俺がポケモンマスター   作:てんぞー

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フエン病院

「左目失明―――」

 

 ボードを片手に、亜人種のタブンネがカルテを確認する。

 

「左腕複雑骨折、右腕の骨に罅が複数、左足は重度の火傷、全体的に筋肉が断裂を起こしている上に皮膚がところどころ剥がれています―――良く生きていますね」

 

「これが貧弱一般人と勝ち取った王者の違いだよ」

 

「いや、ナニ食ってんだよあんた。今すぐステーキ食うのやめろ。胃が弱ってんだよテメェェェ―――!!」

 

 フエンタウン―――病院、両足を伸ばし、両手をギプスに包まれ、その状態では体が完全に動かない。だからその代わりに一口サイズまで切られたステーキを、黒尾が口まで運んで食べさせてくれていた。体に血が足りていなかった。圧倒的に血液が足りていなかった。何せ、戦闘が終わって冷静になれば血だるまになっていたのだ。それもそうだ、人間という存在がポケモン、それも伝説規模の一撃を喰らえば当然死ぬ。ある程度防御して軽減したとはいえ、それでもヒットはヒットだ、そりゃあ死にかけるし体もぼろぼろになる。改めてポケモンという生き物は凄いと思える。

 

 それはそれとして肉が美味い。

 

「だから冷静に肉を食うんじゃねぇ、普通の人間なら失神してる所だぞてめぇですよぉ……!」

 

「凄い、ここまでブチギレてるタブンネ初めて見た」

 

「タブンネェェェェェェェ!!」

 

「くっそ煩い。肉うまうま」

 

 タブンネに帰れ、と視線を送るがどうにも消えそうになかった。溜息を吐きながら病室内へと視線を向ければ、そこには黒尾以外にも数人の姿が見える。部屋の端、椅子に座ってリンゴの皮を剥いているのがダイゴで、サインペンでギプスに悪戯をしているのがヒガナ、添い寝をしているのがツクヨミで、ナチュラルはここにはいない。だがタブンネを含め、この部屋の住人密度は割と高い状況だった。

 

「食うなつってもなぁー。血が足りないしなぁ、血が。やっぱ肉だよ、肉、こういう時は。吐くまで肉を食って血を一気に作るんだよ」

 

「バランス良く野菜も食えよー。肉だけを食ってると健康に悪いからな」

 

「止めろよチャンピオン……!」

 

 ですます口調を投げ捨ててタブンネが大荒れしてた。そこまでの事か、と思いつつ伝説と一戦繰り広げてきたのだから、そりゃあそうもなるか、と軽く納得する。しかし大丈夫だ、と右手を持ち上げる。

 

「ジョウトに電話を入れて回復力ちょいブーストして、って頼んできたし数日中には回復してるだろ」

 

「カグツチによる72時間耐久回復デスレースの開幕ですわね……」

 

 窓の外へと視線を向ければカグツチがサムズアップを向けている姿を幻視する。なぜだろう、そのすぐ横で倒れている唯一神の姿を思い浮かべるのは。やはりこれはホームシックなのだろうか、それともただ単純にあの二人を虐めたいだけなのだろうか。ともあれ、死んでいなければ安い―――失明の方はどうなるか解らないが、けがの方は完全に回復できると経験上良く理解している。だから問題はこれでないはずだ。

 

 ぱくり、とステーキを食べ終えると、黒尾が空になった皿を運んで去って行く。結局最後まで食べ終わってしまった事にタブンネが諦めの表情を浮かべ、その場で体育座りを始めてしまう。哀れな奴め、と軽く見下しながら、今度はダイゴが剥き終って切り並べたリンゴを運んできて、つまようじをさして目の前に置いた。

 

「―――どうだ、両手ギプスだと食えないだろ? ……悔しいだろうなぁ……」

 

「今ほどお前を殺したいと思った事はないぜマイフレンド……」

 

「儚い友情だったねー……まぁ、それはそれとして、オニニキ大丈夫なの? 色々と」

 

 ヒガナの言葉に大丈夫だ、と答える。根拠は先ほどの通りなのだが―――この程度でまいっちゃうほどヤワな男ではないのだ。だが正直、今回の件に関しては自分以上に重傷な存在がいる。口に出さなくても解るだろうが―――スティングの事だ。

 

「まぁ、俺はいいとしてスティングがな。()()()()()()()()()()()()()()()()()し、というかあの時は当然の判断だから後悔とかは一切ない! ……と言ってしまえばそうなんだけどな、犠牲なしで切り抜けられる場面でもなかったわぁ、でちょいとそっちがキツイな」

 

「僕のメタグロスに対して有効打を叩き込める超高火力アタッカーが一人消えてくれてありがたい、と素直に思える畜生だったら僕ももうちょい楽だったんだけどなぁ……それで、選手としては復帰、どんな感じだい?」

