俺がポケモンマスター   作:てんぞー

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コミュニケーションカノン

飽 き た

 

 長らく覚えている感覚、感情がそれだった。果たして最後に表情を変えたのは何時だったのだろうか。失意と傍観、そして無感情の虚無に囚われた心は何かを感じる事はなく、ひたすら玉座に座り続ける事のみを続けた。その有様を言葉として表現するのであれば或いは肉人形、その言葉が一番ふさわしかったのかもしれない。だが己は人形以下の存在であると、そういう自覚はあった。人形には遊んでくれる主がいる。

 

 自分にはそれがいなければ教わったこともない。

 

 生まれた時から退屈だった。主として、支配者として生まれたのはいい。だがそこで見たのは滅びゆく文明だった。かつては栄華を誇っていたのだろう。だが己が生まれてきたとき、それは既に衰退の時代に入っていた。

 

 古城の主として()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 故に退屈だった。成長をする必要がなかった。古代の血を引き、原初の太陽をもたらしたウルガモスの再来として祀られ、そして古城の主として君臨する。それだけが己に必要とされた能力だった。それ以外は何もしなくていい、戦いも世界も知る必要もない。故に玉座に何かをするまでもなく、主として、女王として君臨し続ける。それが義務であり、それ以外の全ては必要とされない。故に当然ながら己は何もしなかった。そして当然の様に、

 

 衰退しつつあった文明は滅んだ。

 

 かつて、人はポケモンと共にもっと身近に生きていた。その時代ではポケモンは人の姿をしていなかった。所謂古代種は人の姿をせず、それでも人と共に生き、子供を成し、そして次の世代へと進んでいた。その衰退の流れを己は見た。積み上げられてきたものが着実に崩れて行く姿を、戦争によって滅んで行く文明の姿を。それを見て己が何か感情を抱くことはなかった。それは必要のない機能であったから。

 

 原初のウルガモスとは暗黒の時代に天を生んだ者。太陽となって大地を照らし、冬を終わらせた者。その再現、それ以外の必要はされていない。故に己は何もしなかった。古城に時折人が助けを求めに来たが、拒絶する事も助ける事も受け入れる事もしなかった。だからこそ当然ながら人は消え、ポケモンは増え、そしてまた消え、少しずつ朽ちて行く。なぜ何もしない。なぜ動かない。貴様は神ではないのか。道を照らしてくれ。

 

 古城に怨嗟が溜まって行く。だがそれすらどうでもよかった。そもそも君臨するために生み出され、生まれてきたのだ。それ以外の全てを持たない存在に何を求めるのだろうか―――そんな事すら考えなかった。ただ肉人形として君臨し、存在し、そして古城と共に長い、とても長い時代と時間を生きた。

 

 そして文明はポケモンを残して滅んだ。

 

 そして再び時は動き出す。

 

 それでもやる事に変わりはなかった。何かをする必要も、覚える必要もない。ただ知識は勝手に増えるばかりで、そして古城も少しずつ変わって行く。主の庇護を求めて勝手にポケモンが住み着き、そして風化していくようにゆっくりとだが削られて行く。着実に削られ、そして消えて行く古城は前文明の遺産であり、

 

 ―――そして滅びの象徴だった。

 

 だからといって何かをする訳でもない。朽ちるその時まで君臨し続ける為だけにそこに存在する。故に古城は何かをされるわけでもなく、ほとんどの文明から遠ざけられて存在し続けた。別にどうでもよかった。それこそ完全に崩れて崩壊しても。そうすれば飽きる事なんてなかっただろうに。だがそんな願いですらない願いを裏切り、古城は数えもしなかった時を生き抜いた。おかげで古城の中のポケモン達も代替わりを重ね、一部、古参を除けばほとんど己の知らない者ばかりとなってしまっていた。

 

 その間に世界も大きくその姿を変え、いつの間にかポケモンは人に近い姿を望み、そうなる様に進化した。おかしな話だ。

 

 かつて、人とポケモンはいっしょだった。それこそ結婚し、子を成すまでに密接に生きていた。だが新しい時代、人とポケモンの間には種族という小賢しい壁があって、それを乗り越えていないのにポケモンは人に近づこうとしていた。まるで意図的に誰かが世界の針を進めているような、そんな印象を受けるあべこべさが外の世界には広がっていた。或いはその古城から変わって行く世界を眺め続けていたからこそ解った真実なのかもしれない。

 

 しかし、果てしなくどうでもよかった。

 

 考える事にすら飽きた。

 

