いよいよクリスマスが目前まで迫ってきたとある休日、俺は眼前で繰り広げられている光景に呆然としていた。
「ほんと、かおりさんって変わらないですねー!」
「そう?小町ちゃんも相変わらず可愛すぎてウケる!」
寝ぼけ眼をこすりながらリビングに降りたら、元カノと愛する妹が楽しそうに話していた件について。
いや、まじであり得ないんだけど。
「おい」
「あ、颯お兄ちゃんおはよー」
「おはよー、颯太先輩!ってすごい顔、ウケる」
「誰がこんな顔にさせたと思ってるんだよ!」
今の俺の顔は驚きと呆れなどが混ざった大変な顔になっているだろう。それはいい。しかし、こんな顔にした張本人に指摘されるのは我慢ならん。
「それあるー」
「自覚あんのかよ!」
確信犯とかマジふざけてんのかこいつは……。
「まあまあ、颯お兄ちゃんってば落ち着きなよ。こうして、またかおりさんが来てくれたんだから!」
小町は心底嬉しそうな顔でこっちに向けて親指を立てる。
まあ、小町とかおりは波長が合うのか仲が良かったし、こうして、もう一度笑顔で話ができるのは嬉しいのかもしれない。しかし、それとこれとは別だ……。
「はあ……。なんか用があったんだろ?用件言ってはよ出てけ」
「ぷふ、颯太先輩マジ冷たい、ウケる」
「冷たくされてウケる奴を初めて見たよ」
付き合ってた頃から思ってたけど、こいつ新手のMなんじゃないのか?俺にどんなこと言われてもウケるとか言いやがるし……。
「別に用はないんだけどねー」
「そうか、じゃあ帰れ」
用がないならなんでこいつはここに来たんだ……。こいつの行動意図が全く分からん。わかる奴がいたらぜひ読み取り方を教えてほしいよ。
「まあまあ、せっかく来たんだしさ、久し振りに二人で遊びに行こうよー」
「いやだ」
「即答ウケる。……小町ちゃん」
いつも通りウケると、かおりは悪い顔をしながら小町に顔を向ける。
なんか、とてつもなく嫌な予感がするんだが……。
「颯お兄ちゃん、かおりさんと遊びに行かないと小町、颯お兄ちゃんのこと嫌いになるからね?」
「……っ!なん、だとぉ!?こ、小町!小町!?」
小町が俺を嫌いになる?え?嘘だろ?そんなの嫌だぁ!
「かおり!お前汚いぞ!」
「むふー。あたしは良い妹分を持ったなー」
かおりは勝ち誇った顔でこっちを見ながらそんなことを言ってくる。
やばい、すげえむかつくんだが。あー、なんか思い出してきたぞ。かおりがさっき見せた悪い顔、あれは小町と協力して何かを企んでいる時の顔だ。俺と八幡が最も注意しなければならない顔だったはずなのに、すっかり忘れていてしまった。
「さて、颯太先輩。どうする?」
「くっ……。くっそぉ!」
結果。
「いやー!颯太先輩とのデート、久し振りだなー!」
「デートじゃないから。間違っても勘違いすんなよ」
俺は貴重な休日をかおりと過ごすことになってしまった。
元カノと二人で遊びに行くとかマジあり得ないんだけど……。
「それで、どこに行くんだよ」
「ディスティニーランド」
「は?夢の国行くの?」
「そうだよー。中学の時は手が出なかったけどさ、今ならいけるっしょ?」
「まあ、そうだけど」
確かに中学の頃は金銭的な面から滅多に自腹で行くことはできなかったが、高校生になった今なら行くことも可能だろう。少々痛手になるのは変わりないが。
「颯太先輩が出せないっていうなら、あたしが出すけど?あたし、バイトしてるし」
「舐めるんじゃないよ。これでも比企谷家の長男だぜ?小町の次に金持ちだ」
「小町ちゃんがやっぱり一番なんだ……。ウケる」
そりゃそうだ。両親、親戚に一番愛されているのが誰かと問われれば、間違いなく小町だからな。俺が生まれた当初は、今では考えられない程可愛がられたそうだが、俺にそんな記憶はない。
「でもまあ、それなら問題ないね。さ、いこー!」
「あ、その前に金おろしてくる」
「締まらないなー」
