セシリアってこんなんだっけ?
※セシリアの性格に若干の改変がされている可能性があります。ご注意ください
セシリア・オルコットにはクラスに気に入らない人間が三人いた。
一人目は甘粕真琴。
彼女が自己紹介の時に言っていたあの演説。正直な話、共感するべき部分はある。ISを操縦する身としてある程度の覚悟と誇りは持っている。そしてISが兵器としての側面を持っているというのは自覚もしている。でなければイギリス代表候補生になどなれるわけがない。
しかし、どうしても認められない部分がある。それは、男を対等に見ろ、という点だ。セシリアの性格は難であり、例え女同士でも相手を見下す発言が多い。そして男であればそれが誰であろうが同じことだと考えている。
その原因たるは彼女の父親。彼女の父は所謂婿養子でオルコット家にやってきたのだ。その立ち位置からか、母に対し卑屈になる場面が多かった。というか、そういう場面しかセシリアは見たことがなかった。女に対して弱い立場にあった男。そんな人間を父に持てば男が女より弱い立場にあるのだと認識するのは自然なのかもしれない。
そして二人目である織斑一夏が彼女の認識を正しくさせている。
あの軟弱な態度に飄々とした雰囲気。日頃の態度からして何とも覇気がない。ISを動かした世界初、そして唯一の男であり、あの元日本代表である織斑千冬の弟。それだけの肩書きを持ちながら、あの体たらく。セシリアのことをイギリス代表候補生と知らず、さらには代表候補生がどれだけのものか知らない無知。ああ、何とも馬鹿げた話ではないが。こんな奴らを対等に見ろだなんて。そんなこと、無理ではないか。
何より気に食わないのはそんな者がクラス代表に選ばれたということ。好奇的な意味が多かったのだろうが、しかしそれでも納得がいかない。自分よりも男が上に立つということはセシリアの誇りが絶対に許さないのだ。だから反対したし、抗議もした。その中で行われる醜い争いの中でセシリアは思った。ああ、やっぱり男はこれ程底辺な存在なのだ、と。
しかしそれを三人目である世良聖が断ずる。
そんな奴を男の代表にするな、と。自分が知っている男達は凄いんだ、と。
それに対してセシリアは思う。この人は一体何を言っているのだろうか。
男というのは女よりも下の存在だ。野蛮で下品で弱腰で、女がいなければ何もできない。その程度の存在だというのに。
嘲笑するな? 馬鹿にするな? 何を言っているんだ。価値がない存在にどうして尊敬などできようか。
だが世良聖は堂々と言うのだ。お前たちが男を語るなんて百年早いと。
何だその自信は。何だその誇らしさは。何だその輝きは!
おかしい。おかしいではないか。まるで彼女の言っていることが正しいと思えてしまうではないか。
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。
そんなことは絶対に認めない。認めてたまるものか。男が女と対等であるなどと。男が素晴らしい存在などと。
故にセシリアは世良聖を徹底的に倒す。完膚無きまでに。
とは言っても所詮相手はISを十時間も動かしたことのない素人。そんな者に本気になる必要はない。
そう、思っていたのだが――――。
「こ、のっ……!!」
長器銃―――スターライトmkⅢから放たれるレーザーは正確であり的確。そしてそれは一発ではない。豪雨のような連続射撃は素人の聖には絶対に対処できず、シールドエネルギーはすぐにでも底を尽きる。
そのはずなのに。
「どうして……回避できますの!?」
降り注がれる閃光はしかして聖には届かない。
いや、掠ってはいるのだ。だが、セシリアが思うような場所には当たらず、シールドエネルギーの被害も予想より遥かに少ない。
「最初は確かに当たっていたのに……!!」
開始直後の一分はセシリアが優勢だった。
ぎこちない聖の操縦は彼女にとって格好の的。ハンターの様に着実に命中させ、シールドエネルギーを減らしていった。
にも拘らず、今はどうだ。セシリアの攻撃に対し回避行動している。しかもその合間合間に放たれる二丁の銃撃。それは少なからずセシリアの方にもダメージを与えていた。それらから分かることは、聖がセシリアの動きについてきているということだ。いや、そもそも今の聖の動きは素人どころか初心者の動きですらない。ISをそれなりに動かしたことのある人間のそれだ。
どういうことだと疑問視するセシリアに聖がまるで心を読んだかのように答えた。
