「冬休み……予定空いてたら……私の実家来ない?」
そんな誘いを受けたのは冬休みに入る前、十二月上旬のこと。
何でも更識家では新年一月一日一族関係者集まって行う年始行事が毎年あるらしい。特別な事情がない限りは一族関係者は必ず出席しないといけないらしく、簪も出るようで実家に帰省するとのこと。
冬休み――IS学園でも普通高と同じぐらい十二月二十五日から冬休みがある。悲しいかな特にこれといって予定はない。まあ、本当にないわけじゃない。あるとすれば俺も実家に帰省するぐらい。
それも帰れるのは、自分の専用機関係のこともあって年明けになりそうだ。だから、簪ほどにそんな特別な予定があるわけじゃない。
しかし、簪と付き合ってはいるけども俺は更識家の人間じゃなければ、関係者でもない。俺が行ってもいいものなんだろうか。
「大丈夫。御館様……つまり、私のお父様があなたに会いたがってるの。今回連れて来いってお父様から直々に言われたから」
簪の父親に会うのか……簪の家に行くってことなんだからそういうことになるんだろう。
これはもしかして親に恋人を紹介するって奴になるんじゃないだろうか。
「そうだね。少しはあなたのことお父様に話したけど、一度ちゃんと会って紹介したい。ダメ……かな?」
そう言われて、断るわけがない。俺は二つ返事で了承した。
簪の父親、ひいては親族とも会うことになると思うと緊張してくる。だが、俺も一度ちゃんと面とむかって会って少しでいいから話ぐらいはしたい。
簪と付き合っていることをちゃんと自分の口から言って、出来れば認めてもらえると嬉しい。今時、そんなこと一々しなくてもいい気はするが親公認であるのと、でないとではやっぱり違う。
頑張ろう。
そして今日三十日。
俺と簪は夜、寝台列車に揺られていた。
簪の実家で行われる年始行事に向けて、実家へついていけないとならない十二月三十一日に間に合うようその前日から向かっていた。
「ちょっとした長旅になるね。ずっと乗りっぱなしだけど」
そう楽しげに言う簪の胸元にはクリスマスにあげた指輪がネックレスとなって光っている。
簪の実家がある地元までは寝台列車で約八時間以上かかる長旅。寝台列車は疲れると聞いていたが、思ってた以上に快適。
というか、今俺達が使っている客室は物凄く豪華だ。よくこんな部屋取れたな。
「ん。まあ……ね」
簪が取ってくれた寝台列車の部屋は二人部屋だった。
俗にいうスイートルームで内装は寝台列車とは思えないほど豪華で綺麗。ツインベッドに2人分のソファはもちろんシャワールーム、トイレなどを完備しているその様子はさながら高級ホテルの一室のよう。
こういうのって何年も前から予約一杯でいきなり取れるものではないだろうし、下世話な話になるが値段もかなりするはず。
それこそ一般の高校生ではとても出せないような金額。まあ、IS学園に通ってる時点で一般ではないけど……。
「ちょっと値は張ったのは確かだね。それでも一泊六万ぐらいだよ」
簪はなんてことのないように言ってるけど、た、高い……。
相場的にはそんなものなんだろうけど、簪……それを俺の分も払ってくれたんだよな。
彼女に宿泊費を持ってもらうのは何だか男としてはなさけない限りだ。そんなすぐには払えないけど。
「お金のことは気にしないで……って……言っても気にするよね。でも、気持ちだから。折角、遠い私の実家まで今こうして来てくれていることだし」
この件についてこれ以上何か言うのは野暮というもの。簪の気持ちはありがたく受け取っておこう。
そしていつか倍にして返せるようになろう。
にしても豪華だ。
簪がこんな高そうな部屋をさらっと選べるのは、やっぱり家が裕福だからなんだろう。
IS学園にはオルコットのようなお嬢様は決して多くはないが珍しくもない。ISはいろいろとかかるからな。
簪もまたそんなお嬢様の一人。楯無家は対暗部用の暗部の家系らしく、日本有数の歴史の古い名家。旧家のようなものだと楯無会長から聞いた。
俺は簪の家、楯無家についてほとんど何も知らない。知っていることと言えば、さっき言ったことぐらい。暗部、つまりスパイや諜報的な家系だからそう簡単にぺらぺらとは言えないことのほうが多いことは分かってはいる。でも、具体的にどんなことをしているのか気になってしまう。
