翌日の放課後、俺は予定通り現状を確認するために奉仕部へと向かった。
「ん?」
しかし奉仕部の扉前には、何やら真剣な表情で隙間から部室内を覗く一色ちゃんの姿があった。中で何が行われているのかはわからないが、一色ちゃんが入るのを躊躇っているということはそれなりの理由があるのだろう。
「一色ちゃん……」
「……っ!比企谷先輩……?」
驚かせないように小さな声で呼びかけたのだが、よほど真剣に中を覗いていたのか、俺の配慮は意味をなさなかったようだ。幸いにも八幡達には気づかれてないみたいだけど。
「何見てんの?」
「えっと……。直接見てもらった方が……」
「そうだね」
一色ちゃんの言う通りに部室内を覗いてみると、そこには何とも形容しがたい暗い雰囲気の中で話す三人の姿があった。
そして、奉仕部を繋いでいた糸が完全に断ち切れそうになった瞬間、俺と一色ちゃん……いや、ガハマちゃんや雪ノ下さんさえも目を疑う光景が目に入る。
『俺は、本物が欲しい』
その光景は、八幡が本物を求めるその光景は、八幡のすべてを肯定する俺でも心の奥底では見たかった光景なのかもしれない。その証拠に、俺の胸の奥底から熱いものがこみ上げてきて、この場に一色ちゃんが居なければ我慢できずに涙を流していたかもしれない程嬉しいのだから。
そして、隣の一色ちゃんはと言えば思い詰めた様子で胸のあたりに力強い拳を作っている。
しかし、その拳は雪ノ下さんがこちらへ向かってくると同時に緩められる。
「……っ!」
「雪ノ下先輩……」
「ごめんなさい」
部室前に俺達がいたことに驚いたようだが、雪ノ下さんは一色ちゃんの言葉を続けさせないように、目をそらしながら空中廊下の方へと走っていった。
俺の横を通り過ぎる際少しだけ目が合うが、その目には困惑が色濃く映っており、とても話しかけられる状態ではなかった。
そうこうしている間に呆けている八幡の手を取り、ガハマちゃん達が部室から出てくる。
「いろはちゃん、お兄さん?ごめん、またあとでね」
ガハマちゃんは俺達に構っている暇などないとばかりに、あてもなく雪ノ下さんを追いかけるように走っていく。
ガハマちゃん追従する形で部室から出てきた八幡は、一色ちゃんと少しばかり会話をすると俺に目を向ける。
「兄貴……」
「よく踏み出したな。よく手を伸ばしたな。……行け」
「ああ」
それだけ伝えると、戻ってきたガハマちゃんと共に廊下を駆けていった。
今の八幡に必要なのはあの二人と話す事であり、俺が多く語ることではない。だから、俺はそれだけ伝えた。褒めるのは家に帰ってからで充分だ。
「比企谷先輩はいかないんですか?」
「いいんだよ。この問題に俺が入り込む必要はないから」
「そう……ですか」
今あの三人の間に入ったとして、俺が何かできるわけでもないからな。どこまで行っても奉仕部という部活はあの三人のものなのだから。
「じゃ、俺は帰ろうかな」
「あ、お疲れ様です……」
未だ胸に突っかかりをおぼえている一色ちゃんを残し、俺はその場を後にし、とある人物に電話を掛ける。
「あ、もしもし、かおり?クリスマス会行くよ」
八幡が本物を求めるのならば、俺は兄としてその先を示そうじゃないか。
あれから数日が経ち、今年もクリスマスイブがやってきた。
去年はイブも本番も一、正確には一二三家と過ごしたのを覚えている。不運なことに、陽乃さんには用事が入り、めぐりの方は家族旅行が重なってしまった為だ。勿論夜には帰宅し、八幡達とケーキ&チキンを食べたのだが、日中に一二三家と遊びすぎた為ぐったりしていたのも良い思い出だ。
しかし、今年は違う。
そう、俺は今、海浜総合高校と総武高校の合同クリスマス会に参加している。
かおりやガハマちゃんから聞いた話だと、あの日まで八幡一人で行っていた一色ちゃんの手伝いに二人が加わり、それまで滞っていたものが苦戦しながらも進んだらしい。
結果から言えば大成功だろう。
海浜総合高校の演奏も、総武高校と小学生合同の劇も、子供たちによるキャンドルサービスも、全てが良い出来だと思えた。
キャンドルサービスの際に配られたケーキも雪ノ下さん達が自作しているというのだから驚きだ。
「颯太」
「おや、もう金髪じゃないんだね」
「カツラは蒸れるから外した」
出されたケーキに舌鼓を打っていた俺に話しかけてきたのは、いつぞやの林間学校で出会った小学生、鶴見留美ちゃんだった。
「そっか。なかなか良い演技だったよ」
「……ありがと」
ふむ、照れる姿も可愛いじゃないか。いや、変な意味とかないよ?純粋に可愛いと思っただけだから。ほら、雪ノ下さんだって照れると可愛いじゃん?
