簪とのありふれた日常とその周辺   作:シート

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簪と考えるこれから進む路

「進路希望用紙は全員に行き渡ったな。一週間後のHRで回収するのでそれまでしっかりと書いておくように」

 

 ある日の放課後、HRに配られた進路希望用紙。

 この学園でもこういうのはやっぱりするんだな。

 

「あくまでもこれは簡単なものだ。書いたから確定というわけではないから、その点は安心するように。ただし、書くからにはよく考えて書け。進学するものは進学先があると助かる。以上だ」

 

 その言葉を最後に帰りの号令をして、今日のHRは終わった。

 先生方がいなくなるとざわつく教室。

 

「進路調査だって」

 

「やるのって感じだよね」

 

「とりあえず進学でしょ」

 

「まあ、折角IS学園に入ったんだからね。でも、どこ行くのか決めてないなぁ」

 

「国内、海外の学校もいいよね」

 

「分かる。どこにしよっかな」

 

 といった感じで盛り上がる教室内。

 耳に入る話からして誰もが進学。就職という選択をあげている子は全くと言っていいほどいない。

 進学先を探す感覚も遊び目的の旅先を探す感じ。受験の心配はしてない。

 IS学園に入ったのなら相当特殊な専門分野へ進まない限り、将来安泰なようなものだから当然と言えば当然か。

 

「進路か……急に言われると困るよな。将来のこと、ちゃんと考えるいい機会なんだろうけど」

 

 まあ、確かにそうかもしれない。

 しかし、そういう一夏はもう決まっているのではないのか。

 元々、就職をしたくて就職に有利な藍越学園に通うはずだっただろう。

 

「まあ、それはな。でも、このIS学園来たからな就職ってのは難しくねぇか」

 

 卒業後すぐ就職ってのは難しいのかもしれない。

 周りが進学ばかりだから、就職を選んでも結果的に就職前提の進学とかになるだろう。

 一般的な商社とかへの就職もIS学園を卒業したのだから、もっと別のところにすべきだとかで逆に決まりにくくなりそうな感じも少なからずある。

 それでも本人が本当に強く望めば、就職はできるだろうが。

 

「そういうお前はどうなんだ?」

 

 俺は進学予定だ。

 やっぱり、最低限大学ぐらいは卒業しておきたい。

 

「お前ならそう言うと思ったよ。進学先はどうするんだ?」

 

 そこまでは決まってないな。

 この機会にその辺、そろそろ考えないと。

 

 

「そう言えば、貴方達進路調査あったんだって?」

 

 放課後、生徒会室で生徒会の活動をしていると会長である楯無会長がそんなことを言ってきた。

 

「ありましたね。進学ばかりでしたけど」

 

 俺達を代弁して一夏が言う。

 他のクラスでも同時に進路調査用紙が配られたようで生徒会室に来る間、耳に入って来た進路関係の話はどれも進学についての話。

 就職するにしてもより専門的な勉強をしてからいう考えが多いようだ。

 

「そりゃ折角、この学園入ったんだから進学先選び放題だし、進学した方が後々いろいろ都合いいからね」

 

「まあ、確かに。鈴とかセシリアはもう進学先の学校までちゃんと決めてたなぁ」

 

 凰やオルコットは母国の有名大学に進むと言ってたのを聞いた。

 ちゃんと考えている奴はちゃんと考えている。

 

「男二人は何だかぼんやりしているわね」

 

「呆れるのやめてくださいよ。なぁ?」

 

 一夏、お前はこっちに振るのをやめろ。

 そういう楯無会長さんは進学するんだったけか。

 

「そうよ。楯無ですからね。というか進学先どころかもうその後の生き方、死に方まで決まっているわ」

 

 声は明るいから軽いブラックジョークなのは分かるが反応しづらい。

 しかし、楯無の役割があるだろうが先々のことを考えられているのは流石というべきか。

 楯無さんがこうなら簪も。

 

「簪ちゃんはどうなの?」

 

「どうって……聞く必要ある?」

 

「あるわよ。ちゃんと本人の口から聞きたいじゃない。ねっ」

 

 楯無会長もこっちに振るのをやめてほしい。

 気になるけども。

 

「私も普通に進学。経済学と経営学とか学べるスポーツ学科のあるほらあの――」

 

 簪が名前を挙げた進学先は国内の有名難関校。

 

