終焉世界これくしょん   作:サッドライプ

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 後書きのところに書くネタが早くも尽きてきた。

………ぶっちゃけ主人公に言わせたいセリフがあるなら本編の流れ誘導してそこで言わせれば済む話だしなあ、メタなの以外。

 かと言って普通にして放っておくと、いつの間にか本編のシリアス食い潰す病気が湧いたりするのが。
 後書きが二万文字も入る仕様になってるからッ!!




自覚

 

 伊吹春也は、この世界についてあまりに知らないことが多過ぎる。

 

 知識とは武器であり、常識とは身を護る盾だ。

 こと、見知らぬ誰かと接するならばそれらをうまく使って善意と悪意を見極めなければ、手痛い損失を喰らうこともざらにあるのが人間だ。

 他人との交わりの一切を断てぬ限りは、その武器と護りをひたすら磨いていくしかないだろう。

 

 例えば、春也の得たばかりの一財産を狙う詐欺師まがいがいるかも知れない。

 

 そんな可能性を考えないでもないが………あまりに知らないことが多過ぎて、現状必要十分な警戒をしようとすると、石橋を叩いて壊すような何も出来なくなる可能性の方が高い。

 だから、あえて失敗すればそれは勉強料だと思って積極的に関わるのも手ではあった。

 

 というより。

 

「『鎮守府』に提督として志願?」

 

「おうよ。一緒にどうだ?春也もちびちび“骸売り”やってるより、軍人として一旗上げた方が絶対いいって!」

 

「ほんとナチュラルにド失礼だなお前……しかも馴れ馴れしいし」

 

 どう考えても蔑称をにかにか笑いながら春也に使い、しかもいきなり名前で呼んだり無駄に肩を組もうとしたりと変に近い距離感の、この航輔とかいうお天気提督と。

 

「電からもお願いするのです、伊吹春也さんと夕立さん。あなた達にとっても、決して悪い話ではないと思うのです」

 

 

「………で、俺達を誘う実際の理由は?」

 

「自分達だけだと心細いから道連れが欲しいとか電の司令官ってばへたれ過ぎてもう最高にキュンキュンなのです―――――――はぅっ!!?」

 

 

 一見礼儀正しくて常識人のようだが、話題を振るだけで容易く悪趣味な本音を滑らせるどこかおかしい電らしき艦娘を。

 

(夕立………こいつら警戒する必要って、あるか?)

 

(…………ないっぽい)

 

 疑う気力が湧かない。

 そういう意味では恐るべき才能の一組なのかも知れないが―――話に乗るのもいいかも知れないと思わせる何かが彼らにはある。

 

 とはいえ、ただで頷くのもそれはそれで癪な奴らだったので。

 

「条件がある」

 

「えー、そこは即答しろよー」

 

「するか馬鹿。――――この街のうまい飯屋とまともな宿(ねどこ)を紹介してくれ。それ次第だ」

 

 子供の頃大好きだった天の道を往く男の方針に従い、美味しい料理が食べられれば信用できる相手だと思うことにした。

 久方ぶりに保存食や丸焼き肉ではないちゃんとした料理が食べられれば、という期待を込めて。

 

 

 

 

 飯!風呂!寝る!!

 

 オッサンか、と自分でも思わないでもないが、今春也が求めているのはまさにその三つだ。

 正確にはうまい飯とのんびり出来る風呂とふかふかの寝床である。

 

 この世界に来て四日が経ち、それ以来現代の豊かな生活で当たり前に享受していたものが急になくなったのである。

 更にずっと戦いと旅を続けていたせいで、体力には余裕があっても精神的に大いに疲れている。

 

 そんな春也が航輔の紹介で訪れた店は、旅籠も兼ねた雰囲気のいい店だった。

 食材の香りが混ざった煙が木造の食堂内に染み渡り、その場にいるだけで食欲を掻き立てる。

 愛想のいい店主が丼で出してきたのは、黄金色のとろとろの卵が掛かった親子丼。

 

 鶏肉と、出汁の風味と、何より米。

 かきこむと素直なまでに口に味を届けてくる絶妙な加減の柔らかさだった。

 流石に執拗なまでに品種改良の重ねられた春也の世界のそれに一歩譲るものの、醤油とみりんの風味の染み込んだ具材達が舌にとろけて旨みを運んでくる。

 

「うまい」

 

「だろ~っ!!これで春也は俺の仲間だなっ」

 

「…………。ま、いいけどさ」

 

 寝床に関しても、すでに宿泊を取りつけているこの店の客室はちらっと見た程度だが、寝具もきちんと整えられていてそれなりにくつろげそうな場所であり、久方ぶりにゆっくり眠れるかと期待が持てた。

 

 いい店だと評価せざるを得ない、不満があるとすれば――――対面からぱんぱん肩を叩いてくる男が非常にうざったいことか。

 しかも店が合格点ならこいつの話を呑むかどうかを“考える”だけのつもりだったのに、いつの間にか仲間にまで強制的にクラスアップさせられていた。

 

