俺がポケモンマスター   作:てんぞー

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トキワの追憶

 トキワの森―――カントー最大規模の森と言われる場所は奥地へと踏み込み過ぎなければそれなりに安全なのは定期的にジムトレーナーが警邏を行い、不幸な出来事がないように警戒しているからになる。故にそのルートから外れて奥へと進もうとすれば、とたんにレベルが50や60、果てには90を超えるポケモンを目撃することだってある。一番最初に自分が入り込んだトキワの森の場所がそこであり、俺はサカキによってそこで救出された。トキワの森が奥地へと踏み込めば踏み込むほど魔境と呼ばれるのはそういう所がある。

 

 なにせ、カントー最大規模の森なのだ―――正しくその全容を把握している人間がいないのだ。

 

 そんな言葉を今、後悔しながら思い出している。

 

 ―――始まりは草むらだった。

 

 その中からピカチュウの特徴的な耳が突き出ている時点で嫌な予感はしていた。だがなぜか足は動かず、そのままその草むらを観察していると、その中から飛び出す姿があった。ピカチュウ特有の可愛らしい顔、現実から逃げたくなるマッチョなボディ、そして絶望の表情でその手に握られているコクーン。

 

 ゴリチュウwithコクーン。

 

 言葉はいらないとかいう次元を超越した何かがそこにいた。逃げよう、そう思っても恐怖からかゴリチュウから逃げ出す事は出来ず、ゴリチュウはその場で軽快なリズムを鳴らす様にコクーンをタンバリンのごとく叩き始め、そして上半身をリズミカルに動かし始めた。正直、ここまでは愛嬌があった。なんだかんだで顔はピカチュウなのだから、それは良かった。

 

 途中から反復横飛びし始めたのがダメだった。反復横飛びで三体に分身したな、と思って動きが止まったら三体に分裂してたのもアウトだった。この気持ちをどう表現すべきなのだろうか―――いや、そうだ、まさに悪夢という言葉が相応しかった。人の頭から光景を再現しているのはわかったが、ここまでやる必要は絶対にないと思った。だがここから更にヒートアップする。

 

 ゴリチュウが木の上から飛び降りて更に増え、タンバリンコクーンを見事なヲタ芸で鳴らしながら合流し始め、

 

 そして巣から強奪されたコクーンを取り戻すべく、100匹を超えたスピアーがガチギレの状態で襲い掛かってきた。

 

「なんだこれ……」

 

 もはやそんな言葉しか出なかった―――これがトキワの森、突入直後の出来事であった。

 

 

 

 

「クソが! あったら面白いなぁ! とか思ったけどさぁ! ゴリチュウの群れとかさぁ! だけどさぁ! そういうのってさぁ! ガチでやるもんじゃないだろ!? 違うだろ!? 宴会のネタにポロっと零すぐらいのもんだろ!? ガチでやるやついるの? ねぇ、マジにこれは頭おかしいだろ! ダークライ……ダァァァクラァァァァ―――イ!!」

 

 周りには頭から大地に突っ込んだゴリチュウ、上半身を木に叩き込まれたゴリチュウ、下半身を大地に埋められてアイルビーバックなサムズアップを向けているゴリチュウ、そしてひたすら焼かれて戦闘不能になった大量のスピアーの姿があった。自分の直ぐ横では荒い息を吐きながらVジェネレートを放っていた黒尾が落とした能力の回復にハーブを食べており、自分も空っぽになったRPGを横へと投げ捨てていた。

 

 トキワの森の探索、その為に持ち込んだ武器の大半を消費してしまった。

 

「ぜぇ……ぜぇ……もう、なんかやだ……あぁぁぁ……発狂しなかった……はは、そうか……ピカネキで慣れちゃったから発狂できないんだ俺……ごめんな、ナチュラル……今まで俺、お前に結構辛い事してたのかもしれない」

 

 涙を流しながら焼野原の空を見上げると”おう、そうしろよ”というナチュラルの声が聞こえる様な気がした。だが悪い、思うだけなんだ。実行はしない。スピアーを焼き払って黒尾もなんだかんだでご満悦の様子―――表に見せない残虐性はしっかりと俺に似ている。

 

