その日の夜、目が覚めた時には風邪も大分楽になっていた。これも母ちゃんや小町の丁寧な看病のおかげだろう。ベッドから出て立ち上がってみても、前のように強烈な立ちくらみも襲ってこない。
それを確認した俺はベッドに再び座り、枕の傍らに置いてある携帯を手に取る。
『もしもし、颯君?』
「おう。心配かけて悪かったな、めぐり」
俺が電話を掛けたのは、俺の体調不良に真っ先に気づいてくれためぐりだ。
『ほんとだよ……。あの後、ずっと心配だったんだから』
「ああ、悪かったと思ってるし、感謝もしてる」
『そうだね。もっと感謝してほしいよ。あのままだったら、颯君学校で倒れてたところだったんだから』
まったくだ。そうなったら大騒ぎどころの話じゃないもんな。
「本当に感謝してるよ。でも、なんで俺が体調悪いってわかったんだ?」
『ああ、えっと、実はね?私、ホームルーム前に何度も颯君を起こそうとしたんだよ。でも、反応すら見せなかったから、なんか変だなって思ったの。颯君が朝に弱いのは知ってるけど、呼びかけても起きないなんてことはなかったし』
本当にこいつはよく見てるなぁ……。普段はぽわぽわとしているのに、時々こうやって鋭いところを見せる。人の変化に良く気づけるっていうのは素直に感心する。
「そっか」
『ねえ、颯君。何か言いたいことがあるんじゃないの?』
ほら、こういうところだ。ほんと、いつまでたってもめぐりには敵わないな。
「よくわかったな」
『颯君のことだもん。わからないことなんてないよ』
「すげぇ自信だな。……めぐり、弱音吐いてもいいか?」
いつ振りだろうか、こうしてめぐりに弱音なんて吐くのは。まあ、いつだったとしてもめぐりの立ち位置はずっと変わっていない。
『私は颯君の味方で、颯君は私の大事な人。弱音位いくらでも吐いていいんだよ』
優しく、包み込むような声でめぐりは俺を肯定してくれる。
そうだ、めぐりはいつだって俺の味方で、俺の大事な人だったんだ。大事だから弱いところを見せたくなくて抱え込んでた。でも、本当は逆だったんだよな。大事だから弱いところを見せても良いんだ。
「実はな、今ちょっとばかし疲れてる。でも、今俺にはそれをどうすることもできない。だからめぐり、そんな俺を支えてくれないか?」
『……バカ言ってんじゃねぇよ』
少しの間の後、めぐりはどこか覚えのある口調で俺に応え始めた。
『そんなの当たり前だろ?疲れてるなら一緒に休んでやるし、支えてほしいなら肩を貸してやる。任せろよ。……颯君は私が颯君と同じことを言った時、こうやって答えるんじゃない?』
「そうだな。当たり前のことだから」
『そう。当たり前のことなの。颯君が私を支えてくれるのを当たり前だと言ってくれるように、私が颯君を支えるのも当たり前のこと。だから、颯君。颯君は気にせず私を頼ってくれれば良いんだよ』
なんというか、やられたな。吊り橋効果っていうのも否めないけど、間違いなく俺の心の中にあったものが鮮明に見えてしまった。
「ありがとな、めぐり」
『うん、どういたしまして』
めぐりの言葉を聞いてから我慢していたものがついに弾ける。最小限に抑えた泣き声はめぐりにしか聞こえていない。今の俺にはこれくらいが限界だ。でないと、泣き声と一緒に思わず漏らしてしまいそうになるから。
俺は……比企谷颯太という人間は、城廻めぐりのことが……一人の女性として好きだということを。
『落ち着いた?』
「ああ、ありがとな」
十分後、ようやく流れていた涙も止まり、いつものように喋られるようになってきた。
抑えていたものが解き放たれ、涙と弱音となって流れ出た為か気分は妙にすっきりしている。風邪の方もほぼ完治に近く、明日には普段通り学校に行けるだろう。
『ふふ、颯君って子供みたいな泣き方するんだね』
「う、うるせいやい。あんまり泣くことなんてなかったから大人な泣き方なんて知らん」
兄貴という立場上、俺はあまり泣くということをしてこなかった。兄貴が泣けば、弟や妹を不安にさせることになるからな。
『冗談だよー。明日は学校これそう?』
「おう、楽勝だぜ」
『よかった。待ってるからね』
それから少しばかり話をしてめぐりとの電話は切れた。
切れた携帯を枕元に投げると、ベッドに身を預ける。
頭によみがえってくるのは、俺が泣いている間にも優しく相槌をうってくれていためぐりの声。一つ、また一つと思い出すたびに心が満たされていく。
やべぇ、こりゃベタ惚れだ。
「うおおおお!気づいちゃったなぁ……。気づかないフリもできなくなっちゃったなぁ!だってよぉ……」
めぐりのことを考えるだけでこんなに心臓がバクバクいってるもんなぁ……。
こうして、俺の眠れない夜は更けていった。
……嘘です。泣き疲れて十分で寝ちゃいましたとさ。
「朝だ……」
「おはよう、兄貴」
翌朝、目覚めた俺の前に立っていたのはジャージ姿の八幡だった。八幡の姿を見るのも久しぶりな気がする。
「八幡、とりあえず抱きしめさせてくれる?」
「嫌だけど」
「病み上がりのお兄ちゃんに弟成分を補給させてくれてもいいんじゃないですかね!バチは当たりませんよ!」
八幡ったら釣れないんだから!
