~ささやかな願望~
京都大学への入学を目指すシイは、学校だけでなく自宅でも勉強に励んでいた。元々真面目な彼女にとって自習は苦にならず、寧ろ楽しんでいる位だ。
「うん、今日の分はこれで終わり。ん~もうちょっとやろうかな。でもヴァイオリンも……」
パイロットの時とは比較にならない程、自由に使える時間が増えた事は、やりたい事が沢山あるシイにとって、嬉しい悩みだった。
時計と睨めっこをしていた時、不意に部屋のドアがノックされる。
「……シイさん。リンゴを剥いたけど、入っても良い?」
「うん。丁度一息入れようと思ってたから」
シイの答えを聞いてからレイは部屋に入ると、手にした皿を小さなテーブルに皿を置く。そこに乗せられた見事なウサギ型のリンゴに、シイは思わず感嘆の声を漏らす。
「凄い。これレイさんが?」
「……ええ」
「いつの間にこんなに包丁が上手くなったの? ひょっとしたら私よりもお料理出来るんじゃ……」
「……包丁は使ってないわ」
「?? ならどうやって剥いたの?」
不思議そうに首を傾げるシイ。その問いかけに答えず、レイは一度部屋から出ると、剥いていないリンゴを持って戻ってきた。
「……まず、右手にリンゴを持つわ」
「う、うん」
「……後はこうして」
レイが呟いた瞬間、不可視の刃がリンゴを八等分に切り分けた。それもご丁寧にうさぎさんカットで。
「えぇ!? い、今どうやったの?」
「……ATフィールドを圧縮して、刃にしたわ」
「はぁ~凄いんだね、ATフィールドって」
感心したように頷くシイだったが、不意に何かに気づいたのか目を輝かせる。
「……どうしたの?」
「あのね、ATフィールドはみんなが持ってる心の壁なんだよね?」
「……そうとも言えるわ」
解釈には色々あるだろうが、カヲルの言っていた心の壁は最も理解しやすい形かもしれない。自らの存在をリビドーによって支える、心の壁。他者の侵入を拒絶する、不可侵の領域なのだから。
「なら、私もレイさんみたいに出来るのかな?」
「……え?」
「だって私はレイさんのお姉さんだし、カヲル君の妹でもあるから」
否定するのは簡単だ。群体生命と単体生命の違いを説明すれば良いのだから。しかし期待に満ちた眼差しを向けるシイを前に、無理だと切り捨てる事が出来るはずもなく。
「……そ、そうね。試してみたら?」
「うん! えっと……ん~ATフィールド全開!!」
ばっと右手を差し出すシイだが、当然何も起こるはずも無く、微妙な沈黙だけが流れた。プルプルとシイの手が悲しげに震えるのを見て、レイはとある事を思いついた。
「……もう一度やってみましょう。今度は手を上に上げたらどう?」
「上に?」
それで何が変わるのかは分からないが、それでもシイは言われた通りに両手を上に掲げる。そして精神統一の為に深呼吸をしてから、意を決して叫ぶ。
「ATフィールド全開!」
「……えい」
その瞬間、シイの頭上に光の壁が出現した。オレンジ色の輝きを放つそれは、まごう事なきATフィールド。シイは目の前の光景が信じられず、惚けたようにそれを見つめていたが、やがて満面の笑顔に変わる。
「嘘……出来た。レイさん、私にも出来た!」
「……ええ、良かったわね」
「うん。今でも信じられないよ。だってまるで勝手に……」
喜ぶ自分に慈しむ様な視線を向けるレイに、シイはある違和感を抱く。そして少し考えた末に、今起こった事の真相を理解した。
「……ありがとうレイさん」
「え?」
照れたように微笑みながら抱きついてきたシイに、レイは一瞬驚いたが、直ぐに察した。今のATフィールドが自分の物だと、シイは気づいたのだと。
「レイさんは優しいね……嬉しかったよ」
「……シイさんは他者に対する心の壁が、弱いのかもしれない。けどそれは素敵な事」
「そうなのかな……」
「……どうしてATフィールドを使いたかったの?」
「もし使えたら、守られるだけじゃなくて、私もみんなを守れるのかなって」
「……もう十分よ。私はシイさんに心を守って貰っているもの」