「はぐはぐはぐはぐはぐっ、………っ。おかわりっぽい!!」

 

「あんま早食いするなって。てか夕立、ほっぺにご飯粒ついてる」

 

「えっ?どこ、どこ!?」

 

「ああ、動くな。ほら、取れ――――俺の指、食べるなよ?」

 

「ふぉい?」

 

「…………」

 

 四人掛けの席で隣に座る夕立もここの料理はお気に召したのか、凄い勢いで箸を進めていた。

 ふと彼女のほっぺについた米粒を春也が指で拭う………と、その米粒ごと指に夕立の唇が吸いついてきたのは、もったいない精神かそれとも習性なのか。

 いつもの鳴き声、じゃなかった口癖を春也の指を咥えたままのせいで崩しながらただ夕立は首を傾げるのみである。

 

 そんな夕立を、電が何故かじっと見ていた。

 食事の手も止めて、食い入るように春也と夕立がいちゃついている様を観察していた。

 そしてそんな相方の様子に気付いた風もなく、浮かれながら航輔がトーンの上がった声で喋り続ける。

 

「よし、そうと決まれば善は急げだ春也。食い終わったら早速出発しようぜ!」

 

「ついさっきここの宿の部屋一泊分取ったの見えてなかったのか大馬鹿。せめて明日の朝だろ」

 

「くっ、こういうのは勢いが大事なのに……っ」

 

「勢いしかない奴のセリフじゃないな、それは」

 

「分かった、分かったよ!代わりに明日の朝、ここに迎えに来るからな!

 てかむしろ俺達もここに部屋取るからな!!」

 

「………深夜に突撃してくるなよ?」

 

「!?なぜ俺の考えていることが分かったんだ!?」

 

「分からいでか」

 

 もはや春也も一切の遠慮を投げ捨ててずけずけと辛辣な言葉を浴びせているが、航輔も響くように返してくる。

 仲間かどうかは知らないが、早くも二人は友人のような距離感に何故かなっていた。

 

 

 

 

 

 食事が終わり、なおも延々話し続けようとする航輔を電が引っ張っていく形で一旦別れた後。

 

「旅の物資の買い足しと荷物番は夕立がするから、提督さんは街を見て回ってくるっぽい!」

 

「え、いいのか?」

 

「提督さん、そうしたいって顔に書いてたっぽい。その代わり、ちゃんとできたら夕立のこと、あとでいっぱい褒めてね?」

 

「ありがとな。いい子だな、夕立は」

 

「あぅ、もう……夕立はまだ何もしてないっぽい~」

 

 頭を撫でると不服そうな言葉を並べつつも嬉しそうになすがままな夕立の好意に甘え、春也は異世界の街を歩くことにした。

 時刻は昼下がり、人の流れが最も活発になる時間だ。

 

 先の店で支払った二人分の食事代の倍の金額を取り敢えず財布に持って出歩くことにした。

 この世界の物価の基準は分からないが、先ほどの店で周囲の客の身なりが良かったことからして値段もそこそこ高かった筈、足りなくなることはないだろう。

 

 そうしてまず店の多い商業区らしき部分を見て回る。

 神社正面から伸びる大通りに沿う形で並ぶ店々は、思ったよりも種類が多い。

 食事処はもちろん、雑貨屋、金物屋、服屋に玩具屋なんてものもある。

 

 受けた印象としては、昭和もののドラマと江戸時代劇を足して二で割った………と言うと逆に分からなくなるかもしれない。

 とりあえず言えるのはこの街が人間の文化圏としてまがりなりにも繁栄しているということだった。

 

 幅十メートル弱の通りは、ぼうっとしていると誰かとぶつかる程度には人出がある。

 ぱっと視界に入る通行人の人数はおよそ五、六十人。

 人混み、と言うには少し物足りないのが、“艦娘神社”という巨大な経済主体のあるこの世界で随一の商業都市の規模なのだと考えると、物悲しいものはやはりあったが。

 

 そんな中、静かに辺りを見回していた春也は一人ごちた。

 

「菓子屋はそう言えば無いか。食材売ってるところでも、調味料の品揃えは微妙だったし」

 

 人類の生息圏自体が非常に限られたこの世界で、定番の『砂糖は貴重、胡椒は黄金の価値』という鉄則はやはり生きているらしい。

 あとは生魚を売っている場所も無い―――と、春也の世界に当たり前にあってここに無いものを上げていけばきりがなかった。

 特に冷蔵庫をはじめ電化製品など戦後に普及したものは、当然軒並みアウトだ。

 

 食事情は悲惨になるよなそれ、とメシに関してだけは本気になる民族出身として気が遠くなりそうになる。

 航輔の紹介でちゃんとおいしいご飯が食べられたのは、実はかなり幸運だったのかもしれない。

 

 そしてその幸運が滅多に起きない世界で、これからも食べていかなければならないことに気付いてげんなりする春也は、その気分を振り切るように歩を進める。

 