「ええ、最初は苦労したわ。夢《あっち》と
「慣れる、ですって……!?」
驚くセシリアだが、それは聖も同じだった。
夢は所詮夢。今、彼女がISを動かしているのは現実での特訓と勉学の賜物……そう断じることはできなかった。いくら特訓しようが勉強しようがISそのものを操縦しなければ結局のところは机上の空論と同じことだ。しかし聖は今こうして代表候補生のセシリアに圧倒しているわけではないが、それでも食らいついている。
ISはイメージが重要。千冬も甘粕も同じことを言っていた。そして、今ならその言葉の意味も理解できる。夢で培ってきた経験則が現状の聖の動きを可能にしているのだ。
「わたしもまさか、ここまではとは思っていなかったわよ。でもこれは、思わぬ誤算というやつかしらね!」
言いながら放たれる銃弾。それに対してセシリアもまた閃光を射出する。だが、やはり思うように当たらない。
スターライトmkⅢは強力な中距離射撃武器だ。一発一発の威力も高く、まともに喰らえばダメージも大きく削られる。しかし、それがまた弱点だ。一発の威力が高いためにそれだけ次の一発までの時間がある。無論、それもわずかなものだが、今の聖にとってみればそのわずかな時間が避けるタイミングを与えてくれているのだ。
そしてその隙は反撃のチャンスでもある。避けながらもアサルトカノン「ガルム」、アサルトライフル「ヴェント」での攻撃が少しずつセシリアにダメージを与えていく。
「くっ……このブルー・ティアーズを前にして、初見でここまで渡り合ったのはあなたが初めてですわ……認めたくはありませんが、あなたの実力は本物のようです」
言われるものの聖は素直に喜べなかった。セシリアに言われたから、ではない。自分はたまたま見るようになった妙な夢を使ってようやく彼女に追いついている状況だ。言ってしまえば、ズルをしている感覚に近い。偶然が生んだ結果だが、だからこそ有耶無耶な気持ちが心の片隅にはあった。
「ですが……いえ、だからこそ、わたくしは納得できません。あなたのような人がどうしてあんなにも男を持ち上げるのかを」
「別に、男を持ち上げているわけじゃないわよ。わたしだって好き嫌いはあるし、気に入らない男だっている。でも、それが全ての男だというのが間違いって言いたいだけ」
よくあることだ。例えば百人の生徒がいるとしよう。その中の一人が罪を犯した場合、世間は他の九九人もまた同じような罪を犯している、または犯すだろうと勝手に判断する。セシリアや他の女子生徒達が抱く男への評価など結局それと同じだ。
「あんたは世界中、全ての男と話をしたの? 会ったことがあるの? そんなことないでしょ。むしろ、わたしが思うにあんたは男と知り合った経験が極端に少ない気がするんだけど。だとしたら、あんたの言葉は滑稽よ。何の真実味もないんだから」
そんな言葉に耳を傾ける人間はいない。
「耳障りですわ……あなたこそ、どうなんですか。ただ、自分が知り合ってきた男の人達が凄いんだ、と言いたいだけではなくて?」
「半分は否定しないわ。だって、自分の知り合いが凄いんだと自慢したのは当たり前のことでしょ。そして、その人たちの尊厳を、誇りを、守りたいって思うのもまた自然な話よ」
「……、」
セシリアは思う。まただ、と。
聖が話す『あの人達』。その話題が出るときの聖は生き生きとしている。その姿が正しいかのように見えてしまうのだ。そしてつい考えてしまう。
彼女の言う『あの人達』はそんなに凄い人たちなのか、と。
男など所詮、女よりも価値はない。その前提を崩されてしまうことがセシリアには恐ろしかった。
そして。
そんな人達がいるというのに、何故自分の父はああだったのか、と。
疑問が頭に浮かぶと同時に頭を左右に振り、消去する。そんなことを思うな、考えるな。認めるな。忘れるために、否定するためにもまずは目の前の『敵』を排除しなければ。
「……あなたの考えは理解に苦しみますわ。ですが、だからこそわたくしはあなたを全力で排除しましょう」
瞬間、四つの閃光が聖を襲う。
それはスターライトmkⅢの四連続攻撃、ではない。どころか、四つの閃光はセシリアがいる方向とは全く別の場所、それも四方からだった。
突然の強襲に聖は驚きながらも何とか三つまでは回避できた。しかし、最後の一発をまともにくらってしまい、シールドエネルギーも大幅に削られる。
「一体、何が……」
「驚きまして? これがブルー・ティアーズの真の戦い方ですわ」
