翌日、会議室には文化祭実行委員が集められ、積極的に手伝いを行っていた陽乃さんや葉山君などもいる。
しかし、そこに統制なんてものはなく、今も委員長ちゃん自ら書記の取り巻きとお話をしている状況だ。そんな状況を見つめる執行部や雪ノ下さんの目は疲弊しきっており、全員が全員手元の書類を一心に見つめている。
「相模さん、雪ノ下さん、全員揃ったけど」
見かねためぐりが委員長ちゃんと雪ノ下さんに声をかけたところでようやくおしゃべりをやめる。すると、委員長ちゃんはボーっとしている雪ノ下さんに目線を向け、会議の開始を促す。
普通であれば委員長ちゃんがやるべきことなんだけどね。でもまあ、これが今の文実の現状ということだろう。
「それでは委員会を始めます」
委員長ちゃんの声に慌てたように雪ノ下さんは会議の開始を告げる。
とはいえ、このような集団で意見を出せと言われても無理な話だろう。誰も手を挙げないし、真剣な表情の者も少ない。
それを見かねた葉山君が紙に意見を書いて提出という方法を提案する。
まあ、それが妥当だろうな。この集団の中にも少ないが真面目に考えている人間もいる。実際、そのような者達がこれまでの文実を支え、回してきたのだから。ただ、この状況で矢面に出るのが嫌なだけ。誰だって浮くのは嫌だからな。
やがて集計が終わり、ホワイトボードへ紙に書かれたスローガン候補が並べられていく。
まあ、一つ例外で四字熟語的なものがあったけど概ねありきたりのものが多かった。以前のスローガンに苦情が出たということで攻めた案を出すのも難しいからな。
「じゃあ、最後にうちらから」
ある程度候補が並んだところで委員長ちゃんが立ち上がりホワイトボードにペンを走らせる。
そこに書かれたのは、
『絆~ともに助け合う文化祭~』
おいおい、なんの冗談だよ。
そこに書かれた文字を見た瞬間、腹の奥底から湧き上がってくるものを感じ、そして弾けた。
「ぶっ!あっはははは!くくく……ははははは!」
「うわぁ……」
俺が湧き上がってきたものを吐き出すと同時に、聞き慣れた声で嫌悪感たっぷりの一言が呟かれた。この静けさの中だ、二人の声は間違いなく委員長ちゃんに届いただろう。
俺達二人の様子を見て委員長ちゃんは固まり、周りからはざわめきが起こる。
そして、委員長ちゃんの矛先は委員長ちゃんの中で一番立場の低いと思われている者に向けられる。そう、俺ではなく八幡にだ。
「……何かな?なんか変だった?」
「いや、別に」
一瞬俺にもキツイ目線をくれたけどすぐさま目は八幡へ戻る。
そして、委員長ちゃんはイラついた表情で代案を出せと八幡へ告げる。それが狙いだとも気づかずに。
「人~よく見たら片方楽してる文化祭~」
八幡はその表情に若干の笑みを浮かべそう告げた。
会議室内はシーンと静まり返り、誰も言葉を口にしない。雪ノ下さんなんかは口をポカーンと開けて見たこともないような表情をしている。
そして、その静寂を切り裂くように魔王の声が響き渡る。
「あはははは!バカだ、バカがいる!……兄弟揃って最高だね!二人とも!」
先程俺がやったように腹を抱え大笑いする陽乃さんは勢いで机に突っ伏してしまう。
いやあ、八幡の述べたスローガンはまさにこの集団に当てはまる。平塚先生に促された説明を聞いても、ますます当てはまることを確信してしまう。
そして八幡が説明を終えた後、静寂がざわつきへと変わる。そして、聞こえてくるのは八幡への苦言。簡単に言えば悪口だ。
まあ、それが執行部などから出るのならば文句は言えない。しかし、その執行部と言えば空気を読んで黙ってはいるが、その表情は憑き物が取れたようなすがすがしい顔をしていて、口元が緩んでいる者も何人か見受けられる。
では、どのような輩が八幡の悪口を言っているのか。そんなの決まっている。
働いていない人間だよ。
そいつらは自分に自信がないから、自分がそうではないと言うことが出来ないから根源をつぶそうとする。共通の敵を作ろうとする。