 

「無理。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わ」

 

 ふぅ、と軽く息を吐いて、肺の中の空気を追い出して、頭を落ち着かせる。スティング―――自分の手持ち、或いは天賦さえも屠ってくれるようになるのではないか、と期待していた手持ちのポケモンだ。契約選手ではなく自分の極個人的な手持ちのポケモンである存在だ。このイベルタル戦のみならず、相性の良さから様々な所で活躍してもらっていたエース候補だった。だが今回の怪我が酷すぎる。

 

 まず背中の羽が二枚ちぎれている為、飛行能力が大きく低下し、速度と高度を確保することが出来なくなってしまった。左の針は完全に砕け散り、再生が不可能な領域まで()()されてしまい、左目も傷を受けて失ってしまった。その上でスピアーという種が戦う為に必要な最大の武器、メガストーン。それがトキワの奥義を放つ代償として完全に砕け散り、ロストされてしまった。数百……数千万出せばおそらくはスピアーナイトを見つける事も可能かもしれないが、それにどれだけの時間がかかるかはわからない。

 

 だがそれとは別に、スティングの傷は破壊だ―――イベルタルの概念的な攻撃効果が乗っている。それはつまり死んでいるのと同義の状態だ。自分はまだいい、シンクロ越しのダメージだし、ホウオウという伝説のポケモンが保有する死と生の転生の概念で傷を再生治療できるからだ。だがスティングにそんな事は出来ない、ただのポケモンだ。傷は癒えるだろう、だが破壊された部分はどうにもならない。それは永遠に失われたものなのだ。

 

 何とか出来ないか、ナチュラルに頭を下げて見て貰っているが、結果がどういう物かは大体解っている。スティングのトレーナーなのだから、なんとなくだが察してしまっている。何よりあの白くなってしまった体、アレは完全に体内の力を、生命力を使い振り絞った反動で陥った抜け殻の様なものだ。

 

 選手としての復帰はもはや不可能だろうと思っている。

 

「或いはゼルネアスなら何とかなるかもしれないけど―――探している暇も時間もねぇわな。アオギリを捕まえたのはいいけど、一番ヤクいのが残っちまった。グラードン側からアプローチをかけてマツブサを動かしている様に見えたし―――出来たら今すぐ追いかけたいところだが」

 

「ま、そこは僕に任せておきなよ―――イベルタルの対処を任せてしまったしね。数日、ここで休んでからまた行動を開始すればいいよ。なんだかんだでアクア団の解体とか尋問とかやらなきゃいけない事は多いしね」

 

 それじゃ、とダイゴは告げると窓の外から飛び出し―――クリスタルのエアームドをボールの中から繰り出し、その背に乗って一気に飛び去った。相も変わらず忙しい奴だが―――その忙しい中、時間を此方へと割いているのだから忙しいだけではなくマメな奴でもある。良い友人……ジョウトのマツバやカントーのグリーンに会いたくなってくる。どうしてだろうか、弱っているとちょっと昔が懐かしくなってくる。

 

 忘れろ、と口に出す事無く呟いて、顔を持ち上げる。そういう弱気は全部終わった後で考えるべきなのだから。それにまだまだ問題は残っている―――ともあれ、ダイゴは先に帰ってしまったが、

 

「ここいらでちょっと情報の整理を行おうか。昨日、ちょっと状況が動きすぎた」

 

「ヘイ! 書くのは任せなよ―――ギプスにやるけどな!!」

 

 一瞬、本気で泣かしてやろうかどうか迷ったが、溜息を吐いてそれを諦め、情報の整理を始める事にする。余り難しい話ではない筈だ。とりあえず現状、自分たちに関してはまずスティングが戦線復帰不可能判定、そして俺も数日は確実に動けなくなってしまった。それに対して成果はアクア団首領と幹部、マグマ団幹部の確保―――つまりはマグマ団とアクア団をほぼ壊滅状況へと追い込めたことだ。

 

 ただ問題はマツブサがグラードンらしき存在による後押しを受けている事だった。場合によっては潜水艦なしでグラードンを目覚めさせかねないというのが自分の考えだ。そしてそれと同時に、謎のフーパ使いはあのトウカの森のダークウインディも使役しており、少なくともダークポケモンを従えさせられるだけの高い統率能力、そしてイベルタルを捕獲せずに育成するだけのデタラメな育成力を保有しているのが解った。

 

 そして最後、えんとつやまとデコボコ山道が完全崩壊して地形が大幅に変化してしまったため、ロープウェイは閉鎖し、しばらくの間はデコボコ山道でさえ立ち入り禁止となってしまった。フエン温泉などに対する変化は何も見えない様なのが唯一の救いだったともいえる。ついでに言えば、