結局ATフィールドは出せなかったが、シイには周囲の人を笑顔にする、シイフィールドとも呼ぶべき物がある。それを確認し合った二人は、穏やかな時間を過ごすのだった。
~ゲンドウパパの初仕事~
忙しい業務の間をぬって、ゲンドウは単身京都の碇本家を訪れていた。
「お久しぶりです、お義父さん、お義母さん」
「ふん。正月以来やっと来たかと思えば、お前だけか」
「あらあら、ゲンドウさんが来ると聞いて、あれだけ喜んでいたのに」
「メイ! 余計な事は言わなくて良い」
応接間でイサオとメイと対面を果たしたゲンドウは、変わらぬ二人の姿に安心してしまう。数回しか訪れていないこの家が妙に落ち着くのは、この二人が本心から自分を受け入れてくれているからだと。
「それで、お前がわざわざ来たのだ。それなりの用件があるのだな?」
「……はい。お二人に報告すべき事があります」
鋭い観光を向けるイサオに、ゲンドウは『女神からの福音騒動』について全てを語った。長い話になったが、イサオとメイは黙ってそれを聞き続ける。
やがてゲンドウが語り終えると、イサオは腕組みをしながら小さく頷いた。
「成る程な。先の一件、そう言った事情だったか」
「全てに福音を……シイらしいわ」
「発端となったのは、私の浅はかな判断です。弁解のしようもありません」
頭を下げるゲンドウに、イサオは片手を挙げてそれを制する。
「ふん、世界を巻き込む巨大な流れは、お前ごときがどうこう出来る物では無い。いずれは起こっていた事柄が、幾分早まっただけだ」
「……そう言って頂けると助かります」
「それにしても……シイスターズと言ったか」
「はい。ユイと相談して、私達の娘にする事にしました」
「うふふ、新しく二十人も孫が出来るなんてね」
「事後報告は気に食わんが、まあ良いだろう」
生まれの事は気にしないと以前レイに告げたように、イサオにとって大事なのは、家族を愛しているかどうかだった。まだ直接会っていないが、ゲンドウの話を聞く限りそれは保証済みの様だ。
ならば反対する理由は無いとイサオは、ゲンドウの判断に賛成の意を示した。
「時にゲンドウ。これだけ大所帯だと、住む家にも難儀するだろう」
「はい。現在ユイと共に新居を探していますが……苦戦しております」
「あらあら、それならみんな揃って家に来たらどうかしら?」
この屋敷ならば、それこそシイスターズの一組や二組、余裕で住めるだろう。何処まで本気か分からないメイの提案に、ゲンドウが答えに窮していると、イサオが呆れ顔で割って入る。
「あまりからかうな。……まあいずれはお前に譲るつもりだが、今は仕事に支障が出るだろう」
「きょ、恐縮です」
「そこで、だ。お前達にちょっとした手助けをしてやろうと思う」
イサオが指を鳴らすと、相変わらず神出鬼没の使用人が応接間に姿を見せる。そして手に持ったアタッシュケースを、そっと机に置いた。
「これは?」
「ゲンドウ。探して見つからなければ、作れば良い」
「……!?」
イサオが開けたアタッシュケースには、まばゆい光を放つ金塊が敷き詰められていた。それがどれだけの価値を持つのかは、ゲンドウの頬を流れる汗が物語る。
「わしが持っていても使い道は無いが、お前達の家を作るには十分だろう」
「し、しかし……これ程の物を受け取るわけには……」
「あのね、ゲンドウさん。失礼とは思ったけど、貴方達の資産調査をしていたの」
「お前とユイならば、娘が二十二人になろうとも養う事は可能だろう。だがそれだけの人数が住む家を建てるとなると、厳しいのでは無いか?」
イサオの言葉にゲンドウは反論できない。国際機関の上級職員であるゲンドウとユイは、相当の給与を貰っているが、それでも大勢が住まう新築物件を建てるとなると、かなりの痛手だからだ。
「子を甘やかすのでは無く、本当に困った時に手を差し伸べるのが親だと、わしは思っている」
「それにゲンドウさんには責任があると思うわ」
「責任ですか?」
「将来ゼーゲンのトップに立つシイ。リリスの魂を宿しているレイ。そしてゼーゲンの技術の結晶であるシイスターズ。わしの孫に手を出そうとする不埒な輩は多いだろう。それらから可愛い孫を守る為に、最高のセキュリティーを誇る家を用意する責任がお前にはある」
