きゅるる~
なんとも可愛らしい音がした。
「あぅ~……お腹鳴っちゃったぁ~」
顔を真っ赤にした本音が、恥ずかしそうにしながらお腹を抱える。
そんな本音の様子が一夏にとって可愛くて思わず笑ってしまった。
「もう~っ! おりむー何で笑うのー!」
「やっぱ、のほほんさん可愛いなぁっと思ってさ」
からかうように一夏が笑うと、本音の顔はますます赤くなっていく。
「そう言えば、もう昼か」
簪達と別れて別行動になったから今までずっと時間を忘れてしまうほど楽しく過ごしている二人。
一夏がふと携帯で時間を確認すれば、時刻はもう十二時過ぎ。お昼時だ。
この時間帯はどこも込む時間帯で、尚且つ一夏達が今いるのは遊園地。食事処の込み方が激しいと予想できるが、幸いさくらパークはフードコートが充実しており、飲食店の数が多いと簪達から一夏達は聞いている。
だから、相席などになる可能性はあるが込んでいても探せば座って食べられる場所くらいはまだあるはずだ。
「ごめんな、のほほんさん。何か随分話し込んで……それも結局愚痴や弱音吐くみたいなこと言ってしまって」
苦笑いしながら一夏は言った。
本音が話を聞いてくれていると不思議と話しやすく、普段誰にも言わない……箒達女の子の友達は勿論、簪の彼氏にまで言わない様な話まで一夏はしてしまった。
ふと思い返せば、自分が女の子相手に話すのを嫌う弱音や愚痴っぽかったと一夏は感じたが、それでも本音に聞いてもらえると楽になる。
一夏の胸のうちにあるモヤモヤとした嫌な感覚が和らいでいくのが分かった。
「ううん、気にしないで~おりむー。私はおりむーが頑張ってるのちゃんと見て知ってるから。ただ、おりむーは無理して頑張りすぎちゃうところがあるから……私でよければいつでも話聞くよー!」
「のほほんさん……ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ。じゃあ、お昼ごはんでも食べ行こうぜ」
「うんっ!」
二人は再び指を絡めるように手を繋ぐと、お昼ごはんを食べる為にその場を後にした。
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「席、空いててよかったねー」
「本当だな」
一夏達が入ったのは屋内型のフードコート。人は多いが座れないほどではなく、特に相席もすることなく、二人ゆったり席につくことが出来た。
「本当はもっといいものをご馳走できればよかったんだけど」
「あっはは! 何だかおりむーらしくな~いっ!」
「今日は仮でもデートだからな。少しはカッコつけたいっていうか」
「気にしなくていいのに~遊園地なんだから仕方ないよ」
一夏達の目の前にあるテーブルの上にはハンバーガーにチキンナゲット。ポテトフライに小さなサラダにドリンク。学生の昼定番とも行っても過言ではファーストフードがあった。
二人がそれぞれお互いに好きなのを選んだ。しかし、一夏はほんの少し不満そうな様子だった。別にファーストフードが嫌いな訳でもなければ、ファーストフードそのものに不満があるわけでもない。
ただ、仮とは言え、折角本音とのデートなのだ。一夏としてはご馳走するなら勿論のこと、少しでも雰囲気のいい落ち着いたところを、と思った。それにファーストフードはいつもでも食べられるのだから、と。
しかし、今は遊園地。いいものを選びご馳走しようと思えば、値段が一気に跳ね上がる。一夏達
高校生の身では辛い値段設定がされており、ファーストフードといったリーズナブルな値段のものを選ぶ他なかった。
「それにおりむーにはこうしてご馳走してもらったんだしさ。気にしなくて、大丈夫~! ありがとうね、おりむー♪」
――ファーストフードでも喜んでもらえているみたいでよかった。流石は彼女持ちの意見。聞いといて損はなかったな。
いつか簪の彼氏から聞いた『彼女とデートして金銭的に余裕があればご飯代を奢るのも手の一つ』という話をふと思い出し、今日のお昼ご飯は二人分の代金一夏が全て払った。
決して安い金額ではないが、それでも本音は遠慮しつつも素直に一夏の好意を受け取ってくれて、その様子が一夏には嬉しかった。ご馳走して正解だったと感じた。
「まあまあ話はそこそこにして食べよ」
「そうだな。よしっ、いただきます」
「いただきま~す!」
二人揃って手を合わせ食べ始める。
一夏達がまず最初に食べたのはハンバーガー。口の中でハンバーグの肉汁とケチャップが混ざり合い、ファーストフードならではの味付けだがそこそこ美味しい感じさせられる。
「基本学食だからたまにはファーストフードも悪くないな。うまいうまい」
「ふふっ、そうだね~うまうまっ~」
楽しく美味しく食べる二人。
――よっぽど、おりむーお腹空いてたんだ。凄い食べっぷり。
先にお腹を鳴らした本音より本当のところ一夏のほうがお腹が空いていたみたいで本音がハンバーガーをまだ少ししか食べれてないのに比べ、一夏はもうすぐしたらハンバーガーを食べ終えられる。
