本編一話終了ごとに、ちょっとした短編を挟みます。
語られなかったエピソードや、何気ない日常……そうした話を小話と言う形にて補完できたらなと。
通称アホタイム。名前の由来は……一読頂ければ分かるかと思います。
~親子対面の裏で~
時は、シイがゲンドウと再開した時まで遡る。
『お父……さん』
『久しぶりだな、シイ』
そんな親子のやり取りは、発令所でしっかりモニタリングされていた。冬月やオペレーター三人組も、興味津々とモニターに見入っている。
「あれが碇司令の娘さん? どうやったらあの髭からあんな可愛い子が産まれるんだ?」
「突然変異かも知れんぜ」
「母親によく似ている。いや、それ以上の美人になるかもしれんな」
青葉と日向に、冬月が懐かしむように答える。
「はぁ~本当に可愛い。あんな妹が居たらな~」
うっとりとモニターに映るシイを見つめるマヤ。それに発令所職員の大部分が同意する。
同意しなかったのは一部の男子職員。
彼らの思いは、それよりも一歩踏み込んだ物だった。
『そんなの……十年ぶりに……やっと……お父さんに会えたのに……私を見てくれたのに……』
『時間がない。乗るなら早くしろ。でなければ、帰れ』
冷たいゲンドウの言葉に、泣き出すシイ。
「鬼か、あの髭親父は」
「全くだ。あれは人の皮を被った悪魔だ」
「最低」
顎髭の中年親父と、可憐な美少女。どっちを応援するかなど、確認するまでもない話だ。
(碇……不器用にも程があるぞ)
ゲンドウの心内をしる冬月だけが、哀れみの満ちた視線を向けていた。
『乗るんだシイ』
『……無理よ。こんな見たことも無いロボットに乗るなんて、出来ないよ!』
絶叫するシイ。
「確かに無茶な話だよな」
「いきなり来て、エヴァに乗って使徒と戦えなんて無理難題にも程があるぜ」
「どうして事前に説明しなかったのかしら」
(説明してたら……シイ君がここに来ることは無かったろうな)
事情を知る冬月は、何とも言えぬ表情を浮かべる。
『それともう一つ、言っておきます』
『何だ』
『私はお父さんが……大嫌いです。べーっだ』
ゲンドウに向けてアッカンベーをするシイ。
((か、可愛い……))
年相応、いや少し幼い感情表現に、発令所職員は思わず頬を緩めてしまう。
「まあ自業自得だよな」
「ああ。でも全く動じてないぜ、碇司令」
「血の通った人間とは思えません」
好き勝手言う三人組。だが、冬月だけは気づいていた。
サングラスの奥に隠された瞳が、僅かに涙目になっていたことを。
(碇……泣いているな。確かに自業自得だが……何という破壊力だ)
鉄面皮に隠された内心を悟り、冬月はご愁傷様、とゲンドウに手を合わせた。
その後、発令所に姿を現したゲンドウは、職員全員からの冷たい視線にたじろぐ。
「ふ、冬月……一体何があった?」
「感動の親子対面。当然こちらでもモニターさせて貰っていたよ」
それで充分だった。ゲンドウはいつものポーズを取りながらも、頬に冷や汗を流す。
「どんな……具合だ?」
「発令所は完全アウェーだな。事が収まるまで、お前は発言を控えた方が良いぞ」
「むぅ」
「仕方あるまい。あの状況では、完全にお前が悪者だからな」
冷や汗が更に流れる。ここに至っても、まだポーカーフェイスで居られるのは流石と言うべきか。
「か、構わん。全てはシナリオの為だ」
「ならもう少し優しく接したらどうだ? 嫌われるよりも、シナリオを進めやすいぞ」
「それが出来たら……とっくにやっている」
「相変わらず不器用な男だ」
冬月は呆れたようにため息をついた。
十年ぶりの対面。緊張していたのは、何もシイだけでは無かったのだ。
動揺を必死に押さえ、シナリオを進めようとした結果が……あれであった。
