「ただいまー。……おっ」
愛しき我が家の玄関のドアを挨拶と共に開けると同時にふわっと良いにおいが鼻に入る。おそらく小町が料理をしているのだろう。
「小町ただいまー」
「あ、おかえり!颯お兄ちゃん!」
リビングの扉を開けると、そこには俺の天使がエプロンを着て料理をしていた。
我が家では両親が共働きをしているため、夕飯を作るのは必然的に俺達三人のうち誰かがすることになる。俺も八幡も小学六年生くらいまでは料理をしていたのだが、今現在は小町がすべてやってくれている。小町も今年は受験生だし、その間だけでも代わるといったのだが小町が譲ることはなかったのだ。
ちなみに小町は俺のことを颯お兄ちゃん、八幡のことをお兄ちゃんと呼ぶ。どういう経緯でそうなったのかはわからないが、颯というのは俺の名前からとったことは容易に予想できる。
俺の名前は、
「おー。おかえり兄貴。今日は遅かったな」
そして、ソファーでゲームをしているのが俺の最愛の弟、比企谷八幡だ。
「ただいま、八幡。少し平塚先生に呼び出しを食らってね」
「なんだよ。また何かやったのか?」
「おいおい、なんで俺がいつもやらかしてるみたいになってるんだよ!これでも俺は優等生なんだぞ!」
「頭だけはな」
そういって八幡は薄ら笑いを浮かべる。
その笑みは一般人が見ればひどく恐ろしいものかもしれないが、俺にとってはこの笑顔が小町の笑顔と同じくらい可愛い。
それにしても八幡は失礼なことを言う。
自慢ではないが、俺は実力テストで全三年生中一位を獲るほどの秀才なのだ。
「はいはい、そこまでー。ご飯できたから颯お兄ちゃんは早く着替えてきてー」
「お、了解。愛してるぞー小町ー!」
「はいはい、小町も愛してるよー」
若干棒気味の小町だが、しっかりこっちを見てくれているところは流石我が妹だと思う。まあ、八幡のようにそっぽを向きながら返事をしてくれるのも可愛いといえば可愛いのだが。
小町の顔を数秒眺めた俺は、制服から愛用のジャージへと着替えるために自分の部屋へと向かった。
「よし、いただきます」
着替えを終えた俺が部屋に戻ると、テーブルの上には小町特製の夕飯が並べてあり、椅子にはすでに八幡と小町が座っていた。
先に食べても別に文句なんて言ったりしないのだが、いつも二人は三人が揃うまで待っていてくれる。本当に可愛いやつらだ。
俺が合掌をしていただきますと言うと、八幡と小町も手を合わせていただきますと言って料理に手をつけはじめた。
「小町、勉強は進んでるか?」
一応受験生である小町に近況を聞いてみる。
小町はそれほど勉強が得意というわけではない。面接の心配はないのだが、そちらの方はいささか心配だ。
「え?あー、うん。ばっちりだよ!」
「嘘つけ。あー、うんってなんだよ。それに露骨に兄貴から目をそらしてるし。バレバレすぎんだろ」
「はー……。まったくお兄ちゃんってやつは……。せっかく颯お兄ちゃんに心配をかけない為に隠そうとしてたのにー。小町的にポイント低いよー?」
「結局隠そうとしてんじゃねーか……」
やはり勉強の方はあまり上手くいっていないらしい。
まあ、大体予想はついていたし驚くことはしないが少し心配だ。
「小町。わからないところがあったら塾の先生でもいいから聞くんだぞ?もちろん俺や八幡に聞いてもいい。わからないところを隠そうとするなよ?」
「うん、わかった。でも、颯お兄ちゃんも受験生でしょ?あんまり邪魔はできないよ」
小町は苦笑いを浮かべながらそんなことを言う。
俺の心配をしてくれる小町の思いは胸がはちきれそうになるくらい嬉しいが、俺の受験と小町の受験のどっちが大事かと言われれば間違いなく小町の方だ。
「別に小町の勉強を教えたからって兄貴が受験に失敗するなんてことはねえよ。順当にいけば指定校推薦は確実だし、一般入試でも学年一位の兄貴が落ちることはないだろ」
流石八幡。俺の言おうとしたことをすべて言ってくれた。
「それでもだよ。颯お兄ちゃんにはいつもベストの状態で臨んでもらいたいもん。あ、今の小町的にポイント高い」
「最後の一言がなければ兄貴も喜んでいただろうよ……」
いや、最後の一言があっても喜んでるよ?八幡は鋭いのか鈍感なのかわからないからなー。小町のあれが単なる照れ隠しというのに気づいてないのだろう。
「まあ、とにかく頑張れよ小町。お兄ちゃん応援してるから」
「うん!ありがとう、颯お兄ちゃん!」
小町はひまわりのような笑顔で返事をする。
うーむ。我が妹ながらすさまじい破壊力だ。世の男共ならイチコロだな。
「そういえば、今日はなんで呼び出されたの?颯お兄ちゃん」
「ん?ああ、『高校生活を振り返って』というテーマの作文に弟妹のことを書いたら呼び出された」
「うわー……。さすが颯お兄ちゃん。やることが気持ち悪いよ」
「まったくだな」
おい八幡、同じテーマに犯行声明を書いたお前に言われたくないぞ。あと小町ちゃん?お兄ちゃん本当に傷つくから気持ち悪いとか言わないでね?
