放課後。
『おりむ~ 生徒会終わったんだけど、自主練終わった~?』
『お疲れさん。俺も今丁度、終わったところ』
『よかった~じゃあ、迎えに行くね~』
『おうっ! 待ってる!』
生徒会の用事が終わった私は、そんなやりとりをメールでしたおりむーを迎えに、訓練場へと繋がる渡り廊下を一人歩いていた。
一週間前だと思っていたら早いもので、バレンタインはもう明後日にまで迫ってきている。
チョコの心配はもうない。仲のいい友達やクラスメイトにあげる友チョコはもちろん、おりむーにあげる本命チョコはどういう風にするか、かんちゃんのおかげもあって決まった。後は本当に作るだけ。心配はない、はずなんだけど……
「はぁ……」
まただ。
溜息をついていることに気づいて、私はハッと我に返る。溜息なんて私らしくない。気をつけているはずなのに、無意識みたいでついつい溜息をついてしまっている。いけない……こんな様子だと、またかんちゃんに心配をかけてしまう。きっと溜息ついている私の顔は暗いんだろうな。そんなの私らしくないや。いつも通りでいないと。
「はぁ……」
また溜息。それもさっきよりも深くついてしまい何だか自分に腹が立ってくる。
こんなにも溜息が出てしまうなんて。思っているよりも、心配しているみたいだ。
私の心配事……あるとすれば、バレンタインのこと。チョコのことじゃない。それはもう先程通り解決済みなのは確か。次に心配事があるとすれば、バレンタイン当日におりむーが貰うだろうチョコのことぐらい。
おりむーはモテるからたくさんの女の子から一杯チョコを貰うはず。友達だった時ならまだ『こんなこと現実であるんだ~』って思うだけだったかもしれないけど、彼女になった今は正直、あまりいい気分しないのが正直なところ。おりむーは優しいから、どんな女の子のチョコでもきっと喜ぶ。その姿をつい思い浮かべてしまうと、むっとした気分になる。これが嫉妬というものなのかな。今まで誰かに対して羨ましいと思ったことは勿論あるけど、誰かに対して嫉妬したことなんてないから何だか新鮮な感じ。
それにあまりいい気分がしないからといって嫉妬丸出しにはしていられない。仮に嫉妬丸出しにして、『おりむーにチョコ渡さないで』とか『私以外のチョコ受け取らないで』とかやってしまえば、例え彼女だとは言え、周りの子から反感買いかねない。そんなの嫌だし、何よりおりむーがモテモテなのは変えようのない事実。でも、逆にそれはそれだけ私の彼氏さんは素敵な男性だってこと。
ここはかんちゃんみたいに彼女なんだからとどっしり構えていればいい。チョコはたくさん貰うだろうけど、それは仕方ないのことで、私のチョコをおりむーには一番に喜んでもらえるように頑張って作る。
「それだけのはず……なんだけどな……」
溜息の変わりに、今度はそんな言葉がつい口から出た。
チョコをたくさんもらうのなら、そこには当然チョコを渡す人がいる。バレンタインに渡すチョコには友チョコ、義理チョコ、そして本命チョコがある。きっとあの五人……デュノアさん達は、おりむーに本命チョコをあげるんだろうな。もしかすると本命チョコをあげて、改めて告白するかもしれない。バレンタインとはそういう日。
それは構わない。そうするのは彼女達の自由で、それについてどうこういう気はない。何より、私はおりむーを信じている。告白されたとしても今更、他の人のところ行くなんてこと思っていない。それも心配はないはずだ。
――だったら……何を心配してるんだろう、私。
だんだん訳が分からなくなってきた。
改めて心配事について考え直して、頭の中を整理してみた結果、特に心配するようなことはない。そのはずなのにやっぱりまだ気づいてない別のことでも無意識に心配しているのか、気持ちは暗く沈んだまま。もしかして、これは心配というよりも。
『負目、感じてるのかも』
かんちゃんにいった言葉をふと思い出した。
この暗く沈んだ気持ちの原因を心配以外の言葉で表現するのなら、負目が一番ピッタリな気がする。
私は確かに篠ノ之さん達五人に対して、負目を感じている。五人の想いを最初から知っていながら、私はおりむーと付き合っているのだから。
