Deathberry and Deathgame   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます。

第四話です。

宜しくお願いいたします。


Episode 4. Crime and Punishment

「………………」

「……おかえり、大バカ一護」

 

 おかしい。なんかおかしい。

 

 一体全体、どうしてこうなった。

 

 最後の《バーチカル》の一撃でボスの首を斬り落とし、俺は無事第一層ボス討伐を完了させることができた。

 ボスの巨体が大量のポリゴン片をまき散らして爆砕し、『Congratulation!!』の文字がデカデカと表示された瞬間、皆が一斉に歓声の声を上げた。拳を突き上げる奴、肩を組む連中、いろいろいたが、全員が満面の笑顔を浮かべていた。エギルの笑顔だけちょっと凄みがあって、正直ビビったが。

 

 そんな連中に取り囲まれた俺は、各々と握手してみたり拳を突き合わせてみたりしてたんだが、ふと戦線離脱したディアベルのことが気になった。F隊の男剣士が向かった以上、多分生きてはいると思うんだが、一応様子を見ておくために、俺は皆の包囲網から抜け出して大部屋の片隅に向かってみた。

 

 そして、この光景に出くわした。

 

 まず視界に飛び込んでくるのは、我らがリーダーのディアベルの姿だ……ただし、うつ伏せに倒れた状態の。

 HPが半分くらい残ってるからちゃんと生きてる……ハズなんだが、その脳天に何故か極太の真っ白いピックがぶっ刺さっているため、どう見ても死体にしか見えない。さっきのボスは接近戦オンリーだったはずなのに、いつ投擲武器攻撃なんて食らったんだ。そして、傍にいる三人はなんで引っこ抜いてやらねえんだよ。意味が全く分からない。

 

 ピクリとも動かない死体モドキのすぐ隣には、助け起こしに行ったはずのF隊の男剣士。線の細い顔立ちをなんともいえない表情にして、ディアベルを見ている。いやだから見てないでピック抜いてやれよ、と思う事しきりだが、この雰囲気的に言えなかった。その隣にいる細剣を持ったF隊の女剣士も、似たような表情で固まっている。

 

 そして、三人の奥で堂々と仁王立ちしているのが、今戦の相棒ことリーナだ。

 会うなり俺を大馬鹿呼ばわりしてきたことからも分かるが、コイツの纏った空気は完全に不機嫌一色に染まりきっている。この祝勝ムードとは正反対の冷え切った空気に、思わず「ただいま、ハラペコ女」と言い返したくなったが、なんとか堪えた。ここで茶々を入れた奴は確実にディアベルと同じようにコイツの足元に転がる、何の根拠もないが、本能でそう感じた。

 

 とはいえ、このまま全員で黙ってても仕方ないので、ひとまず状況把握をすることに。

 

「……おい、そこの二人。何がどうなってこうなったんだ?」

 

 リーナに話しかけるのは地雷を踏むのと同じ意味な気がして、俺はF隊の男女に尋ねてみた。

 幸いにも、俺が話しかけると二人はすぐに再起動した。

 

「え、ああ……えっとだな、俺が助けに行ってポーションを渡そうとしたら拒否られて、さ……愕然としてたら、横からそこの白い人が来てディアベルの身体をヒールピックで滅多刺しにしたんだ。あいつはビックリして逃げようとしたんだけど、彼女に首根っこを掴まれて動けなくなって、そんでトドメに脳天に一発――って感じだ」

 

 ……おかしい。救命行為(多分)のはずなのに、やってることが完全に猟奇殺人のそれだ。ヒールピックをただのピックに置き換えてやったら、HPが満タンでも死んでたような気がする。

 

「……一応訊くが、ヒールピックってのは、名前的に回復アイテムなのか? つうかヒールダーツじゃねえのか?」

「ヒールダーツもヒールピックもインフレーマーからのドロップアイテムだ。ただ、前者は囮から、後者は本体からしか出ない。どっちもヒットしたプレイヤーのHPを回復させる効果があって、回復量に違いは無いけど、ピックは投擲武器だから回収できれば使用回数に制限が無いんだ。ダーツは消費アイテム扱いだし」

 

 そうか、あのクソ兎からはコレが出るのか。今度行ったら乱獲して手に入れてやる。

 

 でも、今はその話じゃねえ。問題は、

 

「なんで、ディアベルはポーションを拒んだ?」

「それは…………」

「……オレが、ベータテスターだからだ」

 