見るとセシリアの周りには四つの何かが浮いていた。フィン状のパーツに直接特殊レーザーの銃口が開いているそれが、先程の奇襲の正体であるのは一目瞭然だ。
「これらの名前は自立機動兵器『ブルー・ティアーズ』。わたくしの専用機がブルー・ティアーズと呼ばれているのは、実際のところこれを装備しているからですわ」
「自立機動兵器、ね……」
それはまた厄介だ、などと言いつつも聖は状況悪化に歯噛みする。
おかしいとは思っていたのだ。セシリアのIS操縦技術にブルー・ティアーズの性能、またスターライトmkⅢの威力は凄まじいものだ。しかし、専用機というものはこの程度のものなのかと。しかしそれはセシリアが本気を出していなかっただけに過ぎなかったのだ。
「ちなみに聞くけど、その
「そうですわね……スターライトmkⅢはその大きさから人目を集めやすいですわ。『ブルー・ティアーズ』の初撃が命中しやすいのはそのためでもあります。まぁ、あなたにはあまり意味はありませんでしたけど」
あれだけ大きな銃を使っている最中に四方からのレーザー攻撃。確かに予想はしずらいし、故に命中もしやすい。
つまり聖は戦う前からすでにミスリードされていたというわけだ。
「けれど勘違いしないでくださいまし? 『ブルー・ティアーズ』の本来の戦い方は奇襲などではありませんわ」
展開される自立機動兵器。それらの銃口は全て聖に照準を合わせており。
「では、
同時、一斉に放たれる。
そこから先はセシリアの一方的な攻めの連続だった。
四方から襲ってくる閃光。そしてその発射口である自立機動兵器はセシリアの思い通りに操ることができ、多角的に動き回る。そしてそれらを避けたと思ったところでやってくるのはスターライトmkⅢの一撃。ただでさえ四つの砲門を同時に相手にしているのに、そこに長器銃が加わるとなるとますますもって状況は悪化する。
いや、これが本来あるべき光景なのかもしれない。
専用機と訓練機。本来この二つは比べるまでもない程の差がある。聖が扱うラファール・リヴァイブは誰もが扱いやすい量産型だ。だが、それ故に専用機であるブルー・ティアーズのように唯一の武器がない。性能が圧倒的に違う二つが戦えばどうなるかなど、言うまでもないだろう。
しかしだ。聖はこの状況でセシリアが恐ろしいとは思わなかった。彼女がこの数日戦ってきた相手はセシリア以上の強敵だったからだ。
夢という架空の場所、相手は男か女かも分からない影。それは空想の産物で現実の相手と比べるなどおこがましいのかもしれない。
だがそれでも、聖は思う。
あいつの方が、もっと恐ろしかった、と。
次々と襲いかかる閃光だが、聖は徐々にそれらを上手く躱すようになっていった。
「なっ……どうして、また……!!」
当たらなくなっているのか。
セシリアには分かりかねないことだが、聖の夢に出てきた影は様々な方法で彼女を屠っていた。その中には死角からの攻撃というのが存在した。
死角。つまりは聖から見えない場所からの攻撃。それは戦術として正しいものであり、当たり前のことだろう。そして、その死角からの攻撃を聖は何度も受けてきた。そう、今の『ブルー・ティアーズ』からの攻撃のように。
夢では一度も躱すことができなかったが、今はISのクリアな視界、それから夢で培ってきた死角攻撃からの慣れによって、セシリアの攻撃を回避することができていた。
そして何より、セシリアの弱点、いや欠点を見出した。
「喰らいなさい!!」
スターライトmkⅢの銃口が火を噴く。
しかし、放たれた閃光にすかさず聖は反応し、悠々と避けた。
「何故ですの……!! どうしてわたくしの攻撃が……」
「簡単な話よ」
そしてこれもまた同じ。
聖はセシリアの疑問に答える。
「あんたの攻撃は凄まじいわ。それは認める。死角からの攻撃も正直キツい。けれど、その分意識を自立機動兵器に回さないといけない。そして、その時あんたは他の攻撃ができない。逆に自身が攻撃するときは死角からの攻撃はできない。そこに気を回しさえすればどうってこないわ」
「……っ!!」
図星、と言わんばかりな表情を浮かべるセリシア。
「そして――――」
聖は振り返らないまま右手の「ガルム」の銃口を後ろに向け、引き金を引く。
次の瞬間、聖を狙っていた自立機動兵器が爆散した。
「なっ……」
「死角から来ると分かっているのなら、そこを狙えばいい。あとはタイミングの問題。まぁ、それを合わせるのが至難の技だけど……あと三つ。どうにかしてみせるわよ」