しょうがないだろう、最近とあるものを買ったばかりだから持ち合わせがないんだよ。
「ついたー!」
「おー」
電車に揺られ、俺達は東京ディスティニーランドへ到着した。
ディスティニーランドには昔何度か来たことがあるが、最近は八幡も行きたがらないしあまり足を運ばなくなった。俺的には八幡の小町と夢の国で遊びたいのだが、無理強いはいけないからね。
「よーし、さっさと遊んで帰るぞ」
「遊ぶのは確定なんだねー」
「そりゃ、せっかく来たんだし遊ばなきゃ損だろ」
「それある」
かおりはニシシと笑顔を浮かべると、俺の手を勢いよく掴む。
「お、おい、かおり!」
「ほらほら行くよー!」
てか力つよ!元々勢いは小町並みだったけど、高校に入って更に強化されてないか?
「わかったから引っ張るなって」
「えー?いいじゃーん!」
俺の抗議もかおりに通じるわけもなく、俺は夢の国へと引きずられていった。
夢の国なんだからもう少し優雅に誘ってくれよ、お姫様よ……。
「うおぁ!見ろかおり!パンさんがいるぞ!うははは!」
「颯太先輩はしゃぎすぎ!まじウケる!」
最初こそかおりの勢いに押されていたものの、夢の国が漂わせる雰囲気に当てられたのか、辺りが暗くなる頃になると俺のテンションは最高潮に達していた。見るものすべてに一喜一憂する俺は傍から見れば大きな子供にも見えるだろう。
「だってパンさんだぞ!え?抱きついていいの?うっほー!」
「あ、ずる!あたしもー!」
はしゃぐ俺に気づいたパンさんが『抱きついてもいいんだぜ?』みたいな仕草を取ってくれたため、俺とかおりは勢いよく抱き着く。
その後、近くにいたお姉さんに写真を撮ってもらい、名残惜しいがパンさんから離れる。
「はぁ、パンさん可愛かったなぁ……」
「颯太先輩、パンさん好きだったっけ?」
「好きっていう程のものではないけど可愛いとは思うぞ」
グッズを集めたりパンさんに会うためだけにディスティニーランドへ来たりはしないが、キャラクターとして素直に可愛いとは思う。それに、この程度で好きっていうと雪ノ下さんに鼻で笑われそうだし。八幡やガハマちゃん情報だと結構重症気味に好きみたいだし。
まあ、逆に好きになるよう布教という名の洗脳をされてしまうかもしれないけど。
「そっかー。あ、そろそろスプライドマウンテンのファストパスの時間だ!」
ふとかおりが思い出したように俺に知らせてくる。
スプライドマウンテンは人気アトラクションであり、待ち時間が非常に長い為、かおりの提案でファストパスを取って置いたのだ。空いた時間を他のアトラクションに回せた為、スプライドマウンテンに並ぶよりかは効率的にパーク内を回れたと思う。
こういうところはよく気が回るんだよね。この回り方が常識だと言われればそれまでだが、アトラクションを回る順番なんかを考え、効率よく連れ回してくれたところを見ると思わず感心してしまう。
まあ、友達と何度も来ているからかもしれないが。
「おー、もうそんな時間か。行くか」
「うん!行こう行こう!」
こうやって俺の腕を引きちぎらんとばかりに引っ張らなければ百点なんですけどね……。痛い……。
スプライドマウンテンへ到着し、するするとファストパス専用通路を通ると、並ぶよりも格段に早くアトラクションに乗ることが出来た。
今現在は、ファンシーな音楽と共に物語の展開を眺めているところだ。
「そういえば颯太先輩」
「ん?なんだ?」
「クリスマス会どうすんの?」
かおりから投げられた質問は、クリスマスが近づくにつれ多くなった質問だ。
「んー、どうしようかね」
「まだ迷ってる感じ?比企谷いるのに」
「は?」
「え?」
かおりが当たり前のように漏らした言葉に俺は間抜けな声で聞き返してしまう。
「八幡がいる?」
「うん。総武高と合同でやるって言ったっしょ?それで、なんか手伝いとかで比企谷も来てるんだよ?言わなかったけ」
言ってないですよ、かおりさん。そんなの一言も聞いてませんよ!
