「スイッチバック、ナタク。出ろ、カノン。雨はもう良い。濃霧はそのまま維持して”湿原”にしろ。展開期間は三時間ほどで良い。良い子だ、スイッチバック。ダビデ、再び警戒と護衛を任せる」
ナタクからカノンへ、そしてカノンからダビデへとポケモンを入れ替え。指示を繰りだし、追跡を完全に振り切る。そのまま、ナチュラルが指し示す方向へと向かって歩いて進む。依然、濃霧が行く手を遮るが、それでも自分の目はしっかりとこの暗闇の中を把握しており、ナチュラルの手を握って示す先へと向かって着実に進んでいる。何て事はない、これも伝説種による加護の影響だ。ところどころ人間を止めている様な気がするが、生身で神速とかやらかすシバやシジマと比べればまだまだ圧倒的に人間だ。というかボスゴドラと殴り合って勝利するんだからあの二人は頭おかしい。人間ならそこは死ねよ。
「なんか……慣れているんだね」
ナチュラルの言葉を聞く。その声は隠れているという事を理解して、小さくなっている。だから此方も応えは小さくする。
「そうだな……俺には一人、師匠がいたんだけどな。この人がもう、本当に容赦のない人でさ、ポケモンの効率的な運用の仕方というのを理解していた人なんだ。ポケモンを徹底して道具だと断じて、そして使っていた人だった。だけど無駄に使い捨てる事だけはしなかった。徹底してポケモンの限界を引きだし、そしてそれを統率し、導いていた。どんなポケモンも、彼の為なら使い潰されても構わない、自分から仲間にしてほしいって頼みこんだポケモンまでいるぐらいさ」
「それは凄い……けど……僕とは相容れないだろうね」
あぁ、勿論、そりゃあ不可能だろう。ロケット団総帥、サカキ。彼は天才ではないが、まさしく怪物だった。”天才を喰らう怪物”といえる存在だった。サカキは慢心しなかった。サカキは油断しなかった。そしてサカキは知っていた、人間と、そしてポケモンの団結力は恐ろしい。団結するからこそ力が生まれるのが生物というものだ。だから彼はロケット団を夢を叶える為の装置として生み出した。”根がロマンチストのリアリスト”だと自分は思っている。そんな人物だからこそ、あそこまで魅せる事が出来るのだろう。
「まぁ、それで師匠から効率的な運用方法を使い潰さない程度には覚えたのさ。出来る事と出来ない事を把握しておく事、役割以上の事を求めない事、連携と情報交換を絶対に忘れない事……まぁ、言っちまえば基本的な事だよ、マジで。ただ意識しないこととかあるだろ? それを徹底して覚えたんだよ。基礎は全てに通ず! って奴だな」
今でも反復練習を欠かす事はない。暇な時間があればボールハンドリングの練習をしたりしている。トレーナーである以上、永遠に向き合う事なのだから。ただ、まぁ、サカキの修行や考えとは根本的にこれを突き詰めた結果、回転を根本的な部分から理解して運用するというところにある。
まぁ、それはともかく、
「まぁ、そんな訳でこういうのは師匠に教わったもんを自分なりに最適化させて運用させている事なんだよな―――」
空をオオスバメが飛行している。濃霧がかかっているとはいえ、”するどいめ”でも持っていれば見つかるかもしれない。夜間で目立つ白いコートは既に脱ぎ捨てているが、それでもバレない様にナチュラルを木の影の中へと押し込み、静かにオオスバメが飛び去って行くのを確認してから再び歩きだす。段々とだが森の奥にある”殺意の根源”とでも言えるものを感じつつある。ここまで来るとナチュラルの案内は必要はない、自分一人でも到達できるだろうが、ナチュラルに案内させる様に進む。
「―――ま、俺も清廉潔白って訳じゃないしな、トレーナーを始めて三年、本気でポケモンの世界と向き合って七~八年も経過してやがるわ。俺も歳を取るわけだ」
もう28歳だ。ホウエンチャンピオンのダイゴでさえ25歳だ。大分歳を喰ってしまった。こうやって、色々と経験を繰り返して大人になって行くのだ。そんな中でもかなり波乱の人生を歩んでいる自覚はある、と言うよりも自分から求めて波乱の人生へと飛び込んだ。だけどそれでいい、自分は今、こうやって経験している自分の人生に満足しているし、自分の馬鹿が原因で殺されようとも、それで笑顔を浮かべたまま満足して死ねる自信がある。
「ま、俺はいいのさ。問題はオメーよ。原因がなんであれ、しっかり向き合う覚悟だけは用意しておいてくれよ」
「……」
