俺がポケモンマスター   作:てんぞー

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vs 夢のサカキ

 言葉は必要ない。

 

 前へと踏み込むのと同時に黒尾は染み付いた経験で最適解を繰り出そうとしてくる。

 

 ―――それはサカキも同様だった。

 

 踏み込むのと同時にきつねびとひのうみが一瞬で広場を見たし、それに対応する様にドサイドンの巨体がサカキの正面、守る様に出現する。これからサカキと行なうのはポケモンバトルではない、()()()()だ。サカキは殺す気しか抱いていなかった。故に殺意で相対している。そして殺し合いにはルールはない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 レギュレーションやパーティーのコンセプトに合わせて変更され、使わなくなった技、使えなくなった技。それを育成特化のトレーナーの特権として一時的にだけ思い出させ、そして引き出す様に使わせる。慣れている、呼吸の合っている、相性の良いポケモンならなおさら、確認をする必要も準備も必要ない。息をする様に力を引き出せる―――故に黒尾との間は魂の伴侶として表現できる。

 

 だからどうした、と言わんばかりにドサイドンが炎を踏み潰す。その手にはラムの実が何個か握られている―――何度でも火傷の治療が行えるように。こちらの手札と手口を理解しての前準備だ、抜け目がない。だからと言ってやることに変わりはない。轟音と共に振り下ろされるドサイドンのアームハンマーよりも此方の動きの方が早い。一歩、先に抜ける様に更に踏み出せばドサイドンの横へと到達し、背後から熱風がドサイドンに叩き付けられる。

 

 そして、サカキがハンドガンを抜いて此方を狙っている。

 

 しっかり、眉間を、一撃で殺すために。

 

 僅かに頭を下げれば銃声と共に頭に痛みが走る―――銃弾が頭に装着されているゴーグルによって弾かれる音が響き、その痛みを無視しながら一気にサカキへと踏み込む。手の中にはドサイドンの横を抜ける時、アームハンマーの空振りで舞い上がった小石が握られており、親指ではじき出しながら二射目を放たせる前に銃口の向きをズラす。

 

 銃声が響き、肩に傷が出来る。それでも動きに問題はない。サカキの前へと接近し、迷う事無く蹴りを繰り出す。横へと回避するサカキの動きで蹴りが外れ、脇腹を掠る様に抜けて行く。合わせて三連続で銃声が響く。が、動作が悪い。回避の出来る動きだ。重心を前に倒す様に銃撃を回避しながら転がり、武器代わりに小石を拾い上げて手に握る。

 

 転がった状態から振り返ればフィールドの全容が視界に入ってくる。黒尾が回避に徹してドサイドンからの攻撃から逃れ、サカキは片手に銃を、もう片手にモンスターボールを握っている。モンスターボールからポケモンを放とうとする動作が非常に洗練されている―――阻むことはできないだろう。

 

 ボールからガルーラが放たれ、サカキの口が開く。

 

「お前は―――」

 

「庇え黒尾!」

 

 ガルーラからのマッハパンチを回り込んだ黒尾がその体で受け止める様に庇った。肉を打つ鈍い音が響くが、その()()()()()()()()()()。追撃でドサイドンのがんせきほうがはなたれ、更に黒尾を引きはがす様に弾き飛ばす。が、黒尾の心配はする必要はない―――これもまた()()()()()()()()()なのだから。とはいえ、庇わせるのもあと一度が限度だろう―――進化していない状態では体力に限界がある。

 

 ―――特性による()()()()()()()()()、それが黒尾の現在の状態であり、進化出来ない理由でもあった。

 

「……!」

 

 ガルーラとドサイドンが陣形を組み、その背後からサカキが射撃してくる。ガルーラが前衛に立ち、その後ろ斜めを身長で越えるドサイドンがカバーし、岩石の弾丸をマシンガンの様に連射しながらガルーラの殴りこんでくる道を作る。その隙間で。こちらの細かい動きをけん制、射抜くように射撃してくるサカキの動きは的確に殺しなれた人間の動きだ―――ポケモンと人間の連携の動きだ。それに対応する様に此方も明確に動きを作る。

 

