放課後。自主訓練を終えた自分達は簪の専用機【打鉄弐式】などの整備で普段から使っている整備室の端で休憩がてらお茶をしていた。メンバーは自分、簪、本音のいつも一緒に行動している三人。
そこで俺はつい最近、一夏が恋愛に興味を持ったあの夜のことを思い出して、簪達に話してみた。
「ふ~ん……あの織斑が」
「えぇぇっ!? あのおりむーが!?」
興味なさそうにして手元の端末を弄っている簪と、目を見開いてかなり驚いている本音の対照的な二人。二人とも『あの』とつけて一夏のことを言っているあたり、やっぱり一夏が恋愛に興味をもったことは少なからず大変な出来事だということがよく分かる。
「私的には……織斑がそういう意味で女子に興味あること自体驚き。同性愛者じゃないかって噂よく聞く」
「あっはは……確かにおりむーには悪いけどよく聞くねー」
やっぱり、簪達もその噂知ってたんだ。一夏の事情を知ってから、その噂のことを聞くと一夏がかわいそうに思えてくる。一夏にしたら性別分け隔てなく友達として接していて、デリカシーがなくても女子のことをちゃんと異性と認識はしているから、同性みたいにベタベタできず。
やっぱり男なんだから女子とずっといるのも辛いものがあるわけで、同じ男子の俺といたくなる。その気持ちは同じ立場である俺でもよく分かるが、そのせいで仕方ないとは言え、そういうあらぬ噂が立ってしまう。女子高同然とは言え、男子が二人仲よくしていれば最近の女子ってそういうことを考えてしまうものなんだろうか。まあ、男子も女子が二人仲良くしてると勝手に百合認定してしまうから、ある種仕方ないのかもしれないが。
「……でも、これで貴方にも変な噂立たなくてすむ。人の彼氏で変な妄想されるの嫌」
そうだな。
一夏ほどじゃないとは言え、簪と付き合う前は一夏とセットでそういうことに巻き込まれていた。簪と付き合ってからは減ったけど、一夏もこれでそういう噂は減っていくのだろう。
「篠ノ之さんとかデュノアさんとかの気持ちに早く気づいたらいいね」
紅茶を飲みながら簪は静かに言う。
それはそうだな。時間かかりそうだが。
恋愛に興味持ったんだ、興味というきっかけばできた今、その内気づくだろう。
「んーかんちゃん、それはどうだろう~? おりむーってさすっごい鈍感、にぶちんじゃん? 気づくのめっちゃ時間かかると思うんだけどー」
「それはそうだけど、時間かかっても……気づかないよりも気づいた方がいいと私は思う」
「でも、興味あるのと気づくのって別じゃない? 興味あってもあるままで気づかないままおりむーならおじいちゃんになっちゃうよ」
それは言いすぎ……と言いかけて俺は言葉を抑える。
確かに本音が言う通りだ。恋愛に興味が出てきになっても、所詮それは興味があるだけ。興味というきっかけがあっても気づくかどうかは別問題。興味あるままで鈍感な一夏だから凄い歳を取ってから気づくなんて容易に想像できてしまうあたり一夏が怖い。
だとしたら、どうしたら……
「んーそうだなぁ~」
「難しい……あの鈍感め」
真剣に考えこむ顔をして考えてくれる本音と毒舌を吐きながらも考えてくれる簪。
難しいな……いっそ篠ノ之達からお前は男として好かれているんだ、あわよくば恋人になりたいんだって教えるか? いやいや、それは気づくとはまたちょっと違う気がする。
女子を好きになるってことがどんなことなのか……好きな女子と恋愛していくということがどんなことなのかをやっぱり自発的に気づかないと意味がない。
この間、「行動あるのみ」なんてことを言ったが……今思えば、無責任だったのかもしれない。いらぬおせっかいはよしとこうと思ったが……一夏は興味があって知っていてもそれは知識としての話。実際にどんなものなのかは知らないし分からない理解できてないんだ。知らないものを行動あるのみで行動させようにも肝心の始めの第一歩は踏み出せはしない。
やっぱり、いらぬお節介だとしても背中ぐらいは押すべきなんだろうな。
自分らぐらいの歳で恋愛や好きな人がいるってのが感覚だけでもそういうものなのかって知らなかったり分からなかったりするのは大人になった時、かなりマズいって聞く。
ここは一ついらぬお節介を焼くか……だがしかし、肝心のどんなことをすれば一夏が気づくのか分からない。
そんな風に三人して悩んでいる時だった。
