甘粕正彦が見た未来がISだった件   作:雨着

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※何やらまた作者がやらかしていますが、通常運転です。ご注意下さい


第十九話 転入

 まず第一に抱いた感想は、そこは万華鏡のようである、ということだ。

 見渡す限り、果のない空間。けれども開放的だという感じは一切せず、どこか縛られているようなそんな感覚に襲われる。それだけでも異常だと言うのに、上空には常に複雑な幾何学模様が規則性と共に描かれている。班で不揃いな色彩は目に厳しく、ある種の攻撃性を表していた。何とも自然不快な気分である。

 規則性のある混沌。そんな言葉が不意に浮かんできた。複数の絵を鋏で切り刻み、満遍なく継ぎ接ぎ模様を構築すればこのようなものになるかもしれない。

 捻れている。歪んでいる。

 けれどもそれでいて揺れない芯が奇怪な法則を示している。相反する二律背反、矛盾を形としたような風景こそ。

 

「そう、此処がオレの地獄(せかい)だ」

 

 ふと声がする。見ると、そこにいたのは一人の鬼の仮面を被った男。

 上半身ははだけており、服装も女物という何とも奇形な格好をしている。しかし、問題はそんな人物がこの世界を作り出しているという事実。

 そう。ここはあの鬼面の内界に他ならないと『青年』は理解した。

 いわばこれは敵陣に一人で突っ込んできたようなもの。圧倒的不利な状況に、けれども『青年』は不敵な笑みをこぼしていた。

 その風格。その態度。その身に纏う常識外れの極大にして禍々しい空気。

 

 ―――おお、なんという極上の獲物であろうか。この男は。

 

「カッ、これはまたすげぇ舞台を用意してくれたもんだ。だが、いやだからこそいい。これぞ正しく俺の生き様を証明するためにぴったりの場所だ。

 ―――その首、俺がもらい受ける。異論はあるかい? 夜都賀波岐が一人、天魔・宿儺殿よ」

 

 大仰に語られた真意は愚直で、在り来たり。

 だが、その瞳はまるで飢えた獣がようやく獲物を見つけたかのような輝きを放っていた。

 欲求不満の溶解炉。破裂寸前まで煮詰められた闘争への渇望が、地殻のように高温高圧を維持している。敵が欲しい、死闘が欲しい、欲しい欲しいと喧しいほど喚くのだ。

 なぜなら彼―――――アスラ・ザ・デッドエンドは、未だ満足していない。運命から袖にされた埋め合わせを見つけなければ、生きるも死ぬもないのだから。

 既に己が闘争本能は放し飼いにした狂犬と化していた。そうとも、もはや我慢などできるものか――――

 そんな彼に宿儺は未だ不敵な笑みを見せ続けていた。

 

「ハッ、目ん玉爛々と輝かせやがってよ。若いってのはいいねぇ。血気盛んで向こう見ずで、適当に偉ぶっている奴に噛み付けばそれで幸せなんだからな。

 ――――死相が見えるぜ、餓鬼。そうなって生き延びた奴はいねぇ」

 

 アスラの殺気を受けながらもしかして宿儺の態度は変化しない。その瞳はまるで何かを見定めているかのような、そんな視線を放っていた。

 そして同時に、どうしようもない空虚さも。

 

「死相? 上等上等。死が怖くて死闘なんぞできわけがなかろうに」

「ほう……いいぜ。そこまで言うなら相手してやるよ。ただ? やるってんなら本音で来いよ。嘘偽りを周りに振りかざして満足するような輩とやるほど、オレは暇じゃねぇんでな」

「おお、よく言うわ」

 

 その的外れにも程がある言葉に、アスレは思わず苦笑した。

 何を馬鹿な。

 そもそも、どうでもいいと思っているのはそちらだろうに。

 

「舐めているのはあんたの方だろ? 俺なんかと戦う気はさらさらない。そんな価値など俺にはないと。そう思ってんだろう? 何をしようがどうしようが問題無し。大した手間にはならないと、高を括ってやがる。まぁ、何にしても評価が低いわけだが……そこんところ、どうなのよ」

「大方正解、と言ったところだな。正直、俺には別にやることがあるわけだしな」

 

 だからお前なんかに構っていることさえ惜しい、という判断。

 加えて、こんなことより優先すべき事柄あるという運命。

 それらの理由を総合した上で、すなわち結論――――宿儺は自分が敗けることを想定していないのだ。

 