ファーストフードでも美味しそうに食べる一夏を見て本音はその姿が何とも幼い少年ぽく見え、母性本能がくすぐられてか何だか可愛く思え微笑ましくなる。
「こんなことならお弁当でも作ってきたらよかったね」
ふと本音がそんなことをもらした。
「のほほさんって料理できるのか」
「出来るよ~かんちゃんのメイドだからねーかんちゃんの身の回りのお世話する為に家事全般は幼い頃から叩き込まれたんだ。ちなみに私はかんちゃんの料理の師匠なのだ~!」
「へぇ~のほほんさんの手料理一度食べてみたいな」
「えへへ~いいよ~機会があればねー」
「楽しみにしてる」
そんな話をしつつ、本音がポテトに手を伸ばした時だった。
「あ~んっ♪」
「お、おい。こんなところで」
「照れない照れない。はい、あ~ん」
「くっ……んっ」
隣の席のカップルが恋人に何から料理を食べさせていた。
甘い雰囲気。そのカップルは一目を気にするどころか二人っきりの世界。周りもその様子を気になっているだろうと、周りを見れば特に気にしていない様子。むしろ、周りは周りでカップルづれが多く似たようなことをしているありさまだった。
「うわ……」
「……」
周りのカップルから流れてくる甘い雰囲気に当てられてか一夏は恥ずかしそうにしており、何かを考える表情している本音。
――私とおりむーって周りからどう見られているんだろう? 友達……それとも……恋人? おりむーは私のことをどう思っているのだろう?
本音の脳裏にはそんな疑問にも似た思いが浮かんだ。今日はデートだが、あくまで仮のデート。一夏にいろいろなことを学んで知ってもらう為のもの。自分と一夏は恋人ではないし、一夏は異性として好きなのかと聞かれるとやっぱり友達として好きとしか今は言えないが、それでも周りからどう見られているのか気になってしまう。
友達同士に見えてたらその通りなので否定しようがない。だけど、もしも周りから恋人に見えているから何だか嬉しい気がする。
それに一夏が自分のことをどう思っているのかも本音は気になる。一夏が自分のことを友達としてしかみてないことは分かっている。そうだとしても……万が一、一夏がそういうことで自分を好きだと思ってくれているのなら……あの五人には悪いけど、嬉しい。そんな気がする。
――ちょっと試すみたいでごめんなさいだけど……よしっ
「おりむ~、あ~ん♪」
本音はポテトを一つつまんで一夏に差し出した。
一夏がこういうのになれているのは知っている。あの五人によくされているのを本音は見かけるからだ。だから、今更恥ずかしがっても嫌がりは一夏はしないだろう。
隣のカップルを見ても、周りに漂う甘い雰囲気を感じてもいつも通りの反応で一夏が食べるのならそこまでだが、いつもとは違う反応をしてくれるならもしかして……っと本音はそんな淡い期待をしてしまう。
「……あ、あ~ん」
一夏は一瞬、戸惑った様子だか次の瞬間覚悟を決めたように口を開け食べた。
――あのカップル見て、まさかとは……思ったけど箒達に食べさせられるより恥ずかしいな、これ。
そんな思いの証拠にいつもの何ともない様子とは違い、いつになく恥ずかしそうに顔が真っ赤に一夏。そんな一夏を見て、自分からやったはずなのに物凄く恥ずかしいことをしたんだと改めて実感させられてしまい顔が真っ赤な本音。二人は言葉を失い、いつにない酸っぱい沈黙が二人にはあった。
「……よくある奴だけど、これは……やっぱ恥ずかしいな」
「そうなの~? おりむーよくされてるのに?」
「あ、あれとこれは違うっていうか! 何と言うかその……相手がの、のほほんさんだから、かな」
「そうなんだぁ~えへへ、嬉しいな~♪」
普段とは違う一夏の様子に本音は満足そうに笑顔を咲かせていた。
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別れてそれぞれのカップルで遊園地を周り遊んでいた簪達と一夏達の両カップルだったが偶然にもばったり出会い今こうして合流し、再び一緒に周ることになった。
そして楽しい時間はあっという間に過ぎていく。気づけば、もう夕暮れ時。今日の終わりが近いことを告げている。
最後に一つ何かアトラクションに乗ろうということになった四人は最後に観覧車を選んだ。
さくらパークの目玉アトラクションの一つである観覧車。一夏達はそれぞれカップルごとに二つに分かれてゴンドラに乗り込む。ゴンドラはゆっくりと上に向かって上がっていく。
「……」
「……」
気恥ずかしそうな様子でお互い沈黙する一夏と本音。
当たり前だが観覧車がどういう乗り物でどういうものなのか知ってはいたが、いざゴンドラの中で二人っきりになると無性に気恥ずかしくなってる。このゴンドラは二人用で大して広いというわけでもない。加えて密室。今までのアトラクションは周りに人がいたが今はいない。本当に二人っきりの空間。
そのことを意識してしまうと手を恋人繋ぎするよりも恥ずかしく思えて、向かいあっているせいなのか、相手との距離がないように思えてくる。