「あっ! そうだ~! ダブルデートなんてってどうかな?」
本音が提案してきた。
「折角かんちゃん達カップルさんがいるんだから丁度いいかな~っと思って。二人に仲介役?っていうになってもらって、おりむーともう一人の女の子とで四人でデートするの! ダブルデートなら二人っきりでデートするより緊張感が和らいで普通のデートよりは緊張しないって聞くし、デートっていう恋愛の定番のことをすれば恋愛がどんなものなのか何となくにでもわかるじゃないかな?」
ダブルデートか……。
いいかもしれない。本音が言うようにデートっていう恋愛の定番を実際にすれば、例えそのとき分からなくても何となくでも雰囲気は感じてもらえるはずだ。行動あるのみだからな尚更。
本音の話だと緊張も二人よりかはしないみたいだし、二人でデートするよりかは自然に一夏を誘い出せそうだし、相手の女の子も二人っきりよりかは安心してくれるはずだ。二人っきりになりたいのなら、途中カップルそれぞれで分かれればいいわけだし。
こんなメリットもある分、デメリットもあるがそれはその場に応じて対応すれば済むだろう。
いい案だと思う。俺は賛成だけど……簪は? そう聞くと。
「私もいい案だと思うよ。賛成……あなたがいいのなら私も協力するよ。面白そうだし」
簪が賛成してくれてよかった。
これでダブルデートするってことは一まず決まった……が次の問題が出て来た。
「よかった、参考になったみたいで。でも、そうなったらおりむーのデートの相手どうするかだよねぇー」
そう相手のことだ。
俺達が賛成で、一夏には了承させるとして、もう一人女子がいないことには始まらない。
ダブルデートするなら知り合いの女子のほうが女子も一夏も初対面の子とよりかは気まずくなったりはしないだろう。
となると、やっぱり……一夏のことが好きなあの五人から誰か一人誘うか?
「それはよしたほうがいいかな。あの五人のうち一人だけ呼んだりしたら面倒なことになる」
簪の言う通りだ。
あの五人の中から誰か一人呼べればいろいろな意味で一番いいけど、一人だけ呼んだりしたら面倒なことになる。あの五人、お互いライバル意識強いから一人呼んだら全員来そうな予感がひしひしとする。
それにあの五人の一人呼んで、ダブルデートしても女子の方が一夏のこと意識しすぎていつもの感じになりかねない。それだったらあんまり意味なさそうだしなぁ。
やっぱりデートするのなら仲はいいけど、デートなんてしない人のほうが一夏にとって新鮮味あっていいと思う。
「第一、私篠ノ之さんやオルコットさん達とあんまり仲良くないから誘いにくい。第一連絡先知らないし」
それもある。俺も連絡先知らないや。五人とは知人関係にはあるけど、それは一夏を通しての繋がり。個人的に親しいかってなるとそうじゃない。だから、揉め事があった時止めるの一苦労して、疲れただけのデートになってしまうかもしれない。それも避けたい。
となると……あの五人以外で誘えそうな女子。いるか?
「ん~! 楯無お嬢様とかは?」
「えぇぇっ……」
凄い露骨に嫌そうな顔を簪はしてる。
おもしろい顔だが、そこまで嫌がる必要ある?
「おもしろいって……あなた。だ、だって……! お姉ちゃん呼んだら押せ押せで……自分が楽しむだけ楽しんで今後のネタにしそうだもん! それであの五人に話して煽ったりだもん……!」
「か、かんちゃん……言い過ぎだよぉ」
「本当のことだからいい。それにお姉ちゃんは織斑より……まだあなたのこと狙ってるから絶対嫌」
「あぁ~……そう言われればそうかも」
簪の言葉に本音は妙に納得して同情した目で俺を見てくる。
ないでしょう、簪の言うことは流石にもう。そりゃ……最初こそはかなり迫られたけど、簪と付き合い始めてからは流石に弁えてるのかそんなことなくなったし。
「あなたは甘すぎるよ……お姉ちゃん絶対諦めてない」
左様で。
まあ、楯無会長呼んだら呼んだであの五人と同じことになりそうだし、簪の言うことはもっともだ。
じゃあ次……ってなるといい人が思い浮かばない。
虚先輩はダメだ。一夏の友達の弾だったっけか? その人といい感じだって聞いてるから邪魔するような真似は絶対出来ない。
いっそクラスの子を適当にって言ったら語弊があるけど……呼んでもなぁって感じだ。となると……誘えそうな人いなくないか?