イサオの言う事は事実であり、碇家には重要人物が集まり過ぎていた。レイとシイスターズを捉えて、未知の技術を得ようと考える人間も居るだろうし、シイに万が一があれば人類の未来は暗い物となる。
「家族を守る為なら、あらゆる手段を用いるべきだ。違うか、ゲンドウ?」
「……仰る通りです」
「決まりだな」
ゲンドウは姿勢を正すと深く頭を下げ、イサオの好意を素直に受け取る事にした。
「これは家の者に、お前の家へ届けさせよう。ところで、お前の用件はこれで終わりか?」
「はい。お忙しい所をお邪魔しました。これにて退散しようと思います」
「……メイ。飯と風呂の用意を。酒も忘れるなよ」
「畏まりました」
ゲンドウの言葉をスルーするイサオに、メイも心得ていると頷く。わざわざやって来た息子をそのまま帰す程、イサオは冷たくない。
「付き合え、ゲンドウ」
「……お世話になります、お義父さん、お義母さん」
かくして京都碇本家で一晩を過ごす事になったゲンドウは、シイ達の近況報告などを肴に、愛すべき両親との安らかな時間を過ごすのだった。
~不屈の闘志~
惣流・アスカ・ラングレー。『女神からの福音』騒動で両腕と右足首の複雑骨折という、大きなダメージを受けた彼女だったが、その視線は常に未来へと向いていた。
「はぁ~。流石に今日のはしんどかったわね」
「うふふ、お疲れ様、アスカちゃん」
リハビリ室から病室までの廊下を、キョウコに車椅子を押して貰いながら、アスカは大きなため息をつく。
彼女は先日、クローニングを応用した難易度の高い手術に挑み、周囲の不安を一蹴するかの様に見事それを乗り越えて見せた。その結果、骨折は早期の完治が見込まれていたが、手指に軽度の麻痺が残ってしまい、現在は元通りの動作をさせるためのハードなリハビリに取り組んでいた。
「でも、少しずつ戻ってきてるのが分かるわ。このまま行けば……」
「アスカちゃん完全復活ね」
「まあね。でもとりあえずは車椅子から卒業しなくちゃ」
左足は無事だが、手の麻痺がある為に松葉杖は利用出来ない。短い距離の移動でも、こうして誰かの助けを必要とする現状に、アスカは内心歯がゆい思いをしていた。
「あらあら、アスカちゃんはママと一緒に居るのが嫌なの?」
「べ、別にそんなんじゃ無いけど……私のせいでママの時間を奪っちゃうのは嫌だし」
「ん~も~アスカちゃんったら本当に可愛いんだから~」
照れたようにそっぽ向きながら呟く娘を、キョウコは花が咲くような笑顔で抱きしめるのだった。
「ん、あれって……」
「あら~、冬月先生ね」
二人は休憩スペースでくつろぐ冬月の姿を見つけ、挨拶しようと近づいた。その気配を察したのか、冬月はそっと視線を向け、優しい笑顔を浮かべる。
「おや、アスカ君とキョウコ君か。奇遇だね」
「こんにちは」
「お久しぶりです~」
「……午前中に会議で一緒だったが……まあ良いか」
相変わらずのキョウコに冬月は苦笑を漏らす。
「副司令は誰かのお見舞いですか?」
「いや、先日痛めた腰の経過観察だよ。もういい歳だからね」
「シイちゃんを抱え上げたんですよね~」
「……ママ」
察してあげて、とアスカは何とも言えぬ視線でキョウコを見つめた。流石に女の子を抱え上げて、腰を痛めたと言うのは、男のプライドに関わるだろう。
だが冬月は気にするなと軽く手を振る。
「まあ事実だからね。とは言えいい歳なのも確かだよ。昔はあれ位何とも無かったのだが」
「でも冬月先生は、あの時からずっと変わりなく見えますよ」
「……ねえ、ママって副司令と知り合いだったの?」
「私が大学の教授だった時に交流があったんだよ。論文を読ませて貰ってね、一目で天才だと分かった。ただユイ君ともナオコ君とも違うタイプだったが」
セカンドインパクト以前に、冬月は京都大学と交流のあったドイツの大学から、優秀な学生が居ると聞いて興味を持ち、論文を読んでから単身ドイツを訪れ、キョウコと個人的な交流を持つに至った。
