甘粕正彦が見た未来がISだった件   作:雨着

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※今回は所謂説明回のようなものです。ご注意ください。


第十七話 疑念

 IS学園の地下十五メートル。そこは薄暗く、外の光など全く入らない場所。機械的な光はあるものの、まるで温かみを感じないそこは、学園にとってトップシークレットの場所であり、知る者などほとんどいない。

 その例外中の例外である山田麻耶は機能停止状態であった謎のISを解析していしていた。隣ではディスプレイに記録されていた謎ISの戦闘動画をじっくりと観ている千冬の姿があった。

 

「…………、」

 

 無言のまま見つめるその姿はある種の達人の瞳としている。それは武術を嗜む者として、そして何よりかつて最強と言われていたIS乗りとしての目であった。

 

「あの……織斑先生?」

「ん……ああ、すまない山田先生。どうした」

 

 少々不安げな声で呼ばれたことで千冬が自分が近づきがたい空気を出していたことに気がついた。

 いかんな、と心の中で呟きながらも、麻耶からブック端末を受け取る。

 そこには、千冬の想像通りの結果が記載されてあった。

 

「あのISの解析結果ですが……その……」

「無人機だった……か」

「はい、その通りです」

 

 暗い表情を浮かべる麻耶だったが、千冬もその気持ちはよく分かる。世界各地にその名を轟かすISだが、無人機のIS、などというのは存在しないはずだ。それも記録映像にあるような、動きをするなど聞いたことも見たこともない。

 そしてさらに問題なのは……。

 

「どんな方法で動いていてのか……いいえ、動かされていたのかは不明です。解析したところ、ISコアが壊れていました。恐らくですが、織斑くん達の攻撃によるものだと思われます。機能中枢が焼き入れている状態なので、修復はほぼ不可能かと……ただ」

「……コア、か」

 

 千冬の一言に麻耶は首肯する。

 

「織斑先生もご存知の通り、ISのコアは世界に467とされており、その全てがアラスカ条約によってどこのものなのか、把握することが可能です。しかし調べたところ、このISに使われていたコアは登録されていませんでした」

「つまり、どこの国の回し者なのか……いや、誰の差金なのか分からない、ということか」

「そういうことになります……」

 

 世界の一般常識として、ISのコアがこれ以上増えることはない、と言われている。それは何故か。答えは簡単だ。世界で唯一ISのコアを作成できる人物はただ一人であり、その人物は現在行方不明、もとい捜索対象となっている。

 だが、現実として彼女達の前には一つの矛盾が存在している。

 この矛盾を紐解く答えはただ一つ。

 それは……。

 

「一体、誰がこんなことを……」

「……さぁな」

 

 どこかなげやりな一言と共に、千冬は再びディスプレイに視線を戻す。

 そこには謎のISの右腕を切り落とす自らの弟が映っていた。そして、窮地に陥ったかと思えばセシリアの援護攻撃によって謎ISは機能を停止させる。

 

 ――――――が、そのすぐ後に再び動き出したところで、画面は途絶えてしまった。

 

「山田先生。もう一度聞くが、他のカメラにもこれ以降の映像は無いんだな?」

「はい。どのカメラの映像も同じ時間に一斉に消えていました。正確に言えば、消えているというよりは、何かに邪魔をされているような、そんな感じですね」

 

 麻耶の言うとおり、提出されたカメラの全てに千冬は目を通したが、そのすべてがことごとく、途中で切れてしまっている。

 まるでこれ以上のことを見る資格はないと言われているような、そんな気分にさせられてしまい、千冬はどこかイラついていた。

 

「恐らくはこのISを送り込んできた者の仕業なんでしょうけど……でも、何かおかしい気がするんです」

「おかしい?」

「はい。我々は二度、ハッキングをされました。一度目のものは相当手こずりましたが、それでも上級生の方たちがシステムクラックに成功しています。しかし、その後に起こったハッキングには、何といいますか……違和感を感じたんです。いいえ、あれをハッキングと呼べるかどうか、それも怪しいと思います。あれはそう……別の法則で無理やり介入された、そんな感じで……」

「何とも抽象的だな」

「あ……あははは……すみません。ちょっと疲れているのかもしれません」

 

 無理やり笑う麻耶にしかして千冬は同様な気持ちを抱いていた。

 

「君がそう思うのも無理はない。何せ今回の事件は色々と訳の分からないことが多すぎる。先程のカメラの件もそうだが、突入したはずの上級生連中が一人残らず意識を失っていたというのはどういうことだ?」

 

 そう。セシリアが突入できたのは、上級生達がシステムクラックを成功させて遮断シールドを解除したおかげだ。故に彼女達はセシリアと共に突入したわけなのだが、その全員が気づいた時には気絶していた、と供述している。

 さらにはその後にやってきた増援も遮断シールドとはまた違った奇妙な壁に阻まれて中に入ることができなかったという。

 一体全体、何が起こったというのだ?

