簪とのありふれた日常とその周辺   作:シート

1 / 127
簪との堕ちた一日

 閉まりきっていないカーテンの隙間から夕日が差し込み、薄暗い部屋を微かに照らす。それを見て夕方になったのを気だるくぼんやりとした眠りにあった意識の中で確認した。

 気だるいのは意識だけじゃない。体もだ。疲れているせいか体が気だるく、そして重く感じて動かすのが煩わしい。めんどくさい、出来れば閉じている目をこのままにしてもう一眠りといきたい。だるくて仕方ないんだ。

 しかし、そうさせてくれないものがあった。眠りにあった気だるくぼんやりとした意識を半ば無理やりにでも覚醒させるかのように、俺のすぐ傍で動いているもう一人の存在。それが原因だった。

 目を閉じていたかったがしぶしぶ目蓋を開け、それを確認した。

 

「んっ、んっ……あっ……やっと起きたんだ」

 

 目を開けると、すぐ目の前に簪がいた。何やってるんだ。

 綺麗な水色の髪のセミロングがとてもよく似合う簪は俺に寄り添い、俺の体に何度も何度も楽しそうに愛おしそうに唇だけが軽く触れるキスをしている。まるで愛撫のようだ。

 

「何、やってるって……んっ……ちゅっ、んっんっ……見ての通り、だよ」

 

 悪びれる様子もなく簪は体にキスするのをやめない。

 ふと下のほうを見れば、簪は何も身にまとってないのが分かり、それは俺も同じ。自分達の様子を見て、ゆっくりと前のことを思い出していく。

 普段学園生活の疲れを癒したり、日々代表になる為の訓練の息抜きにと俺と簪は大型連休を利用して、三日間泊りがけで観光地に二人だけで観光しにきたんだった。簪との始めての旅行。

 今はその観光二日目で宿泊している旅館の部屋にいることを思い出した。

 

 簪はキスするだけじゃなく、時には頬ずりしたりしている。何やってるんだかと思うが嫌な気持ちはしない。くすぐったいだけで、むしろ嬉しかったりする。

 そんな簪の様子を起きてすぐのぼーっとした頭で眺めていると。

 

「な、何見てるのッ……え、えっち……」

 

 恥ずかしそうに頬を赤く染めて、恥ずかしいのを隠すように俺の体に抱きつきながら顔を埋める。すると、一糸まとわぬ姿の俺達は必然的に肌と肌が触れ、また俺の腹部の辺りと簪の胸が触れ合うと簪は体を一瞬ビクっと震わせていたが、抱きついて顔を埋めるのをやめない。

表面上では恥ずかしそうにしているが、簪のやってることは真逆。むしろ、体の間に隙間なんてけっして存在させないかのようにぴったりと抱きついて、簪は足を絡めてきたりと恥ずかしくなるようなことをしている。

 

こんな風に密着しているのだから、必要以上に簪のその華奢な体、控えめではあるけれど決して小さいというわけじゃない、形の良い簪の美乳がさっきから当たっていて気恥ずかしさを感じ、意識し体が反応してしまう。具体的に何処が、とは言わないが。

 

「んふふっ……ん? どうかしたの?」

 

 俺の様子が気になったのか、簪は様子を伺ってきた。しかし、どう答えたらいいものやら。こういうことは初めてじゃないが、正直に伝えるのは何だか気恥ずかしい。一夏じゃないんだから馬鹿正直に今更胸が当たって照れているだなんて言えない。

しかし、そこは簪。出会い、付き合い始めてからまだそんなに長い月日は経ってはいないが、短いながらも濃密な時間を過ごした間柄。俺の考えていることなんてお見通しみたいだ。

 

「む、胸が……気になるの? えへへー嬉しい。こういうのは……あててんのよって言うんだよね」

 

 またえらく古い言葉を。大方、ネットや漫画から仕入れた知識からの台詞なんだろうことは分かった。そして、その言葉通りなので、俺はただただ気恥ずかしさから視線を簪からそらした。

 しかし、それが簪には気になったらしい。

 

「あ……ご、ごめんね。私の胸なんて嬉しくないよね。お姉ちゃんみたいに大きくないから……」

 

 悲しそうな簪。相変わらずちょっとしたことがあると悲観的になる。それに何かと楯無会長と比べる癖はまだ治ってない。楯無会長との確執が先のことで多少なりと解決したとは言え、簪にとって楯無会長は未だ大きな存在。比べてしまうのをそう簡単にやめられないのは分かるが、それで悲しい顔を簪にされるのは俺が嫌だ。

 

「きゃっ!?」

 

 簪の悲しいのが少しでもまぎれる様にと簪を抱き寄せる。簪は驚いた声を上げていたが、徐々に俺の腕の中で安心してくれたのが分かった。

 そして、少しの時が経つと俺と簪の目と目があう。どちらからともなくゆっくりと唇があわさった。

 

「っん、っちゅ……ん、はぁ……っ、ちゅっ、ちゅっ、んっんん、ちゅっ」

 

