翌日の放課後、俺とめぐりは相談役の待機場所で呼び込まれるのを待っていた。
「ひゃっはろー」
「ねぇ、気になってたんだけど、その挨拶流行ってるの?」
用意されたお茶に手を伸ばそうとしたところで、そんな会話をしながら二人の女性が待機場所へ入ってくる。
「あ!はるさん、双葉さん!」
「めぐりやっほー」
「文化祭以来だね、めぐりん」
二人の姿を確認しためぐりは嬉しそうな笑みを浮かべながら二人の元へ駆けよる。
騒がしく入室してきたのは、今回の進路相談会で相談役を引き受けてくれた陽乃さんと双葉さんだ。
文化祭の時はあまりゆっくりと話す時間がなかった為、久し振りに四人が集まるこの日をめぐりは楽しみにしていたようで、めぐりのテンションは異様に高い。
めぐり曰く聞かない方が良いという雪ノ下家でのお話から未だ日にちは経っていないが、めぐりと陽乃さんの表情に怒りも遠慮も見えない。あれだけ険悪な雰囲気を醸し出していたにも関わらず、これほどまでに普通に会話が出来ているあたり女の子ってわからない。まあ、この二人が特別なだけかもしれないけど。
「颯太君も久し振り」
「毎日のように一から話は聞いてるんで久し振りって感じしないですけどね」
「あはは、もー困った弟だね」
そう言って笑みを浮かべる双葉さんの言葉には呆れと嬉しさが混じった微妙な声だった。
俺ほどではないにしろ、なんだかんだいって双葉さんも一のことを溺愛している。そんな弟が自分のことを嬉しそうに話しているとなればまんざらでもないのだろう。
「もうすぐ一も来ると思いますよ」
「あれー?一も来るの?」
俺達の話をめぐりと共に聞いていた陽乃さんが意外そうに声を上げる。
「あいつは主にスポーツ推薦を考えている子の相談に乗るらしいですよ。サッカー部も完全に引退して時間は有り余っているみたいですし」
「なるほどねー。それにしても最後の大会惜しかったねー」
「まあ、あいつも精一杯やって悔いはないって笑ってましたし」
去年の十一月、葉山君率いる総武高校サッカー部は千葉県大会の決勝トーナメント準決勝まで駒を進めたのだが惜敗してしまった。しかし、総武高校始まって以来の快挙となり多くのメディアでも取り上げられた。
その影響もあってか大会終了後、一の元には強豪大学や実業団からの誘いが舞い込んできたのだが、そのすべてを断り、兼ねてより話を貰っていた大学への進学を早々に決め、現在は後輩の育成に力を注いでいる。
ちなみに、ちゃっかり応援に来ていた双葉さんと陽乃さんがテレビに映り、ネット上でプチフィーバーが起こったことは今ではもう笑い話だ。
「ちーっす!遅くなりましたー!」
「お、噂をすれば」
教室の扉が勢い良く開かれ見慣れたイケメンが入ってくる。
「お、みんな揃ってんじゃん。懐かしいメンバーだなー」
一は懐かしいものを見るような目で俺達を見る。
一も部活の関係もあり頻度は少なかったが、双葉さん経由でいろんなことに巻き込まれた仲間だ。その時の光景を思い出しているのだろう。
「一ってば、もうちょっと落ち着いて入ってきなさい」
「おぉ、姉ちゃん!愛してるぜ!」
「あーはいはい、私もだよー」
「俺、姉ちゃんのその家族に向ける微妙に低い声大好き」
「あーもう!うっさい!」
一からのラブコールに双葉さんは若干顔を赤くしながら声を荒げる。
この姉弟の会話も昔から変わらない。俺達はこの会話が大好きだ。普段は見せない双葉さんの表情を見られる貴重な場面でもあるしね。
「二人は相変わらずだねー」
「わかるぞー……すっごくわかる!あの絶妙な低さが良いんだよなー!」
「颯太も相変わらずだけどねー」
「まあ、颯君ですし……」
一の意見に同意しているとめぐりと陽乃さんから呆れたような目を向けられる。
だって信頼されているような感じがして良いじゃん!家だけでの声のトーンっていう響きがなんか特別感あるじゃん!
