何処かで見たことのある展開ですが、きっと気のせいでしょう。うん。
~悪夢再び~
初号機からサルベージされたシイは、直ぐさまネルフ中央病院にて精密検査を行った。全身くまなく行われた検査は数日間に及び、ようやく退院が決まった今日、シイはリツコが運転する車で葛城家へと向かっている。
因みに何故かマヤも助手席に同乗しているのだが。
「すいません。お二人の手を煩わせてしまって」
「良いのよシイさん。今回の件は私にも責任があるのだし」
「それに葛城三佐から頼まれてるの。シイちゃんはまだ調子が万全じゃ無いから、家まで送って欲しいって」
頭を下げるシイにリツコとマヤは嬉しそうに答える。
(ありがとう母さん)
(MAGI様々ですね)
視線で会話を交わす二人。実はシイを家まで送りたいと希望するスタッフは多く、立候補者が乱立して収集が着かない事態になりかけてしまったのだ。
結局MAGIがランダムで選ぶ事で落ち着いたのだが、リツコとマヤが選ばれた事実が全てを語っていた。
るんるん気分の二人とシイを乗せた車は、第三新東京市をゆっくりと走って行った。
「そう言えばシイさん。左腕が動くようになったんですって?」
「あ、はい。まだ前みたいには行きませんけど」
リツコの問いかけにシイは左腕を動かしてみせる。と言っても僅かに前後に動かせる程度の可動範囲で、手を握る事も出来ないが、それでも感覚すら無かった前とは比べるまでも無かった。
「良かったね、シイちゃん」
「ありがとうございます。先生にはリハビリすれば、ちゃんと動くようになると言って貰えました」
「一度肉体を失った事で、脳のご誤認識がリセットされたのね。不謹慎だけど怪我の功名と言えるわ」
「本当に良かったです。後は早く動かせるようにならないと……」
焦るように左腕をさするシイにリツコ達は首を傾げる。早く治したのは分かるが、シイの様子は何処か焦っている様にも見えたからだ。
エヴァの操縦はイメージが重要なので、左腕の細かな動きは必要ない筈だが。
「何かやりたいことがあるのかしら?」
「はい。一日でも早く治して、家事をやらないと」
「……え?」
「家事って、あの炊事洗濯の家事?」
「そうですけども」
戸惑うように尋ねる二人に、シイも戸惑いながら答える。どうもお互いの認識に大きなズレがあるようだ。
「シイさんはミサトとアスカと暮らしてるでしょ? ある程度は二人に任せれば良いんじゃ無い?」
「ですよね」
「その……二人に任せると……何もしないよりも酷いと言いますか」
言いにくそうにシイは小さく呟く。何も知らない二人はシイの言葉の意味が分からないと、頭にはてなマークを浮かべる。
「見てもらった方が早いですね。もしお時間があれば、お二人ともお家に来ませんか?」
「い、良いの!?」
「シイちゃんの家に……しかも誘われて!?」
思い切り動揺したリツコは、あわや事故と言うほど車を蛇行させてしまう。シイとのドライブを楽しもうと、ゆっくり運転だったことが幸いし惨事はどうにか免れた。
「はい。今の私でもお茶くらいは入れられますから。……私の想像を超えてなければですが」
「シイさんのお茶……ふ、ふふふ。今日は良い日だわ」
「先輩。私幸せです」
リツコとマヤはシイとのティータイムを想像して思い切り頬を緩める。これから自分達が向かうのが、シイが長く不在だったミサトの家。その意味を完璧に忘れ去っていたが故に。
「な、何……これ?」
葛城家の玄関を開けた瞬間、リツコとマヤは直立の姿勢で固まった。二人を出迎えたのは、足の踏み場も無いどころか、床を見ることすら叶わない混沌とした葛城家だった。
「ミサト……噂には聞いていたけど、ここまでとは」
「うっ、先輩、私もう耐えられません」
嘔吐を堪えるようにマヤは口に手を当てて顔を背ける。潔癖症に近い綺麗好きの彼女にとって、この惨状は見るに堪えないのだろう。
「シイさん、貴方が言っていたのは、こういうことだったのね」
「そうですけど、良かったです。私の予想よりも大分綺麗ですから」
「「え゛!?」」
平然と答えるシイにリツコとマヤは驚き目を大きく見開く。この状況の何処をどう見たら、そんな言葉が出てくるのだろうか。
「前にも一度、十日ほど入院していた事がありまして。その時とあまり変わってませんから」
「……前もあったの、これが?」
「あ、でもあの時はアスカがまだ居なかったので、それを考えれば凄い綺麗だと思います」
恐ろしい程前向きな思考で微笑むシイを、マヤは思い切り抱きしめた。
「シイちゃん。ここに居たら駄目よ。今からでも遅くないから、私と一緒に暮らしましょ」
「え? え?」
「ここは人の住む場所じゃ無いわ。だから、ね」
