ホーホーの鳴き声が響く夜、大きなたき火を囲むように三つの椅子を並べ、皿の上に盛られたカレーを食べている。黒尾がロコン化で家事に参加できない今、料理当番を一番頑張り、そして積極的に取り組んでいるのが氷花だ。彼女のおかげで料理に関する質は高い水準で保たれており、今食べているカレーも保存されている物ではなくこのキャンプ地で調理した物だ。黒尾がロコン化してから台所を一気に掌握してしまった彼女だが、どうやら本格的に料理に取り組むことに魅力を見出してしまい、このカレーもスパイスから作り出す徹底ぶりを見せている。
もう選手やめて料理屋でも開けばいいんじゃないのかなぁ、というレベルである。
ただ料理している様子は楽しそうだし、誰も文句はない。むしろおかわりが大量に発生する。それを見て黒尾が若干ぐぬぬぬ、という表情を浮かべているが、所詮は姿がロコンなのであまり威厳の類は存在しない。まぁ、可愛らしい話だ。そんな事を想いながら視線を空へと見上げれば満天の星空が見える―――ポケモンバトルではなく自然の、美しい星空だ。
「次の目的地はハジツゲって話だけど……何か予定あるの?」
「いや、ハジツゲ自体には用事はねぇよ。ぶっちゃけた話、ハジツゲは補給の為に一旦寄るだけだぞ。それが終わったらちょいとペースを上げて一気にフエンに行く―――ハジツゲからフエンまでは今回、ちょいポリシーを曲げて飛行するか、或いはポケモンに乗って移動しようかって思ってるんだな、これが」
「あれ、意外だね。基本的にオニキス、移動する時は徒歩って決めてるよね」
まあな、と答える。基本的に徒歩を自分が好むのは趣味の様なものだ。未知の土地を自分の足で歩いて踏破するからこそ、旅と言うものには価値が生まれるのだと思っているし、そうやって歩くからこそ自然と体が鍛えられる―――ポケモンの育成につながると思っている。だけど今回は少しだけ話が変わってくる。流星の滝では予想外に滞在が長引いてしまった。その為、あまりゆっくりしている時間がないのも事実だ。
そもそもイベントに関する正確な日時を把握する方法が己にはない。
ただえんとつやまでアクア団、マグマ団がぶつかる事は知っている。その前に発生する隕石の強奪は―――正直、止めようがないと思っている。実際、現在のホウエン地方で隕石を入手しようとすればそれ自体は
「実は前々から温泉には興味があってな―――フエンは温泉で有名なんだぞ? ま、日ごろの疲れを癒す意味でもフエンで暫し滞在だ」
無言のガッツポーズを見せるナチュラルに対して、ヒガナが首を傾げている。フエンタウンへと急ぐ理由にはなっていない、という表情だ。それを聞こうとこちらへと視線を向けているが、静かに人差し指を唇へと当て、しー、というジェスチャーを取る。それで勝手に何かを想像したのか、ヒガナはなるほど、と納得した様子を浮かべる。チョロイ少年少女共め。
「まぁ、そっちもそっちで色々と考えてるんだが―――個人的にはロトムウマの育成で困っている部分もあってなぁー」
「え、困る?」
まぁ、方向性の話だが、と言葉を付け加える。空になったカレーの器を下へ置きながら、片手でエネルギー補給していたロトムウマのコンビを呼び寄せて、膝の上に乗せて頭を撫でる。目を細めてうとうとし始めるのを確認しつつ、そうだなぁ、と声を零す。
「最終的な方向性としては後続へと繋げるタイプのアシストになる。ただ想定している最終形態が二種類あってな、どっちにするかで迷っている、ってところだな」
「むぅー?」
自分の話であると理解したムウマが視線を上げ、首を傾げて来る。まだまだ中身は子供だな、と思いつつ自分の中で完成されている二つのプランを口にしようとして―――周りで手持ちの面子が聞き耳を立てている事に気づく。それもそうだ、最終的にはこのBパーティーにいるポケモン達も全員がスタメン争いに参戦しているライバルたちなのだ。仲間であり、それでいてライバル。オニキスというトレーナーの手持ちのポケモン達は全員が最高の舞台で戦い続ける事を望んだ者たちなのだから。
