小町には二人のお兄ちゃんがいます。
一人は、何よりも小町ともう一人のお兄ちゃんを愛し、普段はおちゃらけた態度を取りながらも、いざという時は全く違った顔で助けてくれるおっきい方のお兄ちゃん。
もう一人は、腐った目で世の中を見ていて捻くれているどうしようもないけど本当はとても優しいちっちゃい方のお兄ちゃん。
どちらのお兄ちゃんも共通して小町のことを愛してくれています。そして、小町もそんな二人のことが大好きです。
これは、そんな小町と二人のお兄ちゃんの忘れられないお話。
「ただいまー」
そう小町が呼びかけても返事が返ってくることはない。
小学三年生になり、クラスのメンバーが替わったのにも慣れてきたころ、この『おかえり』のない生活にも少しだけ慣れてきた。
でも、慣れてきたというだけで寂しくないわけではない。いくら小町が周りの子よりも少しだけ精神年齢が高いとしても、所詮は小学三年生なのだ。
「はぁ……。お兄ちゃん達、早く帰ってこないかなー」
そんな独り言を吐いてみても状況は変わらない。
小町は、小さく息を吐きながら家の中へと入っていった。
荷物を部屋におろし、手洗いうがいをしてテレビの前に座る。これが小町のお兄ちゃんが帰ってくるまでの過ごし方だ。
颯お兄ちゃんは去年から始めたスポーツ少年団へ、お兄ちゃんもお兄ちゃんでいろいろとあるらしく帰ってくるのはまだまだ先。
今日は違うことをしてみようかなと思っても、思い浮かんでくるのはお兄ちゃん達との遊びばかりであり、遂には諦めてしまう。
「うぅ……」
寂しくて目から熱いものが流れ出そうになる。
……よし。
小町はそれを抑えるように心の中でそう呟くと、立ち上がり再び家の外へと駆けて行った。
『家出します』と書置きを残して。
さて、どこに行こうかな。
小町は人生初の家出をした。こうすれば寂しさを紛らわせることが出来ると思ったから。
今日は家には帰らないようにしよう!一日くらいどうにかなるよね!といったように勢いで家を飛び出してきたのだ。
愛用の小さなバックにはハンカチとティッシュ、貯金箱から出してきた全財産が入っている。
豚さんごめんね。痛かったよね。せめて成仏してください。
「あぅ……」
お亡くなりになった豚さんに手を合わせていると、お腹から低い音が鳴る。そういえばおやつを食べるのを忘れていた。
低い音を上げるお腹を押さえながら周りを見渡すと、近くの比較的大きな公園にパン屋さんが見える。
あんまり買い食いをするもんじゃないぞって颯お兄ちゃんに言われてるけど関係ないよね!小町は家出中なんだから!
「メロンパンください!」
小町はバックからお金を取り出し、握りしめながらパン屋のおじさんの元へ走っていった。
「んー!美味しいー!」
小町はまだあったかいメロンパンを頬張ると、足をバタバタさせながら頬を押さえる。
普通のメロンパンと変わらないはずなのになんでこんなに美味しいんだろう!颯お兄ちゃんはなんでこんなおいしいものを買っちゃいけないって言うんだろ?……まあいっか!美味しいし!
「五時かぁ……」
公園の時計を見ると共に空を見上げてみてもまだ明るい。しかし、先程まではにぎわっていた公園も少しずつ静かになってきた。
「お?君はさっきの元気なお嬢ちゃんか」
「あ、おじさん」
ベンチに座っている小町に話しかけてきたのは、先程まで公園の入り口付近でパンを売っていたおじさんだった。
「一人かい?もう遅いし早く帰るんだよ?」
「う、うん。もう少ししたら帰るよ」
帰るつもりなんてない。小町は今家出をしているのだから帰っては意味がないのだ。
「そうかい。おじさんも今日はおしまいだから帰るよ。お嬢ちゃんも気を付けてね」
「はーい!」
そういうとおじさんは笑顔を浮かべて車を走らせていった。
おじさんには嘘ついちゃったな……。でもしょうがないよね。家出してるなんて言ったらお巡りさんに連絡されちゃうし。それくらいはさすがに小学三年生でもわかる。
「そろそろお兄ちゃん達も帰ってきてるかな」
そろそろお兄ちゃんが帰ってくる時間だ。颯お兄ちゃんはもう少し先だけど、そんなに時間は空かないはず。
心配してるかな?お兄ちゃんのことだから、『まだ帰ってないのかー』とかいってるのかな。一応書置きは残してあるからそれはないと思うけど。どちらにせよ、小町に帰るという選択肢はない。
ないけど、不安ではある。
あんな書置きをのこして出てきてしまった為、小町から帰るなんてことはないけど、別に帰りたくないわけではないのだ。
この家出の本当の目的はお兄ちゃん達の気を引く事。
もしこのままお兄ちゃん達やお母さん達が探しに来なかったらどうしよう。お金もそんなにあるわけじゃないし、これから一人でどうすればいいのかもわからない。どうすることもできないのだ。
