状況で付き合っていることが少なからず公認されているのがありがたい話だ。よくある政治的圧力なんてものはないし、やっかみもほとんどない。

 だからといって、人前でも人目を気にせずってのはやっぱり気が引ける。やればこんなこと言われずに済むんだろうけど、やったらやったでそれをネタにからかわれたりするんだろうな……おそらく。

 それは嬉しい気がしなくはないが、やっぱり恥ずかしさから煩わしくも感じてしまういそうだ。

 

「何かもったいないな~……折角付き合ってるのに」

 

「そういう問題じゃないし……イチャイチャなんてしたくない」

 

「……は、はい」

 

  いつになくきつい口調で簪が言うと、たじろいだ様子で彼女達はそれ以上何も言わなかった。

  同じこと何度も言われて、流石の簪もいい加減しつこくなってきたみたいだ。機嫌悪くなってるのがよく分かる。が、だからって簪、凄むのはやめような。

 ともあれ、他人にどう思われようとも簪が言ったことが全てだとは思う。人前でイチャイチャする必要はやっぱり感じられないし、露骨にイチャイチャなんて人前でしたくない。恥ずかしいからな……。

 結局、恋愛の仕方や恋人との付き合い方は星の数あるだろうから気にしても仕方ない。

 

 

 

 

「さっきはごめんなさい」

 

 俺個人の自室のソファーにもたれながら、胡坐をかいている膝の上に向かい合うように座って抱きついてきている簪を抱きしめ、簪の髪を撫でている時、突然簪がそんなことを言い出した。

 さっき……そう言われてすぐにピンと来なかったが、今こうして夕食まで過ごすしている前のことを順を追って思い出していくとあることにつきあたった。

 ああ、さっきってカフェテリアでのことか……でも、謝られるようなことをされた覚えはない。何についてのごめんなさいなんだ?

 

「ほら、さっきイチャイチャしたくないとかする必要ないとか言っちゃって……あなたとしたくないわけじゃなくて! その……!」

 

 頬を赤く染め恥ずかしそうにモジモジとしている簪が可愛い。

 確かに「誰と」という主語がなかったから聞き方によっては誤解するかもしれないが心配しなくても、大丈夫だ。簪がどういう意図で言ったかぐらいは分かっている。

 そのことを簪の髪を梳きながら伝える。

 

「流石だね。よかった」

 

 安心したのか簪はほっと胸を撫で下ろして安堵に頬をほころばせる。

 

「でも、私達ってそんなにドライに見えるのかな?」

 

 気にしてたんだ。

 

「悪口じゃないと分かっていてもあれだけ散々言われたら嫌でも気になる。やっぱり、人前で見せつける様にキ、キス……とかしたほうがいいの、かな」

 

 その光景を想像して恥ずかしくなったのか、また頬を赤く染めて照れている簪。

 彼女達が言っていた甘い雰囲気やイヤャイチャってやっぱり、簪が今言ったようなことだったんだ。確かに人前ではそんなこと滅多にしないし、学園内ではもってのほか。しなさすぎて、言われたんだと今になって分かった。

 しかし、人前で見せつける様にキスか……あくまでそれは例えだが、これに近しいことをするのは嫌じゃないがやっぱり恥ずかしい。だから人前ではあんまりそんなことしたくないけど、簪が望むのならやぶさかでもない。

 

「ん、自分で言っといてアレだけど……やっぱり、私も人前じゃ恥ずかしいから人前ではしない。今のままがいい。付き合い方は人それぞれだからね」

 

 頷いて簪をぎゅっと抱きしめる。

 

 やっぱり、人前でそういうことをするのはお互いに恥ずかしい。

 恥ってほどじゃないが、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしくてお互いに出来ないから、他人に指摘されたからってするほどのことじゃない。あれだけ言われて急にやったらそれはそれで怖いだろうし、からかわれたりやっかみを言われるかもしれない。そうなったら、結局煩わしい。

