―――その日の目覚めは割とすんなりしたものだった。一切の眠気を残す事無くスッキリとした目覚めを受け、意識は起きた時から完全に覚醒していた。妙に昂っている自分の感覚に一瞬だけ迷いを感じるが、即座にその違和感を理解した。異能だ。異能が来るべき決戦の予感に、体の内で震えているのだ。まだ完全に把握しきったわけではないこの異能、それが何らかの兆候を見せていた。だがそのおかげで理解できたことがあった。
今日は、厳しい戦いになるだろう。
そう思うと―――自然と口の端が吊り上がっていた。
朝食をしっかりと食べ、朝の諸々を終わらせれば、意識はこれ以上なくしっかりとしていた。間違いなく何かの予感を本能的に、或いは直感的に捉えていた。そして長年の経験から、そういう類の物は極力信じる様にしていた―――だからそれを信じる事にした。その予感をポケモン達も感じ取ってくれたのか、朝から軽い緊張感を持っており、モンスターボールの中へと入る事に対する一切の文句はなく、短い準備はそれだけで終わらせた。
まだ、朝は早い。それは完全に明るくなっておらず、そして人の賑わいも全く感じない、朝焼けの時間―――逆に言えば夜が終わった直後、夜に寝ていなければ眠くなってくる時間でもある。派手に動くのであれば、真夜中よりももっと警戒しづらい、と思うのは個人的な経験から来るものだと思う。そんな時間に旅館の外へと出れば、
「……僕の力は必要じゃないのかな?」
「帰って寝てろ。昼飯までには戻るから」
「ん、君がそう言うならそうするよ。適当にお店の発掘でもしながら待ってるよ」
振り返る事無く、ナチュラルに別れを告げる。子供のクセして大人を気遣う必要なんてないのに―――なんてことを考えながら前へと向かって進む。誰もいない、活気づく前のフエンタウン温泉町を。もう一、二時間ほど後に来れば人で賑わうであろうこの今は無人の通りを歩き進んで行くと、その終わりに一つの人影を見ることが出来る。
黒いスーツ姿の男の姿は自分の良く知っている顔だ。
「呼ぶ必要はないか」
「ま、こう見えて
担当するものとしての矜持というか、誇りというか、動物的本能ともいえるべきものはどうやらダイゴにも備わっていたらしい。流石同族、御同輩。そう思いながら軽く拳をぶつけ合わせ、
俺は白いロングコートの裾を揺らし、帽子を被り直す。
ダイゴは首元のネクタイを少しだけキツく締め、そして指を鳴らした。
―――フエンタウンの終わり、その先へと視線を向ければデコボコ山道が、そしてえんとつやまが見える。ここからでは何が起きているのかは全く分からないし、見える訳でもない。だが戦い続けた経験を通して、今、あそこに向かうべきだと告げる何かが自分とダイゴの間にはあった。だとしたらこれ以上言葉は必要ない。やるべきことを成すだけだ。ダイゴがボールを取り出し、それを空へと向かって放った。
それに合わせる様に二人同時に前へと向かって軽く走り、そして大きく跳躍する。ボールから繰り出されたポケモンが一瞬でCの字を描くように跳躍した足元へとやってきて、浚う様に両手の上に乗せてくれる。それに合わせ、メガストーンとキーストーンが共鳴する様に輝き、ポケモンが―――色違いのメタグロスがメガシンカを始める。進化の繭を破って四本腕のメガメタグロスへとメガシンカしたメタグロスがサイコキネシスで風をはね避けながら高速でえんとつやまへと向かって飛翔を始める。
「さすがにガキどもをつきあわせるわけにはいかないか―――そっち、経験はどうよ」
「うん? あぁ、そこら辺は問題ないよ。僕も暇つぶし代わりに悪の組織潰して回ったりしているし。まぁ、マグアク団連中程目立ってないから地味な仕事だけどね」
「ほーん、まぁ、心配なんかしてないけどな」
「そうかい。まぁ、僕も心配なんかする訳ないんだけどね」
―――えんとつやまが見える。メガメタグロスの速度で移動すれば、普通は数時間かかる距離も直ぐに抜けて行く事が出来る。一瞬でデコボコ山道を抜け終わり、その先のえんとつやまの麓へと到着し、そこを更に加速して抜けて行く。その先、ロープウェイの姿が見えて来るが、
