俺がポケモンマスター   作:てんぞー

21 / 72
カナズミシティ-夜

「ふぅー……結構遅くなっちまったな」

 

 頭の裏を掻きながら空を見上げれば、既に暗くなってしまっている。カナズミジムで色々と講義を終わらせた後、夜、ツツジの家へと食べに行くまで軽く情報や育成案のまとめを行おうと考えたのが悪かった。新しいレギュレーション、制限、変更された禁止範囲、新しく広めてほしいもの、そういう事を考え、考慮に入れながらポケモン自身の才能や能力を考えていると、いつの間にか時間は夜に突入しており、静かな時間となっていた。ポケモンマルチナビも集中するために消しっぱなしだったのが仇となった。

 

 こうなればせめてアラームでも仕込んでおけばよかった。そう嘆いてももはや遅い。約束の時間は七時で、既に時間は八時を過ぎている。ポケナビで通信を入れれば怒られることはないが、それでも呆れの声は返ってくる。正直、あまりいい気分ではない。土産にピカネキの一発芸でも持ち込んで、それを披露して許してもらおう。そんなことを思いながらボールの中のポケモンをホテルの中で解放し、そのまま食事をしてくると伝え、

 

 ホテルを出る。

 

 星が浮かぶカナズミシティの夜空は美しい。環境破壊と汚染は間違いなく進んでいるのだろうが、それを自分が知る東京、渋谷や吉祥寺等の街と比べると遥かに美しく、そして澄んでいる様に見える。この世界は、ポケモンという隣人がいた。

 

 その力を借りる事で環境を汚染するような技術がそこまで発達しなかったのだろうか。∞エネルギーなどを見ると、それでもどこかで科学の発展、環境への被害というものも見えてくる。それでも、ここはいい世界だと思う。少なくとも隣人が傷ついていれば見過ごさず、助ける事が出来る人がいっぱいいる。

 

「んー、夜風が気持ちいいな」

 

 散歩でもしたい気分だが、さすがにこれ以上遅れるとキレられるな、と思い、ポケナビで現在位置とツツジの家の場所を再び確認する。さすがにカナズミ級の都会となってくると地図がないと迷子になりそうだなんて事を思いつつ、住宅街へと続く道を見つけ、進んで行く。街灯によって照らされる街並み、人通りは多くはない。住宅街の方へと進めば更に人通りがなくなり、家の中から食事をする人の気配を感じる。

 

 そんなことを考えていると段々と腹が減ってきた。意外と健啖家なのだがそこらへん、大丈夫だろうか。

 

 そう思考し、住宅街を進み、

 

 曲がり角を曲がる。

 

 ―――瞬間、顔面めがけてギターが振るわれていた。

 

「危ねっ」

 

 咄嗟の事に体が反応し、上へと向かって蹴り上げる様に動作が即座に入る。顔面めがけて振るわれていたギターはそれで上へと弾き飛ばされ―――瞬間、背中を這うような寒い、怖気の様な気配を感じる。この怖気は寒さからくるものではない。ゴーストタイプポケモンが使う呪術系統の技―――くろいまなざし、或いはのろいから来るような怖気だ。

 

 そこまで感じれば、これが事故ではなく()()であると理解させられる。

 

 蹴り上げた姿勢から視線を前方へと向ければ、そこには暗闇の中に浮かぶポケモンの姿が見える。暗闇の中で黒と紫色に浮かぶそのポケモンは―――ムウマだ。間違いなくこのムウマがギターを投げつけてきた犯人なのだろう。両手を前へと突き出すように形成されるのは影を凝縮させた玉であり、

 

 それが生み出されるのと同時、頭上でジリジリ、電気がスパークする音が聞こえる。視線を向ける暇もなく、確認する暇もない、左手を腰裏へと伸ばそうと一瞬だけ考えるが、そこにはモンスターボールがない。当たり前だ。ホテルで自由にしてきたのだから。

 

 ―――そもそもこんな見られやすい街中で襲い掛かってくるキチガイはロケット団にもいなかったぞ……!

 

 油断していたわけではないが、次回からもう少しだけ気を付けよう。そう考えながら、

 

 左袖からナイフを上へと向かって投擲し、正面から迫ってくるシャドーボールを振り上げた足を振り下ろすかかと落としで叩き落とす。上へと投げられたナイフに電撃が落ちて、それを砕きながら体へと到達する前に前へと一気に踏み込み、靴の裏で爆発するシャドーボールを推進力に一気に前へと飛び出す。頭上にビックリマークを浮かべるムウマをそのまま素手で掴み、

 

 放り投げる様に解放しながらサッカーボールのごとく蹴り飛ばす。

 

 電撃を吐き出して落ちてきたギターと衝突し、そのまま奥の壁に衝突する。

 

