ポケモン用の牢屋の中、そこには二つの姿がある―――唯一の足跡となるムウマ、そしてギターロトムの姿だ。二匹は恐れる様に、そして不安を抱く姿を見せる様に牢屋の隅で特に拘束されることはないが、それでも捕まっていた。監視には警察の方で運用されている専門のガーディがついており、姿は見せてなくても常に見張っている。そんな状態、既に署長から話は全体に通されているのか、看守にしばし席を離れてもらってナチュラルと二人で、ムウマとギターロトムの入っている牢屋をその外側から見る。
じっくり観察すれば見える。正しくはロトムが変種、
「……!」
「よう。元気にやってるか? まぁ、牢屋に入っている奴に言う事じゃないよな……まぁ、治療はちゃんとされているようで安心したわ、当たり前なんだけどな」
言葉をかけるが、此方を恐れているのか、そのまま更に隅の方へと縮こまる様に体を押し込むのが見える。
「完全に恐れられているけど何をしたの」
「シャドボ踏み潰してカウンター決めた」
「人間でそれやったらそれは怖がられるよ……」
一応言い訳をするなら本来の自分のスペックはここまで高い訳ではない。
シバとか。シジマとか。トウキとか。お前らトレーナーしろよ。
「んじゃ、何をして欲しいかは大体解っているし……任せてもらってもいいんだね?」
「おう」
ここに来る前に受け取った鍵をナチュラルへと投げ渡せば、ナチュラルがそれを受け取り、牢屋の扉を開く。牢屋の中に入ったナチュラルは微笑を浮かべ、両手を広げながらムウマとギターロトムに近づく。普通、それだけの動作で野生のポケモンは警戒するだろう。だが既にムウマとギターロトムの視線はナチュラルに釘づけとなっており、そして警戒心を溶かし始めていた。
「大丈夫、安心して欲しい。僕は君を傷つけないし、怖がらせたくないんだ。ただ単純に、君とトモダチになりたいんだ―――」
「これが真の統率者のカリスマって奴か」
ナチュラルには聞こえない様に呟く。何度も見てきている事だが、やはり凄まじい。数秒前までは警戒していたポケモンの警戒心を完全に溶かし、その存在感だけで安心感を与えている。この世でポケモンを導き、率いる事を才能のみで判断するのであれば、おそらくワタルや
伝説側から頭を下げさせることが出来るのはおそらくこの少年だけだ。
―――レックウザ説得の鍵だな。
最優先で守らないと駄目だよなぁ、などと思っている間に受け入れられたナチュラルは二匹に近づき、視線を合わせる様に膝を折ると、そのまま二匹と交流する様に談笑に入る。情報の引き出し方に関しては完全にナチュラルに任せているのだから、まぁ、ここら辺は自由にさせよう。そう思っているとポケナビが通話で軽く震える。確認すればダイゴからの通話だった。
「うい、もしもしこちらセキエイチャンプ」
『こっち、ホウエンでは君よりもはるかに知名度の高いホウエンチャンプの人生勝ち組だよ』
無言で通信を切る。直後、再びダイゴから着信が入る。再び通話のボタンを押す。
「おう、なんだボンボン」
『所詮は金のない負け犬の戯言なんだよねぇ……ってそうじゃなかった。襲撃されたって話を聞いたんだけど大丈夫? ……ま、心配が必要なわけないか。少なくとも僕と同格のトレーナーなんだしね。闇討ち程度で怪我をするんだったら引退した方がいいよ』
「お前、喧嘩を売る為に通話入れてきたの……?」
言外に切るぞ、と軽く脅迫すると、まぁ、待て、とダイゴから言葉が返ってくる。
『こう見えても三王の件に関しては言いたいことがあったからね! まぁ、これぐらいいいじゃないか―――まぁ、そんな事よりも君に朗報だ。ホウエンリーグに話を通して四天王の一人をおくりびやまの警護に着ける事に成功したよ。ゲンジさんが立候補してくれたし、よほどの化け物が襲い掛かってこない限りは大丈夫だと思うよ……まぁ、これは保険なんだけどね。最善はあいいろのたま、べにいろのたまをおくりびやまから遠ざけて隠す事なんだろうけど―――』
「―――動かないんだっけ」
べにいろのたまとあいいろのたま―――グラードンとカイオーガをよみがえらせるために必要な道具であり、そして同時に資格のない者でも伝説のポケモンたるその二匹を操ることが出来るようにするための拘束具でもあるあの二つの球はまるで大地に固定された山の様に動かず、壊す事さえできないと前、教えてもらった。その為、隠すという手段が取れない。
『うん。あまり大きく護衛を出すと動きが見えちゃうし、警護の方はこれが限度だと思うよ。僕はこれからムロの方で地質調査とメガストーンとキーストーン調査に出て来るけどそっちは……』
あぁ、予定通り進むと答える。
「―――北上して流星の滝に向かうわ。流星の民と呼ばれる一族がホウエン地方の伝説に対して古い記録や伝承を保持しているからな。色々と調べて来るよ」
『じゃ、死んでいなかったらまた適当に』
「あぁ、じゃあな」
ともあれ、ヒガナの事を、そしてレックウザに関するアレコレを確認するためにも流星の民に早いうちに接触しておかないと駄目だと解った。小さく溜息を吐いて、片手で頭を抱える。赤帽子と世界中を回っていた時はもう少し、こう、
「……ま、くだらない話だな」
スマートに終わらなくても極論終わらせらればそれでいいのだ。そしてそのためにグルっと世界を回ってここまで来たのだ。出来る事をしなくてはならない。自分でそう決め、そしてそれを成すために動いているのだ―――弱音や迷っている暇はない。寝れば調子も良くなる……そうしたらカナズミシティを出る準備だ。