 だから結局のところ、今のままが一番という結論にお互いたどり着くように戻る。

 

「それにあなたのキスしている顔とか出来れば他の人に見せたくない。表情だけじゃない。いいところも悪いところも。全部全部私だけのものに……私だけが見れて知っている特別なものにしていたい。独り占めしてたい。私だけのもの。感じる顔とか、もね」

 

 からかうように微笑み簪は言う。

 

 凄いことを言われたが嬉しい事には変わりない。俺も同じ思いだ。簪のたくさんの表情やいろいろな一面を自分だけものしたいと俺だって思う。それこそ、簪が言うようないいところも悪いところも。他の人には見せるのはもったいないと思うのはきっと独占欲みたいなものなんだろう。

 

「人前ではやっぱり、そういうことはしないけど……今みたいな二人っきりの時はその分たくさん愛し合おうね」

 

 そう言って簪は甘えるように対面の姿勢のまま抱きついてくる。それを俺は抱きしめる。

 

 今更、付き合い方を変える様な器用なことは俺も簪も出来ない。今のままが一番なのはお互いよく分かっていて、そこに不満はない。

 人前ではしない分、今みたいに二人っきりの時にたくさん恋人同士がするような甘いことをすればいいだけのこと。それなら人目なんて当たり前の如く気にしなくて済むから、時間が済む限りしたいことをしたいだけ出来る。

 

「あ……でも今回みたいなのはまだいいけど……ドライだって思われすぎてあなたにちょっかい出す子があらわれたら嫌だなあ」

 

 それは流石にないだろうなんて笑っていたが。

 

「甘い。甘々」

 

 諭すように言われてしまった。

 こう言われてしまった以上、普段よりも気をつけるしかない。前科がないわけではないことだし、簪に要らぬ心配はかけたくない。

 

「人前ではイチャイチャはしないけど……その代わりに」

 

 言いかけて、簪は唇を俺の首筋へと当てる。

 何をするつもりだろう……そう思っていると簪は首筋の同じところに何度もキスをする。

 

「んっ……ちゅっ……ふぅっ、ちゅっ……」

 

 いつもの触れるような優しいキスとは少し違い。首筋に軽く歯を押し当て首筋を吸うような、それでいて首筋を軽く噛むような感じのキス。首筋を吸ってから唇を離すときに軽く噛むキスを簪は何度も繰り返す。それはまるで印をつけるかのように。

 噛まれている感覚はあるが本当に軽いもので痛くはない。むしろ、くすぐったい。

 

「ん、ついた」

 

 俺の首筋を見ながら簪は満足げな声を漏らす。

 ついたのが何かなんて確認するまでもない。印……キスマークだ。首筋にあるのを確かに感じる。

 

「あなたが私のだって証、つけちゃった」

 

 頬を赤く染め、はにかみ笑いながら簪は言ったが自分で言ってまた恥ずかしくなってきたのか、消え入りそうな声。

 加えてばつが悪いのか、俺に顔を見られないように胸に顔を埋めて隠している。だけど、耳が真っ赤だ。

 その様子があまりにもおかしくて、何より愛おしかった。

 




今回のテーマは『二人っきりの時はベタベタなのが普段はツンケンしていて、そのことを二人っきりになったらツンケンしたことを謝ってきてデレデレする』
的なのです。このテーマはふろうものさんから提供していただきました。
ありがとうございます! 氏の作品もよければどうぞ!

簪を最初見たときはクーデレかなと思ったけど、何度も見てるとそんな感じしなかったのでこんな感じになりました。
人前ではドライだけど、二人っきりになるとデレデレ。ある意味ツンデレも含まれているかも。

1シーンだけでもその様子を思い浮かべていたただいて萌えたりしていただければ幸いです。
今回の簪が読んでて可愛く見えていたのなら更に幸いです。

今回も簪の彼氏君は例の如く、オリ主――「あなた」です。
決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいるあなたかもしれません。

それでは~

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