うぅ、そんなことばかり考えてたら途端に寂しくなってきちゃったよ……。家出なんてしなければよかった……。
「よし!」
そんな不安を押しのけるように立ち上がり歩みを進めようとする。
「……え?」
しかし、それを阻むように小町の前に立ちはだかる者がいた。
「グルル……」
「い、犬さん……」
小町の行く手を阻んでいるのは黒い大きな犬だった。
毛並みは乱れており、少しやせている。雰囲気からして野良犬だということは一目瞭然だ。
目つきは鋭く、今にも襲い掛かってきそうな感じを読み取れない小町ではなく、その威圧感に押されその場から動けなくなってしまった。
怖い。
そう感じた小町は無意識に両手を横に伸ばす。しかし、そこにいつものぬくもりはない。大丈夫とほほ笑みかけてくれる人もいない。
そこにお兄ちゃん達はいないのだ。
「颯お兄ちゃん……お兄ちゃん……」
二人を呼んでみても状況は変わらない。一歩、また一歩と近づいてくる野良犬を震えながら見ていることしかできなかった。
「助けて……」
そう呟いた瞬間、気を見計らっていた野良犬が先程までより早い間隔で距離を詰めてくる。
襲われる。そう思い目をつむった瞬間、小町の前に野良犬とは違う気配を感じた。
「おい、俺の妹に何しようとしてんだ」
聞き慣れた声、嗅ぎ慣れた匂い。それを感じた小町は無意識にその人の服を掴んだ。そして、恐る恐る目を開けると、そこには額に大粒の汗を浮かべ怒気を纏わせた颯お兄ちゃんが立っていた。
「小町、こっちへ来い」
「お、お兄ちゃん……?」
未だ震えの収まらない小町の肩を掴んで引き寄せたのは、颯お兄ちゃんとは違い澄ました顔をしたお兄ちゃんだった。
小町が離れていくのを確認した颯お兄ちゃんは、再びゆっくりと野良犬へと視線を移す。それを見た野良犬が一歩二歩後ずさりしたように見えたのは見間違いではないだろう。
そして、今までに感じたことのない怒気を放った颯お兄ちゃんはゆっくりと口を開く。
「……俺の妹に何しようとしてんだって言ってるんだよ」
決して声を荒げるわけではない。それなのに押し付けられているように感じる。それは小町だけではないようで、小町の肩を掴むお兄ちゃんの手も力が入っていた。
颯お兄ちゃんの放つ怒気は小学六年生が出せるものを遥かに凌駕していた。
そんな怒気を真っ向から受けている野良犬が普通でいられるわけもなく、先程まで上げていた唸り声もなりを潜め、姿勢をどんどん低くしていく。
「どっかいけよ……」
そう言って颯お兄ちゃんが一歩踏み出すと、野良犬は慌てて態勢を戻し後ろへと駆けて行った。
「ふぅ」
「お疲れさん」
「おう」
犬を追い払い一息ついた颯お兄ちゃんにお兄ちゃんが寄っていく。
「さて。小町、お兄ちゃんは今非常に怒っている。なぜかわかるか?」
小町へと視線を向けた颯お兄ちゃんはゆっくりと小町に尋ねる。
その表情はいつも向けてくれる優しい笑顔ではなく、厳しい表情をしていた。
「小町が家出をしたから……」
「そうだな。……おりゃ」
「あう……」
颯お兄ちゃんは小町の頭に軽くチョップを落とす。痛い。
「帰るぞ」
「……はい」
「……今日は好きなもの作ってやるよ」
頭を掻きながら颯お兄ちゃんはそう呟く。
「……うん!」
「よかったな、小町」
そして、犬と対峙している時から流れていた涙を拭いながら、確かめるように両隣の手を握った。
「いただきます」
そんな颯お兄ちゃんの言葉を皮切りに小町達も朝食を食べ始める。
「ん?どうした小町。俺達の顔なんか見つめて」
「気でも狂ったか?」
「おい八幡。それは自分で言っててもむなしいだろうが、俺にも刺さるぞ。やめろや」
そんな兄弟コントを始める二人の姿はいくら年月を重ねても変わらない。
でも、変わらないからこそいいのだ。小町達はこの関係が好きなのだから。
よし!あの日のことを思い出した記念に喜ばせてあげようかな!
「颯お兄ちゃん、お兄ちゃん、大好きだよ」
必殺!普段は使わないマジの大好き攻撃☆っべーわ!一撃必殺だわー!
「……うあぁああああ!もう死んでもいいぃ!八幡俺をころしてくれぇ!」
「いや落ち着けよ。それより、小町。もう一回言ってくれ」
本当にこの二人は……。
でも、小町はこんな姿に呆れながらも、この二人のことが大好きなのです!そしてたまに、本当にたまーに!思うのです。
私のお兄ちゃん達は格好良すぎる。と。
小町ィ!ウアァ!誕生日おめでとおおおおおお!あいしてるよおおお!(颯太ならやりそう)
というわけで、小町ちゃん誕生日おめでとう!あざと可愛い小町が大好きです!
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