簪とのありふれた日常とその周辺   作:シート

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簪と見守った一夏と本音の告白 前編

 ついに迎えた日曜日。

 清々しい朝を迎えられ、部屋の窓から見える天気は快晴。天も今日のことを快く背中を押してくれているみたいだ。

 

「すぅー……はぁ……」

 

 深呼吸をして気持ちを落ち着けようとしているが、身振り手振りはそわそわとしていて一夏は落ち着きがない。

 一夏の奴……いつも以上に緊張してるな。まあ、無理もない。

 今日は一夏の告白当日。泣いても笑っても今日が最後……ってわけじゃないが、今日という日を逃せば、おそらく次こういう場を設けるのは難しいだろう。

 一夏のこんな様子じゃ、もうこれ以上誤魔化しきるのは難しい。

 誤魔化しきれなくなったら周囲には確実にバレるだろうし、そうなったら特にあの五人はあれやこれやとしてくるはずだ。

 でも、そうなったら俺達にはこれ以上のこともう何も出来ない。今日みたいに追い払うような他人の恋路を邪魔することをするのはこれで最後。それこそ、その時は一夏本人が自分で何とかする問題。

 何より、今日がいろいろなことが上手く重なっているベストタイミング。今日以外で告白するなら他の日はない。そう断言できる。

 だから今日、無事に上手くいってほしい。

 

「な、なぁ! 変なところないか!? 今日の格好おかしくないよな!? やっぱもう一度!」

 

 もう何度目か分からないほど聞き飽きた一夏の台詞。

 俺の思いは他所に緊張からか落ち着かない様子で部屋をうろうろする一夏。そんな一夏を落ち着かせベットにでも座らせる。

 普段服装とか気にしない一夏の慌てっぷりは面白かったけど、流石に何度もそんな様子を見せられ、同じ事を聞かされれば、いい加減鬱陶しくなる。

 落ち着かない気持ちは分からなくはないけど今更慌てても、後数分で簪と本音は俺達の部屋にやってくる。

 男なら……じゃないが、もう無理にでもドンと構えて待っている方がいさぎいい。

 

 コンコンコン。規則正しいドアをノックする音が聞こえた。

 来たみたいだ。ドアに向かいながら、部屋の掛け時計で時刻を確認する。予定よりも少し遅いが全然大丈夫だ。

 俺は部屋のドアを開け、中に迎え入れた。

 

「お邪魔します」

 

「……お、お邪魔します」

 

 いつも通りの簪と緊張した様子の本音。

 二人に中に入ってもらってから、一応部屋の外の確認する。

 外には人影は見当たらない。周りに隠れるようなものはところはないから今のところは大丈夫そうだが心配だ。

 

「大丈夫。ちゃんと見つかれないように来たから。尾行もされてない」

 

 簪がそう言うなら心配いらないか。

 安心してドアを閉める。

 

「……ぅぅっ」

 

 初めて部屋に来たわけじゃないのに、本音はきょろきょろと不安げに辺りを見渡しながらおずおずとした足取りだ。

 部屋の入り口の角、緊張しながらベットに座っているだろう一夏から見えないところで本音は俯いたまま急に立ち止まる。

 背中からでも緊張して顔を赤くしている本音の姿は手に取るように分かってしまう。本当、本音も一夏のことを友達以上に恋愛対象として意識してるんだな。

 

「邪魔。早く行って」

 

「うっ……うぅぅっ」

 

「早く」

 

 簪に押されるように本音はまたおずおずとした足取りで進んだ。

 

「い、いらっしゃい……」

 

「おっ、お邪魔……します」

 

 お互いを見るなり、同じ様に顔を真っ赤にして恥ずかしそうに固まってる一夏と本音の二人。

 会って早々、こんなにも表情や動きまで同じだなんて。まったくどんだけ両思いなんだか。

 ただ、このまま立ったままだと落ち着かないままだろうから、簪と本音には適当に好きなところにでも座ってもらった。

 自分のベットに腰を掛ける俺の横に簪が座り、何故だかその横に本音も座る。

 

「……」

 

「……」

 

 三対一で必然的に自分のベットに座っている一夏と本音は向かい合う形になり、一瞬お互いを見て目が合っては恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯く二人。

 何でこの二人は向かい合って座っているんだろうか。無意識についつい向かい合って座ってしまったのだろうけど、それじゃあかえって余計に緊張するだけだ。

 それに一人用のベットで二人ぐらいならまだ横並びに腰掛けても狭くはないが、三人となるとちょっとした狭さを感じる。そう思っていたのは俺だけじゃないようで。

 

「本音、狭い。向こういって」

 

「む、向こうって」

 

「ん」

 

 簪が言葉で指したのは一夏の隣。それを聞いて本音は驚いた声をあげそうになったみたいだが、有無も言わさない簪の無言の威圧に押されてか、本音はおそるおそる一夏の隣に座った。隣といっても表現の仕方としてはそういうしかなく、実際は物凄く離れた所、ベットの端に座っている。

 

「本音……いくらなんでも離れすぎ」

 