そしてとびっきり相性の良いポケモンはつまり、スタメンへのリーチがかかっている、という事だ。そりゃあ真剣に気になる、という話だ。
「俺が用意している二種類のうち、一つ目のプランは通称”デスメタル”だ。相手と対面した時に相手のタイプを
「なるほど、私との連携を重視した形ですね」
ナタクの言葉に頷く。
「プラン”デスメタル”は相手を鋼タイプにする事で炎が使える黒尾とカノン、格闘の使えるナタクという大火力を保有する面子が相手を確実に殺せるようにお膳立てする為のプランだ。もちろん鋼化に伴い優先度の変更、重量の増加とかもあるけどメインとなるのはタイプの変更によるアタックのアシストだ」
これは対面した場合の相性を考えての能力だ。近年のポケモンバトルではサイクル戦が主流になりつつある。アタッカー、アシスト、受け、その役割を明確に分けながら入れ替え、アドバンテージを握って行くスタイルが一番効率が良いと言われている。その為、不利な対面の時は有利な対面を生み出す必要性が、その重要性がお互いの中で大きくなっている。
だがそれが出来ないという場合もある。
シガナ戦が非常に良い例だ。もし4倍一致弱点を取れる対面を生み出すことが出来ればガリョウテンセイを無視してダメージを叩き込み、もっと早く潰すことが出来た筈なのだ。だがポケモンとは状況に応じて切り替えられるものではない。ならばどうするのか?
此方のメインアタッカーが有利を取れるタイプに相手のタイプを上書きする。その事によって相手が不利な相手であろうと、不一致弱点ダメージへ攻撃を制限したり、此方が上から叩き潰すという状況を作るのだ。
「なるほどね。単体での運用はそもそも考えていないんだね」
「まぁ、そういう子じゃないみたいだからな」
ロトムウマは何というべきだろうか―――非常に歪な感じがするのだ。言葉としてどう表現すれば良いのかは解らないが、とりあえず言葉では表現の出来ない相性の良さ、そして性能の偏りがある。それはまるで
「で、もう一つプランがあるんだよね?」
「あぁ、こっちはもっと解りやすい。具体的に言うとほろびのうたと言うよりは”死のカウントダウン特化”だな。プラン名は……なんかビビっと来るネーミングがこないから実はまだ名づけていない」
「ちょっと期待してた……」
「そっちの方はどんな感じなんだい?」
「それはだなぁ―――」
ポケモンのプランやこれからの目的、妄評。そんな事を話し合いながら段々と夜が進んで行く。いつまでも話し合っているわけにも行かず、適当な所で眠気を感じたら切り上げ、夜番を決定して眠りにつく。
流星の滝を離れて114番道路に入り二日目、ヒガナは割と集団になじみ、そしてハジツゲタウンへの道はまだ続いていた。
キャンプの撤去を完了させるとそのまま、ハジツゲタウンへの道を進み始める。フエンタウンでは温泉を高級ホテルと共に堪能することが出来るという話をヒガナとナチュラルの二人へと告げれば、まずまず二人の足並みに力が入り始める。露骨に楽しみにしているのが態度に出てきてしまっている辺り、やはり子供だな、と軽く苦笑を漏らしながらも、ポケモンの育成を進ませながらハジツゲタウンへと段々と近づいて行く。
―――ハジツゲタウン。
そこは本当に何もない。田舎・オブ・田舎という言葉にふさわしい場所だ。何せコンテスト会場しか観光資源が存在しないという枯れっぷりなのだから。
そのハジツゲタウンも流星の滝を出て三日目になると漸くその姿が遠くに見えて来る。相変わらず寂れている場所だ、と記憶の中にあるその様子を想い出しながら少しずつ歩き、進んで行く。段々と近づいてくる街の姿を眺めつつも、
