簪とのありふれた日常とその周辺   作:シート

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簪と見守った一夏と本音の告白 後編

静かな部屋の静けさをこんなにも嫌だと素直に感じたのはいつぶりだろうか。

 

「……ッ」

 

「……ぅッ」

 

 目の前にいるお互いの視線がふいに合ってしまうすると気恥ずかしさから一夏と本音の二人は揃って視線を揃って別の方向へと外す。

 簪達が部屋を出て二人っきりになった二人はずっとこんな感じだ。二人っきりだという事実に気恥ずかしさを感じている二人に間に会話はない。簪達がいた時は楽しげな会話が二人には何度もあったのにそれが嘘のよう。ただ一つあるとするのなら、部屋の静寂のみ。

 その静寂が二人には今一番辛いものだった。姿勢を維持するのが辛くなって変えようと体を動かそうものなら、普段は聞こえない聞こえても気にならない床と衣服がスレる音が嫌というほど耳について心なしか大きく聞こえて、恥ずかしさを強めてしまう。

 

――二人っきりになったらこうなるってアイツに言われて覚悟してたけど、いざなると辛い! 何か無性に恥ずかしいし。でもやっぱ、このまま黙ったままってのもよくないよな。

 

 ふと視線を戻すと一夏には気まずそうにして俯いている本音の姿が見えた。

 居心地が悪そうな本音。そんな風なのは何も一夏と二人っきりなのが辛いということではない。折角、二人っきりなのに二人っきりだということを意識してしまうとついつい気恥ずかしくなって、この無言の空間から自分から抜けることが出来ない。だから、結局無言でいることしかできない自分が情けなくて本音は居心地が悪い。

 そんな本音を見てると一夏は自分が居心地悪くさせているんじゃないかと考えてしまう。

 

――俺から話さないといけないよな。というか、告白か……でもな……

 

 簪達二人が自分達二人を残して部屋を出て行った理由が分からないわけでも、忘れたわけでもない。

 だがしかし緊張からか一夏は迷っていた。それに加えてこの無言の空間。自分から言い出すとなると、それも告白をとなると今の一夏にとってハードルが高い。

 

――いいや、迷うなんてらしくない! 言われたことも言葉もあれだけ考えたんだ。それに折角二人が作ってくれたチャンス。活かさないでどうする。漢を見せろ、俺!

 

自分に強く言い聞かせ、一夏は迷いを押し払う。

今自分がやるべきことは一つ。それに逃げ道や遠回りの道なんてものはない。

一夏は意を決して言った。

 

「のほほんさん」

 

「……は、はいっ!」

 

 俯いていたのと緊張のせいか、一夏の様子に気づけなかった本音は一夏に声をかけられて体をビクッと震わせ声をあげる。

 

「のほほんさんに話があるんだ。聞いてほしい」

 

「話……」

 

 そう一夏に振られて本音は頭の中で考える。

 

――は、話ってあれだよね……やっぱり。

 

 本音が思いあったのはただ一つ。告白だ。

 今日はただ遊ぶだけと簪に連れてこられ、まさか一夏から告白されるなんて誰からも聞かされてはなかった。だが本音はこうなるんじゃないかと薄々勘づいてはいた。

 今の二人っきりという状況、場の雰囲気、そしてつい最近一夏から告白されたばかり。その告白を自分が断ってあんな言葉を問いかけてしまい、ここのところ以前と比べて明らかに様子がおかしい一夏を知っていた。もう一度、告白される可能性だってなくはない。それを期待してなかったと言ったから嘘になる。

 むしろ本音は心の何処で期待していた。あの5人の思いと向き合った上で、もう一度自分の思いとも向き合ってほしいと思っていたから。

 何より、今真剣な表情をして問いかけてきた一夏を見てそうなのだと確信した。

 

 自分と今一度また向き合ってくれるのだと感じて、自分もそれ相応の態度を、と思い本音は身形を整えながら正座して一夏の言葉を待つ。

 

「――」

 

 一夏は緊張で今まで散々考えていた作戦や沢山の言葉が頭が真っ白になっていくのを感じた。

 人間って緊張するとこうなるって何処かできいたことあるけど、本当だったんだ。

 そんな冷静なことを一夏は頭のどこかでぽつりと考えながら、思っていたよりもすっと言葉を言えた。

 

「俺はやっぱりまだ、のほほんさんのことが好きだ」

 