おりむーと付き合って、五人とは必要なこと以外で口聞かなくなって仲違いみたいになっているけど、これは皆の好きな人と付き合っているのだから仕方のないこと。友情か恋か。二つに一つで、私は恋を自分自身で選んだ。その結果にある必然的なこと。
おりむーと交際について不満はある一つのことを除いて、特にない。むしろ、毎日が幸せ。負目を感じているからと言って別れるつもりもない。
だから今更、負目を感じたところでどうすることも出来ないのだから、いい加減割り切るしかない。
付き合っていながら負い目を感じるなんて、酷いことしていて、私の身勝手なのは分かっている。本当なら、かんちゃんのように堂々としているべきだということも。
だけど、篠ノ之さん達を……特にデュノアさんを見ていると、どうしようもなく負目を感じてしまっている。
『デュノアさんにあんな風にされて、本音は嫌じゃないの……?』
かんちゃんのそんな言葉を思い出す。
私とおりむーが付き合い始めてから、デュノアさんのおりむーに対してのアプローチは私達が付き合う前以上に激しくなってきていた。
なるべく傍にいようとするのは当たり前、終いには体を密着させて寄り添うことまでしてくる。
そんなデュノアさんに対して、おりむーは強く嫌がらないものの、ちゃんと嫌がってくれる。それは私のことも思ってくれてのことだと分かるし、おりむーがちゃんと私と交際してくれているという証拠で嬉しかった。でも、デュノアさんはそんなこと気にせず、むしろアプローチを激しくしていくだけ。
私もデュノアさんに一言二言言いはするけど、本当に一言二言程度。傍から見たら私のほうが弱腰なのは自分でも分かっている。
自分の彼氏に別の女の子がベタベタしているのは嫌だけど、私に止めるなんてそんな権利ない。
デュノアさんが本当におりむーのことを好きなのが痛いほど伝わってきて、自分に振り向いてもらおうと必死なのが分かるから。それが負目となって、私はデュノアさんに強く出れなくなっている。
でも、このままなのはよくないってことも分かっている。私が嫌なのも変わらないし、このままだとかんちゃんや彼氏君にまで余計に心配かけちゃう。何より、このままだとデュノアさんの為にもよくない。
『ちゃんとケリつけるから、大丈夫!』
あの時、かんちゃんの前では気を使わせないように偉そうなこと言ったけど、どうしたら一番いいのか私には分からない。気持ちは変わっていないし、このままなのはよくないと分かっていても、何一つ解決策を出せてない私は負目を感じながら、現状をズルズルと続けさせている嫌な女だ。自分でそう思う。
何より、負目を感じているのは何もあの五人に対してだけじゃない。
「ぁ……」
男子更衣室の前までやってくるとそこにはある人がいた。
噂をすれば何とやら。その人はデュノアさんだった。
「……」
向こうも私に気づいたみたいで、お互いに目があった。
すると怖い顔をしたデュノアさんからキッと鋭く睨まれる。
最近、デュノアさんはずっとこんな感じで睨まれてばかり。
「……その……どうしてここに?」
「へぇ~そういうこと聞くんだ。白々しい。分かってるくせに」
冷たい声色。
デュノアさんが言うことはもっともだ。聞かなくても大体察しがつく。
でも、私が今デュノアさんにかけられる言葉はこんな言葉ぐらいが精一杯。
「どうしても何も一夏と少しでも一緒にいたいから、だよ。当たり前じゃない? 好きな人と少しでも一緒にいたいって思うのは」
「……」
「そっちこそ、どうしてこんなところにいるの?」
冷たい声色と私を鋭く睨みつける視線は変わらない。
凄い気迫。正直、怖いと強く感じている。だけど、ここで私が引き下がるわけいかない。
ケリをつけるための第一歩であり、何より、私がおりむーの彼女なんだから。
「私はおりむーから自主練終わったってメール貰って、迎えに来たんだよ。私がおりむーの彼女だから」
「――っ!」
デュノアさんの顔が青ざめ行くのが分かる。
目を背けたくなるほど蒼白になっているデュノアさんは、きゅっと唇を噛み締めて、更に睨みつけてくる。
わざわざ今更、『彼女』だなんて言えば、余計に傷つけるのは分かっている。でも、ちゃんと言葉にして伝えないといけないことなんだ、これは。例え、相手を怒らせるようなことになっても。
「彼女って……! 私の気持ちを知っていながら、見守るような顔しながら! 後からのこのことあらわれた癖に!」