返答はない。だがナチュラルは意思の強い男だ。自分の知る世界が現実とは違っていると知っても、それでも心が折れる事無く、世界を見る事を望んだ。それだけ強い心を持っているのなら、まぁ、何があっても悪い道に転ぶことはないだろうと思っている。何だかんだで、自分がいなくてもナチュラル自身、最終的には正しい道に戻るのだから、”そういう星の巡り”の下にいるのだろうから。
そんな事を思いつつ歩き続ければ、やがてトウカの森の深部へとやってくる。カナズミシティへと続く道からは大きく離れ、トウカの森の深い部分へとドンドンと踏み込んで行く。端から端へと移動するには一日の時間を必要とするだけの広さが存在するが、今回に限っては”元凶”が察知してか、浅い場所までやってきている事もある。お蔭で早く事件が終わりそうだと思いつつ、誘われるがままに奥へと踏み込む。
深部の入口付近は広場になっている。元々は深部探索者用のキャンプ地だったのだろうが、完全に荒らされ、蹂躙された形跡しか残されていない。戦闘も自由に行えるだけの広さを持ったその空間、
濃霧が蔓延する中、二律背反を解除すればその効果が切れ、霧散して行く。そうやってシルエットしか見えなかった三メートル程の巨体が見えてくる。そこにいるのはホウエン地方では比較的珍しいポケモン、”でんせつポケモン”のウインディだった。ただし通常のウインディとは違い体は鍛えられたように屈強であり、その色は黒に白い文様を持ち、そして明確な殺意を人間に対して突き刺していた。
―――色違いのウインディだ。
『―――いや、それだけじゃないぞ相棒。奴め、”天賦”だ』
ナイトが経験則からの解析を行い、ウインディの特性を、或いは生態を見抜く。ボールの中から忠告を行い、今もなおその詳細な情報を掴もうと、ナイトが探りを入れているのを認識しつつ、視線をウインディから外さない。
圧倒的強者の威圧感を纏って君臨するウインディは黒い体を引きずりながら赤い眼光を突き刺す様に自分とナチュラルへと向けてくる。それに対して―――自分達が怯む事はない。その場で足を止め、短刀を片手に、もう片手にモンスターボールを握り、ウインディが動いた瞬間に反応出来る様に構える。それを理解しているからこそ、ウインディは動く事がなく、一定の距離を保ったまま此方へと視線を向けてきているのだ。肌に突き刺す様な殺意―――そして悪意。遠くからでは負の感情と感じられたそれはウインディの放つ悪意だった。
帽子の下から睨む様にウインディを捉え、その姿を逃がさない。瞬きを行う場合も、ダビデが常に動けるように意識しておく。神速で襲いかかられたとしても、エレキネットで一瞬でもいいから動きを鈍らせればポケモンを交代させる速度の方が早い―――ナタクへと交代し、ファストガードを挟む余裕が出てくる。この先の動きを考えながらも意識を外す事なく、口を開く。
「オラ、ケツは持ってやるから好きにやりな」
ナチュラルへと声を向ける。
受け取ったナチュラルが帽子の下からウインディを見るのが見える。少しだけ、ウインディの殺意と怒りにおびえているのが見えるが、直ぐに心を落ち着かせ、そして一歩前へと進むのが見える。力強い瞳でナチュラルはウインディへと視線を向け、ウインディがそれを受け取りつつ、視線を睨む様にナチュラルへと叩きつける。並のトレーナーならこの威圧感で吐いているだろう空間、この感覚、”懐かしい”という感情を感じつつ、縮小されている状態のボールをベルトから見えない様に外し、そして落とす。
音もなくボールは落下し、トウカの森の草地の中に紛れる。
「ねぇ、教えて欲しいんだ―――君は一体、何をそんなに憎んでいるんだい?」
ナチュラルがウインディへと語り掛ける。ポケモンに対するカリスマ性を保有するナチュラル。それは伝説のポケモンにさえある程度、作用される。故にポケモンの統率者として最高のランクをナチュラルは保有していると考えても良い。故に、ポケモンと語り合う能力と合わせ、ナチュラルのポケモンに対する会話能力は高い。純粋に異能ではなく、ナチュラルと対面したポケモンは”彼とは話しあわなくてはならない”という考えを抱くのだ。
故にウインディはナチュラルと対面した一瞬だけ無言となり、
―――そしてその口の端を大きく歪めた。
「―――グルゥ、クックックギャ、キャッキャッキャッキャ―――」
まるで人間の笑い方を真似る様に歪めた口の奥から嘲笑うかのような声が響いてくる。いや、実際に人間という種族を見下しているのだ。まるでゴミを見るかの様な視線をナチュラルへと向け、そして真面目に向き合おうとしているその姿勢を馬鹿にしているのだ。故にそれが解りやすいように、人間を真似て笑っているのだ。歪な笑い声を響かせ、馬鹿め、と主張している。それを受けてナチュラルの動きが止まり、