「具体的にはどんなこと書いたの?」
「俺の思い出の殆どは八幡達とのものだ。よって高校生活も同様だ。って書いた」
「学校でのことを振り返ろうよ、颯お兄ちゃん」
そういわれても、学校でも常に八幡達のことを考えていたしなぁ。なんど振り返ってもそのことしか出てこない。まあ、さまざまな出来事があったことにはあったのだが、八幡達のことに比べれば些細なことでしかない。
「高校生活って言ったら青春時代の象徴だよ?いろんなことがあったでしょ?」
「ふっ……。違うな小町。高校生活なんてただの通過点に過ぎないんだよ。小町の言うことが正しいなら、俺の青春は一人でいることになる」
八幡はこの世の終わりを迎えようとしているかのような腐った目で反論する。確かにボッチである八幡からすればそうなのかもしれないな。
「もう!お兄ちゃんと颯お兄ちゃんを一緒にしないで。颯お兄ちゃんはブラコン、シスコンをなくせば普通にリア充なんだから!ボッチのお兄ちゃんと一緒にするのは失礼だよ!」
「ぐふっ……!」
小町の腹をえぐるような言葉に頭を落とす八幡。
やめて小町ちゃん!もう八幡のライフはゼロよ!ああ、でも自分の溺愛している小町に貶されて落ち込む八幡も可愛い。小町ちゃんグッドだよ!
「まあまあ。俺は八幡の良いところをいっぱい知ってるから!やるときはやる男だって知ってるぜ!」
「兄貴に褒められてもうれしくねえよ……」
そうは言うが俺の言葉に嘘はない。
八幡が捻くれていても優しいってことも知っているし、強い男だってことも知っている。小町と接していることで身についたお兄ちゃんスキルも多くの女性を虜にすることができるだろう。実際問題、八幡は目以外はイケメンであるし学力もそれなりにある。まあ、数学以外だが。八幡は充分リア充になれる素質は持っているのだ。
「颯お兄ちゃんはお兄ちゃんを甘やかしすぎだよ。もっと厳しくしないと!早く彼女の一人でも作ってもらわないと困るのは小町達だよ?」
「そうは言うがな小町。兄貴ってのはな、どうしても弟や妹を甘やかしてしまうんだよ。これはしょうがないことなんだ」
「はぁ……。お兄ちゃんがこんなになっちゃったのは颯お兄ちゃんのせいなのかな……」
小町は溜息を吐く。
「まあいいじゃないか!八幡が結婚できなかったら小町が養えば!俺も手伝うぞ?」
おお!自分ながらいい考えだ!これならいつまでも三人でいられるし、小町が得体のしれない男に引っかかることもない!
「いやだよ!一生お兄ちゃんの面倒見るなんて嫌だよ!」
「そこまで拒否されると胸が痛いんだが……」
小町の必死の拒否を聞いた八幡が再び頭を落とす。
「ははは!まあ、元気出せ八幡!」
「うるせえよ……」
「さあさあ!せっかくの飯が冷めちまう!食べるぞー!」
その後も時々談笑しながら三人での夕飯は続いていった。