「―――っと、終わったよ」
「ん、あ、おう」
「……大丈夫かい?」
「眠いだけだから気にすんな。それよりもどうだった?」
軽い欠伸を漏らすとそれを見ていたナチュラルが納得する。こう言ってはなんだが、ナチュラルはどこか
「残念だけどあの二人を傷つけた犯人に関しては良く解らなかったよ。突然捕獲されて、そして突然逃がされたと思ったら瀕死一歩手前まで傷つけられて、そのまま逃げてきたんだってね。全く、本当に酷い事をする奴もいたものだね……」
ムウマとギターロトムはどうやら被害者だったらしい―――いや、待て。
「じゃあなんで俺を襲った」
「あぁ、なんでも向こうの気配が君と似ていたらしいから、パニックになって襲い掛かったみたいだよ―――ちょっと悪事に手を染めすぎなんじゃないかな、君」
「うるせぇ、大分足を洗ったんだからそこは。大体男は少し位黒い方がモテるんだよ」
気配……気配―――となるとやはり育成タイプのトレーナーだろうか? 或いはチャンピオン級の実力者だろうか。それだけの実力者となると割と絞り込めてくる、これは間違いなくいい情報だと思ってもいいだろう。りゅうせいぐんを使えるポケモンを保有した実力者を探せばいいのだ―――過去のリーグ参加者から洗い出せばある程度は楽になる。
「出身地は解るか?」
「いや……あの子たちはどうやら自分が生まれた土地の名前を知らないみたいだったよ。記憶の中を覗かせてもらったけど見えたのは廃墟ばかりだったよ」
出身地から目星をつける事も出来ない。困った、今回の件、完全に相手が上手だ。ほとんどの情報を吐いてくれない、完全犯罪とはいかないが、それでも個人を特定できないレベルとなってくると少し、用意周到が過ぎるというか―――手強い。
「ただ襲ってきたトレーナーの姿と、その手持ちのポケモンだけは確認できたよ」
「マジか」
「うん―――トレーナーは茶色のローブで全身を隠していて全く見えなかったけど、その横で指示されて攻撃してきたのは
無言で両手で顔を覆う。フーパ、そうか、ここでフーパが来るのか―――これはどう判断すべきなのだろうか。フーパ……そう、フーパだ。自分の中で一番相手をするのがめんどくさいポケモンランキング、アルセウスに続いて二位にランクインするポケモンだ。異次元をつなげる能力を持ったあのポケモンは現状、
「どの手段でも追いかける事が出来ねぇよ……」
「あ、あはは、ははは……」
いじげんホールを再現、ポケモンに教える事は出来る。シャドーダイブだって出来たのだから。だけどそれとは別に、ポケモンが固有に保有する能力、やぶれたせかいや転生、そういう能力は残念ながらどんなに育成しても種族の壁を乗り越えない限りはどうにもならない。その為、フーパが異次元への穴を空けたとして、それを追跡する手段が
いや、或いはパルキアの空間干渉能力ならどうにかなるかもしれない。ただアレはシンオウ地方の伝説であり、現時点では手を出す事は難しい。
割と真面目に状況は良くない。少なくとも殺しに来ている相手を捕捉、そして予測できないというのは何よりも恐ろしい―――だから情報が必要だ。
無言で頭の裏を掻き、溜息を吐く。ホウエン地方が段々と自分が知っているプロットから外れて行っている。それが単純にここがモデル通りだけの世界から、想像の範疇を超える飛躍を遂げていると喜ぶべきなのか、それとも変わって行く状況に対して自分が万全に挑めない事を嘆くべきなのか―――いや、解っている。自分の事だから良く解っている。
純粋にそう感じている。まるでクリスマスの朝、見たこともない新しいおもちゃを手にしてどうやって遊ぶのかを考えている子供の様な気分だ。知っている、発展した玩具ではなく、全く新しいおもちゃに触れているのだ。どうやって遊べるのか、どうやって使うのか、真新しいものに触れるからこそ心が躍るという気持ちもある。
「……さて、と」
視線をムウマとギターロトムへと向ける。此方の視線を受けてビクリ、とムウマとギターロトムが姿を震わせる。それを見たナチュラルがジト目を向けて来るが、いったんそれを無視し、再びさて、と言葉を置く。このムウマとギターのロトム、この二匹を見て自分は欲しい、そう思った。つまりはトレーナーとして、トレーナー個人の相性としてマッチングするポケモンであった、という事で。非常に珍しい話だ。
本当にポケモンを欲しい、スカウトしたい―――そう強く思ったのはクイーン以来の話なのだから。
「じゃ、話を始めようか。安心してくれ、
特殊な能力を覚える才能があるわけではない―――だから契約して意中へと上り詰める為の能力を用意した。
圧倒的なカリスマを持っているわけではない。だからついてくるポケモンを厳選し、そして心酔させる。
後は得意分野で―――育成で勝負する。なにせ、何も能力を伸ばす事だけが育成なのではないのだから。たとえば健康やメンタルの管理だってトレーナーの立派な仕事だ。
「さ、ちょっと話し合おうか。時間はあるしな」
たとえば心の闇を少しだけ前へと押し出して引き出す事―――それも立派な育成だ。
では、スカウトを始めよう―――。
根本的な部分でロケット思想なせいでまともなスカウトが出来ない屑の図。前作読んでいる人はクイーンのスカウトの件を思い出せばいいよ!!
次回はいよいよカナズミとお別れですかねー。長かったけどそろそろ流星の滝でルナトーンを水辺に投げ込みたい。