 言えたのはよかったが緊張や気恥ずかしさはもちろん、なによりも怖かった。

 それでも一夏は逃げることなく本音の目を見つめて真正面から伝えた。

 言えたことで一夏の中である種の自信の様なものがついたのか、更に言葉を続けた。

 

「俺、あのデートの日からずっと考えてたくさん悩んだ。のほほんさんに言われたこと。俺のことを好きだと思ってくれる奴らのことを知ったけど、それでも俺が本当に好きなのはのほほんさんただ一人。他の誰でもない。のほほんさん以外じゃ、こんなにも一緒にいたいと思わない。のほほんさんだから俺は好きなんだ!」

 

 精一杯、今伝えたい気持ちを全て言葉にしきった。

 もっとシンプルに伝えようとしたはずなのに随分と長ったらしくなって要領を得なくなったかもしれないが一心不乱に一夏は気持ちを伝えた。

 

――告白ってやっぱり怖いな。

 

 本音の返答を待つ一夏の内心にあるのは変わらない緊張と、そして恐怖。

 告白。それは今までの人生で、自ら行ったのは一度だけ。しかもそれはつい最近、断られたばかり。済んだことだと引きずらないように割りきっているつもりでも、傷はあるものでそれは深く、癒えきってない。心の痛みは鮮明だ。それ故に恐くて二の足を踏んでしまいそうになる。

 再び断られたらどうする? 断れたら、今度こそ折れてしまいそうだ。

 心の傷が痛む気がする。本当に怖い。一夏は体が震えてしまいそうになるのを感じた。

 後ろ向きな考えばかり浮かびそうになる弱い自分の心に渇を入れ、本音の言葉を待つ。

 少しの沈黙のあと、ゆっくりと本音は言った。

 

「それで本当にいいの? 織斑君のことを好きだっていう皆の気持ちを振ることになるんだよ。そしたら傷つける。皆を守ってあげるんじゃなかったの?」

 

――……ッ、守るか。

 

 本音の言葉が一夏の胸に深く、そして強く突き刺さる。

 守る――それは幼い頃から千冬に守られてきたことから『誰か(何か)を守ること』に強い憧れを持ち、強くあこがれているからこそ固執しまっていること。守るということが一夏の主義であり行動理念。そして今の一夏をあらわす言葉。

 だというのに、今の一夏の行動はそれとは真逆。守るといっている人間が傷つけるなんて本末転倒だ。

 

――また酷い問いかけしちゃってるな。でもこれもちゃんと確かめないと。

 

 一夏が『守る』ということに固執しているのは誰の目から見ても明らかだ。ある意味、『守る』ということに囚われてると言っても過言じゃない。その一夏が『守る』ということをやめるようなことが出来るのか。それが今重要なこと。

 

――守る、まもる、守る……守る。

 

 眩暈がしそうな一夏。

 蓋をしたはずの触れてはいけないものが開きかけ、その中にあるモノに囚われそうだ。自分の内側――その深いところから恐怖が沸いてくるのが一夏にはよく分かる。

 これは蓋を今すぐにしないといけない。しないと自分が自分でなくなってしまいそうな気がしてならない。だけど、蓋をするということをは本音への思いをも蓋をするということになる。

 最中、一夏の脳裏に過ぎった。

 

――二つに一つ。自分が本当に欲しいものって何だ? ? それ以外?

 

 親友の一言が。

 

――本当迷うなんて俺らしくないよな。今更選択肢なんてわざわざ持ち出して迷うフリは必要ないか。俺が本当に欲しいものは今一つ。

 

 蓋をしたはずの触れてはいけないものが開こうとも、恐かろうとも一夏の覚悟は変わらない。

 恐いのは変わらないがそれでも、と一夏は本当にほしいものを自分自身で?みにいった。

 

「傷つけることになるかもしれない。覚悟はしてる。それでも俺ののほほんさんのこと好きだという気持ちはやっぱり変わらない」

 

 迷いが脳裏に過ぎったが、もう一夏が迷い続けることはない。

 

「のほほんさんの答えを聞かせてくれないか?」

 

 一夏は本音の目を見つめたまま、もう一度本音の返事を待つ。

 

「……ッ、本当に……私でいいの……?」

 

 その問いかけは一夏へのものであると同時に、本音自身への問いかけであるかのように。

 今更、本音は一夏の気持ちを疑うようなことはしない。

 自分が言ったことを一夏なりにちゃんと悩み考えた上で今こうして答えを出してくれている。

 そんな一夏の思いが痛いほど本音に伝わっている。正直、嬉しくて頭が熱くなって、視界が今にも歪んでしまいそうだ。

 