不器用な父親が娘と分かり合える日は、果たして訪れるのだろうか。
~ゲンドウの手紙~
碇ゲンドウ。
特務機関ネルフの総司令を務める人物。
正確は冷酷非情で、目的のためなら手段を選ばない。
だった筈なのだが……。
「…………」
ゲンドウは一人、司令室の机に向かっていた。無言で腕を組み、何やら思案している様子。
その原因と思われるのは、机に載せられた真っ白な手紙だった。
(……どう書けばシイをここに呼べるか。それが問題だ)
ゲンドウを悩ませているのは、シイをネルフに呼ぶための手紙だ。
幼い頃に別れてから交流のない娘への手紙。流石のゲンドウと言えども、難しい問題だった。
(……ここは、他者の知恵を借りるか)
早速他力本願に切り替えたゲンドウは、直ぐさま机にある通信機で連絡を取る。
相手は、
「どうした碇?」
副司令にして長い付き合いの、冬月だった。
「冬月、手紙を書いたことはあるか?」
「手紙? それはこれだけ長く生きていれば、それなりにはな」
「……長く連絡を取っていなかった相手に手紙を出す時は、どうすればいい?」
「ふむ、そうだな……」
冬月はアゴに手を当て暫し思案する。
「まずは無沙汰を詫びるのだな。その後本題に入れば良いだろう」
「……わかった」
ゲンドウは通信を終えると、手紙に筆を伸ばす。
『碇シイ様。
十年以来ご無沙汰をしてしまいまして、誠に申し訳なく存じております。
おかげさまでつつがなく暮らしております』
「書き出しはこんなものか。次は、どの様に本題に入るかだが……」
ゲンドウは再び通信を行う。
相手は、
「あら、碇司令。何か緊急事態でしょうか?」
エヴァの開発責任者にして、腹心的な立場の赤木リツコだった。
「赤木君。君は手紙を書いたことはあるか?」
「え? はあ、まあそれなりには」
「相手に来て欲しいと手紙で頼む時は、どうすればいい?」
「相手との関係にもよります。立場や年齢の上下で表現が大分変わりますので」
「歳は大分下だ。立場もこちらが上だろう」
「でしたら、細かな理由を告げずに、呼び出しの旨を伝えれば宜しいかと」
「……分かった」
ゲンドウは通信を終えると、再び筆をとる。
『碇シイ様。
十年以来ご無沙汰をしてしまいまして、誠に申し訳なく存じております。
おかげさまでつつがなく暮らしております。
突然の事で恐縮ですが、こちらに来て下さい』
「シンプルなのは良いことだが、少々味気ないな」
それ以前の問題だが、ゲンドウは真剣に悩む。
(可能ならシイにも喜んで貰いたい。どうするべきか……)
脱線しつつあるゲンドウは、三度通信を行う。
今度の相手は、
「い、碇司令!? 葛城一尉であります」
最近本部に配属された、作戦部長の葛城ミサトだった。
(彼女なら私よりもシイに感性が近いはずだ)
「葛城一尉。君は手紙を書いたことがあるか?」
「はい?」
「手紙を書いたことがあるかと聞いている」
「は、はい! 多少ではありますが」
内心混乱しつつも、ミサトはビシッとした声で答える。
「歳の若い者に手紙を出す時、少しでも印象を良くするにはどうすればいい?」
「えっと……相手は男性でしょうか? それとも女性でしょうか?」
「女だ」
「でしたら、文面を柔らかめにして、優しい印象を与えるのが効果的かと存じます」
「……わかった」
ゲンドウは通信を終え、手紙を加筆修正していく。
『碇シイちゃんへ♪
十年も連絡しなくてマジごめん。
パパは元気で過ごしてるよん。
で、ちょっとお願いなんだけど、ここに来て』
「……大分形になったな。だが、まだ何かが足りない」
サングラスを光らせて思案する。
「やはり短すぎるのが問題か」
ゲンドウはもはや手慣れた様子で、通信を行う。
