簪とのありふれた日常とその周辺   作:シート

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簪と過ごした冬休み―三

 夜、直系親族とそこに仕える上位の使用人家のみの宴会。

 本当にそれだけの人達しかいないのに、やっぱり格式ある家。俺が知る宴会とはほど遠く、きっちりとして、席順がちゃんと決められていた。

 上座と呼ばれる一番偉い人が座る席に当主である楯無会長が座り、そこから中心にして、左右に別れて用意された席。

 上手の席から当主の次に偉い御館様が座り、その隣に三番目に偉い簪が座り、と偉い順に上手から下手にかけて座っていく。相変わらずの別世界感。いつの時代の年末風景何だか。

 親族でもなければ、上位の使用人家の人間でもない俺と一夏がその宴に呼ばれていること自体おかしな話。

座っても下手の一番端だろうと思っていたが、俺は簪の隣、四番目に偉い人が座る席に座らされ、一夏は上手にある上位の使用人家で五番目に偉い、本音の隣の席に座らされていた。

 こんなことは初めてなようで親族の方々や上位の使用人家の方々は動揺しているのは明らかだが、当主である楯無会長が俺達の席順を決めたとのこと。内心に不満はあったとしても、誰も文句どころか、不服そうな表情をし続けるものはいない。だが、俺としては居心地が今日一番悪かった。

 

「美味しいわ」

 

 宴の料理に舌鼓を打ち、そんな感想をもらす楯無会長。

 流石は名家の宴で出る夕食。楯無会長の言葉通り、どの料理も美味しく、豪華。下手したら一生お目にかかれそうにない料理ばかりだ。

 それに宴につき物なのがお酒。御館様を始めとする周りの大人は楽しげに酒を飲んでいる。俺や簪、一夏や本音、布仏先輩は未成年なので飲んではないが、当主である楯無会長はそうはいかないみたいだ。今夜は無礼講、加えて当主としてのメンツや付き合いというものがある様子。

 俺が見た限りでは、嗜む程度の量ではあるがお酒を飲んでいた。若くして、これほどの親族の上に立つ苦労は俺が諮れるものではないのだろう。

 しかし酒が作る陽気な雰囲気のおかげもあってか、俺も簪の親戚の方と当たり障りのない軽い世間話をしながら、宴を楽しむことが出来た。

 

 宴の夕食を食べ終えたが、宴そのものは年明けまで続くらしい。

 大人達は酒盛り。しかし、夕食を済ませた未成年組みは酒盛りするわけにもいかず、席を外すものも少なからずいる。席を外しても、年明け前にはこの場に戻っていればいいとのこと。またお風呂を貸してもらえるとのことなので、使用人へ「風呂を頂く」的な意味の言葉を掛け、簪に伴われて退出、部屋へ戻った。

 宴の席で少しではあるが御館様と会話をした。その時、特にこの後話があるようなことは言われなかった。見逃してもらえた、もしかすると思い違いだったのかもしれない。

 そう思っていたが、宴の部屋を出る時、御館様と目が合った。まさかな。

 

 部屋に戻り、着替えを用意してると、部屋の扉がノックされた。

 簪が扉を開け、対応する。扉の向こうには使用人らしき人がおり、簪と会話している内容が聞こえてきた。

 

「はい」

 

「お話があると御館様からのご伝言です。お二方ともお風呂が済み次第、御館様の私室まで来るようにと」

 

「……分かりました」

 

 伝言を伝え終えると、使用人は一礼して去っていった。

 

「やっぱり……呼ばれちゃったね」

 

 複雑そうな表情で簪はそう言った。

 

 見逃してはもらえなかったか。

 まあ、一夏は話を済ませていたし、宴で聞いた話によると他の親戚の方々も既に御館様または当主である楯無会長と話を済ませたとのことで、残すは俺と簪のみ。

 これは毎年ある決まりごとらしいから仕方ない。

 

「……頑張ろうっ」

 