「だ、だってぇ~っ!」

 

「慣れなさい」

 

 いつもより強い口調の簪だが言っている事はもっとも。それは本音も分かっているようでまたおそるおそる一夏との距離をほんの少しだけだが詰めて落ち着く。

 まだ一夏と本音の間には距離があるが、普通の距離感とギリギリ言えなくはない。

 

「~~ッ!」

 

「うぅ~~っ!」

 

 向かい合ってる時より距離が縮まって二人は同じ様にかわいそうなぐらい顔が赤い。そろそろ頭から湯気が出そうなくらい。二人とも揃って無言だが、内心いろいろなことを考えているのは表情を見ただけで分かってしまう。

 一夏が反射的や本能的以外にこうして意識して赤くなってるのは珍しいが、それ以上に本音が赤くなり恥ずかしがって何も出来なくなっている姿は本当に珍しい。

 前までは本音ののほほんとした雰囲気が一夏の緊張を紛らわしてくれていたが、もう前とは状況が違う。二人ともお互いのことを好きなのは傍から見てよく分かるし、それだけ意識しあってる。故に前までのようにはいかないのは仕方ないことなんだろう。

 正直、簪が今日のことを提案してくれたよかった。部屋に二人をさせてよかったとしみじみ感じる。もしも外でデートでもしてこんな今まで見たことないような二人の様子をあの五人に見られていたらと思うと怖い。だから、部屋なら思う存分今の様に意識してくれたらいいけど。

 

「私も体験あるから分からなくはないけど。正直……先が思いやられる」

 

 まったくだ。お互いのことを意識して緊張から気恥ずかしくなって動けなくなることは俺と簪も体験したことあるからその気持ちも分からなくはないけど、今の二人の様子だと先が思いやられる。

 まあ、今からいきなり告白させるような焦らすことはさせないつもりだ。だが、時間は限られている。それに今日の目的は告白。忘れてはないだろうが、変わった二人に慣れるだけに時間を費やしてもらっては本末転倒。こればっかりは無理にでも早く慣れてもらうしかないんだろうな。

 

「そうだね」

 

 俺と簪は二人の様子に少しあきれ気味な苦笑いを浮かべあった。

 

 

 

 

 いらぬ心配だったと感じたのはすぐだった。

 一夏本来の適応力の高さは勿論、ただ意識しあい恥ずかしがって黙っているわけにはいかないと一夏本人もよく分かっているようで、本音に普段どおり……それ以上に優しく接しようとしていて。

 本音もまたそんな一夏の思いを感じ、汲んで普段どおり接しようとしていた。

 その成果もあって今だぎこちなさこそは感じさせるものの、照れながらも話せるようになっていて普段に限りなく近い二人の様子。

 それを見て俺と簪はいらぬ心配だったと感じた。

 

「そういえば、そろそろお昼だな」

 

 部屋にある時計を見ながら一夏がそんなことを言う。

 時間はお昼過ぎ。俺も含めて皆そんなにお腹が空いている感じじゃないけど、今のうちに食べとかないと後で食べようと思っても今日は時間がなさそうだ。後ろにはいろいろと控えているわけだし。

 しかし、困った。お昼のことを考えてなかった。本当に考えてなかったわけじゃないけど、適当にすればいいか程度しか考えてなかった。

 予めちゃんとした昼ごはんを用意してればよかった話だけど、そんなものは当然ない。一応、部屋には給湯器とカップメンがいくつかあるからミネラルウォーターを沸かして食べることも一応できなくはないけど、彼女や告白する相手に出すような食べ物じゃない。

 一夏を部屋から出すわけにはいかないから、ここは一つ。簪に二人のことを任せて、俺が四人分の昼ごはんを購買部で買ってこようかな。そんなことを簪達に伝えると簪と本音の二人は持ってきていたバッグを膝の上に置いた。

 

「お昼ご飯なら心配無用。ね……本音」

 

「う、うん」

 

 言って二人はバッグの中からオシャレな手ぬぐいのようなのに包まれた大きめの物体を取り出し、俺と一夏のベットの間にある机の上に置いた。

 

「まさか……!」

 

 一夏は気づいたように声をあげる。

 何かに気づいたみたいだ。俺もそうだ。思い違いでなければ、包まれている物の正体は一つ。

 そんな俺達の様子を見て簪は嬉しそうに包みを開けた。

 

「どうぞ」

 

 包みの中にあったのは弁当。弁当の蓋を開けて見せてくれると、その中には食欲をそそる彩りのおかずが沢山。簪の弁当の中には俺の好物が沢山ある。量も見た感じちゃんと二人分ある。

 大変なのにわざわざ作ってきたくれてたのか。

 

「まあね。それで今朝は少し遅れたの。お昼用意してないと思って」

 

 それは助かるし、まさか弁当を用意してくれてるなんて思ってもいなかったからサプライズ的な感じで嬉しい。

 

「これ、のほほんさんが!?」

 

「うん、そうだよ~ほら、おりむー。この間、私の手料理食べてみたいって言ってくれたから……今日、折角だから作ってみたんだよ」

 