「け、景色! 綺麗だね!」
「あっ、ああっ! ほ、本当だなっ!」
気恥ずかしさを紛らわすように二人してゴンドラから見える景色を眺める。
ゴンドラから見える夕焼けの景色は何とも綺麗、幻想的で圧倒される。そして同時に寂しいと感じさせられてしまう。そう感じるのはやはり、沈みゆく夕日がそろそろ本当にデートが終わるということを意識させるからかもしれない。
「……そろそろ、デートおしまいだな」
「そうだね~名残惜しいけど。おりむー、今日はどうだった? 楽しかった?」
昼前にも似たようなことを聞いた本音だが今一度、一夏の口から直接今日一日の感想を聞いておきたかった。
「ああ、楽しかった。すっごく、のほほんさんとデート出来て本当によかった。のほほんさんはどうなんだ?」
「私もすっごく楽しかったよ。おりむーとデートできてよかった。いい思い出になったよ」
「思い出か……そうだな」
「あ、そうだ。どうだった? 恋愛がどんなものなのか。好きな人がいて恋愛するっていうことがどんなことなのか少しは分かったかな?」
これもまた今一度聞いておかなければならないこと。今日のデートはこの為にあり、これらを一夏に少しでも理解してもらわなければならない。
「ああ。本当にまだ少しで何となくだけど……やっぱり、幸せな気持ちになるんだなって感じた。そして幸せな気持ちで胸がいっぱいになって暖かくて楽しくて嬉しい。好きな人がいて好きな人と一緒に過ごすっていうのは多分こんな感じなんだろうなって」
「そっか……ふふっ、よかった」
――おりむー、少しは分かったみたいだね。よかった……これならおりむーのことが好きな子、例えばあの五人の気持ちにも近いうちにきづくなんだろうな……。
微笑みながらも今日一日の成果は少しでも出てよかったと思うのに、思えば思うほど本音は胸が締めつけられるのを感じた。
ゴンドラが頂上を越えて、今度はゆっくりと下へ降りていく。後、数分もしたら地上へとたどり着く。こうしていられるのもあと僅かで……観覧車が終われば、後はもう寮へと帰宅するだけ。
――寂しいって感じるのはきっと夕日のせいだけじゃない。
夕日を眺めながら一夏はそんなことを考える。本音と別れるのが正直寂しいと一夏は感じている。別に永遠の別れじゃないことを分かっていれば、また明日学園でも会えることをちゃんと一夏は分かっている。なのに、このままデートが終わって、本音と別れると思うとやっぱり寂しいのだ。
――まだもう少しのほほんさんといたいな。
居たりない。もっと一緒にいて、楽しいことを共に分かち合ったり、もっといろいろな本音の表情を見たいと一夏は切に思い始める。もっと一緒にいたい、傍にいてほしいと。
――そういえば、あいつが言ってたな。
いつ夜か簪の彼氏が言っていた『単純に一人の人とだけ友達以上に特別一緒にいたい、自分の傍にいてほしいって強く思うことだと』という言葉を思い出す。
その言葉に当てはめていくと一夏の今の思いはぴったりとその言葉通りになっていく。
――そうか、そういうことか。
今だ本音のことは友達だと思っているが、あの言葉のように友達以上に特別一緒にいたい、自分の傍にいてほしいって強く思っている。そして何よりその想いの先にある想いに一夏は気づいていく。
―― 一緒にいたいと想う気持ち。俺は……のほほさんのことが好きなんだ。
まだ一緒にいたいと。友達以上にいたいと感じたらそれは好きということなんだと気づいた一夏。
今はまだ好きがどういうものなのか自分の中ではっきりとはさせられないが、友達以上にまだ本音と一緒にいたいと一夏は強く思う。
だから、一夏は言った。
「なあ? のほほんさん」
「ん?」
「またさ、のほほんさんが嫌じゃなかったらだけど……遊びに……いや、俺とデートしてくれないか?」
「えっ?」
一夏の言葉があまりにも一夏らしくなくて本音は信じられず間の抜けた返答をした。
だけど次第に本音は言葉の意味を理解していく。
一夏がいったデートは単に友達と遊びに行くというものではない。それは一夏自身がはっきりと否定した。一夏が本音を誘ったデートは恋人同士でする類のもの。
それを本音は一夏の言葉からちゃんと理解していたが、あえて聞いた。
「それは今日みたいなダブルデート?」
「違う。今度は最初からのほほんさんと二人っきりだけで過ごしたい。デートしたい」
「どうして私なの? デートなら私以外にも出来るよ」
「俺はのほほんさんが好きだから」
顔を赤くしながらも真剣な表情で一夏は言った。
――他の奴らじゃ、デートしてもこんな風にはならない。のほほんさんだからこんな風に思えるんだ。のほほんさんじゃないとダメなんだ。
今日の日の別れは永遠じゃない。また明日も会える。会えるのなら、またデートをすればいい。今度はちゃんと二人っきりで。
そんな単純な発想だが、それ故に一夏に迷いはない。一緒にいたいから好きだと思える本音が相手だからこそ言える言葉。
――どうしよう! 嬉しい……っ!