「あー、あれだ。颯太先輩にいきなり嫌いだー!って言われた時言おうとしたんだけど、颯太先輩が遮っちゃったから言った気になってた」
あー、あの時比企谷が……とか言ってた気がする。あの時は俺も興奮してたからなぁ……。
「あー、うん。いやまあ、今回は俺も悪かったかもしれん。うん」
「ああ、まーそれはいいんだけどさ。比企谷、何も言わなかったの?」
「……そうだな。何も言われなかった」
そういえば、八幡がクリスマス会の準備に参加していて、かおりがその場にいるなら何か言ってきても不思議じゃない。まあ、わざわざ言う必要もないわけだけど。
……まてよ?
「なあかおり、八幡のほかに女子はいなかったか?」
「んー?いなかったけど……。会長ちゃんの手伝いって言ってた」
会長ちゃんはおそらく一色ちゃんのことだろう。なるほど。おそらく八幡は今回の件、奉仕部としてではなく八幡個人として動いているのだろう。
俺が昼休みにちょくちょく奉仕部に行っていることは知っているだろうし、何か言われるのが嫌だったんだろうな。
こりゃ、明日の放課後にでも尋問しに行かなければ……。
……あれ?なんか体が軽い?てか、浮いてるような。
「颯太先輩、落ちるよー!」
「心のジュンビガァァァァ!」
全くできませんでした。
「ぷふ、ぶふふ!心のジュンビガァァァァ!だって……。ぷはは!」
「おい、そういうのはパーク内で終わらせなさい。今は帰り道ですよ」
夢の国を後にした俺達は帰り道を歩いているのだが、かおりはスプライドマウンテンでの俺がツボに入ったらしく、先程からこの状態だ。
「ぷふふ……。帰るまでが遠足だから……ふふ」
「いつまで笑ってんだよ……」
「ふふ……はぁ。いやー、面白かった!また行こうね、颯太先輩!」
「いや、行かないから」
なんだかんだ楽しんでしまったが、こんなの二度とごめんだ。
「それは、あたしがもう彼女じゃないから?」
「……っ」
かおりに先程までの楽しそうな雰囲気はなく、そこには真面目な顔をしたかおりが立っていた。こういう時のかおりに冗談なんて通じない。そうさせない雰囲気を纏っているのだ。
「……そうだよ。お前と俺はもう彼氏彼女の関係じゃない。かといって、友達と呼べるかも難しい。何より、俺がそう思っているからな」
「そっか。でもさ、あたしのこと嫌いなわけじゃないんでしょ?」
「……まあ」
確かにかおりのことを嫌いかと聞かれれば、そうではないと答えるだろう。俺達は仲違いで別れたわけではないし。
「もう、邪魔をする奴なんていないよ?あたし達、付き合えるんだよ?」
「……」
「……着いちゃったね。今日は楽しかったよ、颯太先輩。じゃあね」
「……ああ」
かおりの言葉に答えられないまま、俺達はかおりの自宅前に到着してしまう。かおりはこちらに笑み浮かべ、玄関へと走っていく。
しかし、玄関の前で一度立ち止まると、かおりはこちらを向いて苦笑を浮かべながら口を開く。
「あ、そうだ。颯太先輩に嫌いって言われたとき、冗談ってわかってても少し胸が痛かった」
そう言い残すと、かおりは今度こそ玄関をくぐり、家の中へと入っていった。
「……」
時刻は深夜二時。
帰宅した俺は飯を食い、風呂に入ってからずっとリビングのソファーでぼーっとしている。小町や八幡も不思議そうに俺を見ていたが、話しかけることなく自分の部屋へと戻っていった。