 男剣士が言い淀んだ時、足元から声が聞こえた。

 見れば、今までうつ伏せになっていたディアベルがゆっくりと上体を起こすところだった。リーナが後ろからさりげなく手を伸ばし、頭に刺さりっぱなしだったピックを回収する。

 

「よお、目が覚めたかよ」

「ああ……問題、ない。もう、目は覚めたよ」

 

 俺の問いかけにどこか含みのある言い方でそう応えたディアベルはその場に座り込み、周囲をぐるりと見渡した。いつの間にか他の面子も集まってきてたみたいで、俺たちを囲うようにして立っていた。

 

「なら、二つ訊いていいか。アンタはなんであの時、一人で飛び出した?」

「……ボスにトドメを刺したプレイヤーには、ラストアタックボーナスが入る。それによって出現するレアアイテムが、欲しかったんだ」

 

 ディアベルの告白に、周囲がどよめく。表情が変わってないのは、未だに不機嫌そうなリーナだけだ。

 俺はそれらを無視して、さらに続ける。

 

「じゃあ問二だ。アンタがポーションを拒んだのは、俺等を出し抜いたことに自責の念があったからか?」

「…………そうだ」

 

 ディアベルは力なく頷き、そのまま俯いてしまう。周りの連中もかける言葉がないのか、全員静まり返ってしまった。

 

「……キミは、一護君といったね。ボスを倒してくれてありがとう。キミのおかげで、戦線が崩壊するまえに決着が付けられた。この勝利は、キミのものだ」

「別に礼なんかいらねえよ。俺らはボスを倒しに来たんだ。やるべきことをやっただけだ」

「それでも、皆を護ってくれたことに変わりはない。だから、リーダーを務めた身としてお礼が言いたかったんだ。本当に、ありがとう。

 そして一護君、その剣の腕を見込んで頼みがあるんだ」

「なんだよ」

「━━オレを、斬ってくれないか?」

「ダメ」

 

 ディアベルの突拍子もない頼みに俺らがリアクションするまえに、横からリーナが割り込んだ。手にはまだヒールピックが握られている。

 

「圏外でプレイヤーに攻撃すれば、攻撃側は犯罪者、オレンジプレイヤーになって、街に入れなくなる。一護を、ボスを倒した立役者を、そんな身分に落としたいの?」

 

 氷のように冷たい声音で、リーナは淡々と喋る。

 

「ディアベル、私は貴方が気に入らない。

 アイテムをかっさらおうとしたセコさもそうだけど、何より、その行いを死んで償おうと考えるトコが一番気に入らない。誰一人死んでないのに、自責の念一つでポンと捨てられるほど、貴方の命は軽くないでしょ。それに――」

「リーナ、その辺にしとけ」

 

 長文をまくし立てる相棒を、俺は制止した。リーナは剣呑な目付きでキッと睨んでくる。

 

「ボスを相手に単身特攻なんて無茶をやらかしたバカは黙ってて」

「さっきは立役者って言ってたじゃねえか。誉めるか貶すかどっちかにしろ」

「うるさい、この――」

「……ああ、いや、リーナ君、一護君、済まない。さっきのは冗談だ、せっかく拾った命を捨てるわけにはいかなフゴッ!?」

「「紛らわしい」」 

 

 この流れで冗談だとか言い出したバカ野郎の顔面に、俺とリーナのヒールダーツが命中した。クソ、そこそこシリアスな空気で紛らわしい真似しやがって。

 

「も、申し訳ない。空気を読まなかった。

 ……だが、それならオレはどうすればいいんだ。

 皆を踏み台にして抜け駆けしようとした罪は消えない。そして、罪には罰が必要だ。死がオレへの罰でないとするなら、オレは一体、どうやって皆に償ったらいいんだ……」

 

 今度は真剣だ、そう付け加えてディアベルは肩を落とした。まるで、責められることを望んでいるかのように、力なく弱々しい態度だ。

 

 それは本当に罪人のようで━━俺にはそれが心底気に入らなかった。

 俺はツカツカとディアベルに詰め寄り、襟首を掴んで引きずり上げた。

 

「……死とか罪とか罰とかご大層なこと言ってるけどよ、今のオメーにそんなモンが必要なのかよ」

「……どういう、ことだ」

「さっきリーナが言ったじゃねえか、誰一人死んでねえって。それどころか、オメー以外に誰一人として傷ついてもいねえよ。勝手にしくじった、オメー以外にはな。

 所詮そんなもんなんだよ、オメーのやった『罪』ってのは。それを一々大げさに言いやがって鬱陶しい、自責の念で罪を肥大化させてんなよ」

 