泣き出しそうなぐらい嬉しい。嬉しくて顔はいつも異常に熱く感じるが、その熱さが本音にこれは夢じゃないと思わせてくれる。夢の様な言葉。一夏から聞けるなんて思ってもいなかった。
しかし、本音の脳裏にあることが過ぎり、徐々に冷静さにも似た感覚が憶える。
――でも、ダメだよ。こんなの……抜け駆けみたいだ。今回はそうする必要があっただけで、本当にそうして欲しい子は他にちゃんといるんだから。後からあらわれたのに抜け駆けなんて真似できない。
「気持ちは嬉しいんだけど、ごめんね。それは出来ない……織斑君の気持ちは受け取れない」
本音の言葉を一夏は疑った。
「今度は織斑君のことを好きだと想っている子がいるから、その他の子とデートしてあげて。そして、その子の想いにちゃんと向き合って。今の織斑君には出来るはずから。あせらなくても大丈夫。ゆっくりでもいいから……」
「俺は本当にのほほんさんのことが!」
「織斑君はまだ私しか知らないからすぐに好きだなんて言えるんだよ。他の子ともデートしたら……酷い話、また一緒にいたいと思える子が出来たら私への想いなんて変わるかもしれない。そんなものだよ」
それはきっぱりと断られたことを告げる言葉。何より、いつもの間延びした口調のない真剣な口調で一夏のことを『織斑君』と呼ぶ本音の言葉が嫌でも現実なんだと分からせられる。
「……な、なんだよ……それ。俺のことが好きってそんな奴いるわけ」
「いないなんて酷いことは言わせない。いるんだよ、ちゃんと。篠ノ之さんもそう。オルコットさんもそう。凰さんもそう。デュノアさんもそう。ボーデヴィッヒさんもそう。皆、織斑君のことがただ一人の男として本気で好きなんだよ」
変わらず真剣な口調で一夏に話す本音。
――私、嫌な子だな。酷い言い方して。それどころかおりむーに自分から気づかせず、突きつけるような言い方しちゃうなんて。でも、こうでもしないと。
本音に告白した今の一夏では本音がこうでもしないとならない。今の一夏は恋という居心地のいい場所を見つけてある種盲目になっている。恋に恋しているにしか過ぎない。他に同じようなことをする人間がいればその方へ行ってしまうかもしれない。そんな危うさが今の一夏にはある。それを本音は本能的に今の一夏から感じたからこそ、言えた言葉。
――私はおりむーにとってその時都合のいい女になりたくない。好きだからこそ、ちゃんと周りも見てほしい。
そしてゴンドラはゆっくりと地上へたどり着く。
「私もね、おりむーのこと好きだよ。好きだから、ちゃんと皆の想いに向き合って欲しい。皆の想いに向き合えなんて私のわがままだってわかってるけど、皆のおりむーへの想いは無駄にしたくないから」
悲しげな笑みを浮かべて、本音はそう言ったのだった。
…
のほほんさんisGod
デートの話はこれにて終わりです。
いかがだったでしょうか? 楽しんでいただけたり何かを考えるきっかけになれば幸いです
私個人としては原作でも?母性溢れる本音を上手く表現できてたら嬉しいなっと思っています。
一夏の恋物語は今後も続いていきますが
続けていくのなら、この『簪とのありふれた日常』でやっていく予定です。
簪とあなたを絡めつつこの作品の外伝的な位置で話を進めていく予定です。
話によっては今回みたいに簪とあなたが出せなかったりすると思うのですが、この辺はご了承お願いします。
今回の一連の話、『簪とのありふれた日常』の発想元になった
『ラウラとの日々』や『IS-InfiniteSentinel- Will Of ALICE』を書いている
ふろうものさんにご協力とアドバイスしていいだきました。
この場をかりてお礼申し上げます。ありがとうございました!
氏の作品、オススメなのでよければどうぞ。
それでは~