「くっ……ブルーティアーズ!!」
名前を呼んだと同時に同じく四方からの……いや、三方からの攻撃が始まる。
だが、セシリアはここからミスを犯してしまう。
一つは焦ったことにおる状況判断が落ちてしまったこと。
一つは自立機動兵器が四つから三つに減ったことを忘れていたこと。
一つは相手にバレていてもそれでも死角からの攻撃を続けたこと。
冷静に考えればこの状況でセシリアが負ける確率は低かった。自立機動兵器が一つ落ちたからといって、装備、経験、操縦のスキルは断然セシリアの方が上。クールダウンを入れながら戦略を変えさえすればどうにでもなったはずだ。
だが、いかんせん、焦った人間というのはそういったことができないものだ。
そしてその結果は――――自立機動兵器『ブルー・ティアーズ』の全滅。
「そんな……!?」
最大ともいえる主力武器がなくなったことでの隙。
そんな好機を聖は逃さない。
スラスターを全開。一気に距離を詰めながら銃弾の嵐を浴びせるために照準を合わせる。
が、その時。
「かかりましたね」
「お生憎様。『ブルーティアーズ』は六機あってよ!!」
セシリアの腰部にあるスカート状の二つのアーマーから突起が外れ砲門と化し、そこから放たれるミサイルが聖を襲う。
が。
「――――ええ。そうでしょうね。あんたならそれくらいの備えはしてるでしょうよ!!」
言うと同時に。
聖は右手に持っていた「ガルム」をミサイルが飛んでくる方向へと
これではスターライトmkⅢで照準を合わせるどころか、最後に残ったミサイル攻撃もままならない。
「目眩し……!? 一体、どこへ……!!」
「ここよ!!」
声がしたのはセシリアの真後方。そこにはアサルトライフル「ヴェント」を構えた聖の姿が。しまった、というセシリアの顔を見て聖は理解する。もう遅い。
聖とセシリアの距離はおよそ七メートル。スターライトmkⅢは振り向かなければ狙えず、ミサイル攻撃もこの距離ではセシリア自身にもダメージがいく。
結論、セシリアはもう何もできない。
「
勝利を確信し、「ヴェント」の引き金を引く。
その瞬間だった。
ドクン、と。
悪寒が体中を走った。そして次の瞬間、やってくるのは嫌な汗。そして眩暈と頭痛は当然の如く聖の体に襲いかかった。
(な、んで……)
どうしてこのタイミングなのかと彼女は思うかもしれない。しかし、これは自然な形なのだ。
よくよく考えて欲しい。彼女は何でもできる超人だっただろうか? 努力すれば天才すらも退けられる秀才だっただろうか? 勝ちを約束されたライトノベルの主人公だっただろうか?
違う。彼女はただの病気がちの少女だ。
確かに日頃からランニングなど体は鍛えている方だ。しかし、それでもこの一週間は聖にとって異常だった。限界を何度も超えさせられた特訓に加えての夢の中での戦闘。朝も昼も夜も。彼女は努力し続けた。し続けてしまったのだ。
人間とは休まなければ生きていけない生き物だ。いや、生き物とは皆そういうもののはずだ。オーバーワークは人を殺す。そして彼女はその休むという行為をあまりにも逸脱しすぎた。それは根性とか気力とか覚悟とか気合とか、そういうものでは覆らない代物。
よって、彼女がここで溜め込んできた疲れが一気に体に襲いかかるのは自明の理だった。
体に力が入らない。意識が段々と遠ざかっていく。そして何故か落下していく気分になる。
『お……聞……る……返事……ろ……良、世……!!』
無線から聞こえてくる千冬の声に、しかし聖は応えることができなかった。
徐々に暗くなる視界の中で、ふいに思うのは一人の女の姿。
自分を信じてくれた者。勇気と覚悟をどこまで愛する人間。世の中の在り方に嘆き、意義を唱える大馬鹿。
そんな彼女には今の自分はどう映っているのか。
しかし、その答えを考える暇もなく、聖の意識は完全に切れてしまった。
今回セシリアを書くに当たって色々調べましたが、よくよく考えると両親が死んでいて、遺産を狙ってくる輩を相手にしてと色々と頑張ってきたんだな、と改めて思いました。
アニメを見たとき、あっ、ちょろインだとか思ってすみませんでした!!
次に、聖について。
特訓だとか、夢でイメトレとか、色々していますけど、彼女はあくまで病弱な少女です。そんな娘がここまでオーバーワークすればこの結果は当然でしょう。
問題は、そんな彼女に目を付けている馬鹿が今後どう動くかですが。
ええ、書いている自分が一番心配しています……はい。