「ま、そこまで練度(レベル)が高くなかったみたいだし、こんなもんか」

 

 ―――身体は資本だ、という言葉がある。

 

 これはトレーナーも変わらない。そしてチャンピオンとして頂点に立ってからも、体は更に鍛えている。より高いレベルの育成をポケモンに施すにはそれこそトレーナー自身にある程度の身体能力を要求してくる。それこそリーグトップクラスのトレーナーであれば、ポケモンなしでも野生のポケモンとある程度やりあえるぐらいにはある。己もそうだ。これぐらいのラインだったらポケモンなしでも十分だ。

 

 ともあれ、急いでいるところいきなり襲ってきた犯人を確認しようと、蹴り飛ばした壁の方へと視線を向ける。そこには折り重なり、目を回して瀕死状態になっているムウマ、

 

「ん、こいつは面白いな」

 

 そして―――ロトムの姿があった。だがただのロトムではなく、ギターの姿をしたロトムだった。道具を使わず育成家としての観察力で見た限り、タイプは電気・鋼、ヒートロトムの変種か、或いはデルタ種に近いものがある様に見える。ムウマの方も普通とは違ったようなものを感じるが―――二匹とも、その能力よりも目を向けるべきところがあった。

 

 ()()()()()()()

 

 ロトム、ムウマ、両方ともまるで既に攻撃を受けていたかのようにボロボロとなっており、おそらく()()()()()()()()()()()()()レベルまで傷つけられていた様に見える。なんでまたこんなことに。そう思いながら目を回すロトムとムウマへと近づき、壁に叩き付けられてから道路に転がったその姿をより良く見るために膝をついて手を伸ばしたところで、直観的にヤバイ、ムウマとロトムの傷を確認したところでそう理解させられる。

 

 ―――ロトム、そしてムウマの傷は()()()()()()で与えられるような傷跡だ。

 

『りゅうせいぐん』

 

 誰かが、街のどこかでそう呟いた。直感的にそれを感じ取った。経験、そしてトレーナーとしての勘で今、技を此方へと向けられたという事を察知した。相手がだれか、男か女かは解らない。だが―――これは()()、間違いなく()()のだろう。ドラゴンポケモン最強の奥義、りゅうせいぐんが。

 

 即座に思考加速で時間を引き延ばす。自分一人では一度が限度だ―――だから素早く考える。なにせ、状況は酷い。

 

 まず第一にここは住宅街であり、人が普通に住んで、生活しているというところにある。()()()()()()()()()()()()()()()()のは気配を探れば容易に解る事だ。その上でこんな場所でりゅうせいぐんを放てば直ぐ近くの家屋に被害が出るのは当たり前の話だ。だがそれとは同時に、ここで自分が回避の様な行動を実行すれば、

 

 ストレートにりゅうせいぐんがこのムウマとロトムにヒットするだろう。瀕死状態で奥義には届かなくとも、最強技の一つを受ければどうなるのか、その予想は難しくはない。そしておそらく、このポケモン達の傷の具合は自分が反撃した時に簡単に瀕死になる様に調整されたものだ。

 

 ―――やり口が汚い。

 

 ならば、遠慮はいらないだろう。

 

 思考加速を解除するのと同時に口を開く。護衛はいなくても、手元にポケモンの入ったモンスターボールがなくても、その程度で俺を無力化できたと思うのがどれだけ甘い考えなのかを、そしてやろうとしている事の阿呆さ加減を襲撃者のその脳髄に叩き込む。

 

 呪いが喉を絞め上げる。故に肺の中の酸素を吐き出すように呼ぶ。

 

「ツクヨミ―――」

 

 言葉と共に空間が引き裂かれ、虚空を砕くように異界への入口が開く。そこから零れ出る様にアナザーフォルムのツクヨミが飛び出す。りゅうせいぐんが発動してから着弾するまでの時間は僅か一秒程度、だが引き裂かれた虚空から異界の理が溢れ出し、やぶれたせかいが空間のルールを上書きする。言葉は必要としない。呼べば来る。そもそもこの女―――たとえ場所は離れていようが、一瞬たりとも自分から目をそらしたことがない、生粋のストーカーなのだから。

 

「残念、無念、おとといきやがれぇーい!」

 

 軽い言葉と共にその音が伝わる前に、落ちてきたりゅうせいぐんを異界の効果で半減させながら服の下から生やした尻尾でドラゴンテールを放ち、りゅうせいぐんを被害の出ない道路の方へと弾き飛ばす。また同時にツクヨミの放つ伝説のオーラが体を蝕む呪いを喰らい、そのまま砕いて滅ぼす。体が軽くなるのを感じながらそのまま、音と攻撃の気配と、そして戦意と殺気を向けてきた方向を特定する。

 