「呵々、なるほど。最初から眼中にはございませんと……」

 

 あまりに率直にこき下ろされたせいか、むしろその回答はアスラの中で爽快感さえ生み出した。

 これは参った、どうしたものかと喉を鳴らして含み笑う。

 お前などただの格下。自分が本気を出すまではないと。そう断じられたのだ。

 それを自覚した上で、アスラはいう。

 

「―――善いぞ。その高慢、参じて挑む価値があるッ」

 

 ならばいざ、思うがままにただ吼えよう。

 そしてその傲慢な態度を豹変させてやる。

 その(まなこ)を抉り出し、己が武勇を刻んでくれる。満たしてくれよと、色即是空(ストレイド)魔拳(ほし)が輝く。

 

 

「天昇せよ、我が守護星―――鋼の恒星(ほむら)を掲げるがため」

 

 野獣を思わせる瞳に浮かぶのは開戦の狼煙。

 

「森羅万象、天地を握る老いさらばえた支配者め。古びた玉座がそれほどまでに恋しいか? 何故そうまでしがみ付く。

 憤怒に歪み血走る眼球(まなこ)、皺を刻んだ悪鬼の相貌。見るに耐えない、怖気が走る、なんと貴様は醜悪なのだ」

 

 天の唾するかのような内容の詠唱(ランゲージ)は、そのままアスラのみならず、かつて彼の元となった老人も表している。

 彼には衝動がない。我執がない。一切の寄る辺とやらを有していない。

 そう、だからこそ無頼漢(ストレイド)。天の支配者に組みすることなく何にも頼らず破壊する悪童は、己を生み出す創造主を嘲り笑い祝福していく。

 

「その大口で我が子を喰らい飲み下すのが幸福ならば、いずれ破滅は訪れよう。汝を討つは、汝の継嗣。血の連鎖には抗えない

 鎌を振るい暴威をかざした代償が、積もり積もって現れる。かつて御身がそうした如く、他ならぬ血縁に王位は簒奪されるのだ

 産着に包んだ石塊を腹へ収めたその時に、逃れられない運命は約束された未来へ変わる」

 

 親と子は如何なる生物にも存在する。生まれ落ちると同時に成立するその関係は契約にも等しい。

 しかしアスラは孤児(ストレイド)。見捨てられた子に親はいない。

 煢然(けいぜん)寂寞(せきばく)も覚えはないが、心はいつも飢えている。

 そして、だからこそ。

 

「刮目せよ、これぞ予言の成就なり」

 

 目前の獲物をどうしても食い殺したいのだ。

 

超新星(Metalnova)―――色即絶空空即絶色、撃滅するは血縁鎖(D e s d e n d S t r a y e d)ッ!」

 

 解放と同時、夥しい量の星光をその身に迸らせる。

 心の底から嬉しそうな凶笑は、目の前にいる強者への反逆。その喜悦だ。

 その光景を前にしても宿儺の態度は一変しない。むしろ、アスラの力を発揮した今でさえ、彼と宿儺の差は縮まらない。

 けれど、それでいい。それがいいのだ。

 

「流石、流石だ天魔殿。この状態でさえ、俺には勝機が見えねぇ。離れていても感じ取れるその膨大な力。瞬きの間に即死しかねんこの空気……泡立つ肌の心地よさよ、やはり死合はこうでなければッ!」

 

 そして、今度こそ。そう今度こそ。

 命と命がぶつかり合う生死の狭間に、どうか高みに到れるようにと。

 この空虚に開いた胸の穴が埋まることを願いならば、己が極地の死闘へと狂喜しながらアスラは挑む。

 

「来いよ、悪童(がき)。試してやるからかかってきな」

 

 一方の宿儺は未だ笑みを変えず、ただ胡座をかいて正面に座っている。どこまでもふざけた態度。傲岸不遜な余裕は一体どこから出てくるのか。

 しかし、そんなことは今はいい。

その余裕を覆すことこそが、今のアスラがやりたいことなのだから。

 

 そうして。

 悪童と悪童は己の渇望のままに激突したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、もちろんではあるが。

 

 

「いっけぇぇぇぇぇええ!!」

「負けるかぁぁぁぁぁぁああ!!」

 

 

 その悪童を扱っているのが、ツインテールの中国女子と金髪少女の貧乳コンビであることは言うまでもないことだろう。

 

 *

 