「なんで君は―――」
「グルゥァーオ……グラァーオ!!」
ウインディが吠える。その咆哮の衝撃にナチュラルの姿が吹き飛びそうになり―――ナチュラルの腰のモンスターボールから弾けるオーラが溢れ出し、咆哮の衝撃を相殺し、ナチュラルを咆哮の衝撃波から守る。此方も当然の様にダビデにガードしてもらい、そしてウインディへと視線を向ける。完全に狩猟者として、そして獣として、食料程度にしかナチュラルを見ていない。ナチュラルがポケモンの王として保有するカリスマ、それがこのウインディに対しては一切通じていなかった。一方的な悪意と殺意、
それに理由は存在していなかった。
『気を付けろ相棒―――』
「なんで……」
『―――こいつ、ダークタイプだ』
「通りでな」
溜息を吐きながらウインディへと視線を固定する。ウインディは油断はしてはいないが、それでも余裕は見せている。見下す事に変わりはないが、それでも明確に付け入る隙を生む事はない。だが、そうか、ダークタイプだとするのならば、色々と納得できる部分がある。立てた推測は全て間違いだった。答えは一つ、ダークタイプ。それで結論が付く。
「―――話しても無駄……というか
ナチュラルの呟きにそうだな、と言葉を繋げる。
「それがダークタイプってもんよ。”トレーナー殺し”のポケモンさ」
極悪と表現できるほどに狂暴であり、凶悪である。人間に従う事を良しとせず、何らかの方法で捕まったとしても解放され次第、トレーナーを殺し、そして人間を殺す。エンカウントした場合は”殺害が推奨”されるポケモンだ。理由は必要ない。ダークポケモンは己がダークポケモンだから人間に殺意を抱く。殺したいと思う。殺意を向ける。ありったけの悪意を込めて叩きつけるのだ。
それが娯楽なのだから。
理由のない暴力と悪意。
「味わうの初めてか」
「話には聞いていたけど―――トモダチに一方的に向けられるのは初めてだね。こういう事を経験するとトモダチではあるけど、所詮僕は人間だという事を思い出させられるよ」
ウインディを睨んだまま、森の奥から音が聞こえる。先程のウインディの咆哮に合わせて森中のポケモン達がこの場所へと集まりだしているのかもしれない。逃げる事は可能だろうが―――その場合、派手に森を吹き飛ばす必要が出てくるだろう。あまり取りたくはない手段だ。だから、手っ取り早くこのウインディを殺して、トウカの森のこの統率を解除した方が圧倒的に効率が良い。だけどその前に、
「……何も言わなきゃこいつをこの場で殺すけど……どうする?」
「捕まえる。捕まえて説得するよ。他のトモダチ達とは解り合えたんだ、時間をかけて話しあえば解ってくれる筈」
―――ダークタイプのポケモンを統率するのに必要な資質は、普通の資質とは違う。エヴァの様な狂暴性を屈服させるのではなく、認めさせ、そして率いる荒くれ者のボスの様な、そういう資質が求められる。ナチュラルの様な対話による統率では恐らく、一生ダークポケモンを認めさせる事は出来ないと思う。が、それでもナチュラルの選択肢は尊重しよう。
最悪、
「そんじゃ―――」
短刀を手放した瞬間、ウインディの姿が神速と共に霞む。それに反応してエレキネットを展開したダビデが此方の肩の上からナチュラルの肩の上へと飛び移る様に移動し、そのまま押し倒すようにナチュラルを保護する。同時に電光石火の要領で体を動かし、エレキネットでワンテンポずれたウインディの頭上へと飛び上り、
「―――ヌシ戦を始めようか」
足元に転がしておいたモンスターボールが自動的に開く。ウインディの頭上でモンスターボールを開く。
下からピカネキのゴリテッカー、そして頭上からナタクの回転踵落としが、
クロスボンバーの様に決まり、ウインディの首を上下から叩きつぶす。
それを確認する事なくナタクを蹴って横へと飛ぶように転がり、スペアボールの中へとピカネキを、元のボールの中へとナタクを戻した瞬間、フレアドライブが足元のボールを破壊し、そして周囲1メートル範囲を焼き尽くす。流石ダークタイプの耐久力、そう思いつつ、
「捕獲するから殺さずに弱らせるか―――辛いねぇ」
天賦故にもう二度と同じ手段が通らないことを確信しつつ、戦闘を開始する。
vs天賦色違いダークウィンディ。
属性てんこ盛りってレベルじゃねーぞ!! ゴッゴリチュゥ
色違いなので自分は特別である。天賦の才なので頭が良くて学習し、そして多くを理解する。そしてダークタイプなので基本的に人間に対して殺意と悪意しか抱いていない。これらを合わせた場合どうなるかを答えよ。