「気分わりぃ……」
あれから何時間経ったのだろうか、まだ明るさを残していた部屋も今は真っ暗だ。そんな中、俺は目を覚ます。
寝起きは最悪。未だに頭はガンガンするし、熱っぽい。体の節々が痛み、のどの痛みもある。いやぁ、久し振りにひいたな……風邪。
そう、俺がぶっ倒れた原因はただの風邪。皆が一般的に知っているあの風邪だ。最後にひいたのは確か小学校の頃だったか。久し振りすぎて症状忘れてたわ。
「んっ……」
「お?」
痛む頭を押さえる為手を動かすと、隣で見慣れた小さな影が動く。
「小町……?」
俺の傍らで寝息を立てていたのは、紛れもなく小町だった。そういえば、倒れた時と体勢が全く違うし、顔の横にはタオルが落ちている。おそらく何度も汗を拭ってくれたのだろう。心配させてしまっただろうか。
「颯……お兄ちゃん?」
「悪い、起こしたか?」
ゆっくりと揺れる小町の頭に手を乗せると、ゆっくりと目が開き、寝ぼけ声で俺を呼ぶ。
「颯お兄ちゃん!起きたの!?ご飯になっても降りてこないからどうしたのかと思ったら苦しそうに倒れてるし、熱は凄いし、汗はいっぱいだし!もう、小町焦っちゃって……!心配したんだから!」
「お、おう。悪かった。だけど、もう少し声の音量下げてくれるか……?頭に響く」
心配をかけてしまったのは悪いと思うが、できることなら小言は完治してからにしてほしい。大きな声が頭に響いて割れそうだ。
「あ、ごめん……。調子はどう?」
「最悪。こりゃ一日二日じゃ完全には治らないかな」
俺の顔色が最悪なのを見て声を落とす小町に笑いかけながら今の状態を伝える。
「調子が悪いなら早く言ってよ……。颯お兄ちゃん、滅多に病気しないけど、病気になったら酷いんだから」
「ははは、久し振りすぎてわかんなかった。面目ない」
小町の言う通り、俺は滅多に病気をしないのだが、それが訪れた時が凄まじく酷いのだ。普通の風邪でもインフルエンザレベルで酷いからな。
「すまん小町、なんか飲み物持ってきてくれるか?」
「あ、そうだね。リンゴジュース買ってきたから、持ってくるね!」
「ありがとう」
小町は俺の顔を再度確認するとパタパタと部屋を出ていった。
部屋の時計を確認すると深夜一時。結構な時間寝ていたみたいだな。母ちゃんや親父はすでに寝ている頃か。小町にも寝ろと言ったと思うが、それを素直に聞く小町じゃないからな。俺も、できれば小町には別の部屋で寝ていてほしかったのだが、それはもう仕方がないか。
「颯お兄ちゃん、リンゴジュース持ってきたよ」
「おう、ありがとう」
少しの間ボーっとしていると、小町がリンゴジュースの入ったコップを持ってきてくれた。
「体、起こせる?」
「少し手伝ってくれるか?」
「うん、わかった」
小町に手伝ってもらいながら体を起こすと、立ってはいないけど強烈な立ちくらみに襲われるが、なんとか体を起こすことが出来た。
はぁ、リンゴジュースが体に染みわたる……。
「母ちゃんと親父は?」
「ちょっと前に寝ちゃったよ。お母さん、明日仕事休むって」
「あの母ちゃんが?」
あの仕事の鬼が有給取るなんて珍しいな。
「有給は貯まりに貯まってるから気にするなだって。それに、こんなことじゃないと有給使う暇がないとも言ってた」
「なるほどね」
会社では結構頼りにされてるみたいだし、有休を使うってのも躊躇われるみたいだしな。良い口実が出来たみたいで良かった。
「でも、それは全部建前。お母さんも颯お兄ちゃんが心配なんだよ」
「母ちゃんが?」
「颯お兄ちゃんは自分のことを過小評価しすぎだよ。お母さんだって颯お兄ちゃんを凄く大事に思ってるし、頼りにしてる。そんな颯お兄ちゃんが風邪ひいちゃったんだよ?仕事休んででも看病するに決まってるじゃん」
そう語る小町の目は真剣で、反論することも許してくれない。まあ、俺も愛されていないとは思っていないけど、ここまで言われると流石に照れてしまう。
「ほんとは、小町だって学校休みたいもん。それに、お兄ちゃんだって……」
「八幡のこと、まだ怒ってるか?」