くだらない。虫唾が走る。
俺の目からはどんどん熱が引いていき冷たいものへと変わっていく。それを感じ取った八幡はびくりと震え、笑いの余韻を楽しんでいた陽乃さんも笑顔を引っ込める。平塚先生が軽く目を閉じたところで俺は口を開こうとする。
しかし、その口の動きは右手を包む暖かく、柔らかい感触に止められる。
「颯君」
そう言うとめぐりは真顔を貫いていた雪ノ下さんを指さす。
やがて、ざわめきが雪ノ下さんの元へたどり着いたとき、そのざわめきが一気に霧散する。そして生まれる静寂。
固唾を飲むものまでいる状況で、雪ノ下さんは書類で顔を隠すように覆う。すると、肩を小刻みに上下に揺らし小さな笑い声のようなものを絞り出す。
いや、完全に笑ってますやん。
その光景に先程まで冷え切っていた目に熱が戻っていく。
「……比企谷君」
ピンと張りつめるような静寂がしばし続いた後、雪ノ下さんは顔を上げ、八幡の方へ向くと名前を呼ぶ。
その顔はまるでこの世のものとは思えない程魅力的で、陽乃さんの本気の笑みにも、双葉さんの必殺下からのぞき込む笑顔にも、めぐりの超可愛いほんわか笑顔にも負けない程の笑顔を浮かべていた。
そして、その笑顔のままで、
「却っ下」
と遠慮なく告げた。
そんな光景が終わり、いつもの表情に戻った雪ノ下さんは早々に明日に持ち越しを決め、その絶対的な迫力で翌日の全員参加を決めると素早く会議を打ち切った。
「ね?」
「恐れ入ったよ」
そのすべてが終わると、めぐりが改めてこちらを向き二カッとほほ笑む。
そんな悪戯っぽい笑顔を浮かべられても俺にはどうしようもできんぞ。まあ、頭でも撫でておきますか……。
「えへへ。颯君が周りを見失うなんて珍しいね。これも弟君が絡んだからかな?」
「ご明察。唯一の欠点なんだよなー」
「あはは……。それ以外欠点がないって豪語するのもどうかと思うけど。……さて」
めぐりはそう呟くと席を立とうとした八幡へと近づいていく。
「残念だな……。真面目な子だと思ってたよ……」
めぐりの言葉を聞いた八幡は何も言わず会議室を後にした。
「でも、本当に颯君に似てるよ……」
そして、八幡が去ったあと、その後姿を見つめながらそう呟いた。
「今の言い方だと誤解されてると思われても仕方ないぞ?」
「いいんだよー。弟君の取った行動は確かに颯君によく似てる。颯君もよくああやって助けてくれたよね。だけど、あまり褒められた方法じゃないから」
その言葉に俺は思わず黙ってしまう。
俺と出会う前のめぐりならば八幡のやり方に否定しかなかっただろう。しかし、今のめぐりは俺と出会い、俺のやり方を何度も見てきた。
それ故、あの方法が効果的なのもわかっている。だが、そうだとわかっていてもあまり良くは思っていないのだろう。
おそらく明日以降、文実には大きな変化が訪れる。
それは勿論多くの利益を生むこととなるだろう。ようやくこの文実に八幡によってメスが入れられたのだ。
しかし、そのメスは入れるたびに自分をも傷付ける。そう、八幡の取った行動は自己を犠牲にして、周りを焚き付ける方法。俺も何度か使ったことがある方法だ。
そして、この方法は効果的であるが、先程も言ったように自己を犠牲にする。だから、メスで傷つけられた自分の傷を癒してくれる者が必要だ。
俺にはその存在がいた。八幡であり小町であり、陽乃さんであり、ある時は一だったりもした。そして、おそらく一番その役目を担ってくれたのがめぐりだ。
八幡にとってその役目を担うのが誰かはわからない。
今までは俺や小町がその役を担ってきた。だけど、今回は違うかもしれない。案外近くにいるかもな。
八幡も兄離れの時期かな……。
そんなことを考えながら俺とめぐりは共に会議室を後にした。
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