夏祭り。
それは、夏と言えば?と聞かれれば、花火や海と共に割と上の方に挙げられる行事だろう。
祭りという括りの中で言えば秋祭りや収穫祭などと様々な種類が挙げられるが、全国的に見てその中でも群を抜いて数が多いのが夏祭りだ。
祭りと言えば人が多く集まるもので、その喧騒は見ているだけでげんなりしてしまいそうになる。とまあ、この近辺で行われる祭りも例外ではなく、大いに盛り上がっていた。
「人多いなぁ……」
駅前の壁に寄りかかり、ため息を吐きながらいつもより激しい人の動きを眺める。
様々な服装の者達が大きな声を発しながら一方へ向かって歩いていく。まったく、近頃の若いもんはマナーというものがなってないな!まあ、俺もその部類に入るのだが。
しかし、それを咎める者はいない。それも祭りという雰囲気がそうさせているのだろう。
「……遅い」
歩いている人間の主に浴衣を着ている女性観察にも飽きてきたところでそんな言葉が漏れる。
なぜ俺はここにいるのか。俺は何も一歩間違えれば不審者と間違われるような行為をしに来たわけではない。当然と言えば当然だが、夏祭りを満喫しに来たのだ。
それには当然隣にいるべき人間が存在するわけで、俺は絶賛その人間を待っている途中なのだが、集合時間を二十分程過ぎた今でも待ち人が現れることはない。
てか、本当にあいつは何してんだよ。俺は三十分前から待ってるんだぞ!おかげで三人の女性に声を掛けられてしまったんだぞ!まあ、丁寧にお断りしたけど。
こういう時はあれなんじゃないかな!俺よりも早く来ていて、『待った?』『待ってないよ!本当は一時間前から来てるんだけどね……』『え?なんだって?』みたいな会話があるべき場面なんじゃないかな!
なんで俺は自分を難聴系にしてるんだよ……。
「……あ」
先程から多くの浴衣美人を見てきた。可愛い子もいれば美人もいた。しかし、人ごみの中できょろきょろと辺りを見回す彼女はその誰よりも可愛くて、薄いピンクの浴衣が誰よりも似合っていて、道を歩く誰よりも魅力的であった。
「めぐりー」
「あ!颯君!」
彼女の名前を呼ぶと、先程までの不安そうな顔が一気に明るくなり、少々走りずらそうだがこちらへ走ってくる。見慣れた姿、光景であるにも関わらず胸が高鳴るのはおそらく祭りのせいだ。そういうことにしておこう……。
そういうことにしておかないとニヤケが止まらん。めぐりには内緒だぞ!お兄さんとの約束だ!
「遅かったな?迷ったか?」
めぐりがこちらへたどり着くと、少し息を乱れさせためぐりに問いかける。
「え?集合時間五分前だよね?」
……おーけー。まずはめぐりから送られてきたメールを読み返そう。
『明日、十九時に駅前集合ね!』
だよな。さて、今の時刻は?十九時二十五分だ。
「めぐり。これはお前から送られてきたメールだ」
「ふぇ?……あ」
しっかりと確認したメールを送ってきた本人に見せると、めぐりはきまずそうにそっぽを向く。
「この天然ぽわぽわ娘はぁぁ!」
「ご、ごめんなさぁい!」
「たこ焼きうめえ」
祭り特有の音楽が流れる道を、俺はめぐりとの仲直りの印であるたこ焼きを頬張りながら歩く。
「ごめんね颯君……」
隣では未だに顔を俯かせながら謝るめぐりがいる。
別に俺は怒っていないのだが、めぐりの中の罪悪感はなかなか消えないらしい。たこ焼きを奢ってもらったし気にすることはないのだが。
めぐり曰く、自分から誘っておいて時間を間違えるなんて流石にひどいとのことだ。このくらいのことをいつまでも怒るつもりはないんだけどなぁ。
「別にいいって。めぐりの天然は今に始まったことじゃないしな。てか、もともとそんなに怒ってないし」
「でも……」
「あのな、めぐり。俺はこの祭りをめぐりと回るのを楽しみにしていたんだ。なのにめぐりがいつまでもそんな顔してたら気分も上がんねえ。むしろそっちの方が俺は怒るぞ」
「……うん」
口先だけで言っているのではない。言葉の通り、俺はめぐりと夏祭りを回ることを楽しみにしていた。それこそ、集合時間よりも早く来てしまう程に。
「だから、いつものように笑って俺を呼んでくれ。さっきから沈んだ声で颯君、颯君って、俺はそんなの求めてねえ!ほら!呼んでくれ!うりうりー!」
「むぅ!やめて!むにむにしないでー!」
めぐりの頬をむにむにと揉んでやると少しだけいつもの調子が戻っていくのがわかった。