 月曜の朝。

 その単語だけでも気が滅入るというのに、今日の聖はいつもより数段疲れきっていた。もっと単純に言えば、寝不足である。

 

「眠い……」

 

 ふと心の声を吐露すると、どこぞの馬鹿こと甘粕がふむ、と言いたげな顔付きで言ってくる。

 

「何やら疲れ果てているな。いかんぞ、体の体調管理には気をつけなければ」

「うっさいわね。誰のせいで疲れてると思ってるのよ……」

 

 などと口にするも、半分は自分のせいなのでそれ以上は言葉を続けない。

 昨日、聖の部屋では神座シリーズのゲームで盛り上がってしまった。最初、聖は参加していなかったものの、やはり自分の知っているシリーズだったためか、途中参加し、深夜になるまでプレイしてしまった。その結果がこれである。

 参加していた鈴や簪も恐らくではあるが、ぐったりしているはずだ。

 唯一、元気が有り余っている馬鹿は除くが。

 などと考えていると、他の女子生徒の声が耳に入ってくる。

 

「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」

「え? そう? ハヅキのってデザインだけって感じしない?」

「そのデザインがいいの!」

「私は性能的に見てミューレイのがいいかなぁ。特にスムーズモデル」

「あー、あれねー。モノはいいけど、高いじゃん」

 

 などと話し合っているのが聞こえてくる。見てみると、その手にはなにやらカタログらしきものがあり、楽しそうに会話していた。

 

「あれは……」

「ふむ……ISスーツのカタログだな」

 

 ISスーツ。

 その名前の通り、ISを装着する際に着るスーツである。

 肌表面の微弱な電位差を検知することによって、操縦者の動きをダイレクトに各部へと伝達、ISはそこで必要な動きを行う。

 また、このスーツは耐久性にも優れ、一般的な小口径銃程度なら完全に受け止めることが可能。ただし、衝撃は消えないため、ダメージ事態はある。

 性能はいいものの、その見た目がどうみても『アレ』なのがちょっと……否、かなりの欠点ではあるが。

 

「聖は決めたのかね?」

「いいえ、まだよ。そういうあんたは?」

「私もだ。まぁ、私も一応女なのでな。自ら着飾るものは真剣に選びたいと思っている」

 

 そう思うのなら普段の言動とかにも気をつけてるべきでは……と心の中で呟くもそれを口にしないのは、甘粕がどういう人間なのか、聖はよく知っているからだ。

 聖と甘粕が出会ってから、日数はそんなに経っていない。せいぜい二ヶ月程度というものだ。しかし、たったそれだけの間でも一緒に暮らしていれば嫌でも相手がどういう人間なのか、ある程度理解できてしまうものだ。

 

(二ヶ月、か……)

 

 そう。聖がIS学園へ入学し、早二ヶ月が経とうとしている。

 最初はここの空気、そして他の学生達の在り方に憤りを感じた時もあった。そして、それは今でも時折感じている。聖の発言が何かしらの効果を表す、とまでは思わないものの、それでも何か変化があるのでは、と少しばかり期待してしまったのは事実である。

 そして、この結果は彼女達……否、今の社会の考え方がどれだけ根強いのか、それを意味しているのかもしれない。

 それをどうこうする力は、聖にはない。

 だが、それを見過ごし、見て見ぬふりをするつもりは毛頭ない。

 

「面倒事は、嫌なんだけど……」

 

 愚痴を零しながらため息を吐く。

 しかしまぁ、この二ヶ月、色々なことがあったが、しかし普通に考えれば事件と呼べることが起こるのはそう何度もないはず。そんな異常事態が連続して続くわけが……。

 

 

 

 

 

「ええっとですね、今日はなんと! 転校生を紹介します!」

 

 

 

 

 

 瞬間、彼女は確信する。

 何か面倒事がやってきた、と。




第二部、始動です。
亀更新が続いていますが、仕事の関係なので、これくらいの速度になると思います。すみません。

さて、ついに第二巻に入るわけですが……どうしましょうか(オイ
いや、ラウラとかシャルとか結構好きなキャラなんですけど、甘粕の琴線に色々と触れすぎな気がして……特にシャル。彼女は頼りがいがあるように見えて、依存というか、諦めというか、そういう風にも見えてしまうんですよ。そしてそういうのは甘粕的に「よし、試練だ」とか言い放ちそうで……。
まぁ、そこら辺を考えながら、楽しくやっていきたいと思います。

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