簪とのありふれた日常とその周辺   作:シート

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簪と見守った一夏と本音の告白 オマケ

 一夏と本音の告白の件から一週間ほどが経った。

 俺達の願い通り、二人は無事付き合うことになった。晴れて正式な恋人関係だ。

 隠すなんて出来ない一夏。二人が付き合うことになったことは当然の如く、周りに知れ渡った。予想通り……いや、予想以上の反響があった。一夏と本音にどうやって恋人になったりだとかお互いの好きなところだとか質問攻めをしたり、泣いたりだとかいろいろと。今思えば、俺が簪と付き合うことになった時以上だ。

 世界、学園で二人しかいない男性IS操縦者。しかも一夏はアイドル的な扱いをされているところがあるからある意味当然の反応と言えば、当然か。

 

 反響……精神的ダメージが大きかったのはあの五人だというは語るまでもない。

 筋を通すと一夏はあの五人に本音を恋人として紹介したが、最初は言葉を失ったと思ったら、泣き叫んだりと阿鼻叫喚の地獄絵図。

 一週間経って周りの子達は受け入れたり慣れ始めたりしているけど、あの五人が皆全てを受け入れたり慣れはじめるのには、まだたくさんの時間がいる様子。

 こればっかりは本当にたくさんの時間が必要だ。時間が全て解決してくれるなんてことを言いきることは出来ないけど、まず最初に時間をかけなければならない。

 凰やオルコットは折り合いつけたら立ち直り早そうだけど……篠ノ之やボーデヴィッヒは難しそうだ。特にデュノアが一番危ない感じはした。

 

「何もなければ一番いいんだけどね」

 

 寮の外。夜、いつもの場所から寮へと戻る帰り道、隣にいる簪がそんなことを言う。

 

「もし仮に流血沙汰になったりしたら目覚め悪い」

 

 冗談半分で簪は言っているが半分本気だ。

 流血沙汰か……流石にありえないと思うけど、一概に否定できないのが怖い。前科ありすぎだからな……あの五人は。本当何もないのが一番なのは確か。今は何も起きないことを祈るばかりだ。

 

「でも、くっついて本当よかった」

 

 簪は嬉しそうだ。

 俺だって嬉しい。二人が付き合うことに、恋人関係になってよかったと思う。俺達が二人の為にした些細なことも無駄じゃなかったし、何より一夏も本音も今とっても幸せそうだ。

 付きあって間もないから幸せなのは当然かもしれないけど、俺と一夏は置かれている状況が状況なだけに幸せになりにくい。だから、一夏達の幸せも末長く続いてほしい。

 それに隣でうーうー唸られて悩まれることがなくなってよかったのが一番よかったかもしれない。仕方ないとはいえ、ずっと唸りながら悩まれるのは正直鬱陶しかった。

 もっとも、悩まれることはなくなったけど代わりに惚気られるようにはなったが。

 

「嫌そうだね。私も本音にここ最近ずっと惚気られてばかりだけど楽しいし嬉しいよ」

 

 それは女同士だからだろう。女子ってのは恋愛トークやらなんやらで何時間も楽しそうに過ごせる。

でも、俺と一夏は男同士だ。聞かれなければ話はしなかったが、俺も今まで一夏には散々惚気話を聞いてもらったから、聞く義務は当然あると思い聞くには聞いていたけど。一夏の奴、こっちが話を聞く気がなくても一方的に喋り続ける。更に聞いてないと分かると怒るからめんどくさい。

 付き合ったばかりだし話したい、聞いてもらいたい気持ちは分からなくはない。実際、一夏がそういう話をしている姿を見れるのは嬉しい。一夏は何処か絵に書いた英雄像臭くて人間ぽくない一面があるから、そういう歳相応の人間臭い一面を見れるのはいい。

 だが、うれしいだけで楽しくはない。男が男の惚気話を聞かされても退屈なだけだ。そもそも一夏とは今まで恋話どころか女子について深く話したことなんてない。話したことなんて精々好みのタイプぐらい。

 だから、こう毎日一夏に惚気られ続けのは辛いものがある。

 

 そんな話をしながら寮の中、ラウンジまで行くと。

 

「あ、かんちゃん! おかえりなさ~いー!」

 

「うん……ただいま」

 

「お前も帰ってきたんだな」

 