 最初こそはふれあう軽いキスで簪は緊張気味だったが、いざ舌と舌が絡みあい始めると簪は積極的だ。熱がこもった甘い吐息をもらしながら、簪の方が激しく舌を絡めてくる。簪は夢中なようで口端から唾液がすすり落ちるのも気にせず俺の頭を抱きかかえ、無我夢中で舌を動かす。

 どうやら俺は簪のスイッチを入れてしまったのかもしれない。部屋には舌が絡み合う音だけが響き――そしてどのくらいの時間が経っただろうか。

 一まず満足したのかどちらからともなく唇を離し、俺は簪から解放された。今だ気持ちがあかぶっているのか、簪の目は潤んでおり、頬は赤く、その姿は妖艶に見える。俺はそんな簪を落ち着けるように簪の髪をなでた。

 

「ありがとう、慰めてくれるんだね。あなたに抱きしめてもらえるととっても安心する。ダメだって……分かっているのに……ごめんね……私めんどくさくって」

 

 事実だから特に否定はしない。否定すると簪は返って気にする。ありのままの簪を受け入れる。

 それに簪のそういう一面も含めて簪のことを愛してる。愛の前には瑣末なことだ。

 抱き合い、俺は簪の髪を撫でながら、簪はまどろみながら二人っきりの時間が経っていく。そういえば、意識が覚醒してからどのくらい時間が経ったんだろう。時間が確認できないから正確な時間とその経過は分からないが、体感的にかなりの時間が過ぎている気がする。

 流石に夜も近い、というかもう夜だろうし、そろそろ起きなくては――そう思い体を起そうとするが、それはできなかった。

 

「ねぇ……あ、あのね」

 

潤んだ瞳、熱をおびたなまめかしい表情で見つめてくる簪。何だか悪い予感がする。

 

「……しよ?」

 

何を? なんて野暮なことは言わない。若い男女が一つのベッドの上で一糸まとわぬ姿でいれば、まあそういうことになってもおかしくはない。

 だけど――少し戸惑っていると簪はかまってほしそうに首筋にかみついてきたり、人の腕とっていじってくる。 ついには我慢できなくなったようだ。

 

「もう、我慢できないよっ……!」

 

 俺の下腹部に簪は手を伸ばし始めて、慌てて手を掴む。すると、案の定というかべきか悲しそうな表情をした。

 

「いや、なの……?」

 

 そういうことじゃないんだ、簪。

 

 嫌じゃない……だがここだけの話、“そういうこと”は寝る前、散々やった。これでもかってぐらいに。ぶっちゃけ、観光なんて二の次になってしまっている。観光はこの観光地に来た初日だけだ。本当は今日も昨日行ったところとは別のところを観光する予定だったのに……

 思えば夕べは食後、“そういう”雰囲気になり、夜何度もして、朝も朝で軽い朝食をとったら昼までぶっ通しでしたりと、観光しに来たのか、しにきたのか分からなくなってくる。

 

「観光なら明日は必ず観光しよう。だから……ね」

 

 さっきのキスで簪のスイッチを入れてしまったのは気のせいではなかったみたいだ。男の俺より、女の簪の方がこうも積極的だとは……まあ、今に始まったことじゃないか。

 簪は普段内気な性格だが……こういう時は人が変わったかのように積極的だ。“初めて”の時は確か簪からだったか。

 そう思えば、本当に簪はいやらしくなってしまった。

 

「……い、いやらしいって! ばかっ……私がいやらしくなっちゃったのはあなたのせいなんだから……」

 

赤くなってはずしそうに言うが簪はまんざらでもなさそうだ。

簪がより密着してくる。

 

「遠慮……しないで。あなたが完璧じゃなくて……そこがいいなんて言ってくれたから。今もこれからも私の全部あなただけのものだよ」

 

 ――だから、あなたの全部を私のものにさせて。

 と、簪は熱のこもった甘い声で言い、行為をし始める。

 

結局、今夜もか。観光しに来たのに薄暗い部屋でぴったりと寄り添いあい爛れに爛れた行為にまるで獣の様に励む。これじゃあ、いつも休日となんら変わらない気もしなくはない。

だけどこんなことを簪に言われれば、拒否する気も起きず、先ほどまで気にしていたことがどうでもよくなってくるのはやっぱり、惚れた弱みというものなんだろうなとふつふつと感じる。

 

「好き、好きよ。あなたを愛しているの。私のヒーロー」

 

甘く確かなキスをしながら、俺と簪は一つに混ざりあうように快楽の海へと溶けて行った。

 




簪可愛い!


今回は簪メインのお話
テーマは『依存しきった簪と薄暗い部屋の中でずーっとひっついている爛れに爛れた二人の一日』。

この簪は
・一見クールで口数少ない無口キャラだけど、割と激情型かつ個人的感情に従うタイプ
・すぐ悲観的になって、悲観的なことばかり言う
・依存体質かつ凄くおもくめんどくさい子
という、要素を念頭に置いて書きました。
めんどくさ可愛い簪可愛い。

発想は某スレからいただきました。
何かあれば、遠慮なくどうぞ。

感想やご意見、随時受け付けています。一言二言でも嬉しいので、お気軽に感想爛に書き込んでいただけると幸いです。

ちなみに簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。