「本当にクソ田舎だよなぁ、ハジツゲ。限界集落って言葉がふさわしいわ」
「その限界集落で私達足りない生活必需品購入してるんだから舐めるなよ流星の民を」
「
「私達はとりあえず全力ならいいかなぁ、って……!」
ナチュラルがヒガナから聞き出した流星の民の実態に関して軽く戦慄しながら、足元が舗装されている街道へと変わり始めて来る。明確な道路が敷いてあるところは人間の生活圏内であり、野生のポケモンはそこに入ってこようとはしない。その為、ここまでくればポケモンを護衛に出しておく必要もなくなってくる。今まで外に経験稼ぎのために出していたロトムウマをボールの中へと戻す。
「ふぅ、漸く限界集落が見えてきたな」
「確か限界集落で物資補給したらフエンに行くんだっけ?」
「ハジツゲを限界集落って呼ぶのやめようよぉ!! 泣いている限界集落もあるんですよ―――あ」
ヒガナまでついにハジツゲを限界集落呼ばわり、これはもうどうにもならない、と思ったところで歩き、
―――僅かな違和感を覚える。
「……どうしたんだい?」
違和感を覚えた直後に足を止め、そして歩くのを止めた。それと同時にボールの中からツクヨミを迷う事無く繰り出し、そしてコートの内側から隠し持っているハンドガンを抜く。ポケモン相手にはほとんど意味のない武器だが、人間相手であれば生身ででんこうせっか、そこからヘッドショットで大体どうにかできる。ともあれ、違和感を覚えたのならそれを疑うべきだ。
少なくともそういう人生を送ってきた。
「ツクヨミ、先行偵察。発見次第報告。ナイト、何か読み取ったら即座に伝えろ」
「りょうかーい」
『任せろ。お前の感覚はアテになるからな』
ツクヨミがシャドーダイブでハジツゲへと向かって一瞬で消えて行き、ナイトが警戒する様にボールの中から情報を纏める準備に入る。流石に自分の動きに何かがおかしい事を察したのか、ナチュラルとヒガナが表情を変える。
「こう……ピクリ、そう来る感じがあったらまず最初に疑うもんなんだよ」
「そこまでして疑わなきゃいけない人生辛くない?」
「割と辛い。安住の地が欲しい」
「切実だね……」
しょうがない。それだけ多くの恨みを買っているという話でもあるのだ。ジョウトの実家であれば割と安住の地というか伝説が二匹程好き勝手住み着いている上にレベル100に育成された野生のボディガードが好き勝手生きているので襲撃されてももう何も怖くないという素敵な状態なのだが、ここではそうもいかない。
「良い子のヒガナちゃんとナチュラルくん―――あまり悪の組織を亡ぼしながら生きるのは止めよう! ガチで狙撃されたりするからな! 俺の首には懸賞金がかかってるぞ!」
「知りたくもなかった」
「ちなみにそこらへん、ポケモン協会もセキエイも保障してくれない」
「良くも悪くも中立なのはポケモン協会らしいなぁー」
ポケモン協会は本当に世界が滅ぶとかそういう状況であっても一切動かず、ジムリーダーや四天王、チャンピオン個人の裁量に動きを任せるから本当にそこらへん頭を疑う。そこらへん、構造改革を行ってくれないだろうか。そんな事を考えている内に、
「おいすー」
空間に亀裂を生み、そこからさかさまにツクヨミが登場していた。
「お帰り……んで限界集落はどうだった?」
んー、そうだねぇ、とその言葉にツクヨミは呟いた。
「……限界集落が限界を超えちゃった感じ?」
(日付変更前に間に合わなくて)すまんな。インド時間だと日付変更前だからセーフ(日本時間3時間30分オーバー)
さすがに9時間のフライトの後は辛いんだよ!! 察して!! 楽しいからいいんだけどさ!!
という訳でロトムウマちゃんの育成プランその1公開。そして次回からハジツゲ編へ