デュノアさんは、私に詰め寄ってきた。
ぎゅっと自分の手を握って、先ほどの冷たい声色とは対照的な強い口調で言ってくる。
「私にはもう一夏しかいないの! 私の居場所を奪って楽しい!? 幸せ!? この卑怯者!」
切実なデュノアさんの叫びの言葉が私の胸に突き刺さる。痛い。
そうだ。私はデュノアさんの気持ちを知っていて、見守っていた。言われたとおり、卑怯者だ。それが私の彼女たちに対する負目になっている。
でも、それはもう昔のこと。今は違う。
「それに一夏は前に言ってくれた。『ここにいろ』って!」
前のおりむーなら言ってもおかしくない言葉。
好きだとか、愛してるといった他意なく前のおりむーなら平気で言いそうで、今デュノアさんからその言葉を聞いて、少しショックだった。
「だから、もう貴女に何か絶対一夏は渡さない! 例え貴女から奪うことになっても私は一夏に好きになってもらってみせる! 私のほうが一夏のこと好きなんだから!」
デュノアさんの必死の叫び。
「私は……」
私は意を決して言った。
「私はおりむーのこと誰にも渡さない! 絶対に!」
「……っ!」
強い口調で言うと、強気だったデュノアさんは体をビクっと震わせ、表情を強張せた。
この言葉が今、私の想いの全て。
けれど、デュノアさんは一呼吸置いて落ち着いたのか、言葉を告げた。
「……口ではお互い何とでも言える」
「えっ……?」
「布仏さん。抱いてもらうどころか一度しかキスしてもらってないでしょう?」
どうしてそのことを。
私は驚きを隠せなかった。
「一夏から特別に教えてもらったの。布仏さん、一夏に遠慮させてるんじゃないの?」
遠慮……その言葉が私の胸に突き刺さり、二の句が告げない。
確かにそうなのかもしれない。私が遠慮させているせいで、今の様なことになっている。
遠慮なんてさせず、ちゃんとおりむーに甘えてもらえていれば、いろいろなこと、もっと上手くいけたのかもしれない。
だけど――
「私なら一夏の為に身も心も全て捧げられる。一夏が望む全てをしてあげられる。一夏が私の全てだから……誰よりも好きだから」
「言わせない」
「え?」
「そんなこと言わせない」
言葉こそはまだ弱腰なのかもしれない。
それでも最後まで想いだけは決して弱腰にはならない。負けられない。譲れない。
「デュノアさんが何と言おうともおりむーの彼女が私なのは変わりない」
「……っ」
「もう一度告白するならしたらいい。それはデュノアさんの勝手だし、おりむーとデュノアさんの問題。私が横からどうこういえるものじゃない。だけど、今更デュノアさんが告白したところで結果は変わらないよ」
「そ、そんなことやってみなきゃ!」
「好きにしたらいいよ。私はおりむーのこと信じてるから。そして何より、おりむーのこと愛してる。だから、私は信じて待つよ」
「――」
絶句した様子のデュノアさん。
酷いことを言っているのは重々承知している。でも、このぐらい言わなければ、今のデュノアさんの耳には届かない。
不思議なことに言うべきことを言ったおかげなのか、負目こそはまだあるもの、負目からかモヤモヤとしていたものがなくなって何だかスッキリとした気分。
そうだ。負目を感じているからといって、気持ちまで弱腰になってどうする。かんちゃんのように堂々として、強くいないと。
「……っ、後悔させてあげるから」
そうとだけ言い残すと、デュノアさんは何処かへ立ち去っていった。
「はぁ~……」
いなくなって一人なのを確認すると、私は壁に体重を預け、脱力した。
何か物凄く疲れた。言い争いをしたことなんてかんちゃんとどころか、お姉ちゃんともしたことないし、下手したら初めてな気がする。
デュノアさん、凄い怖かった。それだけ必死なのは改めて確認できたし、デュノアさんに対する負目との折り合いのつけ方。そして、何より私のデュノアさんに対する想いは固まった。後は……
「のほほんさん、大丈夫?」
突然聞きなれた声が聞こえ、気を抜いていたせいで、びっくりした。
慌てて声のした方法を向くと、そこには着替えを済ませたおりむーがいた。
「う、うん。自主練お疲れ様、おりむー」
「ありがとう、のほほんさん」
それからお互い無言になって、その場から動かない。
何だか気まずいけど、おりむーのほうも気まずそうに慰している。