 持ち込んできた少量の木の実―――オボン等を黒尾の口の中に投げ込んで体力を確保しつつ、きつねびで岩石に対応し、殴りこんでくるガルーラの目をつぶす様にひのうみを一瞬だけ派手に燃え上がらせる。とはいえ、それで踏鞴を踏む程軟弱なポケモンでもない。だがガルーラの精密機械の様に精確な拳が僅かにだが揺れる。

 

「弾け―――!」

 

 飛び出た黒尾が尻尾で拳を弾き、そのまま振り向きざまにだいもんじを叩き付ける。火傷を強制的に受けている事もあって力が入らないのか、ガルーラの動きが僅かに遅れ、そして浮き上がる。だがそれを理解するころには三つめのモンスターボールをサカキが手にしていた。その中からサカキがポケモンを繰り出そうとするのが見え、

 

 ポケモンは出現しない。

 

 ―――ボールのスイッチが壊れている。

 

 外れたように見えた蹴り、それは的確に目標を穿っていた。それだけの事だった。

 

 サカキの動きが乱れる。息を吐いて空っぽにし、その瞬間に全力で踏み込み、でんこうせっかでサカキに接近する。銃弾を撃ち込む動作よりも早くサカキへと肉薄し、ドサイドンが叩き潰そうとするのを黒尾に任せ、拳をサカキの腹へと叩き込む。鈍い感触と共に良く鍛えられた体の反動を拳に感じる。

 

 硬い―――殴った拳の方が痛い。

 

 そう思いながら抉りこんだ拳を弾くように横へと飛ばし、コートの内側、ボールが装着されている辺りを強く押し出す。

 

 狙った通りにボールが外れる音がし、

 

 拳が腹に叩き込まれ返された。

 

「カヒュッ―――」

 

 腹の底から息を強制的に全て吐き出され、一気に頭の後ろがスパークする様な感覚を覚える。拳が物凄く重い。それこそ稽古をつけてくれたシバの拳に匹敵するものを感じる―――そして思い出す、サカキは自己の研鑽、ポケモン、己に問わずそういう類のものは決して手を抜かず、自分が許せる手段の中で常に全力を選び続けると。尊敬はする。だからこそ殺す。

 

 拳を引き戻しながら再び全力の拳をサカキの顔面へと叩き込む。拳の痛みを無視してそのまま殴りぬき、強く後ろに踏み込んだサカキがこちらの顔面を殴り返してくる。むろん、後ろには引けない。右足を後ろにつっかえ棒にして、そのまま全力の拳を顔面に叩き込もうとし、サカキが緩やかなスウェーで回避しながらボディブローを叩き込んでくる。

 

「ガッ」

 

「なぜ―――」

 

 若い頃の体と、成長しきったサカキの鍛えられた肉体では体格差がありすぎる、全力で体重を乗せて拳を叩き込んでも、それでもダメージを上回れない。とはいえ、ポケモンを混ぜた乱戦に入ると物量と経験差で圧殺されてしまう。その為、勝ち筋は結局のところ、接近戦を挑んでサカキと1対1で殴り合うという選択肢しかない。

 

 だから拳を握って、叩き込む。背後ではドサイドンと黒尾が継続して戦い続ける音が聞こえる。大地が揺れるのはじしん。木々が弾ける様に燃え上がるのはだいもんじ。連続で発生する地鳴りはロックブラスト。ドサイドンも、黒尾も最前線で長年戦い続けてきたポケモン。主の指示がなくてもそのスタイルは骨まで染みている。どう動けば有利を奪えるか、トレーナー視点でのそれをトレーナーなしでもある程度行える。だから黒尾は時間稼ぎに徹せる。

 

 その間に自分が如何にサカキを攻略するか、という話になる。

 

 ―――普段、どれだけ武器やポケモンに頼っているのか、という事を思い知らされる。

 

 でも止まる訳にも、やる事を変える訳にもいかない―――ひたすら、インファイト状態を維持しながらほかに余計なことが出来ないように、サカキと殴り合う。

 

 ―――これが、終わったら俺フエン温泉で養生してキンセツカジノで豪遊するわ。

 

