ある週の土曜日、休日だというのにリビングでは俺をはじめとする比企谷家の子供達がくつろいでいた。
いやぁ、八幡も言ってたけど最強の曜日はやっぱり土曜日だよな。学校が明日に控えていない分精神的にも楽だ。こういう時はカマクラと遊ぶに限るな。
ちなみにカマクラというのはうちで飼っている猫の名前だ。
比企谷家カーストの最上位に位置する存在であり、俺の癒しだ。
「ほれほれー、カマクラー。うりうりー」
カマクラをうりうりと撫でまわすと、もっと撫でろとばかりに頭を押し付けてくる。
くそう、可愛い奴め。
「ほんとにカー君は颯お兄ちゃんに懐いてるよねー。小町が撫で回すと逃げちゃうのに」
「ほんとだよな。俺には一向に懐かん」
小町は羨ましそうに、八幡は拗ねたように俺とカマクラの様子を見る。
確かに家族の中で誰に一番懐いているかと聞かれれば、一番最初に出てくるのは俺だろう。
小町に懐いていないことはないのだが、少々うざ絡みをしてしまう傾向があるのだろう。小町が撫で始めるとすぐに俺のところへ逃げてくる。
八幡に限っては最早餌当番位にしか思われていない。親父と同じく。
「なんでだろうなー。なんでだーカマクラー」
尚気持ちよさそうに俺に身を寄せるカマクラに問いかけてみるが、こちらを向くのみで答えてくれる様子はない。まあ、答えるわけないんだけどね。
「……ん?おい!小町、兄貴!東京わんにゃんショーが今年もやってくるぞ!」
何かのチラシを見つけた八幡が俺達に興奮した様子で呼びかける。
「おー!よくぞ見つけたお兄ちゃん!」
「やったな!でかしたぞ!凄いぞ!」
「はっはっは!もっと褒めたたえろ!」
「キャー素敵ー!お兄ちゃん!」
「格好良いぞ!愛してる八幡!」
「うるさい、バカ三兄妹」
俺達が元気よくバカをやっていると、扉の奥から八幡以上に腐った目をした我らが母親が顔を出した。
はっはっは!流石我らの母親よ!この世のものとは思えぬ悪しき目をしておるわ!必殺!材木座君風!
「すいません……」
ほら、八幡なんか怖がって謝っちゃってるじゃん。
キャリアウーマンって大変だなぁ。もし母ちゃんみたいな人と結婚したら俺のめぐり並みの癒しパワーで癒してやるとしよう。
八幡の様子を見た母ちゃんは、小さく頷くと寝室へ戻る為俺達に背を向ける。
これから日々の労働で蓄積した疲れを睡眠で癒しに行くのだろう。たまには肩でも揉んでやろうかな……。
「あんたら、外出するなら気をつけなさいよ。毎日暑くてドライバーもイラついてんだから」
扉に手をかけたところで母ちゃんはこちらを向きそう告げる。
まあ、確かに最近は暑さが増してきたもんなー。めぐりも暑いよー暑いよーと唸っていたし。そろそろ俺も髪を切ってさっぱりしたくなってきた頃だ。
「小町を危険な目に遭わせんなってことだろ?わかってるよ」
「バカ、あんたの心配してんの」
「母ちゃん……」
母ちゃんの言葉に目に涙を浮かべる八幡。
「小町に怪我でもさせたら、あんたお父さんに殺されるわよ」
「お、親父……」
「あははー。でも、小町はお父さんのことも心配だなー。お兄ちゃんに何かあったら、颯お兄ちゃんに殺されちゃうよ」
小町の一言で母ちゃんと八幡があーと頷く。
おい!なんでこっちを見る!そんなことするわけないだろ!多分な!
「まあ、バスで行くから大丈夫だよ。あ、バス代ちょうだーい」
「はいはい、往復でいくらだっけ」
「えっとねー……」
小町ちゃん?そんな手を使う程の計算かな?真面目に勉強教えないとダメかな……。
「三百円だよ」
依然計算をしている小町よりも先に八幡が答える。
「あ、そう。はい、三百円」
「お母さん?俺と兄貴も行くんだけど?」
「あら?あんたの分もいるの?」
今気づいたかのように母ちゃんは財布を再び取り出す。
「俺が出すけど?」
「あんたは出し惜しみっていうのを覚えなさい。どうせお昼も食べるんでしょ?はい」
呆れた様子で母ちゃんは三千円を取り出し俺に渡す。
わたくし、八幡達の為なら出し惜しみはしない所存でございます!
「ありがとー!」
「ありがとう、母ちゃん!今度返すから!」
「本当にあんたは甘えを覚えなさいよ……」
「ほら!お兄ちゃん達いこ!」
「おう!」
「はいよー」
「はい、行ってらっしゃい」
気だるそうに手を振る母ちゃんを背に俺達は外へ出た。
その時、八幡が思いっきり扉を閉める。
「よくやった!八幡!」
「はっはっは。ざまあ、親父」
「二人共……」
俺達は東京わんにゃんショーが開かれている幕張メッセへとやってきた。
会場にはそこそこの人数がいる為、俺と八幡で小町を挟み、左右から小町の手を握る。これは、小さいころから変わらぬスタイルだ。ちなみに、俺が右で八幡が左。
「颯お兄ちゃん、お兄ちゃん!ペンギンだよ!ペンギン!」
小町はペンギンを見て少々興奮しているようだ。確かにペンギンをこんな近くで見ることは多くないからな。興奮する気持ちも少しわかる。
「そうだな!焼きそばだ!焼きそば!」
「兄貴、それはペンギンじゃなくてペ○ングだ。確かペンギンの語源はラテン語で肥満って意味らしいぞ」
「うわぁ、お兄ちゃん達のせいでペンギンが可愛く見えなくなってきたよ」
小町がげんなりした顔で大きく振っていた腕を降ろす。
「小町はこれから、ペンギンを見るたびに肥満の二文字と焼きそばを思い浮かべることになるよ」
「深夜に思い出すと飯テロだな!深夜に焼きそばはやばいな!それこそ肥満になってしまうぞ!」
「兄貴、テンション上がりすぎだ」
俺が一人でテンションを上げていると八幡に叱られてしまう。
なんだよ!八幡だって無駄なうんちく言ってたじゃないか!