ナオコやユイと言った秀才タイプの天才とは一線を画す、純粋な天才の彼女との交流は、冬月の価値観に大きな影響を与える事になる。
「あの頃は私もぴちぴちだったわ~。まだパパとも出会う前で…………」
「ママ……」
「うふふ、ちょっとお手洗いに行ってくるわね」
笑顔で二人から離れていくキョウコだが、その胸中にどんな思いが渦巻いていたのかは、アスカと冬月には痛いほど分かった。
「すまない。無神経な発言だったね」
「いえ、副司令は何も悪く無いわ。悪いのは全部……あの男なんだから」
親の敵を憎むように実の親を憎むアスカを、冬月は悲しげに見つめる。
アスカの父親は、キョウコが自己で精神を病んで直ぐに、別の女性と再婚した。それを受け入れられずにアスカは家を飛び出し、ネルフで幼少期から過ごしてきた。
今では完全に縁は切れているのだが、それでもアスカの心に大きな傷として残っている。
(無理も無いが、子が親を憎むと言うのはやり切れない物があるな)
復縁することは不可能に近く、それはアスカも望んでいないだろう。ならばせめて、新たな幸せを見つけて欲しいと、冬月は祈らずにはいられなかった。
「……あ、そう言えば、聞いてみたいことがあったんだけど」
「ふむ、何かね?」
突然なアスカの言葉が、嫌な空気を変えるためだと察した冬月は、否定すること無く続きを促す。
「どうしてミサトを作戦部長にしたの?」
「おやおや、これは予想外の質問だ」
「悪く言いたくは無いけど、正直ミサトには向いて無かったと思うのよ」
「そうかね? 彼女の功績は素晴らしい物があるよ」
「それは結果論だわ。割と無謀な作戦も……作戦と言えない様な物もあったし」
「……アスカ君。人にはそれぞれ求められる役割があると、私は思っている」
冬月は一度立ち上がり、自販機でジュースを買ってから再び席に戻る。パックにストローを刺してからアスカに手渡すと、静かに話を続けた。
「ネルフには当然入職試験がある。それは全部署共通の基礎学力以外に、各部署で異なる専門的なものもあってね、作戦部はあらゆる状況を想定しての作戦立案がそれに当たる」
「……ミサトはそれの成績がよかったの?」
「逆だよ。受験者には五十通りの戦況を提示したが、彼女はその内八個に対して素晴らしい作戦を立案しただけだ。正解数ならば下から数えた方が早い」
「なら何で採用したのよ。それも作戦部長なんて」
意味が分からないと眉をひそめるアスカに、冬月はお茶を啜ってから答える。
「彼女が正解した八つの戦況は、他の受験者達が全員ろくな作戦も立てられない様な、絶望的な物だった。だがミサト君は我々が想定していた答えよりも、遙かに高い勝算を期待出来る作戦を提示したよ」
「…………」
「使徒との戦いが厳しい物になるのは分かっていた。私達が求めていたのは、そんな絶望的な状況でも諦める事無く、不屈の闘志を持って希望を見いだせる才能の持ち主だ」
「だからミサトを選んだ」
「それだけでは無いがね。作戦部は優秀な人材が沢山居るが、自分の作戦が人類の未来を握っているとなると、どうしても尻込みしてしまう」
ネルフの作戦失敗は人類の滅亡を意味する。そう思えば自分の作戦を押し通すには、相応の覚悟が必要なのだが……それが出来る人材は限られる。
「彼女は信念があった。それは使徒への復讐というネガティブなものかも知れないが、責任に押しつぶされない強い意志を持っている彼女こそ、作戦部長に相応しいと思ったのだよ」
実の所、ミサトが単独で作戦を決定した事は多くない。大体が部内で提案された作戦を、彼女が自分の責任で承認するという形を取っていた。
作戦部長に求められる資質は、作戦立案能力以上に強靱な精神力なのかも知れない。
「ところで、何故ミサト君の事が気になったのかね?」
「あの一件があってから色々考えたのよ。エヴァに乗れないあたしに価値があるのかって」
彼女を特別な存在にしていた弐号機を失い、アスカは普通の少女になった。飛び級するほどの頭脳を持っているが、それでも以前の様な希少価値は無いと、自分で認めている。