多分、それはこの無言だけじゃない。おそらく、さっきの私とデュノアさんの会話をおりむーが聞いていたからだと思う。
さっき割りと大きな声だしちゃったしたな。
「さっきのデュノアさんとの会話聞こえてたよね?」
正直に問いかけた。
すると、おりむーはドキっと体を震わせ、あからさまに聞いていた様子を見せた。
最初は聞いてないことにしようかと思ったみたいな様子だったけど、おりむーは正直に言ってくれた。
「え……あー、うん。その、ごめん、盗み聞きするつもりはなかったんだ。ただ、出るにでられなくて……それで」
「ううん、気にしないで。仕方ないよ。私のほうこそごめんね。こんなところで」
案の定、聞かれていた。
まあ、仕方ないよね。あんな大きな声で、しかも男子更衣室の前で、言い争いみたいなことしてたら、嫌でも聞こえてくる。
ちゃんと聞こえてたのなら、内容の方はかなり聞かれてちゃったんだろう。それが今のおりむーの気まずそうな顔からよく分かる。
気まずい沈黙がまたやってくる。聞かれていたのがちゃんと分かっただけにますます私のほうも気まずい。
どうしたものかと思っていると。
「ごめん、のほほんさん」
「え?」
突然謝られたものだから何のことだか分からずにいると、おりむーは言葉を続けた。
「俺がシャルルにあんな無自覚なこと言ってしまったばかりに……のほほんさんに迷惑かけてしまって」
後悔している表情で申し訳なさそうに言うおりむー。
「迷惑だなんてそんなことないよ。それにこればっかりは仕方ないよ……私は皆の好きな人と付き合ってるんだもん。皆好きな気持ちは誰にも負けないって思うから、ぶつかり合うことは仕方ないよ~」
いつもの感じでこれ以上おりむーが背負いに過ぎないように声をかける。
皆から好意に気づいたおりむーは、今までの自分の行いを悔やんでなのか、時々必要以上に一人で思い悩んで背負い込もうとする。
過去を思いなおすってことはいいことではあるんだけど、おりむーの場合は度が過ぎることがある。
正直、素直に甘えてほしいところで、それうしてくれないのがおりむーに対する唯一の不満だけどだからこそ、私がちゃんと支えてあげないと。
「あんまり気に病まないで、ね」
あからさまに気に病んでいるおりむーを元気付けようと、肩に手をやると避けられてしまった。
「本当にごめん。これは俺の責任だ。シャルルのことは俺がなんとかするからっ」
「俺の責任って……勘違いしてない? これは私達の問題だよ?」
このことは私達が付き合っているから起きたことであって、決しておりむーだけの責任じゃない。
なのに。
「それは分かってる。だけどさ、原因は俺なんだ。だから、俺が、俺がどうにかしないと」
「何も分かってないよ。どうして一人で背負い込もうとするの」
出会った時からおりむーのこんな一面だけは相変わらず変わってない。
むしろ、何だか酷くなってくる気がする。
何でも一人で背負い込もうとして、何でも一人でやろうとする。
俺が、俺が、とまるで、何かに突き動かされているみたいに。
「遠慮なんてしなくていい。もっと誰かに甘えても……頼ってもいいんだよ」
再び手を伸ばしたけど、結果は変わらず避けられてしまった。
それどころか。
「……」
一瞬おりむーの表情が酷く戸惑って怯えているように見えた。
そうすることがいけないことだと思っているようで、怯えてしまっているようだ。
「え、遠慮なんかさてないさ。大丈夫だから。俺がのほほんさんを守るから。安心して」
私に気を遣わせまいと笑ってみせるおりむーの笑みが私には見てられなかった。
守る。
まただ。おりむーの口癖の様な言葉。
どうしてそうなの。どうして、一人で背負い込もうとするの。
何だか、おりむーに距離を取られている気分。
こんなにもすぐ近くにいるのに、触れられそうで触れられないこの距離がもどかしい。
かんちゃんが言っていた『パースナルスペースが変に狭い』っていうことはこのこと。
信頼されてないわけじやないことは今の変わりないけど、信頼の先にある肝心な部分に恋人である私すら入れさせてくれない。
それが凄く悔しくて寂しい。
…
のほほんisGoD
初めてののほほんさん視点。そして本格的な修羅場。
女の戦いは怖い
そして、一夏の心の闇は深い……
それでは~