簪とのありふれた日常とその周辺   作:シート

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簪と過ごした冬休み―五

 目が覚めた。

 眠気はあるもののゆっくりと体を起し、辺りを見渡す。

 見覚えのない部屋にいる……そう寝ぼけ眼で考えていたが、次第に頭が冴えてきて更識家、それも簪の部屋にいるということを思い出す。

 枕元においてあるスマホで時刻を確認すれば、目覚ましをセットした時刻よりも少しばかり早い。もう二度寝をするつもりはないので目覚ましを止める。そして、ふと隣を見てみれば。

 

「……」

 

 気持ちよさそうに簪がまだ可愛らしい寝息を小さく立てながら眠っている。

 そういえば、こうして簪の寝顔を見るのは随分と久しぶりだ。気持ちよさそうに寝ている簪の寝顔があまりにも可愛くて、起さないように気をつけながら頭を撫でる。

 

「んっ……んん~っ……」

 

 声は上がったが起きてはいない。髪を梳くように撫でると口元を嬉しそうにさせ、今だ簪は気持ちよそうに眠っている。その寝顔はとても愛おしく。あまりにも無防備だから余計に守ってあげたいと優しい気持ちになる。

 簪の寝顔を見れるなんてことは滅多にない。今自分だけがこの寝顔を見れていると思うと嬉しくて、ちょっとした優越感に浸ってしまう。いつまでも眺めていたい。そんな気持ちになってくる。

 部屋の内線が鳴る。突然のことに驚きはしたが、受話器を取った。

 

「おはようございます。本日のご予定は……」

 

 モーニングコールを兼ねた連絡が入り、本日の流れを大まかに説明される。

 そして何でも朝食を部屋に持ってきてくれるとのこと。15分ほどしたら朝食を持ってくるとのことなので、とりあえず簪を起す。

 声をかけながら体をゆっくりとさすると、簪の眠たそうな目とあった。

 

「……んっんん~……おはよう……」

 

 寝ぼけ眼で簪は柔らかい笑みを浮かべながらそう言った。

 その可愛らしい簪の笑みに思わず見惚てしまう。

 内線の音で簪は起きたようで、二度寝する気配もないが、流石に起きたばかり。まだ眠たそうにしている。

 

「……んー……」

 

 両手を簪はだらっとこちらに伸ばしてくる。

 起せということか。普段お互い人前ではこんな風に甘えたりはしないが、今は部屋で二人っきり。しかも簪は寝起きで眠そう。こんな風に甘えられるのは嬉しいので、俺は簪の体を抱き寄せるように体をゆっくりと起した。すると、自然と抱きしめあうような体勢になる。伝わってくる簪の体温は暖かくて、心地いい。

 

「……んっ」

 

 軽く触れ合うようなキスをする。

 こうしておはようのキスをするのも久しぶりだ。

 

「……あっ」

 

 何か思い出した顔をして、簪はたたずまいを改める。

 

「新年明けましておめでとうございます。本年も相変わりませずお願いします」

 

 ベットの上で正座をして深々とお辞儀しながら新年の挨拶をされ、俺も新年の挨拶をする。

 そういえば、今日は一月一日。元旦だ。忘れていたわけじゃないが、こうして新年の挨拶をすると新年を迎えたんだと改めて実感する。

 

「新年の挨拶もだけど……新しい年になって始めに会えたのがあなたで嬉しい」

 

 そう簪は嬉しそうに、にっこりと笑みを浮かべて言った。

 そして起きた簪に今日の予定を伝えると、丁度朝食が部屋へとやってきた。

 メニューとしては軽いものだが、やはり見栄えはよく高級ホテルで出ていそうな料理だ。というか、こんな豪華な朝食を部屋で食べるのは何だか変な感じはするが、とりあえず朝食を済ませる。

 朝食が終わったらゆっくりできるわけでもなく、まず最初にある神事に向けて相応しい正装に着替えなければならない。俺は昨日と同じく黒のスーツ。そして簪は……。

 

「……おまたせ」

 

 着替えから戻ってきた簪は和服に身を包んでいた。

 艶やかな振袖が、小柄な身体にもよく似合っていた。

 髪は綺麗に結われており、いつもの眼鏡を外した顔には化粧がしっかりされていて、元々可愛い顔が更に映えていた。 起きた時よりも更に見惚れた。

 だからだろう。自然と綺麗だと素直な感想が口から出た。

 

「……あ……ありがとう」

 

 頬を赤く染め簪は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 それすら絵になる光景だった。

 

 神事は朝から昼頃まで続いた。

 最初のうちは初めてのことだけにどんなことをやるのかと見ているだけでも楽しかったが、それも本当に最初のうちだけ。神事は座って待つことが多くて、次第に飽きてきた。だが、飽きたからといって自由にできるわけでもなく、大人しく待つことしか出来なくて身体的にも疲れた。

 そして神事が終われば、昼食会。そして昼食会を終えた午後からは、わらわらと年始の挨拶客が楯無家へやってくる。 来ている挨拶客は地元の人や更識がフロント企業としてやってる会社関係の人が多くやってきているらしい。

 一夏と俺は立場上、挨拶の場にいれば騒ぎになりかねないので離れたところからその挨拶の様子を見ていた。簪は前当主の直系親族であり、現当主の妹なので、従者である本音を引き連れて挨拶をしている。何百というお決まりの年始挨拶を繰り返しはいたが、簪は嫌な顔一つせず、常に笑みを浮かべて挨拶に応じていた。挨拶客は夜まで途切れることはなく、それだけで一日が終わってしまいそうだった。