 茶化しの一つでもしたいが、そんな余裕は一切なかった。喉から出てくるのは獣染みた咆哮で、それを拳に込めながらサカキに叩き込む。こちらの体格が劣っている以上、ここ数年は加齢の影響でやっていなかったライトウェイトに任せた素早い拳で手数を稼ぐように叩き込むしかない。一秒考えるのに動きを止める時間すら惜しかった。全力で殴る以上、拳は痛み、皮膚が破け、赤くなって行く。

 

 サカキの顔にも裂傷と打撲の痕が生まれる。しかしそれを一切気にする事無く、

 

 拳を振り下ろした。

 

「―――死なない」

 

「死にたくないからだよ!!」

 

 痛みを殺しながら戦闘を続行する。それは此方だけではない。向こうも一緒だというのは良く解る。殴られて痛くない奴なんて存在しないのだから―――だから殴り合いになれば勝負の優劣は体力と気力で決まる。

 

「だからお前はまだ小僧だと言っている」

 

 リバーブローからアッパーを叩き込まれ、くらくらと世界が回りだすのを舌を噛み、その痛みで意識を戻しながらチンブローを返し、そのままエルボーを肩に叩き込む。が、それを堪えたサカキが殴り返し、此方の体を突き出す。数歩後ろへと下がり、足を止めながらサカキへと視線を返す。

 

「あとは自分で考えろ」

 

「相変わらずなスパルタで!」

 

 踏み込み、クロスカウンター、ローキックからのブロー、殴りかかった腕を掴んで膝蹴りを叩き込み、骨を砕こうとしながらまた拳を叩き込む。やっている事に技術もクソもない―――ただの純粋な殴り合いだ。理屈や技術を投げ捨てた体力と気合いだけに任せた殴り合い。そのどうしようもないチンピラスタイルで殴り合っている。頭に血が上っているのは自覚する。だがダークライに対する殺意が高まっているのも事実だった。

 

 よくも故郷を魔境にしてくれたこと、よくも見たくもない見たかった景色を見せた事、そしてよくもボスを夢に出したことを。だが殴り合いで大分血を流したのか、頭は段々と冷静さを取り戻しつつあった。見た目に合わせて心や頭まで若返っていたのだろうか。ちょっと考えもなしに殴り合うのは冷静さを失いすぎではないだろうか。

 

 だが、ボスの言葉で少々、引っ掛かりを覚えたのも事実だった。拳を握り、踏み込み、それを前へと押し出しつつ、殴りかかり、痛みが思考をクリアにするのを自覚しながら考える。

 

 ()()()()()()()()のかを。

 

 ダークライがこれだけすさまじい世界を構築するだけの力を、そしてエネルギーを保有しているというのであれば、そもそも殺しに来るのに()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()のではないだろうか。ひたすら悪い夢を見せて衰弱させたり、溺死させたり、そうやってあっさりと殺し続けることが出来るのではないだろうか。

 

 そこまで考えた所で、動きが止まる。その瞬間、サカキがこちらを強く、殴り飛ばした。後ろへと強く押し出され、サカキとの間に距離が生まれる。サカキが腰の無事なボールへと手を伸ばすのは見えず、その代わりに、

 

「ドサイドン―――討て」

 

 ドサイドンの片腕が黒尾の妨害を受けながら揺らぐ事無く、一切のブレを見せずに此方へと向けられた。避けなければ殺される。それを横目で確認しながら、

 

 ―――自分の足は動かなかった。

 

 そしてドサイドンは命令通りに攻撃を放った。岩石の塊を、人間が当たってしまえばいくらスーパーマサラ人と呼ばれる分類の人間であろうとトマトの様に弾けるだろう。このドサイドンは殺しに慣れている、人間をどうやって壊せばいいのかを良く把握している。その為偶然助かる、という可能性は絶対なく、

 

 音速で放たれた岩石の塊が眼前、触れそうな距離まで接近し、

 

 世界が黒く染まった。




 ボスには勝てなかったよぉ……勝つつもりがあるかどうかは別として。オニキス君の見るボスの姿は強くて、かっこよくて、自他に厳しくて、だがしっかりと仕事と責任は果たす男だそうで。

 ともあれ、流れちと早いんじゃないか、と思いつつ全体でイベント詰まってるしハジツゲではあまり時間が取れないなぁ、という大人な事情も。次回もピカネキにタンバリンを鳴らせつつ待て。

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