「はぁ……。その様子じゃ、もう大丈夫みたいだな。ほら、学校行く準備しろよ」
「ケチだなぁー!はいはい、わかりましたよー」
「何拗ねてんだよ……。まあ、治ってよかったよ。安心した」
「……は、は、八幡がデレたぁ!」
「……はぁ」
比企谷颯太、いつものように朝が始まりました!さあ、今日も元気に行ってみましょー!
結果で言うと、八幡と小町は仲直りをしていなかった。あまり期待はしていなかったが、少し期待していた部分もあったため残念だ。
まあ、それはどうにかなるだろう。……なると信じたい。
それはそうとして、一日休んだ後の登校だ。多分、一あたりには根掘り葉掘り聞かれそうだな。
「よし」
意を決した俺は教室の扉を勢いよく開く。
「おっはよーう!」
「あ、おはよー比企谷君」
「お、比企谷来たのかー!風邪大丈夫か?」
「おはよー!」
俺の挨拶に教室内に居た生徒が元気よく挨拶を返してくれる。
「おはよーさん、颯太」
「おっす、今日も元気そうですな、一さんや」
「お前は病み上がりにしては元気すぎるぞ」
「だって、俺だもん」
「納得」
一との軽口混じりの挨拶も終わった。
そして、俺は隣の席へ目を向ける。
「おはよう、めぐり」
「おはよう、颯君っ!」
うん、いつも通りだ。よし、今日も一日頑張るか!
そう心の中で言うと、俺はめぐり、そして一を交えて雑談へと入っていった。
「ぐでー……」
あれから数日が経ち、金曜日。あの後風邪のぶり返しもなく、順調に過ごせている。今現在は、休み前日の放課後を家で満喫しているところだ。
「ん?……わぁお」
そんな最高の時間をぶち壊すように携帯が震える。液晶には雪ノ下陽乃の文字。
出たくねぇ……。うわぁ、出たくねぇ……。嫌な予感しかしねえよ……。まあでも、出ないわけにもいかないよなぁ。
「もしもし」
『あー、もしもし颯太ー?ひゃっはろー!陽乃お姉さんですよー!』
沈んだ声で電話を取ると、無駄に高いテンションの陽乃さんが出る。
「いきなりなんですか?」
『うん。面白いものが見れそうだから、颯太も呼んであげようと思って!』
「俺に拒否権はないんでしょう?」
『颯太は物分かりがいいから好きだよー。愛してるー』
今まで俺に拒否権があったことなんて一度もありませんからね!誰だって学習しますよ!
「はいはい、俺もですよー。それで、どこへ行けばいいんですか?」
『地図は後で送るから。そんじゃよろしくー』
そして一方的に電話は切られてしまった。
はぁ、行きますか。
陽乃さんから送られてきた地図が示していたのは一つのカフェ。
カフェに入ると、店員さんが『おひとり様ですか?』と聞いてくるが、待ち合わせだと答え店内を見回す。そして、見慣れた顔がいくつか目に入る。
「おー、みなさんお揃いじゃないですかー」
その一団に近づいていくとメンバーがはっきりとわかる。
我が弟八幡に、葉山君、雪ノ下さんとガハマちゃん、それと……海浜総合高校の制服を着た二人。
「兄貴……」
「ん?どうした、八幡……っておいおい」
俺を見た八幡が苦い顔で海浜総合高校の制服を着た二人のうちの一人に目を向ける。
その一人を見た瞬間、俺の心臓がドクンと跳ねる音がする。
「久しぶり、颯太先輩っ」
「……かおり」
「お兄さん、知り合い?」
俺が彼女の名前を呼んだことを不思議に思ったガハマちゃんが首を傾げながら尋ねる。
「……元カノ」
俺がそう告げた瞬間、その場の空気が一気に凍ってしまった。
そして、それを聞いた喫煙席に座る彼女はビクリと肩を震わせて、こちらをゆっくりと向くのだった。
どうもりょうさんでございます!
やっと元カノ出せました。皆さん的にはビックリ何ですかね?それとも予想がついてたのかな?これから、かおりがどのように絡んでいくのか、楽しみにしていてくださいね!
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