眠い。
―――そう思った時には既に終わっていた。
視界の内にあるすべてが切り替わり、そして変化していた。頭の内がぼやける、情報に封鎖がかかるような感覚で情報が引き出せないような、妙な感覚を覚える。それを払拭する為には左手を口の前まで持って行き、
勢いよく腕の肉を食いちぎる。
「―――イッてぇ―――!! クソ! 痛い! 超痛い! でも超目が覚めた! さすがセキエイ! 愛してる! 超愛してる! 予算もっとください!!」
叫びながら赤く、血を流している左腕へと視線を向ける、思いっきり手首の辺りを噛み千切ってしまったため、派手に流血している。急いでシャツを破き、それを包帯代わりに巻いて止血する。口の中に溜まった、と言うか吸い込んでしまった血と肉の破片を吐き捨てながら、頭の中が一気にクリアになるのを認識した。流石セキエイ式自己暗示プロテクトだ―――洗脳対策をチャンピオンは受ける義務があるとか言われても首を傾げていたが、まさかこんなところで役に立つとは。
人生、何があるかほんと解らないものだ。
「さて―――なんじゃこりゃ」
そうやって頭がすっきりし、そして周りを認識する余裕が出てきたところで自分の姿に違和感を覚える。確認すれば自分の服装が懐かしいものに―――もっと若々しい格好になっている。背も少しばかり縮んだような気がする。この服装は知っている。自分が過去、
「トキワの森、か」
帽子を触ろうとしてそこには帽子がなく、代わりにゴーグルがあった。それに触れて、懐かしさを覚える。だがここで立ち往生していても仕方がない。腰のボールベルトにモンスターボールはなく、そして近くには三人の気配もない。そうなると別々の場所に飛ばされたのだろうか。間違いなく夢へ落ちるのは三人一緒だったため、引きはがす事は出来ないはずだ。となると歩いて探し回るのが一番だ。
―――昔のトキワシティを。
この林と沢は自分の良く知っている場所だった。この世界へと転移して早々、野生のスピアーに襲われた自分はポケモンという存在に対して恐怖を覚えた。一種のトラウマを覚えたのだ。だけどそれを克服しようと考えて、そして立ち入っていた修行の場所がここだった。ギリギリトキワの森の外。つまりは野生のポケモンがあまり出現しない場所であり、出現するとしてもトキワの森の中にいるポケモン達を一方的に観測できる場所だった。
ここからポケモンを見て、少しずつ慣れる度に近づいて行こう。そう思って通っていた場所だった。だからそれなりに思い入れのある場所で、またこれが郷愁を誘うところだった。トキワの森、自分が一番最初に降り立った場所であり、トキワシティと並ぶ自分の故郷。世界を巡り、ジョウトに新しく家を用意してからはあまりトキワシティへと帰って来ることもなくなってしまった。グリーンとの育成談義もジョウトの家の方が設備が遥かに整っていて、そちらで集まる回数の方が多かった。
「……全部終わったらトキワに行くか」
故郷は捨てられない。そんな事を考えながらトキワの森とトキワシティをつなぐ道路を歩く。ここらへんに出現するポケモンはポッポやコラッタが多く、野生と言ってもポケモンを持たないトレーナーに襲い掛かるようなことはしない―――当時はサカキの威光があり、それを恐れて野生のポケモンが人間を襲うという事をしなかったのだ。捕まえていない、野生のポケモンすら無言で平伏すほどのカリスマの持ち主はその時から既に健在だった。
「チャンピオンです! チャンピオンオニキス様です! さあ、崇めろ! 祀れ! 俺が王者だ! アイ・アム・ナンバーワン!!」
通りすがりのコラッタにかわいそうなものを見られるような目線を向けられる。おまえぶち殺すぞ、と銃に手を伸ばそうとし、着ているジャケットの内側に銃がないのを確認した。コラッタへと視線を向け直すと、コラッタがその場で転び、瀕死になったフリをしてくれる。そこまで哀れに思ってくれるのか、お前。
「お前……いい奴だな……今度遊びにこいよ、ポケモンフーズやるから……」
「らったっ」
尻尾を嬉しそうに振るとコラッタは前足でバイバイ、と手を振って草むらの中へと飛び込んで行く。やはりトキワはいいな、と心の中で呟く。野生のポケモンでさえ人情にあふれている良い場所ではないか。ここにナチュラルを連れてきたら軽い地獄になりそうだよな、とも思いながらトキワの森から続く短い道路を進み、
―――トキワシティを見た。
トキワシティの急速発展はグリーンがカントーチャンピオンとして君臨してから始まったことだ。その為、まだロケット団が表立って本格活動もしていないこの時代、トキワシティはギリギリシティと言える規模だった。その中でひときわ大きく目立つのがトキワジムであり、このころはまだ真新しく、そして輝く様にトキワシティのシンボルとして立っていた。
この頃の俺はトキワジムで寝泊りをしていた―――というのもサカキは実家、と言える家を保有しておらず、サカキ自身もトキワジムに部屋を用意し、そこで寝泊りしていたからだ。なぜ、と思って昔に聞いた事もあったが、その答えは返ってこなかった。
けど大体の話を理解してからなら、解る。
サカキは、燃やしたのだ。
居なくなった息子の家を。
後戻りの象徴を、幸福の時代の形を消して、それでロケット団で悲願を達成する事に全力を注ぐために。まぁ、これは既に過去の話だ。そしてこれは過去の光景だ。そしてこれは夢の中の懐かしい話だ―――ディアルガやセレビィでもなきゃ過去を改変する事は人間には不可能である。
「意外と過去改変の手段ってあるなこれ……」