 強い口調で、俺はディアベルに続けて言う。

 

「いいか、オメーは確かにやっちゃいけないことをした。けど、被害は出なかった。未遂ってヤツだ。

 こーゆーとき、どうするべきかなんて、分かりきってんだろ!」

 

 そう言って、俺はディアベルをみんなの前に突き出した。よろめきつつも何とか自分の足で立ったディアベルの頭を掴んで、

 

「セコくてすいませんでしたっ!!」

「ぐおっ!?」

 

 思いっきり下げさせた。

 

 周りが唖然とする中、ディアベルが頭を上げようとするのがオレの手に伝わってきた。放してやると、ディアベルはゆっくりと頭を上げ、皆を見渡してから、もう一度、今度は自分の意思で頭を下げた。

 

「……皆、済まなかった。オレは皆の努力を踏み台にするようなことをしようとした、本当に申し訳ない。

 土下座しろと言うならする、身ぐるみを置いていけと言うなら甘んじて従おう。もちろん、金の分配からもオレは外してくれ。

 だが、一つだけ、身勝手な頼みがある。

 今回のことでベータテスター全員のことを見下げないでほしい。ベータ上がりだからって、自分本意な奴とは限らないんだ。こんなオレが言っても説得力はないだろうが、それでも言いたい。

 スタートガイドを書いてくれたプレイヤーや、はじまりの街で基本スキルのレクチャーのボランティアをしていた団体は、オレとは比べ物にならないくらい、ビギナーのことを考えている。一人でも多くのプレイヤーが死なずにすむよう、少しでも序盤の手助けになるように、と考えているんだ。

 どうか、彼らのような人たちもいることを忘れないで欲しい……」

 

 そう言ってディアベルはもう一度、頭を深々と下げた。

 周りの連中はなにも言わずに黙って聞いていたが、やがて、一人のプレイヤーが前に出てきた。

 

 意外にも、ソイツは、

 

「……頭上げてくれや、ディアベルはん」

 

 あのトゲ頭こと、キバオウだった。

 

「ワイはベータテスター共が嫌いや、そんで、その典型例みたいなことしはったアンタも……正直、まだ許せん。

 せやけどな、少なくともアンタは、ワイらを見捨てへんかった。ワイらを率いて、ボスに勝たしてくれた。まあ、最後にケリつけたんがあのオレンジ頭なんは気に入らんけど。

 はじまりの街でスキル教室やってくれてたあんちゃんたちには、ワイも世話になった。スタートガイドも、ちょいと違ってたけども、役に立った。そして、ワイらがこうして集まって戦えたんは、アンタのお陰や。こんだけ世話になったんや、ベータテスターってなだけで、十把一絡げにすんのは、もう止めるわ」

 

 色々礼を言わなあかん奴がおるけど、まずはアンタからや。そう言って、キバオウはディアベルの両肩に手を置いた。

 

「……おおきにな、ディアベルはん。第一層ボス攻略、お疲れさんでした」

 

 ディアベルの見開かれた目から、涙が一滴、零れ落ちた。

 

 

 

 ◆

 

 

 オイオイと男泣きしだしたディアベルとキバオウを放置して、俺はリーナのところへ向かった。さっきまでの不機嫌オーラがすっかり静まっている辺り、やっと機嫌が直ったのだろう。

 

「……おかえり、バカ一護」

「大バカからバカに格上げされても嬉しくねーよ。バカが余計だっつってんだ」

「反省したらやめてあげる。特に、斬撃を突きで弾くとかいうヘンタイ攻撃について」

「ヘンタイじゃねえよ。ったく口の悪い……あ、そうだ」

 

 軽口を交わしていた俺は、ふと思いだし、F隊の男剣士に向き直った。

 

「ボスのフェイント、教えてくれてありがとな。おかげで避けられた」

「え? ああ、大したことじゃないさ、瀕死だったとはいえ初見のボスを単独撃破した、なんて快挙を成し遂げた、あんたに比べればな。

 それに、多分だけど、俺が警告しなくても避けられただろ?」

「さーな、終わっちまったからわかんねえよ」

「嘘つけ、ちゃんと太刀筋を見切って目で追ってたクセに。

 ところであんた、えーと……」

「一護だ」

「一護、ラストアタックボーナス、なんか出たのか?」

 

 そう言われて、俺はボスを倒した直後に出た一枚ウィンドウを思い出した。

 