 生きる事にも飽き、

 

 そして死ぬのも面倒だ。

 

 だからただ唯一、もはやだれも近寄る事すらなくなった玉座でただただ自分と城の終わりを待ち続ける様に君臨した。もはやそれを望んだ存在がいないのだから、極限まで不毛であった。だがそれ以外を己ですら求めていない。故にソレ以上を求める必要もなく、傍観の果てに傍観である事すらも忘れつつあった。己以外にも同じような境遇の古参は数名存在した。だがそのどれもが結局のところ、どこかで狂うか傍観に沈んでいた。

 

 それほど長い時を過ごしたから、という意味でそうなったのではない。

 

 それしか選択肢がないからだ。

 

 伝説でもない存在―――超常存在である伝説、バグとして生み出されたことが始まりの幻、それを除けばはるかな時を生きる事は決して賢い訳ではなく、最終的に世界に飲まれる。

 

 或いはそれこそが見えざる神によるシステムのアップデートなのかもしれない。

 

 望んですらいないのにいつの間にか人の姿をしていたのが何よりもの証拠だった。だが虚無の底に沈んだ意識の中ではもはやあぁ、という言葉すら出ない始末だった。だけど刺激を求める訳でも救いが欲しかったわけでもない。人形にそのようなものがある訳はない。ただ知識を持つだけであり、それを動かす知恵がなかった。

 

 ―――そこにある日、変化が訪れる。

 

 良くも悪くも己は完結していた。故に永遠に変化はありえなかった。故に変化とは内部ではなく外部から生じるものだった。代わり映えもしない時、いつの間にか古城の最奥、己が主として君臨する玉座の前に到達する一つの姿があった。それは一人の男の姿だった。白いトレンチコートに黒いボルサリーノ帽という何ともアンバランスな格好をしている癖に、本人がカッコいいと思っているのか、それを着こなしている、そんな少しだけ間抜けな男の姿だった。あとから話を聞けば黒は師とかぶるから嫌だ、という何ともしょうもない理由でそんな色を選んでいた男だった。

 

『お前が欲しい』

 

 男の欲求は何とも情熱的であり、率直だった。余計な言葉を入れず、ストレートな欲求だった。男は己に対して説明を行った。男はポケモンマスターだと。とある大陸でチャンピオンをしていると。そしてもっと強くなるためにポケモンをスカウトしているのだと。だから己は答えた。好きにしろ、と。捕まる事等どうでもよかった。未練も執着もない、そういう生だったからだ。だから捕まえて従わせるならそれも良い。そう答えた所で、男は答えた。

 

『俺のタイプは元気で強情なお嬢さんを組み敷いて無理やり浚って行く事なんだ』

 

 そう告げた男はそれだけでスカウトをあきらめた。この男は一体何を言っているのだ、と軽い混乱を抱いた。捕まえに来たのではないか。そんな疑問が胸中に湧き上がっていた。

 

『言っただろ? 少し嫌がるところを組み敷くのが好きだって。反応のない人形を連れ出した所で楽しくもなんともない。無駄足だったか……まぁ、ここらへんでスカウトできそうなのを探すか、他にもウルガモスはいるみたいだし。あー……この匂い、どっかに天賦ガモスがいるな……! スカウトできなくても育成したくなるぞ!』

 

 男は己の心を、頭を掻き乱すだけ掻き乱してあっさりと背を向けてしまった。一体なんだったのだろうか、もやもやとしたものが胸に、痛みと共に現れ始めていた―――その時、己は気づきもしなかった。長い時を傍観に沈んでいた己が漸く、何かを考えようとしていたことを。初めて明確に考えようとし始めていたことを。

 

 意志に対して方向性を与えようとしていたのを。

 

 ―――夜、男は寝床を求めて再び玉座の前に姿を現した。

 

 安全な場所がこの玉座の間のみであると男は言い、ここをキャンプ地として勝手に宣言していた。破天荒な男は良く喋り、今の世界がどんなものかを良く語ってくれた。それに応える様に己も最初は控えめに、そして次第に引き出される様に言葉を、知識を放出していた。昔の人々はどんな生活をしていたのか。なぜ己はここにいるのか。どういう世界なのか。何をしているのか。

 

 飽きて、ただただ死んでいないだけの生に、初めて潤いと言える様な出来事が続く。男と一緒の時間は心地よかった。男といる間、まるで心臓に刃を突き刺されたような痛みを抱き、肌をぞわりと悪寒が撫でる。それは祀られるだけの己にとっては未知の領域であり、そして未知であるが故に心地よく、快感を覚えてしまいそうなほど楽しいものだった。それは男の殺意だった。もはや感じる事のなくなった己の心臓に殺意を流し込み、それで眠っていたものを引き出そうとしていたのだ。