「ただいまーっと。……死んだ魚みたいな目してるな。中学の時と同じだぞ」
「今みたいな目は少なくとも家ではしてねえよ」
「バカか。俺が見逃してるとでも思ってるのかよ。なめんな」
リビングに入ってきたのは、仕事から帰宅してきた親父だった。その疲れ切った目は、己の社畜っぷりを如実に表している。
「なんかあったのか?と言っても、お前が素直に言うとも思えんから、当ててやろう。女だろ?」
なんで当たるんだよ。怖いんですけど。
「図星かよ。ったく、お前もついに色気づきやがったか」
「そんなんじゃねえよ。……親父はなんで母ちゃんと結婚したんだ?」
気づけばそんなことを聞いてしまった。親父と母ちゃんの馴れ初めなんぞ別に聞きたくないが、無意識に会話の糸口を探してしまったのだろう。
「……互いに好きだったから。それ以下でもそれ以上でもねえよ」
気のせいだろうが、そう答える親父の目が先程よりも優しくなったように思えた。
「親父の昔自慢が本当なら、モテてたんだろ?母ちゃん以外にも付き合ってた人いるんじゃねえの」
「いることにはいたさ。いろんな奴と付き合ってきた。だからこそ、女の怖い部分ってのもいろいろ知ってるし、恋愛ってもんが難しいのも知ってるぞ」
本当かどうかは知らないが、昔から女には気を付けろと言っていたし、女性関係で痛い目に遭っていることは事実なのだろう。
「それでも、母ちゃんと結婚したんだろ?」
「ああ。あいつよりも綺麗でかわいい子もいたが、最終的にはあいつを選んだ。結婚する直前に、別の奴から復縁を望まれたがそれも断った」
「そうか……」
そこまで聞いたところで会話がぱたりと止まってしまう。何かを言わなければと思うのだが、次の言葉を吐き出すことが出来ないでいた。
「……あいつは、母さんはな、俺の本物なんだ。それも、特別な」
「……っ!特別な本物……」
本物という言葉は親父が良く使う言葉だ。そして、それは俺も同じ。だが、特別な本物なんて言葉は初めて聞いた。
「お前の中の特別は俺達家族だけか?」
「俺の中の……特別」
本物と呼べる存在は確かにいる。だが、『特別』と呼べる存在は少ない。八幡や小町、母ちゃんや親父がそうだろう。しかし、それ以外に明確にそう言える存在が一人だけいる。
馬鹿だな。最近それを自覚したばっかじゃねえかよ。最初から、俺の出すべき答えは決まっていたんだ。
「へっ。お前も男ならシャキッとしやがれ、バカ息子」
「うっせえよ。親父もシャキッとしねえと小町に嫌われるぞ」
「余計なお世話だ」
そう言って俺達は久し振りに、二人で向き合いながら心の底から笑いあった。
「……ありがとよ、親父」
「気持ちわりぃな。……頑張れよ、颯太」
「おうよ!」
どうもりょうさんでございます!
気づけばもう八月も終盤。学生の皆さんはもうすぐ夏休みが終わってしまいますね。もう、終わっていらっしゃる方もいるかもしれませんね。
しかし、暑い日はまだまだ続くようです。お身体にはお気を付けください!
本編もなかなか難しい場面へと入ってきており、全く書き進められない!ということが多くなってまいりました。
なんとか頑張ろうと思いますので、待っていていただけると嬉しいです!
それでは、また次回お会いしましょう!
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