「……そうだよね。せっかく颯君と遊べるんだもん。こんな顔してちゃいけないよね!……颯君!今日は楽しもうね!」
一瞬の間を置いてめぐりの顔にはいつもの笑顔が浮かぶ。
ようやくいつもの調子に戻ってきたか。やっぱりめぐりにはこの笑顔が似合う。そんでもって、この笑顔と明るい声で名前を呼ばれるのは、えっと、その、なんだ……好きだ。
「あったりめーよ!今年こそはゲームを当てて見せる……」
「大人げないから十回とか引かないようにね……」
「五回で当てる!」
「だから引きすぎだってばー!」
うん、完全にいつもの調子に戻ったな。そうだよ、俺達はこうでなくちゃな!お、そういえば。
「その浴衣似合ってるな。一昨年とは違うんだな」
先程は褒められなかったしな。実際似合ってる。
「うん!一昨年のはお母さんのおさがりだったんだけど、今回颯君と夏祭りに行くって言ったらお父さんが買ってくれたの!せっかくだからって。ちゃんと颯君に可愛いって言ってもらうんだよって言ってたけど……」
めぐりさんや、なんだいその期待した顔は。いや、わかってますよ?わたくし鈍感ではありませんので。でもなぁ、なんかお母さんとお父さんの思惑にはまったみたいで釈然としない。
まあ、俺がそう思うこともあの二人は計算してたんだろうな。めぐりにバッチリ似合ってるし、可愛いと言わざるを得ん。まったく、あの二人には頭が上がらんなぁ……。
とはいえ、言わないわけにはいかないよな。
「可愛いよ。他の浴衣着てる女の子が霞むくらいには可愛い」
「そっか。……ふふ、嬉しいな」
おいおい、なんだその顔は……。なんといえばいいのだろうか。強いていうならば、心の底から嬉しさの溢れた笑み。簡単に言えば、そうだな……幸せそうな顔だ。
その表情を引き出したのが俺だと考えると少しだけ、ほんの少しだけだぞ!嬉しくなった……。
「の、喉かわいたろ!ひとまず飲み物でも買おうぜ!」
「そうだねー。私も喉乾いたかも!」
「よ、よし!あっちだ!」
ふー!あちいあちい!今日は一段と暑いなぁ!夏も本番だぁ!
あの後、祭り定番の射的やくじ引きなどを楽しみ、祭りを満喫した俺達は人気のない高台へとやってきた。
ここに来た目的、それは勿論夏祭り一番のイベントである花火を見る為だ。この場所は一昨年、陽乃さんや平塚先生、そしてめぐりと夏祭りに来たときに見つけた場所である。
今回は陽乃さんも平塚先生もいない為、めぐりと二人占め状態だ。
まあ、陽乃さんはどこかでこの空を見ているだろう。というのも、今回陽乃さんは一緒に祭りを回ってはいないが、父親の名代ということで様々な場所へ挨拶回りを行っているらしい。
こういう自治体系のイベントに強いのは、流石雪ノ下建設といったところか。まあ、羨ましいとは思わんが。
どうせ陽乃さんのことだ、貴賓席で静かに空を眺めているだろう。
「ねえ、颯君!もうすぐかな!」
「ああ、もうすぐだ」
隣ではそわそわと花火の開始を待つめぐりの姿がある。
そんな姿に自然と笑みが漏れたところで甲高い音が鳴り響く。
「始まった!」
めぐりのそんな言葉に次ぐように真っ暗だった空に色鮮やかな大輪が咲く。
華やかでありながら猛々しく、そして儚い。そんな花火に俺はついつい見惚れてしまう。
「颯君!綺麗だね!」
「ああ、すごく」
単発で上がっていた花火は徐々にその間隔を狭め、音も激しさを増していく。胸に響くその音が何故か気持ちよくも思えた。
そして、一瞬の間を置き最後と思われる花火が上がる。
「でかいのがくるぞ!めぐりー!」
次の瞬間、それまでの花火とは比べ物にならない特大の花火が空を埋め尽くした。
そして、再び辺りは静寂に包まれる。
「凄かったね!」
「ああ、相変わらず力入ってるよ」
そんな静寂を切り裂いたのは、興奮冷めやらぬといった様子のめぐりだった。
なんでもない会話。しかし、それは少なくとも俺にとっては大切なものだ。めぐりの笑顔、声、仕草、そのすべてが俺を癒してくれる。だからこそ……。
「ねえ颯君」
「なんだ?」
これから先、どんなことがあるのか。それはその時になってみないとわからない。
「来年も一緒に来ようね」
だけど、だからこそ。
「ああ、絶対にな」
この笑顔は守ってみせよう。
それが俺にできる最大限の恩返しだと思うから。
どうもりょうさんです!更新遅れてすみません!
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