エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《少女の目覚め、そして》

 

~復活のシイ~

 

 朝、シイが目覚めるとそこは自分の部屋では無く、何故か病室だった。ぼやけた頭を起こそうとするが、霧に包まれたように記憶がハッキリとしない。

(あれ? 私なんで病院に? 確かリツコさんの部屋に居たはずなのに……)

 記憶はリツコの部屋で薬を貰ったところで途切れている。全身に妙な気怠さが残っているが、以前入院した時と違って怪我はしていないようだ。

(転んで頭を打ったのかな?)

 シイは自分の頭を恐る恐る触ってみるが、たんこぶは出来ていない。痛みも感じないので、頭を打った可能性は低いと言える。

 ならば一体何故ここに居るのか。シイが考え込んでいると、不意に病室のドアが開いた。

「レイさん?」

「……おはよう、シイさん」

 病室に入ってきたレイは、挨拶もそこそこにシイの元に近寄って、じっとシイを見つめる。まるで何かを確かめるような視線に、妙な気恥ずかしさを感じてしまう。

「あ、あの、レイさん。私に何かついてるのかな?」

「……いえ。もう大丈夫みたいね」

「??」

「……覚えていないの?」

 少し驚いた様子で尋ねるレイにシイは小さく頷く。どうやらレイは、自分が何故ここに居るのか、何が起こったのかを知っているらしい。

「ねえレイさん。私、一体どうしたの? リツコさんの部屋に居た所までは、覚えてるんだけど」

「……落ち着いて聞いて。貴方は――」

 レイは前置きをしてから、シイに全ての事情を語った。

 

「うぅぅ、恥ずかしい……」

「……貴方が気にする事では無いわ」

 記憶に無いとは言え、自分の行動がどれだけ周囲に迷惑を掛けたのか。シイは顔を真っ赤にして、ベッドの上で縮こまる。

「……全ては赤木博士の責任よ。貴方に非は無いもの」

「だけど」

「……それに、とても可愛らしかったわ」

「っっ~~」

 ストレートに感想を言われたシイは、恥ずかしさのあまり布団を頭から被って小さく丸まってしまった。

 

 

 どうにか落ち着いたシイは、レイが持ってきてくれた制服に着替えると、ネルフ本部へ向かう。話を聞く限りでは、多方面に迷惑をかけてしまったようなので、その謝罪をしなければと考えたからだ。

 まず二人がやってきたのは司令室だった。

「失礼します。お父さん居ますか?」

「……失礼します」

「むっ、シイか。身体はもう良いのか?」

 シイとレイの姿を認めると、ゲンドウは仕事の手を止めて声を掛ける。そんな父親の姿に、相当心配をかけてしまったのだろうとシイは申し訳無く思う。

「うん。もう大丈夫だよ」

「そうか……ならば良い」

「その、あの、心配かけてごめんなしゃい」

「「!!??」」

 頭を下げながら謝るシイだったが、ゲンドウとレイは目を見開いて固まる。

「し、シイ。まだ完全に戻っていないのか?」

「え? どうして?」

「……今、ごめんなしゃいって」

「あっ、うぅぅ」

 幼い身体で数日過ごした為か、自分ではちゃんと言ったつもりなのだが、子供言葉になっていたらしい。指摘されたシイは、恥ずかしさに顔を真っ赤にして俯いてしまう。

「ま、まあ気にする事もあるまい。いや、寧ろ良い。そうだな、レイ?」

「……はい。何も問題ありません」

「え?」

「ごほん、何でも無い。とにかくお前が無事元に戻ったのなら、全てはそれで良い」

 強引に話をまとめてしまったゲンドウに、シイは不思議そうな視線を向ける。妙な空気を察したレイは、司令室からの退室を選択した。

「……シイさん、司令は仕事があるみたいよ」

「あ、そうだよね。ごめんねお父さん。邪魔をしちゃって」

「問題無い」

 気を遣う娘にゲンドウは心配無用と頷く。

「……では司令、失礼します」

「ああ」

 レイに促されてシイは司令室のドアへと向かい、ふと足を止めてゲンドウへ向き直る。

「……その、お父さん」

「何だ?」

「えっと、遅くなっちゃったけど……お帰りなさい」

 ニコッと笑うシイに、ゲンドウは胸を射貫かれたような衝撃を受けたが、強靱な精神力でそれを押さえ込む。

「あ、ああ……ただいま」

「えへへ。じゃあ、またね」

 司令室を退室するシイを見送るゲンドウはニヤけた顔で惚けて、暫く仕事が手につかなかった。

 

