甘粕正彦が見た未来がISだった件   作:雨着

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昨日、ブレーキを踏んでも止まらない車を運転する夢を見た。
マジで怖かった。
※IS勢の霊圧が消えております。ご注意ください。


第四話 ■■

 走る。走る。走る。

 いつものような朝のランニング、ではない。それ以上の速度でしかし距離はその倍以上。

 聖が現状置かれている状況を簡単に説明すると、追われているのだ。

 

「チィ―――――しつこいっ」

 

 そんなことを言いながら足は止めず、さらに加速する。しかし追跡者はそんなものなど知るかと言わんばかりに同じ様に速度を上げてきた。

 何から逃げているのか……それを具体的に答えることはできなかった。何せ相手の姿は『見えない』のだから。

 ふと走りながら背後に視線を向ける。そこにいるのは影。真っ黒な靄が全体を覆い隠しており、それが男なのか女なのか、はたまた人間なのかすら把握できない。

 そんな得体のしれない存在に追いかけられながらもしかして聖は動揺していなかった。角をいくつも曲がり、撒こうとするが上手くいかないことに腹を立てるが絶望的な状況だとは思っていない。全力疾走のマラソンランナー状態であることに文句の一つや二つを言いながらも彼女はそれでも走り続ける。

 しかしこのままでも埒が明かないのは事実。

 一か八か。

 

「はぁッ―――」

 

 気合と共に全力で走行しながらの同じく全力の跳躍。

 高さは軽く二階建ての一軒家を有に超えており、いくつもの家や建物を飛び越える。そして五十メートル程離れた場所にあった建物の屋上に着地。コンクリートで出来た床にひびが入る。

 すかさず後ろを振り向くが、そこに相手の姿は無かった。

 

 

「どうやら撒いたようね……」

 

 肩で息をしながら安全を確信する。

 だが、それは甘い考えだった。

 次の瞬間、聖の頭上から突如として影が現れ、拳らしきものを握りながら落下していた。

 

「なっ……!?」

 

 咄嗟に避けたことにより直撃は避けられたものの、しかし先程まで聖がいた場所は木っ端微塵と化していた。

 油断した。成功したことにすっかり気を取られて、自分がやれるのなら相手もできるということを忘れてしまっていた。

 即座にこの場から離脱しようと試みるももう遅い。先程彼女は全力を使い果たしたのだ。『ここ』ではいつもの倍、いやそれ以上の力を発揮できるが、その上での全力だ。もはや歩くことすらままならない。

 そもそもこの相手にこの距離では逃げることすら不可能なのだ。

 刹那。一秒ともかからない時間で影は聖との距離を詰め、横から蹴りを入れてくる。

 

「が、はっ……!?」

 

 防御するもしかして武術の一つもしらない小さな体ではほぼ無意味である。まるでサッカーボールの如く聖の体は壁まで吹っ飛んでいく。

 追撃が来るかと思いきやしかし影は動かない。聖が動くのをただ待っている。つまりはいつものパターン入ったということだ。

 釈然としない……相手の思う壺に嵌っている。苛立ちを隠せないが、今のこの状況下で彼女に与えられた選択肢は他にない。

 

「しょうがないわね……相手をしてやるわよ」

 

 言いながら立ち上がりそして……聖は相手に突っ込んでいく。

 これが正答。タイマンの勝負こそがこの影の望みであり、役割。そこから逃げようとしていたから影は聖を追いかけ続けたのだ。

 とは言っても聖にも逃げていた理由がある。既に承知だろうが、聖は武術の一つも喧嘩のやり方の基本すらもしらないど素人だ。さらに言えば病気持ちの小さな少女。そんな人間が正体不明の怪物に立ち向かえばどうなるのかは一目瞭然。

 そして五分もしない内に。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 地べたに這い蹲いながら聖は呼吸をしていた。

 これが当然。自然な形。ここは異常な場所ではあるが漫画やアニメの世界ではないのだ。運や奇跡などはそう安々とは訪れない。

 一方の影は毅然とした……ような態度で聖の前に立っていた。その格好はまるで彼女を見下ろすような形。

 ふと聖は顔を見上げる。しかしやはりそこにあるのは黒い影だけ。男か女か人間かすら分からないそれは、いつものように拳を振り上げ、止めをささんと言わんばかりの勢いで下ろす。