「怒ってるよ。当たり前じゃん」
やっぱり、そう簡単に小町の怒りは静まらんか。
「だけど、颯お兄ちゃんを思う気持ちは小町と同じくらいだと思う。今だって、本当は様子を見に来たいと思ってるはずだよ。小町がいるから来れないだけで」
小町の言葉は素直に嬉しい。八幡が本当にそう思っていてくれるなら尚更だ。だけど、そろそろ小町も寝ないと明日……いや今日に支障が出る。
「ありがとう、小町。俺の言いたい事、わかるか?」
「わかってる。だけど、何かあったらすぐにメールでも電話でもいいから連絡してね?絶対だからね?」
「わかった。約束するよ」
俺がそう告げると、小町は空になったコップをもって部屋を出ていった。
そして、俺は再び枕へ後頭部を埋め、瞼を閉じた。
翌朝、昨晩の予想通り風邪が治ることはなかった。
「熱も下がってないし、顔色も最悪、今日は休みなさい」
「あぁ……、皆勤賞がぁ……。中学校から続いてたのにぃ……」
「今はそういうのいいから、あんたは大人しく寝てなさい」
そんな俺の軽口も母ちゃんは軽く流しながら溜息を吐く。
既に八幡、小町、親父は家を出ており、今現在この家には俺と母ちゃんしかいない。母ちゃんと二人ってのは何年ぶりだろうか。
「それで?この風邪の原因は八幡?小町?それともどっちも?」
「どっちでもないと言ったら?」
「吐くまで問い詰める」
「それは本音をですか?それともげろんちょって意味ですか?」
どっちにしても怖いけど。
「どっちもよ」
もっと怖い回答が返ってきましたよ。
「……まあ、原因の原因は八幡だよ。それに小町も重なってノックアウトってとこかな」
「そう。何があったのかは私にはわからない、あんたにもわからない所が多いんでしょ。あんたにはつらい思いばかりさせて悪いと思ってるよ」
母ちゃんの言う通り、俺は八幡に何があったのかわからない。八幡の様子がおかしいのは修学旅行から帰ってきた時からわかっていた。わかっていたのに何があったのかわからない。それがどうしようもなく辛かったのだ。兄貴になのに、肝心な時に何もできないというのが辛かった。
そして、それが体にも影響をもたらしたということだ。
八幡には格好の良いことを言っておきながら、裏ではそのことばかりを気にしていた。俺もまだまだだな。
「母ちゃんは悪くないよ。母ちゃんが俺達を思ってくれてるのは充分わかってる。母ちゃんや親父がいなかったら俺達は生きていけないし、思ってくれていることに感謝もしてる」
「ふん、親が子を思うのはおかしいことじゃないだろう?大事な息子と娘なんだから」
「そういうこと、八幡にも言ってやればいいのに」
「あいつはダメだよ。調子に乗るから」
そんなことを言いながら俺達は小さく笑い合う。
「あの二人をこれからも任せてもいいの?」
「当たり前だろ。八幡と小町は俺の弟と妹だ。世界に一人の弟と世界に一人の妹なんだ。大丈夫。この風邪が治ったらいつもの俺に戻る」
大丈夫だ。何も俺一人であいつらを支えるんじゃない。母ちゃんや親父、八幡と小町がお互いに、そして、二人の周りの奴等全員で支えるんだ。
ほんと、なんで一人で抱え込んでたんだろうな。なんで誰にもぶつけなかったんだろうな。二人を支える者がいるのに、俺を支えてくれる奴がいないわけない。俺の弱音を聞いてくれる奴だっているはずなんだ。
俺はやっとそのことに気付けた。
「いつも言ってたはずなのにな」
「なんて?」
「支えてくれる人は必ず存在する」
「……あんたにもね」
「ああ」
そうだな。この風邪が落ち着いたら、まずはあいつに電話しよう。
そう決心しながら俺は天井を見つめた。
どうもりょうさんでございます!
はい、颯太はただの風邪でした。重い病気とかではないですよ!でも、ただの風邪がインフルエンザレベルになるっていうのは、ある意味重病かもしれませんねw
さて、今回で一つ壁を乗り越えた颯太がどう動いていくのか、次回以降をおたのしみに!
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