 

 続いて二人が向かったのは発令所だった。

「こんにちは」

「「し、シイちゃん!?」」

 シイの姿を見たオペレーター達は、何故か怯えたような表情を浮かべる。シイはその反応と、何故か彼らの身体のあちこちに包帯や絆創膏が貼られているのをみて、眉をひそめた。

「あの、ひょっとして私……皆さんに凄い迷惑をかけちゃったんじゃ……」

「いやいや、違うよ。直接的には関係無いって。なあ?」

「そ、そうさ」

「ええ。気にしちゃ駄目よ、シイちゃん」

 引きつった笑みを浮かべるオペレーター三人組だが、それがシイの心を不安で覆う。記憶に無いが、自分が彼らの怪我に何らかの関係があるのは間違い無い様だ。

 申し訳なさそうにシイが俯くと、発令所に丁度やってきた時田が声を掛ける。

「おや、シイさんとレイさんではありませんか」

「時田さん? って、どうしたんですか、その怪我?」

 振り返ったシイは、右足にギプスをはめて松葉杖をついている時田を見て、目を見開いた。顔の半分は包帯で覆われており、素人目にも重傷だと分かる。

「ははは。な~に、少しばかり頑張りすぎましてね」

「……それ、私のせいですよね」

「ん? はて、何か勘違いされてるようですが、貴方は関係ありませんよ」

 ひょこひょこと歩きながら、時田はシイに笑いかけた。

「これは先日行われた、対人戦闘訓練の時にした怪我です。そちらの皆さんも同じですよ」

「訓練ですか?」

「ええ。そうですよね、皆さん?」

 時田の呼びかけに青葉達もコクコクと首を縦に振る。流石に怪我の理由を馬鹿正直に話すのは、色々な意味で不味いと判断した結果、時田の作り話に乗ることにした。

 シイの裸を見ようとしてユイのボコされたなんて、本人の前で言える筈が無いのだから。

「そうだったんですか……凄い訓練だったんですね」

「それはもう。まさに生きるか死ぬかの戦いでしたよ。ははは……」

「本当にお疲れ様です」

 ペコリとねぎらうように頭を下げるシイ。そんな彼女の姿にスタッフ達は、傷だらけの身体が少しだけ癒やされるのを感じた。

 

「……シイさん、そろそろ」

「うん、そうだね。あ、皆さん、お母さんが何処に居るか知りませんか?」

「「……シラナイヨ」」

 身体を硬直させて片言で答える四人に、シイは不思議そうに首を傾げたが、レイに腕を引っ張られて発令所から連れ出されていった。

 見送った時田達は、一斉に大きな息を吐く。

「ふぅ、どうやら誤魔化せた様ですね」

「シイちゃんには責任無いっすから。ナイスでしたよ時田博士」

「それにしても、私達より怪我が大分酷いですね」

「はっはっは。な~に、こっそりカメラを回そうとしていたのがばれましてね」

「貴方は勇者っす」

 ぼろぼろの時田だが、彼ら三人にはそれが名誉の負傷に見えた。

 

 

 シイとレイが本部の廊下を歩いていると、休憩スペースでコーヒーを飲んでいるミサトと加持を見つけた。

「あ、ミサトさん。加持さん。こんにちは」

「……こんにちは」

 声を賭けられたミサトと加持は、元に戻ったシイに安堵しつつ挨拶を返す。

「よう、二人とも」

「あら~シイちゃんにレイ。今日も本部の散歩?」

「今日も?」

 不思議そうに問い返すシイに、ミサトはあの期間の記憶が無いことを察した。

「あ~ごめん。シイちゃんがちっちゃくなってた時、今みたいに二人でここを散歩してたから」

「まるで親子みたいだったぞ」

「うぅぅ、ごめんねレイさん。迷惑かけちゃって」

「……別に構わないわ……私も楽しかったから」

 レイの最後の言葉はシイには届かなかったが、ミサトと加持は聞き取れたらしい。二人はレイに大人の微笑みを向け、それにレイは照れたようにぷいっと顔を背けた。

 