 彼女達が嘘をついている……とは到底思えなかった。実際に謎の壁が消失し、増援部隊が突入した時、上級生達は気絶した状態で見つかった。

 そもそも嘘を付く理由が千冬には分からない。

 だが、同時に思うことがある。

 何故、彼らは嘘をついているのか、と。

 

「そう言えば、織斑くん達のお見舞いには行ったんですか?」

「一応は、な。全員怪我はしていたが、まぁ問題はないだろう。同時にカメラが記録していない間、何が起こったのかも聞いた。連中曰く、機能停止したはずのISが再び動き出し、それと戦っていた。その途中、逃げ遅れた世良が怪我をしてしまった、とな」

「そうですか……それで、世良さんは」

「多少怪我はしているものの、まぁ一週間も安静にしていれば普通に生活できる状態に戻る、だそうだ」

 

 良かったぁ……と呟く麻耶。彼女は本当に世良の事を気にしていたらしい。

 だが、千冬は思う。弟達が言っていることは真実ではない、と。

 もっと言えば、何か大切なことを黙っている。

 教師として、そして大人として、そのことを問いただす必要があったのかもしれないが、しかし千冬は思う。どうにも彼ら自身、踊らされているのでは、と。

 もしも、だ。

 もしも今回の事件に絡んでいる人物が千冬のよく知る人物ならば、彼らに何を聞いたところで足など掴むことなど不可能。逃げ足だけは速いことを彼女は嫌になるほど知っている。

 だが、だ。

 千冬はどうにも確信が持てない。

 証拠が不十分、ということではない。むしろ、『彼女』が犯人だとすればもっと簡単だったかもしれない。

 

「何か、匂うな……」

 

 匂う。そう、匂うのだ。別の誰かの異様な気配が。

 そして、それはある意味において『彼女』よりももっと危険な気がするのは、千冬の気のせいなのだろうか。

 分からないことだらけの状態で、彼女が確かに思うことはただ一つ。

 

「だとしても……私がやることは変わらんがな」

 

 教師として、担任として、そして大人として生徒を守る。

 それが彼女が抱く、『真』であった。

 

 *

 

 聖と一夏達は怪我を負ったために保健室に運ばれ、治療を受けた。

 保健室、とは言ってもそこはIS学園、様々な不足の事態に備えてか、設備は普通の病院よりも優れていた。そのおかげだろうか。一夏達は数日、聖は一週間程安静にしていれば元の生活に戻れるというらしい。それまで自室で療養、と言いつけられた。

 元々病弱である聖からすればこんなものはいつものことであり、それほど大したことではない。

 そして、事件から数日が経ったある日。

 

「よう」

 

 何の前触れもなく、織斑一夏が聖の部屋へとやってきた。

 

「……、」

「な、何だよ、露骨に嫌そうな顔して」

「いや、別に嫌とかじゃなく……驚いているだけ」

 

 実際、それは事実だった。

 聖は自分の部屋に織斑一夏がやってくることなどないと思っていたのだ。確かにクラスは一緒であり、代表を決める時に対戦するかもしれなかった間柄で、先日は共に戦ったわけではあるが、それでも彼が一人で自分のところに来る、ということが想像できなかったのだ。

 

「その……座っていいか?」

「どうぞ」

 

 素っ気ない、とも取られる口調で聖が答えると一夏はそこら辺にあった椅子に座る。

 そしてきょろきょろと周りを見渡した後、また質問。

 

「甘粕は……いないみたいだな」

「あいつはまだ帰ってきてないわよ。どうせそこら辺で油売ってんでしょ。全く、あの馬鹿のせいでとんだとばっちりを受けたわ」

「そう言うなって。結局お互い生きてたんだし」

「それが問題なのよ。ったく、敵を倒したかと思えばひょっこり現れて『見事だったぞ、お前達。ああ、素晴らしかった。その一言に尽きる。今までにないほど輝いていたぞ』とか何とかほざきやがったのよ。頭に来ない方がどうかしてるでしょ」

 

 そもそも聖があんなことに巻き込まれたのは甘粕を探してのこと。

 その彼女が無傷であったことは確かに喜ばしいことだろう。だが、ボロボロになった状態で原因たる人間に無傷のままで賞賛されたところで腹が立つだけだ。それはつまり、甘粕がどこかで自分達の戦いを見ていた、という証明でもあるのだが……うん、それがまた腹立たしい。

 と煮えくりかえる怒りを抱いていた聖だが、あることを思い出し、一夏に向かって言う。

 