「マジで!? すげぇ嬉しい!」

 

 本音の弁当を見ながら目を輝かせている一夏を本音は微笑ましそうに見守っている。

 隣にいる本音の弁当も豪華だ。しっかりと彩りや食のバランスが考えられており、一夏の好物だろうか。それと思わしきものもちゃんと入っており、美味しそうに見え、一見するだけで手が込んでるのがよく分かる。

 そういえば、本音が簪に料理を教えたんだったけか。それならこれだけで出来るのも納得。

 

「じゃあ、食べよう」

 

 箸も二人分ちゃんとあるようで、一組貰い手を合わせる。

 

「頂きます!」

 

 そう元気よく言った一夏に続いて俺も頂きますと告げて箸をのばす。

 最初に食べたのは好物の一つである出し巻き卵。綺麗に巻かれている。

 作ってから時間がある程度経っているせいか、暖かくないけどそれでもダシがよく効いていていい感じだ。弁当にある白ご飯とよくあい箸が進む。凄く美味しい。

 

「よかった」

 

 素直な感想でもありふれた言葉でしか言えなかったけど、それでも簪は俺の感想は聞いて嬉しそうにしていた。

 こうして簪の手料理を食べるのは久しぶりだ。普段の昼食は学食や購買部ばかり。だから、余計に美味しく感じる。それに以前食べた時よりも料理の腕が上がっている気がする。

 

「経験つんでるからね。それにそんなに喜んでくれるのなら毎日作ろうかな」

 

 なんてうれしいことを言ってくれる簪。

 二人して一つの弁当を食べる。それは一夏達も同様だが少し様子が変だった。

 

「おりむー?」

 

 本音達も食べているが、一夏がやけに静かだ。

 まずいって言葉を失ってるなんてことはないはずだ。逆に感心したような顔で美味しそうに静かに食べている。

 静かに味わって食べているのはいいけど、感想とか何も言わないものだから本音が不安そうに一夏を見ている。

 そんな本音に視線に気づいたのか、一夏はハッと我に返った。

 

「……あっ、ごめん」

 

「ぼーっとしてたけど、もしかして……美味しくなかった?」

 

「ッ! そんなことない! 凄く美味い! 何か感動しちゃってさ」

 

「感動?」

 

「凄く美味くて食べてるとこう……心が暖かなくなって言うか。こんな暖かい気持ちになれるご飯食べたの久しぶりだ」

 

「大げさだよ~」

 

「そんなことないって。こんな風に感じられるのは作ってくれたのが他の誰でもないのほほんさんだからだと思うから」

 

「もうっ!」

 

 一夏の言葉に照れた様子の本音。

 言葉的にはいつもの無自覚な口説き文句のようだが、いつもとは決定的に違う。

 本音の瞳を見つめて真剣な表情で言う一夏はちゃんと他の人ではこんな風に感じないと分かっているよう。

 熱っぽい視線で見つめないながらご飯を食べている一夏と本音の二人は甘い空気に包まれていた。

 

 

 

 

 気づけば、時刻は午後のおやつ時。

 お昼ごはんを食べ終えた後。午前と変わりなく過ごしていたけど、今ではもうすっかり一夏と本音は打ち解けあいぎこちなさはなくなっていた。

 

「それでさ」

 

「うんうん」

 

 こんな風に今で二人とも楽しげに話してる。

 いい雰囲気の二人。落ち着けて話せている今ならそろそろ今日の本題に入ってもらっても大丈夫だろう。

 

「そうだね、そろそろ」

 

 簪も同じ考えだったようで一緒に立ち上がる。

 

「更識さん達、どっか行くのか?」

 

「おやつ時だから購買部とかでおやつでも買ってこようかと思って。二人は部屋で待ってて」

 

「ふ、二人!? か、かんちゃん! 私も……!」

 

「本音……織斑一人残したらかわいそうでしょう。大人しく二人で待ってなさい」

 

 落ち着けて話させるとは言え、流石にいざ二人っきりになることに抵抗があるようで本音は恥ずかしそうにしている。それは一夏も同様だ。

 俺達も俺達でお膳立てというかお節介が過ぎたのは自覚している。そのせいで今みたいに四人でいることに慣れはじめてしまっている。だから、今無理やりにでも二人っきりにしないと今日の本題に移れない。このままだと余計に二人っきりになることに抵抗を更に憶えて今日というベストタイミングを失ってしまいそうだ。

 第一、一夏の奴……忘れてないよな。そんなことを確認してみると。

 

「お、憶えてる」

 

 覚えているみたいでとりあえず安心だ。おそらく頭の隅に追いやられていた程度なんだろう。

 一夏のことがまだ心配ではあるが、これ以上の心配をしても余計なお世話か。いざ本番になれば、一夏も男。自分の力でどうとでもするはずだ。

 

「じゃあ、そういうことで。後は二人でごゆっくりと」

 

 そう簪と告げて俺達は二人を残して部屋を後にする。

 あんな風にいい雰囲気の二人ならきっといい結果を手に入れられるだろう。

 


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