 少しの間二人の身体をジッと見ていたシイは、目立った所に傷が無い事にホッと胸をなで下ろした。

「良かった。ミサトさんと加持さんは、訓練で怪我をしなかったんですね」

「へっ? 訓練?」

「青葉さんも日向さんも、マヤさんも時田さんも、昨日の訓練で酷い怪我をしてたので」

「ん、そいつは……ああ、なるほど」

 加持はレイから察しろと言う強い視線を受け、話の流れを理解した。大方、頭の回る時田あたりがシイに気を遣わせないよう、怪我の理由を訓練と捏造したのだろうと。

「まあ俺も葛城も、それなりに荒事には慣れてるって事さ」

「二人とも凄いんですね」

「はは、ありがとう。ま、一番凄かったのはユイさんだけどな」

「あ、そうだ。お母さんが何処に居るか知りませんか?」

 思い出した様にシイは二人に尋ねる。

「あら、何か用でもあるの?」

「まだお母さんに、お帰りなさいって言って無いから……」

「なるほどな。それは大事な用事だ」

 照れた様に頬を染めるシイに、加持は茶化すこと無く大人の対応をした。

「えっと~、確かさっき会った時に病院へ行くって」

「ああ、言ってたな」

「……加持監査官が言うなら間違い無いわ」

 暗に自分が頼りにされていないと聞かされ、ミサトはムッとしたようにレイへ詰め寄る。

「ちょっとレイ。それ、どう言う意味かしら?」

「……言葉通りの意味です」

「もう、駄目だよレイさん。ミサトさんはお酒を飲んでなければ、キチンとしてるんだから」

「言われてるぞ、葛城?」

「ぐぅ~」

 言葉が出ないと、ミサトは頬を膨らませて抗議の意を示す。そんなミサトの姿が年上とは思えない程可愛らしく、シイは思わず笑みを零してしまう。

「ま、ユイさんが病院に行ったのは確かだ。恐らく特別病室に居るだろう」

「……入れ違いになったようね」

「病院って、お母さん怪我をしたのかな? それとも病気……」

「あ~違う違う。お見舞いに行ってるのよ」

 心配そうなシイに、ミサトが手を振ってその予想を否定する。あんな芸当が出来るユイが、病気や怪我なんてあり得ないと内心苦笑していたが。

「折角だ。二人も行ってみると良いだろう」

「そうね。アスカも貴方達なら文句を言わないだろうし」

「アスカが入院してるんですか!?」

「え゛。あ~違うのよ」

 泣きそうなシイに見つめられ、ミサトは自分の言葉が足りなかった事を自覚した。レイの責めるような冷たい視線が、容赦なく心に突き刺さる。

「心配いらない。アスカは健康体そのものさ。彼女も見舞いに行ってるだけだよ」

「アスカもお見舞いに……誰が入院してるんですか?」

「惣流・キョウコ・ツェッペリン博士。アスカの母親よ」

 ミサトの答えにシイの頭の中はこんがらがった。

「え? キョウコさん? あれ、でもドイツに居るんじゃ? うぅぅ」

「そっか。シイちゃんって、サルベージの事とか何にも聞かされて無かったのね」

 ポンと手を叩いてミサトは納得顔に変わる。ゲンドウ達の出張理由を聞かされておらず、サルベージの光景も覚えていないのなら、混乱するのも当然だろう。

 

「っと、葛城。そろそろ時間がやばいぞ」

「そうね。シイちゃんごめん。詳しい話はレイから聞いて」

 ミサトは申し訳なさそうに両手を合わせると、加持と並んで急ぎ足で二人の元から去って行った。

「レイさんは、全部知ってるの?」

「……ええ。病院に行きましょ。歩きながら説明するわ」

「うん、お願い。何だか頭がこんがらがって……」

「……まず、司令とユイさんは――」

 シイはレイから今に至る事情を聞きながら、ネルフ中央病院へと再び戻るのだった。 

 




ダブル復活を果たした二人。まずはシイから目覚めました。
四日間とは言え記憶が抜けている彼女は、まさにプチ浦島状態だと思います。

次はキョウコの番ですね。原作では全くと言って良いほど出番が無かった彼女ですが、あのマンガを読んで大ファンになってしまいました。
この小説でのキョウコは、そのイメージで執筆しています。

後日談もある程度進んでいるのに、まだシイは中学二年生のまま。大学卒業まで、後最低八年……。このまま行くと本編を超えそうな量なので、テンポアップを目指します。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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