 簪が勇気付けてくれるように手をぎっゅと握ってくれる。

 そうだ、頑張ろう。一夏に話されたようなことを言われると思うと、気が滅入ってくるが、これが今日一番の山場だ。乗り越えてしまえば、後のことなんて楽に感じてくるはずだ。

御館様を待たせるなんてことはできないので、いつ頃私室へ向かうのかはっきりとした時間を使用人から御館様に伝えてもらうようお願いし、風呂に向かった。

 風呂に入っていた時間は大体、二十分ほどだったと思う。もちろん、男女別で特に他の誰かと風呂が被ったということはなかった。一人で大きな浴室、浴槽を楽しむ。気持ちは落ち着けられたはずだ。

 そして風呂を済ませ、簪と二人一緒に御館様の私室の前までやってきた。

 

「……ふぅ……」

 

 簪は扉の前で緊張した様子で深呼吸を一つする。

 話すといっても一般的な親子の会話だけではすまないのは確か。それに今から御館様にどんな話をされるのか、簪も俺と大体同じ想像がついているはずだ。

ぎゅっと唇を噛み締め、簪は覚悟を決めたように、扉をノックした。

 

「入れ」

 

 低く、威厳のある声が部屋の中から聞こえ、俺達は部屋の中へと入る。

 私室は高級感ありながらもシックな雰囲気で落ち着いた部屋。俺達はソファに座るように言われ、反対側に御館様が座る。俺達と御館様の間には一つ机があり、その上には御館様のだろうか。ささやかな酒と肴が用意されていた。部屋には本当に三人だけ。気まずい雰囲気を俺は感じた。それは簪もらしく、顔こそは伏せてなかったが気まずそうに目を伏せていたのが横目に見えた。

 

「そういえば、君には自己紹介をしてもらったがワシの自己紹介がまだだったな。遅れて済まぬ。ワシは現御館、刀奈の先代にあたる第十六代目、『楯無』の――」

 

 と、自己紹介を御館様からされた。

 

「しかし、刀奈よりも簪のほうが先に男を連れて帰ってくるとはな。しかも、世界で二人しかいないあの男性IS操縦者の片割れとは。我が娘ながら、よくやったと言うべきか。簪よ、いい人を捕まえたものよな」

 

「……はい」

 

 恐縮した様子で簪は返事をする。

 御館様の言葉は、いろいろな意味がありそうだ。本当にただいい人という意味なのか、それとも更識家や国にとって政治的に他をおいて都合のいい人はいないという意味なのか、ということ。

 考えすぎな気はしなくないが、わざわざISのことを言ってから言うあたり、後者の意味も含まれている気がしなくはない。

 

「布仏の娘も織斑君と交際している。いいことだ。となると、心配なのは刀奈だ。刀奈は当主の立場あって大人をしているが、実際は生娘だからな」

 

 流石は父親。娘のことはよく分かっている。

 実際、御館様の言っている通りなんだろう。

 

「して、二人は夏頃から交際をしておると聞いているがどうだ」

 

 その通りです。お嬢さんとは夏頃から付き合わせてもらっています、と俺は肯定する。

 緊張からか言葉遣いが変に感じる。

 というか、そんなこと知っているのか。おそらく、簪か楯無会長から聞いてのことだろうけど。これ以上のことを知っていそうな気がするのが怖い。

 簪と付き合い始めたのは、夏頃。正確には夏休みの終わり頃。

 もう数ヶ月も前のことだ。懐かしく思える。

 

「そうか。それで簪は夏帰省しなかったのか」

 

「……ッ、夏の行事を欠席してしまったことは申し訳ございません」

 

 簪は深々と頭を下げる。

 

「よい。専用機の件があったのだろう。何より、学生の夏はいろいろと忙しいからな」

 

 含みのある御館様の笑みが気になる。否応なく楯無会長の似た笑みを思いださせられる。

 夏もやっぱり、更識家は行事があったのか。旧家だから季節ごとの行事が多いんだろう。

 夏は俺達が付き合い始めた季節だけど、同時に簪の専用機「打鉄弐式」が完成した季節でもある。

 