「それで、どうかした?」
「……八幡、変わった?」
「はは、そうかもね。変わったと言えば変わったかもしれない」
ほんの数日の間で八幡の変化に気づくとは、留美ちゃんもなかなか鋭いところがあるな。
具体的に何が変わったのかと問われれば答えることは難しいだろうが、林間学校の時とは違うとこの数日の間で留美ちゃんは感じたのだろう。
「でも、悪い方に変わったと思う?」
「……ううん。そんなことはないと思う。あっちの人達とはちがうまんまだから」
そこまで感じ取ることのできる留美ちゃんは本当に小学生なのか?そう疑ってしまうが、実際に感じ取ってしまうのだから何も言えないな。
「あとね」
「ん?」
「颯太も変わった?」
本当に、この子には敵わないなぁ……。
「そうだね。でも、今からもっと変わるんだよ」
そう、もっと変わるんだ。
いろいろあったクリスマス会も終了し、各々が片付けに入ると、俺はとある人物を呼び出す。
「やっほ、颯太先輩」
「おう」
そう、折本かおりだ。
「颯太先輩から呼び出すなんて珍しいね」
「ああ、全くだよ。お前を呼び出すなんてもう一生しないと思ってたよ」
いつもと変わらない軽口の応酬。しかし、互いの表情に笑みはない。
「あの日の答えを持ってきた」
「そっか。じゃあ、改めて言うね」
かおりは大きく深呼吸をすると、短くも長く感じられる間の後、口を開く。
「もうあの時みたいに邪魔する人はいない。そして、あたしは颯太先輩のことが好き。颯太先輩にもう一度好きって言ってもらいたいし、優しく抱きしめてもらいたいし、一緒に居たい!もう一度、あたしと付き合ってください!」
かおりの強い言葉が耳に届くたび、かおりと過ごした日々が蘇ってくる。
誰かにすがりたい一心で付き合い始めた。しかし、かおりと一緒にいるうちに明確な愛情が生まれ、最初のうちは言えなかった好きが言えるようになった。
笑顔の絶えないあの日々が、強くつながっていると感じられるあの日々が、もう一度手に入れられる。
しかし、俺の手がかおりの元へ伸びることはない。
俺の脳裏に浮かぶ顔はかおりじゃない。
「ごめん。俺はかおりと付き合うことはできない。……好きな奴がいるんだ」
顔を下げているかおりの肩がピクリと震える。
「それは、あたしよりも?」
「かおりよりも」
「あたしよりも一緒に居たいと思う?」
「思う」
「……永遠に?」
「永遠にだ」
「そっか……」
全ての質問が終わると、かおりは俯いていた顔を上げ、真っすぐと俺を見ながら笑う。
「わかった」
「本当にわかったんだな?」
「わかったよ。颯太先輩があたしに振り向くことがないってね。だから、わかった。ありがとう。ごめんね。……さようなら」
こうして、俺とかおりの恋愛はお互いに涙を見せることなく完全に終わりを迎えた。
コミセンを出た俺はコートを羽織ることも忘れ、走りながら電話を掛ける。
『もしもし、颯君?クリスマス会どうだったー?』
電話の向こうで声を弾ませながら報告を待つめぐりに、俺は息を切らしながら伝える。
「それは……あとで、は、話す!めぐり、今から、で、で、出てこれるかぁ!」
『うぇ?だ、大丈夫だけど……。颯君、走ってるの?』
「あぁ!す、すっごく走ってるぞ!出てこれるなら、今年花火見た場所にぃ!しゅ、集合な!」