 

 だがそれを口に出す事も、損耗する姿も見せずに、男は古城に滞在する五日間、ずっと続けていた。

 

 彼はほかのポケモンでもスカウトしよう。そう言った。

 

 だがそれは嘘だった―――彼の瞳には最初から己しか映っておらず、どうやってその気にさせるかしか最初から考えていなかった。だから彼は彼にしか出来ない事をやった。凝り固まった氷の様な心を殺意の刃でそぎ落として露出し、その中に彼らしい焔を叩き込んで、くすぶっている種火を燃やしたのだ。言葉での説得ではない。それは彼、そして彼に適応できるポケモンにのみに出来る手段だった。

 

 ()()()()()()()だった。

 

 その統率に私は見事、適ったのだった。

 

 故に自然と、接している内に私は彼の事を想い、率いられたいという感情を引き出されて行く。おそらくそれは男の計算通りの動きだったのだろう。そしてそうやって動かさないと手持ちを増やすことが出来ないのだから彼のいる世界はなんともめんどくさい世界だった。己が知っている時代よりもはるかに複雑となっているが、どこか、縛られている。そう受け取れる世界だった。それを伝えると男は笑い、そして言葉を告げたのだった。

 

 

 

 

「―――もうちょっとハジツゲまでの道路を整備してもいいんじゃねぇか? 見ろよ、アイツもう瀕死だぜ」

 

「君が! 僕を! 群れの中に放り込むからでしょ!」

 

「いや、それで襲われずペロペロ地獄されるのは私初めて見たよ。というか今もファンの皆が後ろからこっそり行列を作って追いかけてきてるよ」

 

「モテモテだなナチュラル君」

 

「僕は自分の能力を今だけは恨みそうだよ……」

 

 前方、流星の滝からハジツゲタウンへと延びる道を三つの姿が歩いて進んでいるのが見える。出会った時と変わらない黒い帽子の男、白い帽子をかぶる緑髪の少年、そして新しく旅についてきた少しだけ同情できる民族衣装の少女だった。三人とも年齢はバラバラだが、それでも一つの友人のグループとして、遠慮のない関係を構築できているようで、楽しく笑っていた。後ろから歩いている自分はそんな三人に小走りで追いつき、軽い跳躍で男の背中に追い付き、抱き付きながら視線を白い帽子の少年へと向けた。

 

「ねぇねぇ、知ってる? ―――昔はポケモンとの結婚とか色々と文化であったのよ」

 

 一瞬で白帽子の少年は動きを停止させ、うなだれながら呟く。

 

「待って。それを僕に言ってどうするの」

 

 それを聞いていた民族衣装の少女が静かに頷き、背後の野生のポケモンの行列へと視線を向けた。

 

 

「さあ、始まってまいりました第一回婿チュラル君争奪戦。参加者は……おっと、いきなり114番道路がルール無用のデスマッチに突入しましたね……ってこれ環境変わらないかな」

 

「おなかがいたい」

 

「色男って罪深いわね……!」

 

「君のせいだよ!! なんでオニキスのポケモンってこんなにイロモノが多いんだよ!!」

 

 流星の滝へと来る前よりも白帽子の少年に対する被害が増えている。このままだと少年の胃は大いに荒れそうだなぁ、何て事を考えながらころころと笑い声を零してしまう。飽きを感じていた己はあの古城に捨ててきた。あそこを異界として再現することが出来た故に少々思い出してしまった。しかし、

 

 今の自分は、

 

「アタシ、染められちゃって浚われちゃったからね。仕方ないわね」

 

 こうやって、歩き、笑い、一緒に生きているだけの時間が何よりも楽しいのだ。

 

 故に進む、

 

「ね、アタシのポケモンマスター様」

 

「おう。男には浚うぐらいの強引さがないとな」

 

 次の街へと向かって、率いてくれる自分のポケモンマスターと共に。




 元古城の主。今回はスカウト経緯、内面という感じとオニニキの性癖の話。これも全部ロケット団って奴が悪いんだ。ところでボス、教育方針間違えませんでしたか?

 ヒガナちゃん、犠牲枠に入るのが嫌で積極的にナチュラルを弄る側に走った模様。これにはピカネキ、ボールの中からニッコリ。

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