 ラウンジで出迎えてくれたのは一夏と本音の二人だった。

 夜、自室からの外出禁止時間までの間、俺達に倣ってか二人は付き合い始めてから今みたいによくラウンジで二人一緒にいる。ぶっちゃけイチャついている。

 ラウンジには当然他の生徒もいる。だが、一夏と本音は……というか、一夏は周りの目も気にしてないもよう。本音しか眼中にない。

 こんな大っぴらなところでイチャつくものだから当然見られるし、話題のカップルだ。皆、気になって覗き見してたがそれも最初の一日二日程度。誰もが一夏と本音のかもし出す甘い雰囲気にあてられ、見ているほうが恥ずかしくて見れなくなるという始末。今ではもう見て見ぬふりをするのが暗黙の了解。

 それを知ってか知らずか、一夏と本音は座っているのに仲睦まじげに手を繋いでいる。

 

「今夜もラブラブだね」

 

「う、うんっ」

 

 冷やかすわけでもなく事実を淡々と言う簪に本音は恥ずかしそうに照れながらも嬉しそうに頷いていた。

 そろそろ自室からの外出禁止時間なのに俺達が集まると目立つようだ。その証拠にまだラウジンジにいる沢山の生徒が、チラチラとこちらの様子を伺っている。

 一夏はまあいいとして本音もよくこんな人目のつくところで出来るな。人前でもイチャつくのは本音、満更でもなさそうというか……むしろ嬉しそうだからまあ本音もいいんだろうけど。

 

「おい、何やってる。そろそろ時間だぞ、お前達部屋に戻れ」

 

「やばっ! 織斑先生だ!」

 

 見回りでラウンジにやってきた織斑先生の姿を見て、ラウンジに残っていた生徒達は去っていく。

 すると、織斑先生は俺達を見つけて言葉をかけながらこっちへ近寄ってくる。

 

「お前達も部屋に戻……」

 

 絶句した織斑先生。視線の先に目をやるとそこには一夏と本音。相変わらず手は繋いだまま。

 

「もうそんな時間か……のほほんさんと分かれるの寂しいな」

 

「そ、そうだね……」

 

 能天気に口説き文句を言う一夏とは対照的に、本音は一夏の言葉は嬉しいが素直には喜べない様子。

 本音は複雑そうな表情を浮かべ、伏し目がちに織斑先生を気にしているようだった。

 

「……」

 

 戸惑いやら怒りやらなんやらが目の前の光景を見て全部吹き飛んだのか、どんな顔をしたらいいのか分からないといった何ともいえない顔をしている。

 鉄仮面といったらアレだけど、いつも凛々しい表情の織斑先生しか知らない。先生でもこんな顔するんだ。まあ無理もないか。こればっかりは。

 ラウンジ来たら、生徒とは言え弟が教え子とイチャついているんだからな。

 何ともいえない顔をしている織斑先生が本音を見ているけど、その目が心なしか怒っているように見えるのは気のせいなはずだ。そんな目で見つめるものだから本音は少し怯えている。織斑先生の目の雰囲気に気づいてないのは一夏だけ。

 そしてふと本音と織斑先生の目が合うと、本音は視線をそらし、織斑先生はハッと我に返ったようだ。

 

「い、一夏っ」

 

「?」

 

「お前、彼女出来たんだな」

 

 言葉ははっきりしているのに声が震えている。

 ショックを隠せないのが分かる。

 

「ああ、千冬姉……じゃなかった、織斑先生も知ってたんだな」

 

「まあ、な。生徒達が噂してたからな」

 

「そっか」

 

 当たり障りのない様に応える織斑先生を見て一夏は真剣な表情をして改まった様子でいった。

 

「じゃあ、言っとかないとな。織斑先生……いや、千冬姉。紹介するよ、一週間前から付き合うことになった彼女ののほほんさん、布仏本音さんだ」

 

「えっ? は、はい! 布仏本音です! お、織斑君とは一週間前からお付き合いさせていただいてまして! その! えっと! 織斑先生! 不束者ですが末永くよろしくお願いしますっ!」

 

 いきなり一夏に振られたものだから本音は慌てた様子で立ち上がり口早に言った。

 オマケに深々と織斑先生に頭を下げている。

 

「のほほさん、何だかそれ結婚の挨拶みたいだぞ」

 