今度の相手は、
「「い、い、い、碇司令!?」」
発令所のオペレーター三人組、日向マコト、青葉シゲル、伊吹マヤだった。
突然すぎる上官からの通信に、三人は直立不動で固まる。
「君達は手紙を書いたことがあるか?」
「「はっ?」」
「聞こえなかったのか?」
「「い、いえ。失礼しました」」
上官の不機嫌な声(本人は普段通りのつもり)に、慌てて敬礼を返す。
「じ、自分は筆無精なので、メールばかりであります」
「自分も日向二尉と同様です」
「私……じ、自分もであります」
「どの様なメールを送るのだ?」
事情を知らない人からすれば、イジメのような上司の問いに、三人は何とか返答する。
「れ、連絡事項などを除けば、たわいない雑談であります」
「自分も同じく。何か面白い体験をすれば、それをネタに」
「わ、自分もです。遠く離れた友人や実家の家族には、近況報告なども」
「……分かった」
ゲンドウは通信を終えると、一度手紙を全て書き直した。
十分後。
「……これで問題ない」
ゲンドウが書き上げた手紙を満足げに見つめていると、丁度そこに冬月がやってきた。
「碇、少し良いか」
「何だ」
「さっきの通信の事だ。まさかあれは、あの子に送る手紙の事を聞いていたのか?」
「そうだ。既に計画は終了している。後は送るだけだ」
ゲンドウは口元をニヤリと崩し、冬月を見据える。
「……見ても良いか?」
「構わん」
許可を得た冬月は、机の上の手紙をそっと手に取った。
『碇シイちゃんへ♪
十年も連絡しなくてマジごめん。
パパは元気で過ごしてるよん。
最近はネルフの総司令として、忙しい毎日で参っちゃうよ。
それに人類補完計画なんてものを、嫌みな老人達に任されて大変だ~。
先日もエヴァ零号機が暴走しちゃって大騒ぎだったんだよ。
でも頼りになる仲間に支えられて、パパは頑張ってるよ。
シイちゃんの方はどうかな?
体調崩してない? ご飯はちゃんと食べてる? パパは心配だよ~。
あ、それでね、シイちゃんちょっとパパの所に来てくれないかな?
大きくなったシイちゃんと会えるのを、楽しみにしてるね。 碇ゲンドウ』
「…………」
読み終えた冬月は、無言のまま手紙を持つ手を震わせる。
「冬月、そう感動するな。この程度の手紙なら、私にかかれば造作もない」
「……碇」
「何だ?」
「……赤点だ」
ビリッと冬月は容赦なく、ゲンドウの手紙を破り捨てた。
「な、何をする!」
「お前、こんな手紙を本気で送るつもりなのか?」
「何が悪い!」
「機密情報をあっさり書く奴があるか。しかも何だこの巫山戯た文体は」
「それは……」
「どうせお前の事だ。私に聞いたように、あちこちに手紙の書き方を聞いたのだろ」
図星をつかれ、ゲンドウは押し黙る。
「とにかく、これは却下だ。書き直せ」
「む……」
「それと、出す前に私が添削するからな。安心しろ、元教師らしくしっかり手直しをしてやる」
こうしてゲンドウは手紙を書き直すのだが、冬月の壁は厚かった。
何度書いても突き返される日々。多忙な業務と相まって、ゲンドウの精神は極限まで追いつめられていった。そしてゲンドウは、冬月不在の隙を狙って手紙を送る事を決意する。
(用件は簡潔に、かつ変に媚びず、父親としての威厳を持って……)
冬月の教育を思い出し、書かれた手紙が、
『来い』
一言だけのど真ん中直球勝負だった。
この手紙、役目こそ果たしたが、シイの心証が最低だった事は言うまでもない。
え~こんな感じで、毎回やっていきます。
箸休めの様な感覚でお読み頂けるとありがたいです。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。