無数の砲弾が撃ち込まれる中、ソレは悠然と低空飛行を続けていた。
白黒で配色された風船の様なずんぐりとした胴体。申し訳程度に生えている短い足。折り畳まれた板の様な両腕。そして胴体の胸には仮面の様な物があり、その下に赤く輝く球体が埋まっている。
異形のそれは絶え間なく直撃する砲弾砲撃を物ともせずに、ゆっくりと進行して行った。
「総員第一種戦闘配置。対空迎撃用意」
「民間人の避難を急がせろ」
「第三新東京市は戦闘態勢へ移行します」
「国連軍の包囲、突破されました」
警報が鳴り響く発令所は、突然の使徒襲来に慌ただしく対応に追われている。警戒中の国連軍と戦自によって、使徒の出現と接近は大分前に確認されていた。
だが報告を入れる前に使徒の攻撃を受けて壊滅した為、ネルフの対応が遅れてしまったのだ。
「こりゃまた、随分と重そうな使徒が来たもんだわ」
「動きは鈍いみたいだけど、その分頑丈そうね」
ずんぐりした体躯の使徒を見てミサトとリツコはそれぞれ感想を述べる。
「使徒の現在地は?」
「目標は駒ヶ岳防衛ラインに到達。迎撃開始します」
青葉の報告通り山岳地に備え付けられた無数の砲台が、使徒に向けて一斉に火を噴く。雨霰と降り注ぐ攻撃を受けても、使徒は全く意に介さない。
反撃をしない使徒だったが、不意に胴体にある仮面の目が光る。その瞬間、使徒と離れた位置で迎撃をしていた砲台群が巨大な閃光に飲み込まれ、山と共に姿を消した。
山ごとえぐり取られた防衛ラインの上を悠然と進む使徒の姿に、発令所の面々は思わず息をのむ。
「こ、駒ヶ岳防衛ライン、壊滅しました……」
「なんつー破壊力なの」
「あれを受けたらエヴァのATフィールドでも耐えられるか……」
リツコの呟きにミサトの顔が曇る。レイとアスカは万全の状態だがトウジはこれが初陣となる。実戦経験が無いトウジは、作戦の不安要素となっていた。
「エヴァ各機、起動完了。発進スタンバイ出来てます」
「どうするのミサト?」
「全機発進。第三新東京市にて対空迎撃戦を展開」
「了解」
ミサトの指示でエヴァ三機は地上へと射出されていった。
※
『三人とも、使徒は現在こちらに向かって侵攻中よ』
「珍しくまともな使徒ね」
マイクロサイズ、影、菌糸、と変わり種が続いていた事もあり、真正面から戦える使徒は実に久しぶりだった。アスカの軽口はもっともだとミサトは苦笑するが、直ぐさま表情を引き締める。
『まともかどうかはまだ決められないわ。データの通り尋常じゃない攻撃力だもの』
「防衛ラインを一撃で、か。こりゃ歯ごたえがありそうだわ」
「……作戦は?」
『使用できるありったけの火器を、貴方達の元に届けてるわ。使徒が射程距離に入ったら、ATフィールドを中和しつつ三機の一斉射撃で仕留めて』
ミサトとの通信の間にも、アスカ達の周りには無数の重火器が輸送されて来ていた。
「力押しも良いけど折角コアが見えてるんだし、近接戦闘の方が良いんじゃない?」
『展開次第ではそれもありよ。けど使徒が高度を下げない限り、近接戦闘は無理だわ』
「そりゃそうだけどさ、どーも射撃って効果が無い気がするのよね」
アスカは少し不満げに呟きながらも、ロケットランチャーを弐号機の両手で掴む。零号機もそれにならいパレットライフルを装備する。
着々と迎撃戦の準備が進む中、トウジが乗る参号機だけは全く動こうとはしなかった。
『?? 鈴原君?』
「ちょっと、何ボサッとしてんのよ」
「……緊張してるの?」
「…………」
異変を察知して呼びかけるミサト達の声に、しかしトウジは無反応。モニター越しのトウジはまるで感情を失った人形の様に無表情で、明らかに様子がおかしかった
「ちょ、ちょっと……マジで大丈夫なの?」
「……体調が悪いなら下がって」
心配そうに声を掛けるアスカとレイだったが、それでもトウジは無反応だった。
※
「どーも様子が変ね。リツコ、何か心当たりある?」
「…………あっ!?」
暫し考え込んでいたリツコだったが、やがて何かを思い出したようにポンと手を叩いた。やっぱり心当たりがあったのかと、ミサトは頭痛を堪えるように頭に手をやりながら尋ねる。
「ま、またあんたは……今度は何を忘れてたの」
「ちょっとね。鈴原君、発言を許可するわ。それと以後はミサトの指揮下に入りなさい」
『了解です姐さん』
リツコの声を聞いたトウジは、まるでカチッとスイッチが入ったかのように凛々しく返事をすると、大型ガトリング砲を参号機に構えさせる。
その突然の変貌にミサト達は絶句してリツコに視線を向けた。
「あんた……鈴原君に何をしたのよ」
「ほ、ほら、あれよ。彼、訓練中に直ぐ『もう限界ですわ』とか『この鬼、悪魔~』とか泣き言を言うから……ちょっと暗示を掛けて、指示無く無駄口を聞かないようにちょっと、ね」