 だからこそ不安になる。だからこそ、自分自身への問いかけ。

 本当に自分でいいのだろうか。

 散々悩ませ、苦しめるようなことをして、試すようなことを何度もしたのに今簡単に手を取ってもいいのだろうか。

 そんな本音の迷いを打ち消すかのように一夏はいつもより一層優しげな笑みを浮かべて言った。

 

「言っただろ? いいや……何度だって言う。のほほんさんじゃないと俺はダメなんだ。こんな風に考えることなんて今までずっとなかった。ほんと、自分がどんだけ何も考えてなかったのか、鈍感だったのか気づけた。それはのほほんさんのおかげで、のほほんさんじゃなかったらこんな風には考えられなかった。柔らかくて暖かい雰囲気、実はしっかりしてるところ、物凄く気配り上手なところ。そして優しくて可愛いところ……そんなのほほんさんが大好きなんだ」

 

「……っ……!」

 

 本音の頬に涙が流れ落ちていく。

 その涙は悲しい涙ではなく、嬉しさから溢れるたくさんの涙。

 その証拠に本音は涙を流しながらも嬉しそうに頬を綻ばせ笑っていた。

 

「……私……おりむーが大好きだよ……っ!」

 

 通じあった想い。

 我慢できなくなったのは一体どちらなのだろう。

 抑えられない気持ちを溢れ出させ、それを体一杯で表すかのように二人は抱きしめあう。

 互いの体温は落ち着く暖かさ。

 

「……頑固で、優柔不断で、鈍感で……格好良くて……優しくて……! そういうの、全部ひっくるめて……知った上で、好き! そんなおりむーだから私は大好きなの!」

 

 一夏の胸で本音は嬉しそうに泣き続ける。

 

――笑ってみせる、筈だったのになぁ……

 

 涙が嬉しくて止まらない。本音は何度も、何度も拭っているのに、どんどん涙が溢れ出してくる。

 少しして落ち着いた本音は一夏からゆっくりと身を離す。

 一夏は本音が落ち着くまでの間、ずっと抱きしめていた。

 

「……もう大丈夫か?」

 

「うんっ……ごめんね」

 

「いや、いい。じゃあ、改めて……」

 

 一夏の真摯な瞳がまた本音を見つめる。

 

「俺と恋人に……俺と付き合って下さい」

 

「はいっ、喜んでっ」

 

確かな返事をして本音は信じきった表情で静かに目を閉じた。

その様子が何をさしているのか、分からない一夏じゃない。

一夏は本音の肩に手を沿え、そっと唇を重ねた。

 

「……んっ」

 

 唇と唇が触れ合うだけの軽いキス。

 だというのに、唇が重なった瞬間、本音は微かに体を震わせ、互いに頭が真っ白になる。

 お互いの唇の感触、吐息だけに思考は支配される。触れ合うだけだが、甘いキス。恋人の証。

 触れ合うだけで短いようで長くも感じられ、唇を名残惜しさを感じながらもそっと離すと、一夏の目の前には頬を赤く染めながらも幸せそうに笑っている本音の姿があった。

 

「これからよろしくなっ! のほほんさんっ」

 

「うん、こちらこそっ」

 

 幸せそうに笑う本音の笑顔を見て、一夏の胸は高鳴る。

 想いは通じあった。でもこれで終わりではなく、ここからが二人の本当の始まり。

 これから大変なことはいくつもある。まだ全てが全て終わったわけじゃない。

 でもこの先、どんなことがあってもこの笑顔があるなら大丈夫。この笑顔を守っていこう。本音と共に歩いていける。

 一夏にそう思わせ、守りの誓いを強くさせる……そんな本音の幸せな笑顔が咲き続けていたのだった。

 




これで漸く一夏と本音は結ばれました。
でも、これは作中にあるように終わりではなく、始まりです。
二人の本当の物語はここから始まっていく。
って感じでこれからも続いていく感じです。
まだあの五人とのことや書きたいネタもあるので書いていくつもりです。
もちろん、ここにある限りは簪達から見た話でですが。

感想と一緒に何かリクエストとかあれば絶賛受け付けてます。
簪の話は勿論。一夏と本音達の話などでも、これが見たいってのがあればどうぞ。
話作りの参考にさせていただきます。

それでは~

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