まずはみんな大好きセレビィ。時渡りとかいうクソチートで敗北すらなかった事にする。
次はディアルガ。ときのほうこうをバトルでぶっぱしてもいいのには今でも首を傾げる。
そしてアルセウス。死ね。神様は大嫌いなのだ。
「……ま、ジム以外行く場所はないか」
体は動く―――知識に変化はない―――頭はクリアだ―――
扉が開かれ、見慣れた石像と共にアドバイザーの姿が見え、ジムトレーナーが訓練中の姿を見せている。
「おーっす、未来のチャンピオン―――ってなんだ、オニキスくんじゃないか。服をボロボロにしちゃって秘密の特訓かい? って左手を怪我しているじゃないか!」
「いや―――」
「おーい! 誰かー! オニキスくんが手に怪我を―――!」
「これは―――!」
「なんだと!?」
「怪我だと!?」
「バレたらサカキさんに殺される……!」
「治せ! 今すぐ治せ! 治して証拠隠滅だ!」
「あったよ裁縫箱!」
「話を聞けよお前ら」
半ギレ状態で言葉を吐くが、そんな事もお構いなしにラッキーを出したり、口の中に卵を叩き込まれたり、普通の消毒とか治療を施されたり、自分の記憶にあるトキワジムの連中よりも対応は遥かに馬鹿っぽい気がした―――が、良く思い出せば大体こんなノリだった。今も昔も夢も変わらないな、トキワジムは。そんな事を考えていると、いつの間にか左手の治療も、そして破れたシャツの修復も終わっており、ハイ、撤収の声で全員が去って行く。
ほんと、なんなんだこいつら。
―――と、目的を思わず忘れそうになった。アドバイザーがまだ残っているので、其方へと視線を向ける。
「あぁ、そうだ。ここらへんで黒と白のゴーストポケモンを見なかった? ダークライっつーんだけど」
「黒と白? ダークライ? うーん、俺もそれなりにポケモンを見ているし知っているつもりだけど聞いた事も見たこともないなぁ……」
「そっか、悪い」
地道にジムの中を聞いて回るか、そう考えた所でだけど、とアドバイサーが言葉を置く。
「―――弟が君の事を探していたよ」
「……あ゛?」
弟―――その言葉には首を傾げるしかなく、そして早く家に帰る様にジムから追い出されてしまった。家、自分にそんなものはこのトキワシティには存在しないはずだった。それでも直感に任せてトキワシティの住宅街の中を進んで行けば、足は一つの場所へと向かって進んで行く。それはまるで見えない誰かに背中を押されているような、そういう感触だった。やがて、歩き続けるととある三階建ての家の前で足が止まる。
門前の表札を確認すればそこにはサカキの名が刻まれていた。
―――つまり、自分の記憶には存在しない、サカキの実家、自宅がここにはあった。
「……」
無言で頭に装着していたゴーグルを降ろし、息を整える。心臓が激しく己の存在を主張しているのを感じる。この先に進んで情報を入手すべきだというのは解っているが、本能的にここに入るのを拒否していた。それを鋼の精神力で屈服させながらゆっくりと、門を開けて前庭に入り、そのままゆっくりと、右手をポケットの中へと伸ばす。そこにはなぜか、鍵が入っていた。
どうやらお膳立てされていたらしい。
「なら遠慮なく」
鍵を開けて家の中に入った―――それは何の変哲もない、普通の家だった。
玄関があって、階段があって、居間やキッチン、トイレ、特に特筆すべき特徴が家にあったわけではない。だがそこには生活感があり、記憶の中から生み出された偽りの光景なのに、妙なリアリティが存在していた。いや、或いは
人の気配を感じたのか、駆け足で階段から降りて来る音が聞こえた。そうやって玄関に上がった此方を捉えるのは赤い髪の少年の姿だった。自分の記憶にある少年よりも遥かに若く、そして顔に険がない―――まるで平和な日常を謳歌しているような、そんな普通の少年の姿だった。
「あ、お帰り
「……」
若いころのシルバー、サカキの息子であるその人の姿がそこにあった。つまりサカキはただの父親で、ジムリーダーで、家は残っていて、シルバーは浚われず、アイスマンの策略は存在せず、そしてなんでもない、平和な一家の日常があり、そしてそこで自分の入る
―――夢から脱出するのに殺す必要があるのなら、
殺して、夢だからノーカン、と主張するにはここ数年で優しくなりすぎた。
破壊してダークライを炙り出すという手は使えない。
―――ピンポイントでダークライを突き止め、そして殺す以外の手段がなくなってしまった。
「おーい、ぼーっとしてどうしたんだよ。もしかして本当にピカチュウを捕まえて来たのか!?」
「ピカチュウは知らんけどピカネキなら知ってるぞ」
「なにそれ」
「俺が聞きたい。割と切実に」
こういう時、ナチュラルがいればある程度は楽にダークライを特定できるような気もするのだが―――安全を考慮して遠ざけてしまったのが裏目に出てしまった。困った話だが、今回は自分と、そして離れ離れになってしまった三人でどうにか対処しなくてはならない。現状、明確に感じ取れるのは黒尾のみだ。直ぐに此方へと合流しないという事は向こうでも勝手に行動を開始している、という事だろう。
これは、別の意味で強敵かもしれない―――。
現実では見る事の出来ない、楽しそうな若いシルバーの笑みを見て、そう思うしかなかった。
一期オニキスを更に若くした感じの僕らのポケマス様。一期は完全に残虐非道で行けたらしいが現在は結婚したりで色々とあって無理だそうで。
ダークライを追いかけつつ、トキワに来たばかりの頃の話をちょくちょく放出し、主人公の過去を軽くだけだが追いかける感じの構成となっているようなそうじゃないようなトキワの森でピカネキ出てきそう。