困惑するシイに提案するマヤは本気そのもの。あの時はミサトにしぶしぶ同居を譲ったと言うのに、こんな環境でシイが暮らしていると知った今、もう我慢の限界を超えてしまった。
「その……お気持ちは嬉しいんですけど」
「駄目よマヤ。シイさんは私と暮らすんだから」
「え?」
便乗してきたリツコの言葉に、シイは思わず間の抜けた声を出してしまう。
「いくら先輩でも、こればっかりは譲れません」
「空腹の狼に子羊が食べられるのを、黙って見過ごせないわ」
リツコとマヤの視線がぶつかり合い激しい火花を散らす。仲良しだと思っていた二人の豹変に、シイはただおろおろするしか出来なかった。
結局保護と言う名の引き抜きは、この惨状をどうにかしてから話し合う事になった。何せこのゴミ山だ。中に入ることすら出来ないのでは、文字通り話にならないのだから。
「とはいえ、どうしたものかしら」
「あの、私が片付けますから。多分半日もあれば、人が住める状態に戻せると思うので」
右手を胸の前で握りしめるシイだったが、それが強がりであるのは誰の目にも明らかだろう。何せ彼女の左腕はまだリハビリが必要な状態で、今はほとんど役に立たないのだから。
「駄目よシイちゃん。貴方はまだ左手がちゃんと動かないのに」
「そうね。退院したばかりの貴方に、無理をさせる訳にはいかないわ」
リツコとマヤはシイの肩をがっちりとホールドして動きを封じ込める。
「で、でも、このままじゃ」
「私達が掃除しても良いけど、流石に二人じゃ手間取りそうね」
「……私は遠慮したいんですけど」
「二人じゃ、厳しそうね」
「……はい」
リツコの言葉に絶望的な表情で頷くマヤの姿に、シイは厳しい上下関係の一端を垣間見た。
「これだけの大掃除……もっと人手が集める必要があるわ」
「援軍ですね」
二人で困難なら三人四人と、もっと大勢でやればいい。リツコの案にマヤは即座に賛同する。
「ええ。確か青葉君と日向君が徹夜明けで仮眠していると思うから、たたき起こすわ」
「あの……リツコさん?」
リツコの物騒な物言いに、シイは顔を引きつらせながら声を掛けるが効果は無い。
「時田博士と加持監査官も同様かと。こちらも無理矢理招集します」
「マヤさん?」
師の影響なのか、過激な発言を行うマヤにもシイは声を掛けるのだが、彼女の耳には届いていない。
「この際副司令も呼んで、ちゃちゃっと片付けちゃいましょう」
「立ってるものは親でも使え、ですね」
「お二人とも。流石にそこまでして貰うのは……」
「やるわよ、マヤ」
「はい、先輩」
シイの制止など全く効果は無く、リツコとマヤは携帯電話で本部へ連絡を取り始める。葛城家の大掃除。それはネルフを巻き込む大騒動となってしまった。
※
その夜、リツコはゲンドウに司令室へ呼び出されていた。
「それで?」
「はい。数時間に及ぶ大掃除の結果、葛城三佐の家は生活出来るレベルまで改善されました」
大人が複数人参加して数時間掛けて掃除を行い、それでもミサトの家を生活出来るレベルにしか戻せなかった。当初の現場がどれだけの惨状だったのかは、聞かずとも分かる。
「……彼女は何と?」
「『ちょっちお掃除さぼっちった、てへ』と。副司令が即座に減給とビール禁止の処分を下しました」
「問題あるまい」
重々しく頷くゲンドウにリツコもまた同意する。掃除に参加した男衆は軒並み全滅。特に冬月は高齢の為か腰痛を悪化させ、今も病院で治療を続けていた。
「それで司令。やはりシイさんをミサトの元においておくのは危険かと」
「構わん。放っておけ」
「ですが」
「……少なくとも、他の者に預けるよりは安心だろうからな」
ジロリと視線を向けられリツコは思わず目を逸らす。そもそもシイがミサトと同居する事になったのは、狼達の魔の手から彼女を守る為。今もこうして手ぐすね引いている狼が居る以上、その判断は正しかったのだろう。
「それに、シイも楽しんでいるようだしな」
「え? 今何か仰いましたか?」
「……何でも無い。報告ご苦労だった、下がりたまえ」
「はい……失礼いたします」
少し不満げな表情を見せたが、リツコは素直に従い司令室を後にした。
(家族……か。シイ、もう少しだ。もう少しで私達は、ユイに会える)
一人きりの司令室でゲンドウは、静かに思いを馳せるのだった。
ミサトとアスカ、どう考えても家事が出来そうなコンビでは無く、やはり以前の悪夢が再び起こってしまいました。
ミサトの給料は多分、最初の半分くらいになっているのかと。最終的に全額カットになりそうで、冷や冷やしています。
原作では次の話で、あの人が退場してしまいます。さてこの小説ではどうでしょうか。
小話ですので、本編も本日中に投稿致します。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。