 そして……。

 

 ピリリリリリリリ。

 

 世界に響き渡る電子音と共に情景が一瞬の内に霞む。

 そして視界はあるべき場所を写し出した。

 

「はぁ……またか」

 

 ため息をつきながら出てきたのは落胆の言葉。

 こうして世良聖は夢から現実へと帰還したのだった。

 

 *

 

「それは明晰夢だろう」

 

 朝のランニングを終えた後の朝食の時間。ここ連日見続ける聖の夢をそう結論付けた。

 

「明晰夢……何それ」

「有り体に言えば、自分が夢を見ていると自覚している夢の状態のことだ。それ自体は別段珍しいものではない。今までも何度か経験があるのではないか?」

 

 言われてみれば確かに。今見ているものが現実ではなく夢だと自覚したことは数える程度だが経験はある。

 しかし問題なのはそれが毎夜に見ているということだ。

 考えられる原因は二つ。目の前にいる馬鹿からのストレス、あるいは一週間後……いや、四日後のセシリアと織斑一夏との試合からの不安。またはその両方か。

 どちらにしても自分が精神的にも参っていることには変わらない。

 

「はぁ……現実でも疲れてるってのに睡眠まで疲れるって、どんだけよ」

「そう言えば明晰夢を見た時は眠った気にならないと言われているが、なるほど。だからここ数日のランニングには身が入っていなかったわけか。辛いのは分かるが、しかし鍛錬が疎かになるのはいただけないな」

「うるさいわね。別にサボってるわけでも気を抜いてるわけでもないからいいでしょ」

 

 といつもなら軽くあしらう程度にも拘らずついつい反論してしまうのは、やはり疲れが取れていないからだろう。少なくとも、明晰夢は自分が夢を見ている、という認識があることから実際のところ脳が眠っている状態になっているわけで、聖の疲れも自然なものと言える。

 イラつく彼女にしかし甘粕は笑みを浮かべながら返答する。

 

「まぁいいではないか。むしろ逆に考えてはどうだ? 自分には他の人間よりも時間がある、と」

「どういう意味よ」

「人間とは一日に六から八時間の睡眠時間がベストだと言われている。それを一個人の人生として換算してみろ。実に三分の一は睡眠に費やしていることになる。何もしないで意識もなく、ただ休む時間が人間にはそれだけあるのだ。無論、休むことが重要なことは理解している。が、やはりもったいないとは思わんか?」

 

 言われてみればそうかもしれないが、と思う聖に甘粕は続けて言う。

 

「つまり何が言いたいかというとだな。明晰夢を見るのならそれを利用すればいい、ということだ」

「利用する? どうやって? まさか、夢の中でも勉強やら特訓をしろと?」

「近いが、正確には違う。勉学や鍛錬も必要だが、今のお前に最も足りないものは何だ?」

「何ってそりゃISをちゃんと操縦したことが……あ」

 

 言われてようやく気づく。が、同時に呆れもした。

 聖はジト目の状態で甘粕に尋ねる。

 

「……まさか夢の中でISの操縦訓練をしろと?}

「流石はヒジリ。話が早い」

 

 ああ、うん。分かった。やっぱりあんたは馬鹿だ。

 

「……あんたね。夢だからってそんな都合がいいことできるわけなでしょ」

「夢だからこそ、ではないか? 無意識ならばともかく、自分が夢にいるということを認識しているのであればどうということはない。ISの一つや二つ、出せるだろう。夢とはつまり、そういうものなのだから」

「簡単に言ってくれるわね……っていうか、もしそんなことできたとしても、意味なんかないでしょ。それは夢のできごとであって、現実のことじゃないんだから」

 

 そう。今話しているのは夢の話。その中でどれだけ頭が良くなろうが強くなろうが関係ない。それは現実(ここ)に持ってこれないのだから。

 そんな馬鹿馬鹿しい会話をしている中でも甘粕は真剣だった。

 

「しかし実際現実では訓練機を貸出してもらえないのだろう? ならば夢の中でくらい操縦してはどうだ。授業の中でも言われているだろうが。ISとは即ちイメージが大切である、と。お前の明晰夢は正しく好都合な場所ではないか」

 

 その通りである。それは織斑千冬にも言われたことだ。

 イメージ……それがISの基本。そして夢とは言わば個人のイメージの世界だ。ならばそこでIS操作を行うことは現実に繋げられるのでは?