「婿殿。実際君は簪のどこに惚れたのか聞かせてはもらえないだろうか」

 

「なっ……!?」

 

 素で簪は驚いた声をあげる。

 婿殿って。旧家更識家の娘である簪と付き合ってるんだ。男女の交際関係にあるってことは、ひいてはそういう認識をされるものなんだろう。ISを使えれば尚更。

 それにしても随分と突っ込んだことを聞いてきたな。彼女の親に何処に惚れたのか言うなんて中々難易度高い。言えないわけじゃないが、親の手前。言い難さは物凄い。

 でも、言わないわけにもいかない雰囲気。言って減るものじゃないし、言わないままでいると印象が悪くなりそうな気がする。言うことで少しでもプラス印象を御館様に持ってもらえれば良し。俺は、意を決して言った。

 

「はっはははっ! そうかそうか! 簪や、愛されておるなぁ」

 

「は、はい……っ」

 

 俺の簪の何処に惚れたのかを聞いて、御館様は満足にニヤついた笑みを簪に向ける。

 簪は簪で、耳まで真っ赤にして恥ずかしそうに俯いて顔を隠している。

 にぎやかな雰囲気。てっきり、難しい話や重い話などをされるものばかりだと思っていたが、今はそんな気配はない。正直、拍子抜けだ。まだ油断なんて出来ないとわかっているのに、にぎやかな雰囲気を前に入れた気合みたいなものが抜けそうになってしまう。

 

「時に婿殿よ。気が早いのは重々承知だが卒業後はどうするつもりか考えているか」

 

 突然の言葉だった。

 卒業後。それはあまりにも先のことで、漠然としている。いや、漠然となんてものじゃない。どうなってるか、まったく見えない。俺は卒業後、どうなっているんだろう?

 卒業後も簪と一緒にいたい……結婚だって考えてないわけじゃない。そうした思いはある。でも、そうする為には現実的な未来設計がなければ、ただの上辺だけのことだ。

 将来どうしていくのか。具体的にどんな職業につくのか。そうしたのが俺には見えない。男でありながらISを操縦できる身。普通には生きていけない。どうしてもそのことが先のことを暗くしていく。

 

 すぐに答えられずにいる俺に御館様は言葉を続ける。

 

「君は男でありながら、ISが使えようとも一般家庭の出。織斑君のように後ろ盾があるわけじゃない。いつまでも今のように上手く行くとは限らんぞ」

 

 御館様の言うことはもっともだ。

 俺は一夏じゃない。姉が世界最強でもなければ、知り合いにISの開発者がいるわけでもない。そうした後ろ盾ようなものが、すぐに頼れるものがあるわけじゃない。この先、そんなもの俺個人では到底作れないだろう。

 それに今は学生の身。政府やIS委員会が守ってくれているが、それがいつまでも続くという保証は何処にもない。様々な思惑が集まった集団に守ってらっているんだ。政治的にいいように使われる可能性だってないとは俺には言い切れない。

 俺がいいように使われるのは百歩譲っていいが、親にだって今以上に迷惑をかけるかもしれない。ただでさえ、今だって俺がISを使えたばかりに迷惑をかけてしまっているのに。

 最悪、簪にだって迷惑をかける可能性もある。ISが使える以外、力は勿論、コネも後ろ盾も何もない自分を無力に感じて。ないものを持っている一夏を羨ましいと一瞬でも思った自分が情けなくなった。

 

「君には、今後も他の誰でもない更識家の娘である簪とだけ付き合っていくという堅い決心が――更識家に入る覚悟はあるか」

 

 凄味のある眼光を向けながら、御館様は問いかけてくる。

 流石は、元楯無の名を冠していた人。貫禄と威圧感に溢れていた。

 今まで感じてきたプレッシャーなど、比較にはならない圧力だった。

 

「……」

 