「困った」
「困ったねぇー」
紅茶を飲みながらでも簪と本音は他にあてがないものかと探してくれている。
呼ぶなら身近な人のほうがやっぱりいいなぁ……そう俺が言葉をこぼした。
「身近な人か……ん? あ、いた」
「え? かんちゃん~誰々~!」
「本音、貴女」
「ほえ?」
簪は本音を見つめながらそう言った。
ああ、そういうことか。俺は簪が何を言いたいのか分かった。
「えぇぇ~! 彼氏君までーどういうこと~?」
本音は一人分かってない様子で知りたそうにしてる。
なるほど、灯台下暗しとはこのこと。
「だから、本音。貴女がダブルデートで織斑の相手役」
「なぁ~んだ、私かぁ~……って、えぇぇっ!?」
本音にしては珍しく本気で驚いているようでいつもみたいな間延びした物言いはない。
「嘘ですよね? お嬢様」
「お嬢様言わないで。本音がダブルデート提案したんでしょう。言い出しっぺの法則って奴」
「そんなぁ~」
本音ならこの話に始めっから参加しているからわざわざ誘う必要もないし、本音と一夏はクラスメイトで仲はいいけど、一緒に遊びに行くほどってわけでもないから、ダブルデートするなら相手同士新鮮さがある。
一夏の周りにいる女子は押せ押せタイプの女子が多いが、通称「のほほんさん」というあだ名で呼ばれるぐらいのほほんとしている本音だ。一夏を優しく包んでくれるかもしれない。そうなると周りとの女子とのギャップで、一夏にまた別の変化が起きるかもしれない。
それにこう見えてもって言ったら失礼だけど、本音は暗部の家の人間。本音から情報がもれることはない。一夏さえ俺が適当に話をあわせていたら、このことが当日終わるまで周りに情報が漏れるなんて事はまず起きない。
「もしバレても私はあなたの護衛で本音が織斑の護衛の為について行くことになってるってすれば説明はつく」
確かに。簪、よく考え付いたなぁ。
そうなると本音がダブルデートの最後の女子として適任じゃないだろうか。むしろ、本音以外適任な女子が思いつかない。
もっとも強制は出来ないので本音が了承してくれればの話だけど、そこは簪とこれから説得していく。
「無理強いはあまりしたくないけど……本音は嫌?」
「い、嫌じゃないけど……」
「そういえば、前……織斑のこと、良いなぁとかおしもろい人とか言ってたけど?」
「そ、それは! お友達としてで……えっと、その、な、何というか……嫌じゃないよ? おりむーとデートしてみたいし……ああん! もぅ恥ずかしいよぉ!」
真っ赤になった顔を両腕のぼたぼたの長袖で隠して恥ずかしそうにうずくまる。
珍しいのを見てしまった。しかも、満更でもなさそう。むしろ、やる気すら感じられる。
「じゃあ、決まり」
「あい……」
かくして俺と簪のカップル、一夏と本音のカップルでダブルデートすることが決まった。
「あ、分かってると思うけど本音。デートだからデートぽっいこと……恋人がするようなこともするかもしれないから」
「かんちゃん!?」
「返事」
「あい」
簪には敵わないと思ったのか、うなだれながらも大人しい本音。
何だかお嬢様といわれたとおりにするしかないメイドの図だ。
実際、二人はお嬢様とメイドだから、その通りなんだけど。
というか、簪がある意味一番楽しそうだ。
出会ったばかりの頃は内気で自分に自信がなくいつも何処かおどおどしていたけど、付き合い始めてからはかなり明るい性格になった。大人しいところは変わらずだが笑顔も増え、冗談だって言ってくれるようになった。
それはいいことだ。実際楽しんでいる簪は可愛いからいいけど楽しんでるでしょう? 簪。
「うん! 凄く!」
そう笑顔で言う簪の表情は、何か悪巧みしてる時の楯無会長の不敵な笑みを思い浮かべさせられる。
やっぱり、姉妹って何処かで凄く似るものなんだとしみじみ感じた。
…
で、今回も簪の彼氏君は例の如く、オリ主――「あなた」です。
決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。
それでは~