 と、そこまで考えて聖は首を横に振った。

 

「……馬鹿馬鹿しい。ほら、さっさと食べなさいよ。遅れるわよ」

 

 言いながら食器を持ちながら立った聖はそのまま返却口へと向かう。

 そんなことは無理だ。不可能だ。有り得ない。そんなことを考える聖の心にはしかしどこかひっかかりがあった。

 そして。

 そんな彼女の後ろ姿を見ていた甘粕の表情はいつもと同じような不敵な笑みが零れていた。

 

 *

 

 そして夜。

 やはりというべきか、それとも予想通りというべきか。

 影は当然の如く聖の前に現れた。

 そして必然的に夜の追いかけっこが成立する。

 

「全く、懲りないやつね……!!」

 

 この影が何なのか、聖には分からない。彼女の不安が具現化したものか、それとも彼女自身に『追いかけっこされる』という願望があるのか……後者でないことを祈るばかりだ。

 とは言え、その正体がなんであれこのままでは昨夜の二の舞だ。こちらも明晰夢であるためか、思い通りに体が動き、体力も現実の倍以上はある。が、しかしそれを嘲笑うかのように影は聖よりも体力筋力、共に遥か上を行っている。どれだけ運動能力を向上させても相手はその上をいってしまう。それはこの数日で理解していた。

 そしてもう一つ理解したことがる。ここでは思い通りになるといっても、限度があるということ。現に肉体面ではこれ以上の向上は無理だ。現実のように息が荒くなり、体力も消耗している。このままではバテてしまって即座に捕まり、いつものようにボコボコにされて終了。

 しかし、それではあまりに惨めすぎる。

 

「……試すしかないようね」

 

 このままでは結果は目に見えている。ならば可能性は低いが新たな試みしか方法はない。

 目を瞑り、右手に力を、念を送る。

 形成、構成、材質、骨子……それら全てを理解しているわけではないが、しかしそれでもやらねばならない。思わねばならない。今から自分が創り出すものが本物であるということを。

 すると光が集まり形を成しそれ――――拳銃が完成した。

 

「っ、よし!」

 

 思い通りに出現させることができた。

 しかし疑問に思う者もいるかもしれない。何故一般人である聖が拳銃などを創造できたのか、と。これはドラマや映画、アニメを見てきたから、ではない。

 かつて彼女は一度だけ本物を目にしたことがある。それは母の部屋にあった棚の一番奥に隠されていた代物。その時は母親にこっぴどく怒られた上で父には言うなとゲスな顔で口止めされたのだが、その話は置いておこう。

 聖はすかさず銃口を影に向けた。

 

(イメージしろ……銃弾が放たれることを認識しろ!)

 

 そして、放つ。

 走りながら放てば反動で肩が外れてしまうかもしれないが、しかしここは夢。そんなものはないと思えばどうとでもなる。

 そして実際、銃を乱射するも聖には何の反動も無かった。

 しかし、驚くべき点はそこではない。確かに聖は銃を作り出し、乱射することに成功した。だが、その弾は一発も影には直撃しなかった。明後日の方向に放ったから、ではない。

 影が銃弾を悠々と躱したのだ。

 

「う、そでしょ……!?」

 

 確かにここは夢だ。ある程度何でも出来る場所なのだろう。

 だが、そんなこともありなのか。

 などと思いつつも聖は影の驚異性を改めて理解した。こいつの肉体的能力は反射神経すらもずば抜けている。やはり運動面での勝利は見込めなさそうだ。

 しかし、別にそれはいい。拳銃を造り、銃弾を放ったのはただの実験でしかない。

 問題だったのは、見ただけでしかない拳銃を作り出せるか、という点。

 そしてその問題点は解決された。

 ならば……。

 

(あいつの言う通りにするのはかなり癪だけど……!!)