「あっ……うぅぅっ」

 

 一夏は一夏で本音の緊張が少しでも和らぐように軽い冗談のつもりで言ったんだろうけど、本音は間に受けて顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯く。

 ちゃんと紹介したのはえらいと思うし、一夏らしいけど

 

「――」

 

 絶句し続けている織斑先生の笑顔凄い引きつってる。

 弟に彼女が出来たことは喜ばしいこと。弟の幸せを喜ばないといけないと分かってはいるみたいで、喜ぼうとはしている。だけど本心では複雑で素直に喜べない様子だ。それだけで内心物凄くショックを受けているのことがよく分かる。

 無理もないのかもしれない。一夏には年上好きと同時に相当なシスコン疑惑があるけど、織斑先生にも相当なブラコン疑惑がある。実際、織斑先生は一夏のことを物凄く大切にしていているのはよく知っている。

 だから弟に彼女が出来て、彼女が出来ることを覚悟していたとしても嬉しい反面戸惑ったり寂しいといったところなんだろう、おそらく。あの五人とは別レベルで織斑先生にも精神的ダメージは大きそうだ。

 

「噂は本当だったんだ。ねぇ……織斑が異様に鈍いのって織斑先生が原因の一つにあるよね」

 

 簪は耳打ちしながらそんなことを言ってくる。

 原因かどうかは分からないが、織斑先生が関係していることは確かなはず。

 織斑先生、一夏に対して過保護だからなぁ。一般的な過保護とはちょっと形は違うが、大切にしているのは確か。その影響だとはっきりとは言えないが一夏は変に物事を知らなかったりする。特に今の世の中一般常識化しつつあるISについて知らないことが多かったりことしたり、病的じゃないかって思うほど鈍ったりする。大切にするあまり、本当は教えとくべきことを織斑先生は頑なに教えなかったんじゃないかと思ってしまうほどだ。

 まあ、どんな形であれ過保護にされるとズレるってことはよくあることで今気にしても仕方ない。

 

「千冬姉? どうかしたのか?」

 

 引きつった笑みを浮かべている織斑先生の様子が流石の一夏にも変に見えたようで、心配そうに声をかける。すると、織斑先生はハッと我に返り、一間で気持ちを切り替えたように見えた。

 

「……あ、ああ、何でもないぞ、うん。それにしてもよくお前が恋愛できたものだ」

 

「ひでぇよ、千冬姉。まあ、言われても仕方ないのは分かっているんだけどさ。これがいろんなことを知れたのもこうして今のほほんさんと付き合えたのも全部あいつらのおかげなんだ」

 

 言わなくてもいいだろ、そんなことを。そう思ったが遅かった。

 織斑先生がこっち見てる。めっちゃこっち見てる。というかこれは見てるというより、睨んでいる。

 

「――ッ」

 

 俺と簪は同じ様に声ならない声をあげる。

 怖い。凄い怖い。嫌な汗が出ているのを感じる。正直今すぐ簪と一緒にこの場から逃げたい。世界最強に本気で睨まれているんだ、失神しないのを褒めてほしい。一夏の馬鹿野朗、余計なこと言うなよ。というか何で睨まれないといけない。

 睨んでいる織斑先生の目はこう言っているようだった。

 

――余計なことしやがって

 

 本当に言っているわけじゃない。

 だが、確かに織斑先生の目はこう言っているんだということがひしひしと伝わってくる。

 織斑先生の疑惑は本当だったと身をもって知った。

 

「千冬姉、やっぱり何かあったんじゃ」

 

「何でもないぞ、ああ、何でもない。何だ……その……一夏、おめでとう。そして、布仏」

 

「は、はい!」

 

「一夏はお前も知っての通りのやつだが、愚弟のことよろしく頼む」

 

 一応、割りきってはいた感じで大人な対応を本音にはしている織斑先生。

 睨まれたけど、流石に織斑先生は大人だ。あの五人と同じぐらい精神的ダメージがあると感じたのは気のせいだったか……そう思ったが。

 

「話が過ぎたな。お前達も部屋に戻れよ」

 

そうとだけ言い残して、立ち去る織斑先生の背中は頼りなく何だか泣いているように見えた。

 






今回も簪の彼氏君は例の如く、オリ主――「あなた」です。
決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それではよいお年を

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