「お前、髪伸びたな」
寮食で朝飯を食べていると向かいの一夏が突然言ってきた。
相変わらず、突然変なことを言い出す。
「いや、伸びてるのは事実だから変じゃないだろ。なぁ? 更識さん」
「え……う~ん……い、言われてみれば?」
隣で同じく朝食を食べている簪は微妙そうな様子だった。
自分どころか簪でも気づいてないのことを、一夏が気づくのはちょっと怖い。
けれど俺も言われてみたら長くなった気はする。そろそろ切りに行かないといけない頃か。
前に髪を切ったのは学園入学する前だった。
「随分時間空いたな」
そういう一夏はどうなんだ。
出あった頃とまったく変ってないが。
「そりゃ夏に帰省した時、地元のいきつけの店で切ったからよ」
なるほど。
こいつはこういうところちゃんとしてる。
だったら、俺もちゃんとしておくべきか。
でも問題がある。学園近くの髪切るところを知らない。
帰省した時にとか考えていたら忘れてしまいそうだし、切るなら切るで早めに切っておきたい。
「あーそうだなぁ。あ、レゾナンスに美容室あっただろ? あそこどうだ。いい感じだと思うんだけど」
あった気はする。何となく覚えている。
だが、美容室か……。
渋っていると簪の向かい側の席、一夏の隣で朝食をゆっくり食べていた本音が口を挟んできた。
「いいお店だよ~腕も確かだし~でも、あそこ完全予約制だから今日今すぐってわけにはいかないよ~」
「マジか……」
予約制なのはまあいい。
引っかかるのはそこが美容室だということ。
「何か嫌なところでもあるの……?」
嫌というわけではないが、一言で言うなら苦手だ。
今までは地元の散髪屋だったから都会のレゾナンスみたいなところにある美容室だと妙に話しかけられたりとか。担当の人が女の人だったり、女の人ばかりするんだろ?
気が引けてしまう。
「ちょ! 今更すぎだよそれ~」
「本音笑いすぎ」
本音は大爆笑していて、こんな生活して俺も今更だと思うが苦手なものは苦手だ。
「まあ、気持ちは分かる。女の人多いところっていつになっても慣れん」
同じ男である一夏が分かってくれただけいいか。
よくないが段々めんどくさくなってきた。
わざわざ学園近くの別のところ探して行くのも手間だ。
そこまで伸びてないのだからいっそ自分で切るほうがいろいろと楽かもしれない。
「えー失敗とか怖くないの~?」
失敗したらその時はその時。
切ると言っても軽く整える程度だから失敗してもそこまで変にはならないだろう。
となると道具が必要だ。レゾナンスに買いに行かなければ。
「別にわざわざ買いにいかなくても寮の購買行けば、梳きバサミとか櫛が入った一式売ってるよ」
本当ここなんでもあるな。
便利だからいいけど。
「あ、あの……!」
「かんちゃん?」
簪が遠慮気味に手を上げた。
どうかしたんだろうか。
「よかったら、なんだけど……私が切るよ……? 手先には自身あるし、自分で切ると後ろとか大変でしょ。梳く程度にはなるけど」
簪が言うことはもっともだ。
後ろはもちろん、横とか自分で上手いこと切るのは難しい。
ここは簪にお願いしよう。
「うんっ、任せてっ」
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道具達を揃え、髪を切る準備を整える。
場所の方は乾いた風呂。
本当はリビングとか広い場所のほうがいいが、風呂なら姿見もあって便利だということでこの場所に。
排水溝にはネットをかけてあるから、切った髪の毛は流してネットでうけとめれば楽に捨てられる。
ついでに髪を洗えるから便利だ。
「よしっ」
後ろ。
鏡越しに映る簪の姿は俺し同じく汚れてもいい服を着ている。
所謂、学校指定のジャージ。
その手には梳きバサミを持っている。
「じゃあ、切ってくね」
頭の上の髪を取り、そこにハサミの刃先を持っていく簪。
震えていないが心なしか手の動きが固い。
気になって鏡越しにでも目が行く。
「そ、そんな心配しなくても大丈夫」
心配がないかと言えば嘘になるが大丈夫。
ひと思いにやってほしい。
「言い方……もう。切るから」
と言って簪は切り始めてくれた。
ゆっくりとハサミが入れられ、髪が切られる。
ジョキンッという心地いい音が浴室内に響き、パラパラと落ちていく髪の毛。
まだ手つきは恐る恐るではあるものの、簪は真剣な顔つきで切ってくれた。
「……うんっ」
後ろの左右の髪の長さや感じを鏡で確認して簪は満足げに頷く。
ようやく自信を持てたようだ。それからは慣れた手つきとなり、また手を動かした。
髪を切ってもらっている間、二人の間に会話はない。
あるのは浴室に響くハサミが髪を切る音と髪の毛が落ちる音。
静かではあるが悪くない。心地いい。
簪もそのようで髪を切っている簪の口元は笑っている。楽しそうだ。
「ん? うん、楽しい。こうやって誰かの髪切るの初めてだし、付き合っててもこういうことしなさそうでしょ」
まあ、確かに。
普通はめんどくさがってもちゃんとした店に切りに行くから家で切るなんてそうない。
「それに私、あなたに頭を撫でられるの好きだけど逆はそんなにないからいろいろな発見がある。髪こんな柔らかいんだとか、つむじはこんな感じになってるんだとかいろいろ発見あって楽しい」
そう言って簪は髪を指に絡めながら撫でたり、つむじをくるくると触ったりする。
くすぐったい。というか、変な恥ずかしさがある。やめてほしい。
「何照れてるの……もう、ふふっ」
櫛で髪を梳きながら簪はからからうように微笑んだ。
「はい……じゃあ、今度は前の方切るね」
簪が前の方へと行き、前髪を切り始めてくれた。
髪の毛が目に入らないよう俺は目を瞑った。
閉じいてもすぐそこに簪が気配で分かる。
というより見えてないせいか、音と気配に意識が集中する。
おかげで簪の息遣いが分かる。変な緊張を覚えた。
「出来た……ん、いい感じ」
ハサミが離れていくのが分かり、目を開ける。
すると間近で簪と目があった。近い。
「……っ」
バッとすぐさま目をそらした。
今更何照れてるんだ。
「照れてない……近いのはただ観察も兼ねていたからだけ。まつげこんな長いんだとかいろいろ観察」
苦しい言い訳がまた可愛らしかった。
「笑ってないで……ほら、どう……? こんな感じになったけど」
簪がまた後ろへと回り、鏡に姿が映る。
髪型こそは大して変わってないが、髪の毛の量が減り随分スッキリとした。
後ろまで確認したが変なところもない。これはまた随分と上手に切ってくれた。
「よかった。自分でも上手くできたって思ってけどあなたにそう言ってもらえて安心した」
これならまたお願いしたい。
「いいよ……また、切ってあげる。初めは慣れなくて大変だったけど途中からコツつかめてきたからもっと上手くできそう」
それは期待が高まる。
さながら専属美容師といったところか。
「専属か……いいね、ふふっ」
嬉しそうに笑う簪が鏡ごしに映って見えた。
…
今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません
それでは