 

 それでもやるしかない。

 意識を集中させる。両腕、両足、体全体に。

 想像(イメージ) 想像(イメージ) 想像(イメージ)

 できないはずはない。何度も目にした。何度も調べた。何度も学んだ。まだ日は浅く、熟練までとはいかないが、しかしそれでもできるはずだ。できると思え。

 装甲、装備、武装。特殊なものは必要ない。妙な設定を盛り込んだところで自分にそれは扱えない。あるのは教科書通りものでいい。それでなければどの道意味はない。

 創造(イメージ) 創造(イメージ) 創造(イメージ)

 想い、念じ、そして確信する。自分ならばそれくらい何てことはないと。

 そして光が生じ、聖を包み込む。

 

「で、できた……」

 

 出現したのはネイビーカラーをした4枚の多方向加速推進翼が特徴的なIS。

 『ラファール・リヴァイヴ』

 第2世代型ISの最後期の機体でありながらそのスペックは第3世代型初期に劣らない。現在配備されている量産ISの中では最後発だがシェアが大きく、IS学園が使っている訓練機の一つ。

 ISを夢の中で再現できたことに驚きを隠せなかったが、しかし今はそんな場合ではない。

 喜びも束の間。影はISの登場に一瞬動きを止めたが、即座に攻撃を仕掛けてくる。

 

「そうよね、でも―――――」

 

 それは無意味だ。

 今までは生身であったら想像(イメージ)できなかった。しかしISを身に纏っているのなら話は別だ。

 四枚の翼が動いたと同時に空へ駆ける。

 

「こうすれば、流石のあんたでも手出しできないでしょ」

 

 一、五、十、二十メートル……そこまで来てようやく彼女は地上に目をやる。そこには聖を見据える影がポツンと立っていた。

 このまま逃げ切る、という考えは正直甘い。あの影のことだ。何か仕掛けてくるかもしれない。

 ならばやることは決まっている。

 

「まぁ、今までの恨みも込めて……」

 

 言葉と同時に両手に武器が展開される。

 右手にはアサルトカノン「ガルム」、左手にはアサルトライフル「ヴェント」。

 それら二つの銃口の先は無論影であり。

 

「喰らっときなさい」

 

 撃つ。

 撃つ、撃つ、撃つ。

 弾が無くなるまで撃ち続ける。とは言ってもここは夢なため弾の限界があるわけではない。よって銃弾は聖の気力が無くなるまで続く。まあ彼女からしてみれば数日間一方的にやられていたわけで、そこに何らかの理由があったかは知らないが、そんな相手を簡単に許せるはずはなく。

 よって銃撃は土煙で辺りが見えなくなるまで続いた。

 

「はぁ、はぁ……まぁ、こんなもんでしょ」

 

 乱れる息を整えながら聖は下を見る。

 弾丸の一つや二つを回避可能な運動神経の持ち主でも無数の弾丸、しかもIS専用の武器となれば話は違ってくるはずだ。

 これで少なくとも今晩は追いかけられずに――――。

 

「■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■……」

 

 ふいに雑音が耳に入った。

 雀蜂が耳元で飛んでいるような、そんな不快音。しかし、それはいい。問題なのはそれが土煙の中から聞こえているということだ。

 

「■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■……■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■」

 

 喋っている、のだろうか。

 言葉というには雑音が交じり過ぎて何を言っているのか全く分からない。

 

「■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

 ただ言えることが一つある。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■」

 

 今日も聖は安らかには眠れないということだ。




はい、そういうわけで今日は夢の話でした。
これで実際聖が強くなったのか、それは次回のお楽しみということで。

色々と疑問があるでしょうが、ここで衝撃の事実。
私、実はISはアニメ1期、2期と原作一巻ぐらいしか知識がないのです……!!
なので、至らぬ点や「え、間違ってんじゃねこれ」という場面があるかもしれません。色々と調べながら書いていきますので、何卒よろしくお願いしまう(土下座

最後に一つ……戦闘シーン上手くなりたい……。

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