「シイはアレだけど、組織のトップに相応しい求心力を持ってるわ。レイもあのナルシストも、シイを補佐するに十分な戦闘力と頭脳を備えてる。でもあたしは……ママの様な天才じゃ無い」
「確かに、科学者としてキョウコ君に並ぶのは難しいかもしれないね」
キョウコにユイ、ナオコやリツコと言った面々は、常識外れの天才と呼べる存在だ。アスカも優秀ではあるが、それは常識の枠に収まってしまう。
ゼーゲンの科学者として活躍する事は可能だろう。だがそれがアスカである必要は無く、彼女にしか出来ない事では無かった。
(……成る程。だからミサト君の話を聞いたのか)
自らの価値に疑問を抱くアスカにとって、ミサトの話からヒントを得ようとしていたのだろう。
「……エヴァンゲリオンチームのリーダーとして、強いリーダーシップと統率力を発揮し、他のチルドレン達をまとめ上げ、一人の犠牲も出さずに戦い抜いた。熱い心と冷静な思考を併せ持ち、合理的な判断をしつつも人の心をないがしろにしない。それが私の君への評価だよ」
「買いかぶりすぎよ」
「なら君は自分を過小評価し過ぎているな。一番身近で共に戦い抜いたシイ君とレイは、君に強い信頼を寄せている。それが何よりも答えだと思うがね」
補完計画等を度外視した場合、冬月がチルドレンで最も評価していたのはアスカだった。戦力としてもリーダーとしても、チルドレンの要であり続けたのだから。
「だから何よ。もうエヴァは無いんだし……」
「私は君にリーダーとしての資質を認めている。それはエヴァは無くても変わらない」
「は?」
「それこそ……ゼーゲンの支部長になれると思うほどには」
アスカは目を見開いて冬月を見つめる。だが冬月の表情は真剣そのもので、決して冗談やお世辞を言っている様には見えなかった。
「驚く事はあるまい。優秀な頭脳と判断能力、強い統率力と弱い面を見せない精神力。その全てが人の上に立つに相応しい能力だ」
「…………」
「まあ老人の戯言と聞き流して貰って構わないが、これだけは覚えておいてくれ。人の価値というのは、一つの方向から見ては図れない。あらゆる方向からその人を知ってこそ、真価が分かるとね」
冬月の言葉にアスカは答えない。だがその目には先程とは違う輝きが宿っていた。
「うふふ、お話は終わった?」
「ま、ママ!? 何時からそこに……」
不意に背後から聞こえてきたキョウコの声に、アスカは思い切り狼狽する。
「ゼーゲンの支部長さんか~。なら将来はママの上司になるのね」
「ぐっ。がっつり聞いてたのね……」
「未来を選択できるのは若者の特権だ。贅沢に悩み苦しみ、羨ましいほど光溢れる未来を選ぶと良い」
冬月の助言は何処までも優しく暖かい他人事であった。その気配りに感謝しつつ、アスカはキョウコに車椅子を押して貰い、短くも有意義な一時は幕を閉じる。
人類の未来の為に、自分の能力をフルに発揮出来る使命が……あの弱く優しい少女の力になれる道が、アスカにはようやく見えてきたのだった。
短編集チックな話をイメージしてみました。
シイとレイのエピソードは、以前お蔵入りしていた物です。これからもこうした話を、ちょいちょい挟んでいこうと思っています。
ゲンドウのエピソードは、流石に扶養家族が多すぎると思ったので、名家と評判の碇本家に少し出張って貰いました。
シイスターズを家族として迎える為の、第一歩ですね。
アスカのエピソードは、大幅に改変予定の最終話への布石です。
それと……作者が思っているミサト像を出してみました。反論は沢山あると思いますが、冬月の言うとおり見方を変えれば、違った印象なのかなと。
ご報告を一つ。
日常編に入る前に『使徒救済編』をやろうと思います。
少し設定などが難しいエピソードなので、時間を掛けて話を練り込みます。
一度投稿を止めて……そうですね、大体一回分飛ばさせて頂こうと考えています。以前のアダムとリリス編の様に、長期間のブランクはありません。
連休明けくらいには、投稿を再開する予定で執筆を行っています。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。