「私……自分の家が暗部だってのは知ってるけど、暗部としてどんなことをしてるのかはまったく知らない。知らされてないの」
簪の言葉に俺は意味が今一つ分からず首をかしげる。
「私は当主の証である楯無の名を継いでないから。暗部としての更識については当主である楯無の名前を継いだものとその直轄の人間にしか知ることができない決まりなの。だから、私は何も知らないし知れない」
淡々と言う簪。
そういうことか……当主になる人間しか知れない、知らされないってのはありえる話ではある。
暗部の家系だとやっぱり秘密主義的なところを持たないと情報とかを守れないから、実の家族に対してもそういうのは仕方ないことなのかもしれない。
「私が知ってるのことって言えば……表の顔として更識は企業経営してるってこと……ぐらいかな」
会社か……。
「大企業ってほど大きくはないけど……そこそこ大きい中規模企業を経営してるの。歴史も大分長いって聞いた」
表の顔として企業経営……俗にいうフロント企業みたいなものか。言い方は悪くなるが。
暗部としての更識を抜きにしても、簪は歴としたお嬢様。
普段からの立ち振る舞いや礼儀作法はもちろん、私服や身につけているちょっとしたアクセサリーとかが高級感溢れていたりと前々からお嬢様だとは思っていたけど、まさかそれほどとは。
実家はきっと大きいんだろうな。そう思うと何だか余計に緊張してくる。
「そう……だね」
暗い表情を簪が浮かべ、胸元にあるネックレスをぎゅっと両手で抱きしめる。
一瞬緊張からかと思ったけど、これは違う。何かを思い出しての顔だ。
状況から察するに実家での何か嫌なことでも思い出させてしまったんだろうか。
「うん……ちょっとね。家じゃ楽しい記憶よりも辛い記憶や悲しい記憶ばかりだったから……家を離れて寮生活をしてまた戻るってなると何だか変な感じがして……つい思い出しちゃって。ちょっぴり不安」
気が重たそうだ。
無理もないか……簪から聞かせてもらった昔話は、いつも姉である楯無会長のようになることを両親達から期待と比較され続けた話ばかり。期待に報いようとしても楯無会長という偉大すぎる人の残した結果の前では、頑張って作った結果はないも等しいものと扱われ認められない。
泣き言なんて誰にもいえない。いえる状況じゃない。ただ心を閉ざすようにしていなければ、心が当の昔に折れてしまいそうだった。そんな話ばかり。
楯無会長はもちろん、簪の家庭の事情からしてそうになるのはある種当然のことなのかもしれない。不安は避けられそうにない。
「……」
簪は列車の窓から見える流れる夜の景色を、不安そうな瞳でぼんやり見つめていた。
避けられそうにないのなら、乗り越えるしかない。それに俺だって不安なことはある。
「不安……? あなたが……?」
驚いたような目で言う簪。
まるで俺には不安なことなんてない能天気な奴みたいだと云われてるようだ。
「そんなこと言ってない。でも、不安がるなんて珍しいね。いつもどっしり構えているのに」
あのな……俺だって不安なことぐらい一つや二つはある。
これから彼女の実家に行って、両親や親族と顔を合わせることになる。ましてやそこで簪とつき合わせてもらっていることを認めてもらおうとするんだ。不安になるだろ。
言っても仕方ないが、現実問題として、簪はいいところのお嬢様。対して俺はISが使える以外は特にこれといってないただ一般家庭の一般人。一夏の様に姉がいて有名人で実力者なんてこともない。
『お前と簪とは住んでる世界が違う。認めん』なんていわれたらと思うと……。
「ふふっ……何それ漫画じゃあるまいし……ふふっ、あははっ」
ツボに入ったのか小さく笑う。
笑い事じゃないんだけど……言葉は兎も角、認めてもらえなかったらと思うと不安だ。認めてもらえることに越したことはないのだから。
「だね……避けられそうにないのなら、乗り越えるしかない。あなたと一緒なら私は乗り越えられる」
お互いに、ふっと笑う。
「あ……でも、私もそういう不安ごとならまだある」
まだ何かあるのか?