「あなた達、あの怪物のこと、織斑先生達には言ってないんですってね」

「まぁ、そりゃあな。っていうかあんなもん、信じてもらえるとは到底思えないからな」

「それには同意見ね。直接目にしたわたしだって、未だ実感が沸かないもの」

 

 聖達が対峙した正体不明のミイラは、聖の一撃を受けて、塵となって消えてしまった。そして残ったのはあの巨大なISのみ。

 本体が消えてしまってはもはやどうしようもない。そんな状況でミイラが異様な力を使って襲いかかってきました、などと言ったところで誰が信用するものか。最悪の場合、精神科医を紹介されるハメになるだろう。

 ならば、アリーナに設置されてあるカメラを使えば、という話になるのだが。

 

「それにしても、不思議だよな。あのミイラが暴れだす直前にアリーナのカメラが停止してたなんて」

「……それ、本気で言ってんの?」

 

 へ? と間が抜けた声音を出す一夏に聖は頭を抱える。そして確信した。ああ、こいつは馬鹿だ、と。

 

「そんなもの、誰かが故意にしたに決まってんでしょ。でなきゃそんな偶然あるわけがない」

「そっか……でも誰が、何のために……?」

「それが分かれば苦労はしないわよ」

 

 そう、これは誰かが仕向けた演劇(シナリオ)だ。

 だが、それが誰なのか、何が目的なのか、それが一向に分からない。情報不足すぎる。敵のISはもちろん、その中に入っていたミイラ。

 そして何より……自分自身について。

 

「……そう言えば言い忘れていたことがあったわ。私のこと、黙っていてくれて、ありがとう」

 

 聖にとってはそれはありがたいことだった。

 あの時手に入れた奇妙な力。名前も何も分からないこれは、しかして今も彼女の中にある。カメラに写っていなかったおかげで、聖がこの力を持っていることを知っているのはわずか数名だ。その全員に彼女は誰にも話さないでくれと言ってある。

 手を天井に上げ、それを見つめながら、聖は言う。

 

「正直、この力が何なのか、わたしにもさっぱりなのよ。ただ分かるのは、悪い力じゃないってこと。それから、誰かに認められて与えられたってことぐらい。そんなものを説明しろ、だなんて言われた日にはどうしようもできないから」

 

 それに、と聖は続ける。

 

「ISを創り出す力、なんてものが知れ渡れば変な連中に狙われるかもしれないし。まぁ、これはあなたにも言えることだけど」

「俺にも?」

 

 再び寝ぼけた様子で首をひねる一夏に聖は愕然とする。

 

「……あのねぇ。あなたは世界でただ一人、ISを動かせる男なのよ? こんなこと言いたくないけど、女の人権をどうたらこうたら言ってる連中からからしてみれば面白くないでしょうよ。研究者からしてみても是非とも研究してみたい、と思われてもおかしくないでしょ。それこそ、無理やり誘拐してでも」

「……っ!?」

 

 何の言葉がきっかけだったのか、聖には分からない。だが、その時一夏が今までに見たことがない程張り詰めた反応をしたことを見過ごさなかった。

 

「……どうかした?」

「え……あっ、いや。何でもない……そうだよな。そういう連中もいるかもしれないもんな。気をつけるよ」

 

 どこかはぐらかされたような言葉に、けれども聖は追及しない。人にはそれぞれ聞かれたくないことの一つや二つ、あるというものだ。

 追求しない聖の前で、一夏は何やら大きなため息を吐いた。

 

「……俺、今回のことで色々と自覚したよ。特に、自分が今、弱いってことは嫌というほど思い知らされた……」

 

 一夏は思い出す。あの怪物を。

 そこにあったのは恐怖。絶望。これ以上やっても無意味だと言わんばかりの圧倒的な力の差。まるで虫けらのような扱いで一方的になすがままにされる屈辱。けれども、それをどうしても覆せない悔しさ。そして、それが当たり前なのだと自覚してしまった挫折感。

 あんなものは、正直もうゴメンだった。

 

「俺さ。皆を守ろうって思ったんだ。千冬姉はもちろん、箒や鈴、セシリア。関わる人全員を守ろうって……でも今の自分にはそんな力はないってはっきり分からされた」

 

 それは単なる思い上がりでしかなかった。

 あの怪物と対峙し、なすすべもなくボロ雑巾のようにあしらわれた時、一夏は認めてしまった。自分にはそんなことはできない。不可能だ、と。目の前にある現実に諦めてしまったのだ。

 けれど、そんな彼のまえに聖は現れた。

 

「お前の言葉は、その、なんていうか、心に刺さったよ。……いや図星って言った方がいいのかな」

 