 ふぅ、と息を吐いてメンタルをリセットする。ジムには有事の際に使用できる武装が隠されている。むろん、それは対人間を想定した道具だ―――ポケモンだけでいいのではないか、と思われがちだが、

 

 ぶっちゃけ、モンスターボールからポケモンを出すのより銃で撃った方が早い。その為、暗殺専門や対人専門の訓練を受けたハンターやレンジャーだって世の中には存在する。ともあれ、自分がこのゴリチュウとスピアーの群れを亡ぼすのに使ったのはこっそりとトキワジムに死蔵されていたそれを強奪したもので、たった今、この勝負でそのほとんどを溶かしてしまった。

 

 おかげで残ったのは銃弾が十二発入ったハンドガン、そして手榴弾が三個だけだった。トキワの森を探索するのにたったこれだけの装備で大丈夫なのだろうか、何て事を思うが―――トキワの森を探索しよう、そう思った直後にこれだけ盛大なリアクションが返ってきたのだ。だとしたらトキワの森に何かがある、と考えるのが自然なのだろう。

 

 これがブラフだったらもう知らない。これをブラフにするとかもう勝てる相手じゃない。

 

 ……。

 

「ニビ方面かな?」

 

 反応なし。

 

「じゃあ中央方面かな?」

 

 こちらも反応なし。

 

「……じゃあ大穴で数年前ボスと戦った思い出の地」

 

 トキワの森がザワザワしだした。

 

「……こぉーん……」

 

「うん。俺もそれは思い始めていた」

 

 今の一幕でダークライの残念力が跳ね上がった気がした。いや、さすがにこれはないだろう、としか言えない。流石にこんな事でダークライがボロを出す筈がない。なぜなら相手はダークライだ、幻のポケモンダークライだ。クレセリアがいなければ永遠に悪夢に落として村、街単位で虐殺を起こす事の出来る残虐で極悪なポケモンなのだ。それがこんな対応をするはずがない。

 

 よし。

 

「―――行くぞ決戦の地へ……!」

 

「こぉーん……」

 

 それでいいのか、と黒尾に言われてしまったがこれでいいのだ。マジだった場合はダークライの残念力がこの上なくインフレするだけなのだから。だからそれを確かめる為にも、記憶の中の土地を求めて走り出す。それが正解だったのだ、更にトキワの森のざわめきはひどくなり、それが一点を超えた所で背後が一気に騒がしくなってくる。最初は何かが這いずる音、次第にそれは木々をなぎ倒す音へと変わる。

 

 軽く振り返れば20mを超えるサイズのキャタピーが見えた。

 

「助けて蛮ちゃん……!」

 

「……」

 

 咄嗟に手榴弾を投げ、その追撃にVジェネレートが叩き付けられ、爆炎が一気に広がる。その中でキャタピーが悲鳴を上げるが、それでも倒れる様子は見せず、瞳に闘志を滾らせているのがハッキリと見えた。ホウエンの旅が終わったらトキワの森は焼き払おう、そうしようと心の中で硬く誓いながら、キャタピーを倒す事を諦めて走り出す。

 

 必死にトキワの森の中を這いずり回るが、開幕から心が折れそうになる。こんな時こそ、様々な役割に特化した手持ちの皆が恋しい―――そう思いつつも、自分の切れる手札で何とかするしかなかった。

 

 

 

 

 振り返ればもはや追いかけて来るポケモンの姿はない。その代わりに、トキワの森へとかなり踏み込んでしまった。もはや持ち込んでいた武器は一つも残っておらず、溜息をつきたくなる惨状だった。ダークライに対するヘイトと殺意はもはや募るばかりだった。

 

 ただ、襲い掛かってくるポケモンが居なくなってからはトキワの森が恐ろしく静かに感じられた。深入りしすぎた、と言うよりは追いかける事を諦めた、という印象が強かった。武器も何も残っていない状況でどうしろ、と言いたいところだったが、その思いに反して足は懐かしさに進んでいた。そこそこ軽い足取りで進んで行くトキワの森の中、それは見覚えのある場所だったからだ。

 

 明確な道が存在する訳ではなかった。ただ一度歩いた場所は忘れられない。それもそこが記憶の中に焼き付いた場所であるのならば。細部は変わっているかもしれない。それでも足を前へと踏み出すたびにそこがここである、という感覚は自分の中で強くなっていた―――もはやここまで来ると足を止める事が出来ない。追いかけて来るポケモンはおらず、視線は感じる。気配も存在する。だが何かに抑え込まれる様に、ポケモン達は出現してこない。