ロープウェイの付近で赤い服装の集団と、そして青い服装の集団の姿が見えて来る。険悪な気配を見せており、空から軽く見下ろすだけでも戦闘に今すぐにでも入りそうな状況となっていた。いや、既にポケモンを取り出している以上、戦闘は開始している、ただ最初の動きにお互い、牽制しあって入れないだけだ。それを見下ろしてから視線をえんとつやまの頂上の方へと向ける。火口へと向かうルートに赤い服の集団、そして青い服の集団が見える。
まだ、火口に機械の類は設置されているようには見えない。となるとこれからだろうか。
「ボスっぽいのが奥の方にいるな」
「じゃ、僕がそっちを注意して、従わない場合は強制排除で。それじゃ」
「あいよ、さっさと終わらそうぜ」
そう、心配する必要は互いにない。
メガメタグロスの背中から飛び降りる。空中を落下しながら、腰にあるベルトに手を伸ばし、ボールが自分から吸い込まれる様に飛び込んでくる。それに合わせて素早くボールを開けば、弾ける様にスティングがボールの中から飛び出し、メガシンカの光と共に一瞬でその姿をメガスピアーへと変化させる。良く鍛えられたメガスピアーともなれば、そのサイズは2m近くなる。
背中に乗るには十分なサイズだ。
スティングの背の上に着地、そのまま地上まで、赤と青の服装の集団の横へ、三つ巴の様に組み合う様、着地する。突然の闖入者に全員が揃って此方へと視線を向けて来る。横にスティングを浮かべたままの状態で、片手で帽子を押さえ、その下から視線を集団へと向ける。
「―――ここは立ち入り禁止区域だ。知らなかったのなら今すぐ引き返せ。知っててここに入り込んだのならまだ引き返すチャンスをくれてやる。今すぐ帰れ。そうすれば家族と仲間の顔をまた拝めるぞ。俺はダイゴ程優しくはない―――」
「―――僕はオニキス程優しくはない。君達が今から何をするつもりからは解らないけど、それを強行するというのなら一切の容赦も、慢心も、手加減もせずに君たちを排除する。その過程において君たちの命は保証されない。だからこれは警告だ。今すぐ帰ってくれないかな」
言葉を放ち終わった。ネクタイに軽く触れ、少しだけその位置を調整しながら数人の男女の姿を見た。赤と青でグループが分かれている。赤いグループは細身、メガネの男を中心としたグループが形成されているのが見え、精鋭達が守る様にその前に立ちはだかっている。青い方は屈強な褐色の男を中心に存在しており、その男を守る様に青い服装の団員たちが壁の様に立ちはだかっている。数はどちらも多い。
「……ホウエンチャンピオン、ツワブキ・ダイゴか」
「またとんでもない化け物が嗅ぎ付けたな……チ、テメェと争っている余裕はなさそうだな、マツブサ」
「そのようだな、アオギリ……まずは互いにあの化け物を何とかして、それから装置をどうするか決めようではないか」
「いいだろう。つかそれしかねぇな」
アオギリとマツブサ―――それが二人の、マグマ団とアクア団の首領の名前。それをしっかりと記憶する。そしてその顔も覚えた。そして二人の言葉に反応する様に、団員たちがモンスターボールを手に取って、臨戦態勢に入るのが目に見えた。その姿を見てほう、と軽く言葉を吐くことにした。
「もう一度だけ言うけど、僕はオニキス程優しくはないよ? この地方の
そんな声と共に軽く肩を揺らすが、笑い声は返ってこない―――その代わりに風に乗って、かすかだが絶叫と悲鳴の声が大量に響き始める。あぁ、可哀想な連中だ、と思ってしまう。同情ではない。悪人や自業自得の所業に対して同情するほど愚かではない。だがただ、純然たる事実として可哀想、という評価を与えるしかないのだ。
「で、その様子を見るからにダメっぽい? 本当に? 止めないかい? テロとか泥棒とか。犯罪だよ?」
「……お前ら、しっかりコイツの足止めをしろよ」
「なるべく時間を稼げ、増援を要請した」
「あらら」
アオギリとマツブサが何かをする為にもっと奥へと、少し焦る様に移動を開始してしまった。直観的に絶対に勝てないと察してしまったのだろうか―――となるとそこそこ強いトレーナーではあるな、と評価できる。相手に対する評価を少しだけ上方修正しておこう。しかし目の前の連中は駄目だ。完全に戦って消耗させれば、或いは隙を突けば勝てるとか、そんな