「ああ、そういやなんかアイテムが出てたな。確か…………これだ。『コートオブミッドナイト』って防具だ」

 

 アイテムボックスの一番上にあったそれは、確かにラストアタックボーナスとして手に入れたと表示されたアイテムだった。

 試しにと思い装備してみると、真っ黒いコートが実体化した。卍解のときのヤツと違って分厚く重そうな見た目をしているが、腕を動かしてみると、思いの外動きやすい。剣を振るのに抵抗にはならないだろう。

 

「そいつには確か、敏捷力にけっこうなプラス効果が付いてるはすだ。序盤の防具の中じゃ、かなり良いものらしい」

「へー、そりゃラッキーだ。

 にしてもアンタ、ボスの武器が変わってるのに気づいたり、フェイントなのを知ってたり、ずいぶん詳しいんだな。アレか、ディアベルと同じベータテスターってヤツか」

「……ああ、そうだ」

 

 少し躊躇する素振りを見せたが、男剣士は素直に肯定した。やっぱり、ベータ経験者ってのは、明かしたくないもんなんだろうか。ゲームの中なのに格差を気にしなきゃなんねえとか、面倒くせえな。

 

「まあ、なんだ。そんなに気にすることもねえんじゃね? アンタが経験者ってのをひけらかすことさえしなきゃ、どうにでもなんだろ」

「軽く言ってくれるなあ、お前。あと、俺はキリトだ。アンタじゃない」

「そうかよ。じゃあキリト、一つ訊くが、ベータテスターってのは、滅多にいないもんなのか?」

「ベータテスターは全員で千人ってところだ。全員ログインしていると仮定すると、プレイヤーのうち十人弱に一人がベータ経験者って計算になる」

「十パーセント強ってとこか、多いんだか少ないんだか……」

「……ねえ」

 

 俺がキリトと話していると、横から女の声が聞こえた。一瞬リーナかと思ったが、当の本人は俺の横でステータス欄か何かを無言で弄くっているから、違うようだ。

 声のした方を見ると、声の主はF隊の女剣士だった。遊子より少し暗いくらいの長いブラウンの髪に、色の白い顔をしている。腰にはレイピア、細剣を装備していた。

 

「あなた、本当に未経験者?」

「ああ、そうだ」

「嘘。未経験なのに、始めて一月であんな突きが片手剣で出来るとは思えない。高速で動く相手の武器に刺突を当てるなんて、突き技が主体の細剣でも相当難しいはずのに」

「やろうとしないだけじゃねえの? 見切りと剣のコントロールを覚えりゃアンタだって――」

「アスナよ」

「アスナだって出来んだろ。俺だって、今回で二回目だぜ?」

「どういう戦い方してるのよ、あなた……」

 

 呆れた、とでも言いたげな表情を浮かべるアスナ。初対面なのにずいぶんな言われようだな、リーナといいコイツといい、このゲームの女プレイヤーは遠慮ってものをしないな。

 

「おーい、そこの四人! 置いてくぞー!!」

 

 エギルの呼び声に、俺達はそろって部屋の中央へと向いた。いつの間にか本隊の皆は撤収の用意を整え、奥の第二層へと続く扉へと向かっていた。

 

「だとさ。リーナも、ステータス弄ってねえで、とっとと行くぜ」

「お腹減った」

「昨日トレードしたベーコンでも食ってろ」

「もう無い。お腹減った」

「……この大食い女が……」

 

 仕方なく非常食として備蓄してたバケットサンドを放り投げてやりつつ、俺達は揃って本隊へと歩いていった。

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

今回は攻略戦のシメと言いますか、ボス討伐後のゴタゴタを書きました。ちょっと短めです。
ディアベルさんには生きてもらいました。レアドロップ品かすめ取ろうとしたくらいで死んでたら、リソースの奪い合いが日常茶飯事のこのゲームじゃ、命がいくつあっても足りませんしね。一護に叱られて猛省してもらいました。
彼にはこの先、やってもらいたいこともありますし。

あと、次話で一章終了です。短いですが、序章的な扱いなので。
二章からはもう少し話数が多くなると思います。

次回、一護以外の視点が登場するかもしれません。苦手な方はご注意下さい。
次の更新は明日十時を予定しております。

11/7 22:34
誤字まみれなことに気づきましたorz
目についた箇所は訂正しましたが、もし発見しましたら、お手数ですが筆者に教えていただけるとありがたいです。

11/24 15:16
ベータテスターの比率を間違えていたのを修正しました。

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