 

 イベルタルはマスターボールによる捕獲に成功した―――所有しているマスターボールはそのありえないコストが原因で二個しか用意出来なかった為、グラードンとカイオーガ用に一個ずつだったのだが、その内一つをイベルタルに使用してしまった以上、弱らせてもグラードンかカイオーガ、どちらかを絶対に捕まえられるという保証がなくなってしまった。

 

 ハイパーボール等の通常のモンスターボールは伝説のポケモンであれば当てても()()()()()のだ。となるとどこからかマスターボールを調達したいのは事実だ。それにイベルタルを捕まえてしまった以上、完全に屈服させて暴れない様にまた心を折る必要がある。

 

「―――つまり状況を纏めてみると、グラードンとカイオーガへの対抗手段の一つがロストした結果に戦力向上、だけど状況はさらに切迫し始めた、って感じ?」

 

「加えて言えばファッキンフーパ使いの動きがまるで見えないのでまた伝説おーでーまーしーとかされたら俺のマスボが加速する」

 

 そう言った瞬間、病室の扉が蹴り抜かれた。それと共にギターを窓の外へと投げ飛ばしながら、病室の中へとシドが飛び込んできた。

 

「ヘイ! 今ファックって言わなかった!?」

 

「んんんんん―――!!」

 

 タブンネが発狂し始めて頭を病室の壁へと打ち付け始めた。その姿を見て、あぁ、そう言えば一般人に対してはトップシークレットだったり発狂しかねない内容ばかりをここで話しているよなぁ、と一瞬で冷静になってしまった。そしてそこで冷静になったところで、添い寝していたツクヨミがもぞもぞと腹の上へと移動してきた。

 

「え、セックスだって?」

 

「ノー! ファック! ファック&ファック!」

 

「ファック・イコール・セックス! イエスファック! イエスセックス!」

 

「イエスイエスイエス!」

 

「んおおおおほおおおあああひゃああああ」

 

「なんだこの病室……」

 

「流石に私もどん引きだよ」

 

 冷静に病室内を見る。発狂しながら頭をガンガン壁に叩き付けるタブンネ亜人種が一人、俺にマウントポジションを取って瀕死の病人相手に野獣の視線を向けている伝説の亜人種が一人、そしてほぼ新種に足を突っ込んでいるムウマージの亜人種が一人、なお最後の二人は何が楽しいのかひたすらリズミカルにセックス! と叫んでいる。極まったカオスを見ると一周廻って冷静になると言われているが、それを魂で理解してしまった。

 

 ヒガナが成程、と頷く。

 

「ピカネキが来たら収拾つかなそう」

 

「マジでやめろ―――あーあ……」

 

 名前を呼ばれた事に反応したのか、窓の外側、上から逆様にピカネキが病室内を覗き込み始めていた。その手には小型のホワイトボードで”30分前からスタンバッていました”と書かれていた。それを知らせてどうしろと言うんだこいつは。そのホワイトボードで殴ってもらいたいのか。そんな事を考えているとタブンネが窓の外を見てまたアイデアロールに失敗したらしく、生まれたての小鹿の様に体をぷるぷるし始めた。

 

「オニキス、終わったけど―――お疲れ様ー」

 

 ナチュラルが病室の前に登場し、中を覗いた瞬間そのまま足を止める事なく病室の前を通り過ぎて行った。それを見かけた瞬間ピカネキが見事なエントリーを窓から決め、そのまま走ってナチュラルを追いかけ始める。

 

「た、助けてゼクロム―――!」

 

「ゴリィ……!」

 

 なんだこの状況、とは思ってしまうが、小さく笑い声が漏れてしまう。そのまま脱力し、枕の中へと頭を沈め込む。

 

 こんな事を見ているとなんか気を張っているのが馬鹿に思えてしまう。脱力しながら息を吐き、そしてゆっくりと目を閉じる。昔、どこかで誰かが言った。

 

 明日は明日の風が吹く、と。

 

 無駄に悲観的にならず、もうちょい笑みを増やして、頑張るとしよう。きっと、それが今一番必要な事であるに違いない。だからゆっくりと目を閉じて、ヒガナの悲鳴と文句とタブンネの発狂声を聞き流しながら夢の中へと落ちて行く。




 シリアスの後には笑いが来るよ、という事で被害の諸々。流石に生身で伝説の攻撃を軽減したとはいえ喰らって、ダメージのない生物とかいないじゃろう……あ、シバパイセンおっす。伝説相手に打ち込みっすか。パネェっすね。シジマパイセンも一緒っすか。そうですか。

 という訳でスティングさん、バトル復帰は絶望的という事でまあ見てポケマス。

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