「―――仕方がないなぁ」
モンスターボールを求めて懐に手を伸ばした瞬間、モンスターボールではなく、銃が此方へと向けられた。咄嗟にそれを察して横へと体をズラし、回避すれば即座に銃声と共にポケモンを繰り出す為の閃光が前方に見えた。
だけどモンスターボールを抜き、ポケモンを繰り出すその動きは手首が捻挫するほど何度も繰り返し練習した此方の方が遥かに速い。居合の様に叩き出す様にボールを抜き放ち、閃光がポケモンの姿を取る前に、ボールを空へと向かって弾き上げた。
「勝機があるとか―――」
放たれたモンスターボールはデボンコーポレーション特性のモンスターボール。その能力は捕獲に影響するものではない。これは競技用のモンスターボールで。手にフィットする様にカスタマイズされ、ボールハンドリングがしやすいように小さなグリップが設置されており、何よりも
だから十数を超える閃光がポケモンの形を取り終わるのと同時に、
空に放たれたボールから空へと向けて光が放たれ、
その光が重量を伴いながら大地を揺らし、君臨するポケモンの姿を見せる時間は同じだった。
「―――どうすれば勝てるとか。数が、とか。戦術が割れてるとか。増援だとか―――」
相手と自分を分断する様に鋼の巨体が見える。鋼の巨人はロボットの様な体をしており、本来の種族よりも遥かに巨大な体を持っている。そのカラーリングも本来の青色ではなく、ロボットらしい白をベースに、ヒーローっぽさを追求した、赤と青のカラーリングに仕上げられており、その巨大なポケモン―――40m級のゴルーグの姿は、まるで鋼鉄のスーパーヒーローロボットの様な姿をしていた。
「―――実に馬鹿だなぁ、君達は。ねぇ、ゴルカイザー」
「―――■■■■ォォォ―――!!」
マグマすらも震わせるような鋼鉄の咆哮がえんとつやまの頂上に響く。威勢良く立ち向かおうとしていた敵の姿が全て、その足を止めて視線を超巨大なデルタ種ゴルーグ……皇帝ゴルーグ、通称ゴルカイザーへと視線を向けていた。
「僕がチャンピオンで、ここはホウエン。ほら、それだけで僕が敗北する理由ってなくなるだろ? なのに喧嘩を売るって相当馬鹿でどうしようもないよね、君達って―――」
逃げようとする姿を逃亡ペナルティで強制的に足を止めさせる。決戦を挑んでスティングの毒針はグラエナの頭を消し飛ばす。その敗北感が脳髄を一瞬で犯し、意識をそのプライドと心ごと砕ききる。その光景に耐えきれなくなり、また一人逃げ出そうとする。だが決戦場が展開されている限り―――
「いいか、その脳髄に刻め。貴様らが悪で、俺がチャンピオンである限り―――」
また一人、絶望に心が折れて倒れる。その姿を踏み越えながら先へと進み、また一人、ペナルティと共に蹂躙する。
「どんな数を集めようとも、絶対勝利とかを持ち出しても、そんなもの通じはしないよ」
なぜなら、
「―――それがチャンピオンという生物だ。理解した? じゃあ
どんな状況、どんな環境、どんな相手であろうとも、チャンピオンが要求された場合、
勝利する。だからこそチャンピオンはチャンピオンを名乗れるのだ。
「こっちが終わる前に
チャンピオン の オニキスが あらわれた! にげられない!
チャンピオン の ダイゴが あらわれた! にげられない!
意訳:さよなら。という訳で次回からチャンピオンどもが盛大にチャンピオン祭しているだけのお話。実機ではパっとしないダイゴさんも、ポケスペでは死ぬまで力を使い果たしたイケメンだし、それ級のしゅらどーとなっている事でしょう。
せんしゅしょーかい
ゴルカイザー(皇帝ゴルーグ)
分類上は一応デルタゴルーグ。デルタ因子鋼が原因だと言われているけど、ゴルカイザー本人は”ゴルーグ同士で変形合体して合体ヒーローロボを目指した”とか発言している。全長40mのどっかの宇宙戦士なロボカラー。だが実は日曜日朝7時のヒーロー番組でレギュラーを張っている程度には人気モノである。特技は悪人を一撃でミンチすら残さず消し飛ばすコメットパンチ。使ったその日に放送禁止になったという伝説の一撃であった。