「姉ちゃん!膝枕してくれ!」
「あーもう!家に帰ったらいくらでもしてあげるからちょっと黙っててー!」
「ふむふむ。めぐり、膝枕してくれ」
「別に良いよ?」
「いやいや、そこは拒否しなさいよ」
「失礼しまーす」
なんとも懐かしく、カオスな会話を繰り広げていると扉が開かれ、聞き覚えのある甘々ボイスが聞こえてくる。
「お、一色ちゃん」
「あ、どーもです。そろそろ会議室入ってもらえますー?」
「ほいほーい。ほら一、移動してくれってさ。続きは家に帰ってからにしろよ」
「ん?おぉ、いろはいたのか。了解了解」
「お前なかなかひどいな」
「いえ、慣れてますし」
え、慣れてるの?一って一色ちゃんにいつもこんな対応してるの?勇気あるなぁ……。
とまあ、そんな会話の末、俺達は進路相談会の会場である会議室へと移動を始めた。
会議室に到着すると、まあ予想はしていたのだが陽乃さんと雪ノ下さんの雰囲気が最悪だった。まあ、この辺の仲裁は一色ちゃんや双葉さんに任せるとして……。
「はちまーん!お兄ちゃんが相談に乗ってやるぞ!ガンガン質問してくれよ!」
「うるせぇ……。別に相談することなんかねぇよ。てか、相談するまでもなく希望進路まで知ってるだろうが」
「はっはっは!じゃあ他の相談でもいいぞ!例えば、恋のな・や・みとか!」
おぉ……。見事にガハマちゃんと雪ノ下さんが反応したな。おや、一色ちゃんと……川崎さんまで?やるなぁ、八幡。
「何言ってんだよ。てか、はよブース行け」
「へいへーい」
不機嫌そうな八幡の言葉に仕方なく頷き、俺は自分に用意されたブースへと向かう。
それと入れ替わるように陽乃さんが奉仕部の輪に入っていくのが見えた。おそらく三浦さんの依頼について陽乃さんに話を聞くのだろう。
まあ、教えてくれないだろうが。
「やあ比企谷」
「おや、平塚先生じゃないですか」
自分のブースへ到着すると、隣の席に平塚先生が座っていた。
「平塚先生も相談役ですか?」
「うむ。文系関連の相談を主に受けることになっている」
なるほど。平塚先生国語担当だもんな。そういえば、平塚先生の逆隣はめぐりのブースになっているし進路別で分けてるんだな。
「君もしっかり後輩の役に立つと良い」
「そっすねー。長い間世話になったし、少しくらい学校に恩返ししても良いですかねー」
「ツンデレさんめ」
ち、ちがうわい!ツンデレなんて俺のキャラじゃねぇぜ!ただまあ、いろいろと世話になったからってのは本当だ。たまにはいいかなって!そう思っただけなんだからね!
「ふー、だいぶ人減ってきましたねー」
「うむ。もうすぐ終了時間だからな」
「結構人来たねー」
進路相談会も終了時刻が近づき、相談している人も少なくなってきた。
まあ、なんだかんだ言って後輩の悩みを直接聞ける良い機会だった。国公立文系志望の川崎さんの成績問題も平塚先生によって解決されていたし、その他の生徒も疑問が解決し、すっきりとした表情をしている様子が多くみられた。学校側としても進路相談会は成功と言って良いだろう。
まあ、約一名話にならん奴もいたけどな。なんなんだあいつは!人の話を一つも聞きやがらねぇ!何が『っべーわ!マジ志望校とかやりたい事とかわっかんなくってー!っべーわ!』だよ!まずはその口調から変えやがれってんだ!
まあ、相談に来たってことは少しくらい焦りを感じているということだろうし、これから考えていけば大丈夫だろうけどさ。……感じてるよな?
「すみません」
「……おや」
俺達の周りに人が消え、一色ちゃんなどが席を外した瞬間、俺達の前に一人の男子生徒がやってきた。
「ん?葉山じゃないか。相談か?」
「はい。時間ないですけど良いですか?」
「構わん。ちょうど良い、両隣の二人も空いているところだ」
さわやかな笑みを浮かべながら俺達の前に立ったのは葉山君だった。
「俺達も居ていいのか?」
「はは、大丈夫ですよ。あなたが誰かに告げ口する様子が想像できません」
「随分と高く買ってくれてるみたいだね。俺、そんな好感度アップすることしたっけ?」
「さあ、どうでしょう」
考えが読めない笑みを浮かべる葉山君は明確な答えは出さずに平塚先生の前に座る。
「葉山は……文系を選択するんだったな」
「はい」
平塚先生は一瞬言葉を紡ぐのを躊躇ったようだが、本人が気にしていないのを見てそう紡ぐ。
それからはごく普通の進路相談だった。時折俺達の方へも意見を求め、今時点での志望校のことなど、今まで行ってきた相談と変わりない話の後、葉山君は席を立つ。
「ありがとうございました」
「うむ。また疑問などがあれば来い」
「はい。先輩たちもありがとうございました」
「どういたしまして」
「どいたー」
そして何事もなく葉山君は会議室を出て行ってしまった。
いろいろと気になる点はあるが気にしてもしょうがない。葉山君の言う通り俺から八幡達に告げ口をするつもりはない。まあ、なるようになるだろう。
「平塚先生。ラーメン食べに行きましょうよ。進路相談会手伝ったんだし!」
「教師にラーメンをねだる生徒がいるか……。まあ、真面目に相談を受けていたようだし、今回は可愛い生徒の要望に応えてやるとしよう」
「やったぜ!めぐりも行くか?」
「うん!ラーメン久し振り!」
やったぜ!やっぱり持つべきは優しい恩師だな!
「だっからぁ!別に悔しくなんてないって言ってるんだー!お前達なんか羨ましくなーい!」
「おい誰だ!平塚先生に酒飲ませた奴出て来いやぁ!なんでテーブルに生の空きジョッキが五つもあるんだよ!」
「あはは……。とんこつラーメン美味しいなぁ」
「おいめぐり!他人の振りしてんじゃねぇ!」
「ひきがやぁ!なんとかいえぇぇ!」
「だぁぁ!酔っ払いうぜぇぇぇ!」
どうもりょうさんでございます!
なんとか早めに投稿できました!これからも頑張ります!
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