 隣にいる簪は俯いたまま、不安げな表情で俺の答えを待っている。

 御館様が真意を確かめようとしているのは俺にでも分かる。

 更識家に入るということは、今日のような旧家特有のしきたりや行事ごとなどに深く関わることになる。当然、しがらみも増えていく。でも、それは更識家の一員にならなくても、簪と今後も付き合っていけば、ありうることだ。

 それだけのことで卒業後の身の安全は無論、両親のことを守れるのなら是非もない。

 更識家に入っても、俺がISを使えるということは充分に利用されることだろう。それも構いはしない。

 別に後ろ盾がほしくて簪を好きになったわけでもなければ、付き合っているわけじゃない。何だか、簪をいいように利用している気がして、気が引ける。だが、そうしたいろいろなことを知った上で、それでも更識家に入る、今後も簪は付き合い続ける覚悟はあるのかと、御館様に今聞かれている。

 

 それに御館様は意地悪な人だ。

 俺が簪と別れるつもりがないのを確信して、こんな選択肢のないことを聞いてきている。

 更識家に入れば、辛く苦しい大変なことがいくつも待っているだろう。それでも気持ちは変わらない。俺は簪と離れるつもりはない。

 俺は頷いて、自分の言葉で覚悟を御館様に示した。

 御館様は俺の言葉を聞いて、口角に笑みを浮かべた。

 

「そうか。誠に婿殿は決断が速い。それは早々できることではない。無論ただそれだけはないだろう」

 

 口角に笑みを浮かべたのは変わらず、問いかけてくる。

 簪とは今後も付き合っていく。将来的に更識家に入るのもいい。その上で男性IS操縦者ということを利用されるのも致し方なし。だが、一から十のように何から何までただ良い様に利用されるつもりはない。そう俺は気概を示す。それが今の俺に出来る唯一の抵抗。

 それを聞いて、御館様は楽しげに笑った。

 

「ただ良い様に利用されるつもりはないか! 生意気だがその気概気に入ったぞっ、婿殿っ! 簪よ、まったく気持ちのいい少年を見つけてきたな」

 

 御館様が笑い、胸を撫で下ろして俺も少しだけ笑った。

 

「簪」

 

「はい」

 

「お前も覚悟はあろうな。今以上に更識の人間として生きる覚悟が、彼と共に生きていく覚悟が」

 

「もちろんです。彼の隣は誰にも譲りません」

 

 簪は即答だった。

 瞳に強い覚悟を宿した簪を見て、御館様は嬉しそうに笑みをほころばす。

 その笑みはまるで一人立ちする娘の姿を喜ぶよう。

 

「強くなったなぁ簪。ISを使える男が我が更識家にくるんだ。都合がいいのは事実。元より、拒絶するつもりはないが一個人としてのお前達二人の仲を正式に認めよう」

 

 それは嬉しい言葉で、簪は嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 その後は、近況をあれこれ話したりして時間が過ぎた。

 特にこれといった内容はなく、やがてお開きとなった。

 

「では、御館様。そろそろ」

 

「うむ。……婿殿よ」

 

 席から立った時、御館様は言った。

 

「今なら刀奈も嫁にやるぞ。ISが使える君なら嫁の一人や二人抱えたところで皆が納得しよう。刀奈は、楯無だ。君にとって更識にとっても簪よりももっと都合が良い。どうだ?」

 

「……お、お父様!?」

 

 思ってもいなかった言葉に簪は動揺する。

 まったく、御館様は。表情は真剣なのに、目が笑っている。

 俺は一言、御戯れを。そんなつもりはない。簪だけで十分だ。そう返した。

 

「そういうと思ったわ。言わなかったらぶっ飛ばしていたところだ。いくら君がISを使えて嫁を複数人持てようともそのようなことをすれば、我が娘もどうかと、そこに漬け込む下賎な奴も必ず現れる。婿殿や織斑君は身持ちが固いほうが今の世の中丁度いい」

 

 そう冗談でも言うように楽しげに話す御館様は最後まで気の抜けない人だと感じさせられた。

 






今回の話の男主も前回同様に簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは~

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