「忘れたの? 私だって……あなたのご両親に年明け挨拶しに行くんだよ。認めてもらえなかったらって思うと……私だって怖い」
年明け一月二日頃の昼から今度は俺の実家へと簪と一緒に行くことになっている。その時には親に簪を紹介する予定だ。それはつまり、簪は俺の親に挨拶をするということにもなる。
でもまあ、不安がるほどじゃないと思うけどな、ウチは。簪なら親も喜んで認めてくれるはずだ。というか、認めないっていう選択肢自体まずないだろう。
「そうは言っても初めて会うんだよ。緊張したりつい悪い風に考えてしまうものでしょう?」
それもそうだな。
不安な気持ちも、それを乗り越えようとする気持ちもは俺と簪は一緒だ。
「頑張ろう……ね」
ああ。
俺達はお互いに決意を新たにした。
「んっんん……」
眠たそうにしている簪。
時間を確認すれば、もう日付は変わって大分夜は更けこんでいる時間帯。寝台列車に乗った時間は大分遅かったから、本当はもう寝てないと明日が辛い。寝台列車は列車なわけだから当然駅に止まって、俺達は俺達でおりるべき駅で降りなければならない。だから、こうして起き続けて、寝るのが遅くなると寝過ごしかねない。そろそろ寝ないと。
「そうだね」
俺はベットに入ろうとする。お風呂も明日の身支度も全て学校で済ませてきた。後は本当に布団に入って寝るだけ。だというのに簪は物言いだけな顔をしてる。
「あ……あの……ね」
いつになく簪はもじもじとしている。
心なしか頬がほんのりと赤く染まっている。どうしたんだろう?
「一緒に……寝てもいい?」
それは一つのベットで眠るってことだよなと確認すれば、簪は恥ずかしそうに頷く。
俺としては大歓迎だが、ベットは二つあって、ベットそのものは一人用。一人用ので二人で寝れば、狭くてぐっすり眠れないと思うんだけどそれでも簪はいいのか。
「うん。私はあなたの傍が一番ぐっすり眠れるから」
うれしい事を言ってくれる。
俺は喜んで簪を胸元へと歓迎する。かけていた眼鏡を枕元において、胸元にやってきた簪は嬉しそうに笑みを浮かべている。
「あったかい……安心する。こうして二人一緒に寝るの久しぶり」
胸元に顔をうづめながら、まるで猫の様にすりすりとしてくる。くすぐったい。
言われてみればそうだ。基本俺達は寮生活で別々。こうやって二人一緒のべットに寝るのは本当に久しい。簪は間なんて存在させないようにぴったりとひっついてくる。すると、簪にある柔らかくいいものが俺の体に当たって、俺は俺で反応するものが生理現象的に反応してしまう。
「欲情してる。嬉しい。が、我慢できないのなら……今……襲ってくれてもいいんだよ?」
俺の様子に気づくと簪は、いじわるっぽい笑みを浮かべて言う。
欲情とか襲うって。まったく……いつから簪はこんなにもいやらしくなったんだ。どっちかというと嬉しいけども。
「私をこんな風にしたのはあなたなんだから……ね。好きなようにしていいんだよ」
艶やかな声でいう簪にグッとそそられてしまう。
理性の防壁みたいなものを今のでがっつり削られてしまった気がする。でもダメだ。明日は大事な日。そういうのは許されない。まあ、許されればまんざらでもないが……こういうのは機会が大切だ。
「そうだね。楽しみしてる」
布団を被りなおす。
「ん……ちゅっ……」
最後にキスをして俺達は漸く眠りについた。
…
今回の話の男主も前回同様に簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。
それでは~