「それってやっぱり、将来のことも考えて~?」

 

「うん、そう……進学先でも国家代表しながらになるだろうから役立ちそうなことをと思って。それに引退後、セカンドライフ困らないようにもしたいし、更識家の諸々でも役に立つと思うから。家のことお姉ちゃんに任せっぱなしにはしたくない。私も更識の人間なんだから」

 

「簪ちゃん……! お姉ちゃん嬉しいわっ!」

 

「お姉ちゃん、暑苦しい。こっちこないで来ないで」

 

「ほぇ~かんちゃん、ちゃんと考えてる~」

 

 ただ目先の進路だけでなく遠い将来のことまで考えての進路。

 皆と同様に簪もしっかり考えてる。

 眩しいな。見習わなければ。

 

 簪にはまず目先の目標として国家代表になり、各大会に出場し、モンド・グロッソに出て優勝するというものがある。

 対する俺はそんな簪を支えたいと思いはすれど、簪ほど具体的な目標があるわけでもない。

 どうして行くべきか……。

 

 

「あなたは、どうするつもりなの……?」

 

 夜、寮の自室からの外出禁止時間まで俺の部屋でいつものように過ごしていると簪がそんなことを言っていた。

 どうやって何がだ。

 

「ほら、進路調査あったでしょ……あなたことだから進学だろうけど、どこ行くのかなっと思って。学校は決まってなくても進んでみたい分野とかはあるんじゃないの。理系とか文系とか」

 

 それなんだが進学先はとりあえず決めていた。

 簪と同じころへ進もうと考えている。

 

「私と同じところ……? やっぱり、ISの競技者……正式にテストパイロットになりたいから……?」

 

 そうではない。

 ISを動かすのは好きだけど、それはあくまでも趣味というか。

 簪と同じ進学先ならスポーツ栄養学などやスポーツ選手のマネージャーの勉強などスポーツ選手を支える分野について専門的に学べる。

 ここでなら簪のようにセカンドライフに必要なことも学べる。だから、ここにしようと考えている。

 

「それって……つまり……そういうこと、でいいんだよね」

 

 何処か呆気に取られた様子の簪に頷いてみせた。

 

 公私共に簪を傍で支えたい。

 その思いは変わらずあるが、現実問題として俺が簪を支えられることは少ないと思っていた。練習相手になるにしても限界があるし。

 しかし、それは決めつけと思い込みだった。

 簪の進学先を知り、そこを自分でも調べてみてスポーツ栄養学などやスポーツ選手のマネージャーのノウハウを学べることを知った。視野が広がった瞬間だった。

 方法は一つじゃない。簪を支えるにしてもいろいろな手段がある。

 

「そっか……進学……同じ学校……はぁ~」

 

 安堵の息をつく簪。

 安心してくれて何よりだが、そんなにか。

 この考えに至ったのは今さっきのことで、それまでは本当にぼんやりしてたから心配かけてしまったのやも。

 彼氏がぼんやりしてたら嫌だもんな。

 

「そうじゃなくて……進学先一緒でよかったなって。遠距離になったらやだもん……」

 

 あ、そっちか。

 まあ、確かに……遠距離は遠距離でいろいろあるって聞くしな。

 一緒のところに行けるのならそれにこしたことはない。

 受からなかったら恥ずかしいどころではないが。

 

「心配しなくてもあなたなら大丈夫。私が絶対、受かるように教えるから……ねっ」

 

 嬉しいけど、その笑顔は怖いな。

 ここは頼もしいと受け取っておこう。

 やりたいこと。進みたい先が明確に見え、すっきりした気分だ。

 

「あ……じゃあ、進路調査一緒に書こ……折角だし」

 

 そう言った簪は自分の進路調査用紙を取り出してきた。

 持ってきていたのか。それにまだ白紙のまま。

 

「一週間後提出だからね……ほら、あなたも」

 

 簪に促され、俺も用紙を取り出した。

 書いておくか。

 空欄に進学と書き、進学先の学校名も書いた。

 

「書けた」

 

 満足げな簪の声。

 手元を見れば、同じように書かれた進路調査用紙。

 何か。

 

「恥ずかしいね」

 

 二人の声がハモった。

 書いたからにはちゃんとそこへ行けるよう、目標にたどり着けるよう頑張らないと。

 

「うん、頑張ろうっ」

 


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