 

 ―――その答えは既に解っていた。

 

 黒尾も黙って横を歩き、正面へと視線を向けている。鬱蒼と茂る木々によって見通しは悪い。だがそれにめげる事無く正面へと向かって進んで行けば、段々とだが視界が開けて行くのが見える。それはトキワの森を抜けているというのではなく、その中にある開けた場所へと出てきている、という事だった。

 

 そうやって歩き進むこと十数分ほど、目的地が見える。木々の間から見えるのはぽっかりと空いた何もない空間だった。体を動かしやすいスペースにはポケモンが隠れられるような草むらさえなく、ポケモンバトルをこの森の中で行うには絶好の場所だった。歩き、その場所へと入れば、反対側に待つように立っている姿が見えた。

 

 黒いトレンチコートに黒いボルサリーノ帽。黒一色の格好は何時まで経っても変わらない男のトレードマークだった。場合によっては胸に赤いRのマークも入ったりしてはいたが、既に壊滅してしまった組織のせいか、それはそこになかった。それを見て、少しだけ寂しさを覚える。でもそれが同時に過去を思い出させる。

 

「―――遅かったな」

 

 そう言って深く帽子を被り、表情を隠す男に対してどう言葉を返せばいいのか、一瞬だけ解らなかった。だがそれも一瞬だけだった。これがどういう世界なのかを想い出し、そして小さく、溜息を吐きながら自分に対して呆れを抱く。

 

「あぁ、やっぱりいない訳がないよな……俺の理想を描いた夢なのに」

 

 当たり前の様に、待ち構える様に男はそこにいた。

 

 言葉が返ってくる。

 

「そう、ここはお前の抱く夢だ。平和なトキワの姿。誰もが優しく、息子がそこにいて、そしてお前も家族の一員として混ざっている。ここはそういうお前の為だけに作られた夢だ。おまえは前に進む、現実を見る、そんな事を抜かしておきながら心のどこかではそういう光景を望んでいた。これがその事実だ」

 

「容赦ないですね」

 

「お前が抱いた理想の姿がそうだったからだ」

 

「そうですねぇー……」

 

 いつも心を見透かしていて、誰よりも強くて、それでいて容赦がなくて……だけどどこか、不器用な人。そんな、もう一人の父親とも呼べるような人がいた。

 

「一応流れからしてアットホームパパみたいな姿も期待してたんですけどね」

 

「それは将来、お前が子供を作った時にやれ―――俺の様にならないようにな」

 

 そう言って男はボールを手に取った。静かな殺意が広場を充満するのを察知し、これから男がポケモンバトルではなく、ルールの存在しない殺し合いへと勝負を持ち込もうとしていたのが理解できた。それに戸惑うよりも早く、鍛えられた反射神経は警戒しながら酸素を求める様に殺意に対して神経を鈍感にさせ、感覚を麻痺させる。そうでなければ殺意に溺れるからだ。

 

「これ以上語る言葉はない。俺は俺の役割を果たさせてもらおう」

 

「……相変わらず手厳しいですね―――でも、貴方らしいですよ、ボス」

 

 静かに笑みを自分が浮かべるのを理解していた。これが夢の中の出来事だとしても、丁度良い。

 

「夢の中程度で戦えるならどうあがいても本物の劣化だ―――問題なく勝てる(殺せる)な」

 

「吠えたな小僧」

 

 笑うような声が返ってくる―――そして、帽子を軽く持ち上げ、視線を向けてきた。

 

 ―――視線が合った。

 

 昔からポケモントレーナーとポケモントレーナーが目を合わせた時にやる事は一つ。

 

「勝負だ、サカキ」

 

「理想に打ち勝ってみろ小僧」




 ▷ポケモントレーナー の サカキ が
         しょうぶ を いどんできた!

 なお負けたら奪われるのは賞金ではなく命の模様。という訳で次回、ルール無用のバトル。ギャグとシリアスの落差すげぇなぁ! とか思いつつそれもいつもな感じで送電止められたああああああああ、カムバック俺の部屋の電気いいいいいいいいいいい!!

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