 ―――場所は二キロ程離れたマンションの屋上と断定する。

 

「そこだ、討て(殺せ)

 

「はーんぶっしーつ! さてらいとー!」

 

 りゅうせいぐんを放ったのであればドラゴンポケモンを出しているのだろう―――咄嗟の逃亡手段は飛行によるものだと判断し、逃げるのであれば直撃して死んでもらうという判断を込め、空に亀裂を生み出し、そこから衛星砲を真似る様に反物質の砲撃を上から叩き落とす。遠目に見えるマンションの屋上が黒と白、モノクロームの世界に一瞬で染まり、一切破壊を生み出す事無く色を奪って生物の命を奪って行く。

 

「―――……やったか?」

 

 そのまま、静かになったマンションの屋上へと視線を向ける。さすがに距離が離れすぎていてどうなったのか、肉眼では完全に把握しきれない。だが感触的には間違いなくヒットしたものはあった。生物の生存を一切考慮しない反物質を叩きつけたのだから、アタリさえすれば即死は間違いないのだが。ともあれ、

 

「確認頼むわ」

 

「ういういー。ここまで伝説を顎で使ってるトレーナーもだーりんぐらいだろうねー」

 

 そんな言葉を置いて再びやぶれたせかいを通してツクヨミが遠くに見えるマンションへと状況の確認を行ってくる。他に何もこないかどうかに軽い警戒を抱きつつ、今夜はツツジの家でごちそうになるのはあきらめた方がいいだろう、なんてどうでもいいことを嘆く。まぁ、命を狙われる覚えなんて腐るほどあるのに街中だと安心して軽装で歩き回った自分に落ち度があるのだ。今度からは最低限護衛を一人どんな時でも傍につけて置こうと思いつつ、視線をムウマとロトムへと向ける。

 

「さて、どーしたもんか」

 

 即行で終わらせたとはいえ、それでもりゅうせいぐんとドラゴンテールの衝突はそれなりの轟音として夜中に響いてしまった。住宅街が少しだけ騒がしくなるのを気にしながらロトムとムウマの事をどうするべきか、数秒間だけ考え、眺めているうちに二匹が野生のポケモンであることを見抜く。こうなればあまり好きなやり方ではないが―――そんな事を考えている内に、ツクヨミが戻ってきた。

 

 上半身だけをやぶれたせかいから露出させる彼女はまるで虚空から上半身だけを生やしているような風に見え、その片手には赤く、黒い紋様の入ったフード付きの上着が握られていた。

 

「屋上にはこれだけが残ってたよ。たぶんテレポートで逃げられたかなー」

 

「そっか、サンキュ」

 

 ツクヨミの手に握られているのは見るものが見ればすぐにわかる―――マグマ団の衣装だ。人間の生活圏を広めようとしているある種のカルト組織とも呼べる集団だ。強盗、殺人、誘拐、理想の為なら手段を択ばないという所はどこか、ロケット団と似ているところがあるが……その目的は人類にとっての理想の世界の構築。

 

 都市部でのテロは聞いた事がないし、自分の知っている記憶にそういう事をする連中でもない、ともある。そもそもこの段階で大きく指名手配されるような出来事は連中なら避けようとする筈だ。

 

 となると考えられる線は二つある。

 

 一つ目はドラゴン技、りゅうせいぐん、という所から考えて―――犯人はヒガナであるという事。まだ出会ってもないし、どういう少女なのか把握してもいないが、純粋にデボンに対して憎しみを、チャンピオンに対して怒りを抱いている彼女であればあり得るのではないか、という考えだ。

 

 そしてもう一つは―――アクア団の仕業だ。マグマ団の存在をアピールするためにマグマ団の衣装を置いて行ったのか。でもそう考えると逆に露骨すぎないか、とも考えられない。アクア団がマグマ団のカモフラージュを行おうとしている……様にマグマ団が見せつけている、なんて風にも考えられる。

 

「……ダメだ、頭がこんがらがってきた。まぁ、ジュンサーさんに連絡いれなきゃなぁ」

 

 今夜は徹夜になるぞ、と口に出して嘆くと上半身だけを浮かべたツクヨミがよしよし、と首に抱き付いてくる。慰めてくれるのはいいのだが、そのホラーな構図はやめてほしい。

 

 ともあれ、

 

 ―――これはそろそろ、カナズミシティを出た方がいいのかもしれない




 未登場のヒガナちゃんの仕業かもしれないし、マグマ団かもしれないし、アクア団かもしれない。或いはフレアやギンガ、プラズマの残党で私怨を抱いたやつがそういう風に押し付けてぶっ殺しに来ているのかもしれない。

 ぶっ潰すとは恨みを買う事でもある。正義の味方は辛いよ。それhそれとしてまさに伝説のストーカー……!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。