 夜は夜でまた宴会。集まったのは直系以外の親族や有力者ばかり。

 やっぱり、更識家としては午前の年始挨拶よりもこちらのほうが本番みたいなものなんだろう。宴会は昨日のものよりも豪華。

 

「なぁ、あの人って確か芸能人だよなぁ。テレビで見たことある」

 

 違うから。

 一夏が言葉で指した人は総理大臣。

 有力者の中にはテレビで見たことがある有名政治家どころか防衛長官や防衛大臣までいる。

 

「へぇ~、あれって総理だったんだ。知らなかったぜ」

 

 感心めいた言葉をもらす一夏。

 お前は物を知らなさ過ぎだ。自分の国の総理ぐらい知ってないとヤバいぞ。

 でもまあ、感心するのは分からなくはない。これほどの人達を呼べるのは、やっぱり更識家は暗部としての一面もあるから、そん所そこらの名家とは訳も違うし、確かに力のある家だということが分かる。

 この宴会には一夏と俺も列席させられていた。この場に俺達がいるということは他言無用とのこと。政治家の大人が素直には聞き入れないとは思うが、相手は更識家。まあ、大丈夫だろう。それに大人達は皆、一夏と俺が更識家にいることを喜んでいるよう。やっぱり、うれしいものなんだろうか、こういうことは。

 

「織斑さん、お姉さんの千冬さんは家ではどんな感じなのですか?」

 

「あ、私も聞きたいですわ」

 

「お、おう」

 

 ここでも一夏は人気者だ。もう沢山の人に囲まれて話をしている。

 姉である織斑先生のこともあって一夏のほうが話しかけやすいんだろうけど、話しかけやすいのはやっぱり一夏自身の人柄が一番大きい気がする。

 かくいう俺はというと話しかけられ、話はするが一夏ほど沢山の人とではなく、そういう意味では気楽だった。

 話もそこそこに普段では到底食べられそうにないご馳走や飲み物を堪能する。 しかし、腹が膨れ、特にこれといった話し相手がいなくなると、あっという間に片手間が暇になってくる。

 どうしたものか……そう思いながらあたりの様子を眺めているとふと、遠くにいる簪の様子が見えた。

 

「……ふふっ。ええ……それはありがとうございます」

 

 親戚の人だろうか。何人かの人達に囲まれて簪も話をしている。

 簪は人見知りのきらいがあるけど、今は笑みを浮かべて沢山の人と上手くやっている。思えば、午前の挨拶の時もそうだった。やっぱり、昨日のことが簪をそう強くさせているんだろう。

 そんな風に簪の様子を眺めていると目が合った。

 ……外に出るか。そんなアイコンタクトを簪に送れば、それに気づいて、周りにそれと悟られないように瞳だけで頷いた。

 

 宴会の席を後にして、外にある庭園へと出る。

 賑やかな中とは対象的に外は静か。人影もたまに通る使用人達ぐらい。

 

「……外はやっぱり……冷えるね」

 

 そう言いながら、簪はお付の本音を連れずに一人で現れた。

 そのまま俺の隣にやってきて、密着するほどではないが寄り添ってくれる。

 思っていたより、簪がやってくるのは早かった。抜け出してきたみたいだったけど、大丈夫だったんだろうか。

 

「うん……大丈夫。私も流石に疲れてきてたし」

 

 朝からずっと行儀よくさせられていたから無理もない。

 以前の簪ならいざ知れず、今日の簪は本当によく頑張っていた。

 

「そうかな? なら……頑張った甲斐があった。私……ちゃんと上手に更識の人間の務めを果たせてたってことだよね」

 

 立派だった。こんな頑張っているいい女がいるんだ。俺も負けていられない。

 庭園で夜空を眺めながら簪と一緒に一息つく。

 いつしかどちらからともなく手がふれあい、手を繋いでいた。

 

「いよいよ……明日だね」

 

 明日二日目の午後から、いよいよ今度は俺の家で残りの冬休みを過ごす。

 おそらく明日のことを考えているだろう簪の表情が、心なしかかなり緊張しているように見える。

 緊張するのは分かるけど、そこまでのことなんだろうか。俺の実家は更識家ほどきっちりしているわけでもなければ、豪勢なわけでもない。

 

「そういうことじゃないの。やっぱり……緊張するよ……明日だって思うと余計に。いろいろなこと考えちゃう」

 

 それは分からなくはないが……。

 

「だって……か、彼氏の……ご両親に挨拶するんだよ?」

 

 それもそうだな。

 頬を赤らめて恥ずかしく言われるとこっちまで何だか恥ずかしくなってくる。

 というか、こんな話前にも列車の中でしたな。そういえば。

 

「ふふっ……確かに」

 

 小さく笑みを簪は浮かべて笑う。

  

「そろそろ……戻らないと」

 

 宴会はまだまだ続いていく。

 流石に付き合っているとは言え、いつまでも二人だけ抜け出したままというわけにはいかない。

 

「ありがとう……元気出た。もうひと頑張りできそう」

 

 それならよかった。

 ほんの一時でもあの宴会での疲れや堅くるしさを忘れられたのなら何より。もうひとふん張りだ。

 庭園を後にして、俺と簪は宴会の席へと戻って行った。

 




着物の姿の簪ちゃん可愛い!ヤッター!
もっと! 簪をもっと可愛く。刹那、究極的に可愛く書かなければなけない……

この場を借りて、『簪とのありふれた日常』の推薦を書いていただいたふろうものさん、ありがとうございました。

今回の話の男主も前回同様に簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは~

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