「もー、お兄ちゃん達デートでそういうこと言っちゃだめだよ?女の子が『可愛いね』って言ったら、『お前の方が可愛いけどな』っていわなきゃだめだよ」
「頭悪……」
「わかった、以後気を付ける!小町には!」
「小町に気を付けても意味ないよ……」
あるぇ?今日はいろんな人に呆れられちゃうな。
「さあ!次に行こう!」
「うわ!颯お兄ちゃんいきなりはしらないでよ!」
「転ぶっての……」
赤や黄色など奇抜な色が散りばめられている場所には、オウムなどが沢山鳴いていた。
全エリアの中でも一際騒がしいこのエリアで、俺は一人の見知った人物を見つけた。
「あれって雪乃さん?」
小町と八幡も気付いたようだ。
パンフレット片手にきょろきょろしている雪ノ下さんは可愛い。二つに結っている髪もいつもと違っていい感じだ。
「なあ、兄貴」
「なんだ?八幡」
「あれって……」
八幡の言おうとしていることはわかる。
「迷子だろ」
「だよな……」
間違いない。それしかない。
完璧そうに見える子ほど抜けている部分があるからな。まあ、それも一種の可愛さだろう。特に雪ノ下さんのような子ならば魅力にしかならない。
パンフレットを眺め、何かを決心した雪ノ下さんは歩いていく。壁に向かって。
「へいへい彼女ー!そっちは壁しかないぜー!」
俺がナンパ風に呼びかけてみると、警戒心マックスの冷たい目で貫かれる。
「……珍しい動物がいるわね」
「おーい!俺は無視かよー!八幡ばっかみてんなよー!」
「騒がしいオウムね……」
「オウムはこんだけ流暢にしゃべれねーYO!」
あ、ガチで面倒くさそうな目をされた。ふざけるのもここまでにしておこう。
「兄貴を無視するのはいいが、俺の人間性否定するのやめてもらえませんかね」
「間違ってはいないでしょう?」
「正しいにも程があるっつうの……」
「雪乃さん、こんにちはー」
そこで、最後に小町が雪ノ下さんへ挨拶をする。
「あら、小町さんも一緒なのね」
八幡達が会話を進めていく中、俺は雪ノ下さんの持っているパンフレットを覗き込む。
パンフレットの猫のコーナーに赤い丸がつけられていることから、雪ノ下さんは猫を見に来たのだろう。そういえば、八幡が雪ノ下さんは猫が好きだと言っていた気がする。
「兄貴、行くぞ」
「お?結局、雪ノ下さんも一緒に回るの?」
「迷惑だったかしら……」
「全然!むしろこちらからお願いしたいくらいだよ!」
「それならよかったわ」
「お、おい!小町見ろ!鷲だ鷹だ隼だ!かっこいいなー!飼いたいなー!」
「可愛くなーい」
先程のエリアから少し進んだところには、なんとも男心をくすぐる格好良い鳥達がいた。
八幡の言う通り、かっこいいと思う。ぶっちゃけ俺も心が躍っている。
「八幡!飼おう!いくらだ!」
「兄貴、見ろ」
「八幡、諦めよう。かっこよさは金では買えん」
「お、おう……」
流石に俺のポケットマネーでは買えなかった。そうだな、あと二十年くらいしたら嫁さんが買ってくれるだろう。いや、嫁さんが買うのかよ。
そして、鳥コーナーを抜けると小動物のコーナーへと入る。
そこではウサギやらフェレットなどといった小動物と触れ合えるようだ。
「小町!ウサギだ!可愛いぞー!」
「ほんとだー!キャー踏みそう!」
踏んじゃだめだからね?絶対だからね?いや、フリとかではなく。
「小町、兄貴、次行こうぜ」
「小町もう少しここにいるから先行ってていいよー」
「お兄ちゃんもここで遊んでいくから先行ってていいよー」
八幡が嫌そうな顔をして次に行こうとするが、小町と二人で先に行くよう促す。
「雪ノ下さんも猫見てきていいよー」
「そう?で、ではせっかくだし」
そう言いながら挙動不審になっているところを見ると、よっぽど楽しみにしていたことがわかる。
「では、行きましょう」
二人がぎりぎり見えるかのところで小町が動き出す。
「さて、尾行尾行」
「野暮なことはやめなさい」
八幡達の後をついていこうとする小町を止める。
「あーん!颯お兄ちゃんは気にならないのー?」
こら、あーんとか言うんじゃありません。俺が変な目で見られるでしょうが。
「気になりはしないな」
「颯お兄ちゃんらしくなーい」
「まあまあ、たまには二人でデートしようぜ」
「うーん、わかったー」
流石小町。聞き分けが良くていい子!
さて、お膳立てはしたよ、雪ノ下さん。