「「最低だ……」」
非難の視線が一斉にリツコに集まる。
「他には? あんたの事だからきっと何かやったでしょ」
「大した事はしてないのよ? ただちょっと訓練中に勝手な行動をしたから、私の指示無く動かないように暗示を……」
「あんたって人は……」
「で、でも、その結果、鈴原君は立派なパイロットになったのよ。戦闘技術に限って言えば、たった数日でアスカに匹敵するレベルまで到達したわ」
「もっと大切なものがあるでしょぉぉ!!」
ミサトの突っ込みにスタッフ一同が、冬月や何故かゲンドウまでもが頷いて見せた。
「はぁ、はぁ、とにかく、この戦いが終わったらちゃんと暗示を解きなさいよ」
「……え?」
「解きなさいよ」
「も、勿論よ」
ただならぬ迫力のミサトにリツコは冷や汗を掻きながら頷く。言わなければ恐らくこのままだったろうと悟り、ミサトは大きくため息をついた。
「……あ、すいません。目標は後30秒でエヴァの射程距離に入ります」
「あ~も~。三人とも攻撃準備よ」
ペースが乱されっぱなしのミサトは、頭をかき乱しながらアスカ達に指示を出した。
※
「あの呆け博士、余計な事してくれちゃって」
「……後で碇さんに怒って貰いましょう」
『レイのアイディア採用』
『ちょ、ちょっと待って……』
『来るわよ。照準合わせて』
必死に言い訳をしようとするリツコを下がらせ、ミサトは声を張り上げる。重火器を握るエヴァの手にも自然と力がこもっていく。
「訓練の成果を見せて貰うわよ」
「任しとき。そうや、使徒は一体だけや。百体抜きに比べりゃどうって事ないわ」
「……来る」
山の陰から現れた使徒が三人の視界に入る。その瞬間、第三新東京市の防衛システムと三機のエヴァが放つ銃弾砲弾が、空を明るく染め上げて使徒に降り注いだ。
※
病室に居たシイは非常事態宣言の発令を聞き、使徒の襲来を察した。外部との接触を断たれている病室には、スピーカーからの一方的な放送以外に、情報を得る術は無い。
どんな使徒が何処から接近していて、迎撃するエヴァはどの様な状況なのかを、シイは全く知らなかった。
「アスカ、綾波さん、鈴原君……」
胸の前で右拳を握り、使徒と戦っているであろう三人を思う。それと同時に何も出来ずに、ここに居るだけの自分に強い苛立ちを感じていた。
「私は……役立たずだ」
病室の窓からジオフロントを見つめ、シイは唇を噛みしめていた。
※
ATフィールドを中和されて数え切れない攻撃を受ける。それでも使徒は全く動じる事無く、ゆっくりと第三新東京市へ進行を続けていた。
「このぉぉぉぉ!! ホントにフィールド中和出来てるんでしょうね?」
「……恐らく、身体が異常に硬いのね」
「これじゃ埒が明かへん。何とかせぇへんと」
攻撃を続ける三人の顔に焦りの色が浮かぶ。それは発令所のミサト達も同様で、モニターに映る無傷の使徒に僅かな絶望感を抱きつつあった。
「ぼちぼち手持ちの武器も無くなってきたし、ここは仕掛けるしか無いわね」
「そやな。惣流、お前行けるか?」
トウジの確認にアスカは自信満々の面持ちで頷く。
「はん、当然でしょ。あたしが接近するから、しっかり援護しなさい」
「しくじるなや」
「……了解」
アスカは兵装ビルからソニックグレイブを取り出すと、低空飛行をしている使徒に向かって駆け出す。それをトウジとレイは射撃で援護する。
(ビルを足場にして飛び上がれば……行ける!)
使徒は依然空中に存在しているが、ビルを踏み台にジャンプすれば届くとアスカは瞬時に計算する。ケーブルをパージし身軽になった弐号機は、使徒を目指して加速していった。
この時彼女は失念していた。いや、この場にいた誰もがそうだ。現在分かっているこの使徒の特徴は強固な防御力ともう一つ。絶大な攻撃力だと言う事を。
「っっ!?」
使徒の仮面の目に光が宿った瞬間、アスカは背筋に感じた悪寒を信じて、咄嗟に弐号機を思い切り横っ飛びさせる。それとほぼ同時に巨大な光の柱が、弐号機の周辺に立ち上った。
新劇場版でも大暴れしたゼルエル登場です。この使徒はまともにやって、勝てるイメージが出来ない数少ない強敵かなと思います。
今回が初陣のトウジですが、操縦技術とシンクロ率共にレイと同等位をイメージしてます。パイロットとしては、アスカ>レイ・トウジ>シイの順でしょうか。
遂に100話の大台に突入です。ただ私の小説は1話1話が他の作者様と比べて短いので、文章量としてはまだまだですね。
ボクサーの3タイム1アウトのように、3000文字位で1話を纏める癖が付いてしまっていて、なかなか抜けそうにありません。
ゼルエル戦は山場ですので、本日中に決着まで投稿致します。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。