息が切れすぎて何を言っているかわからないかもしれないが、今は勘弁してほしい。めぐりのリスニング能力に掛けるしかない。
『な、なんかよくわからないけど、わかった!急いでるみたいだし、私も急いでいくね!』
「お、おう!じゃ、じゃあなぁ!」
『うんだよ!』
そこで電話が切れ、俺は走ることに集中する。
少しでも緊張を抑えるために。
「はぁ……はぁ……!疲れた!めぐりはまだ来てないか……」
陸上部をも圧倒する脚力で集合場所へとやってきたのだが、めぐりはまだやってきていないようだった。まあ、めぐりにも準備があるだろうし当たり前のことだとは思うが。
「そ、颯君!」
「めぐり!」
と思っていたところにめぐりの方も到着したようだ。
本当に急いできたのだろう、冬だというのに汗で額を濡らしているし、息も絶え絶えだ。
「どうかしたの!?すっごく急いでたみたいだけど。颯君に何かあったんじゃないかって心配になっちゃって!」
「ああ、大丈夫だ。ひとまず落ち着こう。お互いに」
「う、うん」
そしてお互いに深呼吸を繰り返し、落ち着いたところで再び向かい合う。
「ふぅ、実はな。さっき、元カノに告白された」
「え?……そっか」
俺の言葉を聞いた瞬間、めぐりの目が下に向く。
「でも、断った」
「え?どうして?」
そんなの、決まってる。決まってるんだよ、めぐり。勇気を出せ、一歩踏み出せ、比企谷颯太。八幡は踏み出したんだ。兄の俺が止まっててどうする!
「俺は、めぐりのことが好きだからだよ」
「……」
めぐりが驚きのあまり固まっているが、逃すつもりはない。
「俺にとってめぐりは特別なんだ。陽乃さんとも、一とも、そしてかおりとも違う。家族以外で特別と呼べる存在はお前しかいない」
「え、えっと……」
「めぐり、好きだ。俺と付き合ってくれ」
思えば、これが人生初の告白ということになる。今まで告白してきてくれた女の子もこんな気持ちだったのだろうか。
少しの間でも長く感じられ、気を抜くと息が止まってしまうような緊張感。告白というものがこんなに苦しいものだとは思わなかった。
「……ねえ颯君」
「なんだ?」
めぐりは俺の目をまっすぐ見つめながら言葉を紡いでいく。
「胸が熱いよ。でもね、全然苦じゃないの。これが幸せって奴なんだね。颯君、好きだよ、大好き。颯君の声を聞くだけで安心できるし、颯君が笑えば私も笑顔になれる。私にとっても颯君はずっと前から特別だよ?」
「めぐり……」
「だからね?えっとね、幸せにしてね?」
「……あぁ!絶対だ!約束だ!」
めぐりの涙交じりの答えを聞いた瞬間、俺は思わずめぐりを抱きしめ、涙を流しながら強く頷いた。
「えへへ、あったかいなぁ……。颯君、大好きだよ」
「俺もだ。……大好きだ」
お互いの気持ちを再確認すると、どちらからでもなく二人の距離が近づき、そして二人の間の距離がゼロになる。
こうして、俺とめぐりの恋愛はお互い涙で顔を濡らしながらスタートした。
どうもりょうさんでございます!
一言だけ言っておきましょう。皆さまお待たせいたしました。
そして、かおりファンの皆さま、申し訳ありませんでした。
次回もよろしくお願いします!
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