 逃げるな、甘えるな、立ち向かえ……聖が言った言葉を一夏は今でも頭の中に響いている。

 ああそうだ。あの時の自分は死に逃げようとして、死ぬことに甘えようとして、死に立ち向かおうとしなかった。

 

「正直、今でもああいうのは怖いって思ってる。死ぬってことがどういうことなのか、少しだけ分かった気がするから……でも、でもさ。それじゃダメなんだよな。ああいう状況になっても、それでも諦めず戦うことが、生きることが強いってことなんだ」

 

 そう、例えばそれは目の前の少女のように。

 今でも鮮明に思い出す。ISを装備せずに、生身のまま、それでも強敵に立ち向かうその小さな、けれどもどこまでも大きな背中を。

 そして同時に思った。

 それに比べて自分はなんと小さな男なのだろうか、と。

 

「俺、強くなる。強くなって、今度こそ皆を守れるくらいの男になってみせるよ」

 

 それは一種の意思表明のようなものだった。

 聖からしてみれば、その言葉には未だ確固たる信念があるようには思えない。いや、それはさっき言ったように本人も不安を抱えてるためだろう。

 それでも、だ。

 最初に出会った頃よりは幾分マシな顔になっていると思った。

 

「まぁ言いたいことは分かったし、理解もしたわ」

 

 けれど、それと同時に一つ疑問が生じる。

 

「でも、それを何でわざわざわたしに言うわけ?」

「いや、それはまぁ、俺がこういう気持ちになれたのは世良のおかげだし、一応言っておこうと思ってな」

「あっそ。でもまぁ、そういうのはそこにいる連中に言ってやった方がいいんじゃない?」

 

 聖の言葉の意味がよく分からないと言わんばかりな表情を浮かべる一夏。

 そんな彼を他所に聖は扉に向かって叫ぶ。

 

「盗み聞きなんて感心しないわよ。さっさと入ってきたらどう?」

 

 聖が言うと、ドアが開き、二人の少女が倒れかけるように入ってきた。

 そこにいたのは聖はもちろん、一夏もよく知る人物であった。

 

「鈴、それにセシリア……お前ら一体何してんだ?」

「な、何って……そ、その……そう! 聖のお見舞いに決まってるじゃないっ、ねぇ!?」

「そ、そうでしてよ!! 聖さんにはお世話になりましたから、命を助けていただいたお礼を忘れるほどわたくしは落ちぶれてはありませんわ!」

 

 などと慌てて答える二人であったが、まぁその言葉が真の目的ではないのは言わずもがな。どうせ一夏が他所の女の部屋に行くことが気になってしまって尾行してきた、とかそんなオチだろう。それで二人で鉢合わせて、中で話している内容を聞くために聞き耳をたてていた、と。

 

(まぁ、気持ちは一応分かるけれども……)

 

 彼女達が一夏にどういう想いを抱いているのか、それを知っている聖だからこそ許せる行為だけれども、これが他の女子であれば、相当な問題になるのではないだろうか。いや、無論、聖にとってはいい迷惑ではあるが。

 そこのところを今度じっくりと注意してやろう……と思いながら、彼女は一夏に言う。

 

「そう言えば織斑。今日の放課後練習はないの?」

「あっ、いや。一応練習場は予約してあるけど……」

「だったらこんなところにいないでさっさと行きなさいよ。強くなるって決めたんでしょ? コーチも二人、来たようだし」

 

 と扉の傍にいる二人に視線を送る。それに気づいた鈴とセシリアはどこか恥ずかしげな表情を浮かべていた。

 一方の一夏はというと、俯いて少し黙っていたが、すぐに顔を上げた。

 

「そうだな……そうだよな。よしっ……鈴、セシリア。アリーナに向かうぞ。今から特訓だ!」

「ちょ、一夏っ!?」

「わたくし達、まだ聖さんとお話してませんのに……!?」

 

 颯爽と部屋から出て行く一夏の後ろ姿に呼びかける二人であったが、当の本人は丸きり聞いていない。まるで元気を取り戻した子供のようなその姿である。

 そんな彼を追いかけるために鈴とセシリアは短い挨拶を聖にし、部屋から飛び出した。

 部屋から全員がいなくなったのを確認した途端、聖は大きなため息を吐いた。何とも騒がしい連中だ、と思いながらも、先程一夏が言っていた言葉を思い出す。

 

「強くなる、か……」

 

 窓の外を見つめると、そこには夕日が今、まさに沈もうとしていた。

 

「わたしは……強くなれたかな、父さん……」

 

 寂しげな彼女の言葉を聞き届けるものは、誰もいなかった。




前回、あとがきに伏字について書きましたが、感想などのご意見から、伏字を無くすことにしました。どうなっているかは、本編でご覧下さい。
色んな意見、ありがとうございました!

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