 買い物が主目的というわけでもないので、店があるところということに拘らず、少しでもこの未知の異世界について知ろうと色々な場所を歩いた。

 広場で遊ぶ子供達を見ながらぼーっとしたり、お膝元ということで玄関や廂、屋根の飾りなどに神道色が深く見られる住宅街を眺めたり。

 

 あてもなく、そのまま進んで行き―――気付けば、春也がこの世界に来た時のような、廃材を組んで造られた家々が立ち並ぶ一角に出る。

 道幅は狭く雑然として、どことなく感じる空気が澱んでいて、衛生もしっかり機能していないのかところどころ異臭がした。

 

「………なんだ、ここ?」

 

 今まで以上の関心を持ってここがどんなところかを知ろうとする春也だが、それは彼にとってあまりに縁遠いものだったから。

 言葉面は知っていても、見てぱっと思い浮かぶような単語ではなかった。

 

 即ち、“貧民街(スラム)”。

 

「―――ッ」

 

 住人のいない家を近くで覗き込んでいた春也の後頭部に、突如衝撃が走る。

 そして背後から細い腕が、前のめった春也の懐に手を突っ込み財布を漁る。

 

 石強盗―――ほんの数秒にも満たない、慣れた手口だった。

 

 大抵の場合、最初に石で殴られた時点で深刻な負傷を食らい、そうでなくても一度抜かれた財布を取り戻す余裕などないだろう、“春也が普通の人間ならば”。

 

 拳大の石で頭を殴られても、せいぜいウレタンバットでひっぱたかれた程度にしか感じなかったし。

 

「こっ、の……!」

 

「きゃぅ………!?」

 

 咄嗟に振り払ったその勢いだけで下手人は真横に吹き飛んで、別の家の壁に激しく叩きつけられた。

 壁の補強に使われた薄い金属が軋んで鳴らす耳障りな音と、そこに不自然な姿勢でぶつかったせいで人体が破壊される本能的に嫌な音が辺りに響く。

 

「たく、なんなんだいきなり」

 

「ひぃっ!?」

 

 振り返ると、痩せて骨の形がはっきり分かる体つきの浮浪者の少女が、折れて明後日の方を向いた左足を庇いながら怯えきった目で春也を見ていた。

 着ているのか引っ掛けているのかも分からないぼろ布から伸びる手足が一本使えなくなったのはつい今しがたの話なのだろう、痛みにだくだくと汗を流しながら、それでもなお恐怖が上回るのかぶつぶつぐちぐちと何かを言っている。

 

「こ、殺さないで!お願いしますっ!」

 

「…………」

 

「お母さんが、病気のお母さんがいるの!おくすり買わないといけなくて……たすけ」

 

 

「いや、知らねーし」

 

 

 慈悲を縋る声をどうでもいいと切り捨て、ここがどんな場所かを遅ればせながら理解してきた春也はそのまま自分が怪我をさせた相手を放置して元来た道を引き返した。

 

 彼女は近い内に死ぬだろう。

 こんな場所では骨折の手当すら満足に出来るのか分からないし、あんな身形になるような生活を送っている者が片足を使えなくなって飢えずにいられるとも思えない。

 

 だから、春也はトドメを刺さずに放置した。

 

 春也の金を盗みとろうとしていた手つきの慣れ具合からしてあの手口はもう何度も繰り返しているとしか思えなかったし、そうすると少女が過去に一人も人間を殺したことがないなんてありえない。

 

 だったら死ぬべきだろう。

 仮にうまく受け身を取って五体満足だったなら、春也は逃げられる前にひと思いに殴り殺していた。

 春也が彼女を見逃したのは慈悲でもなんでもない、どちらにしても結果が変わらないから、手間を惜しんだだけのこと。

 

―――なんて、そこまでごくごく自然に考えていたのを振りかえって。

 

 

「……………やべえ。俺、キチガイだ」

 

 

 茫然と呟いた。

 

 春也は気付く、自分の思考パターンとそれを導き出す己の信条に。

 

 人の命は何よりも尊い、しかし例外がある。

 人の命は何よりも尊い、だからこそ例外がある。

 

 人の命を奪うような呪わしき“動く物体”の価値はゼロかそれ以下の『ゴミ』だし、そもそも命と呼ぶべきでない。

 母の病気とやらが本当かどうか知らないが、仮に事実だったとして、母の為に強盗殺人に手を染める幼子も殺戮の限りを尽くす深海棲艦も春也の中では同じことだった。

 

 それこそ母の命が掛かっていた?―――たとえそうでも、人を殺したのは他の道が途方もなく難しくて、人を殺して金を奪い取るのが多少楽な道だったと、そういうことだろう。

 殺した方が楽だから?―――で、そんな事情は果たして人の命より価値があるとでもいうのか。

 

………それは情状酌量とか更正の余地とか、そういう概念が微塵も入らない考えだ。

………そして、『ゴミだったら掃除しないといけない』と考える春也は、傍から見ると法の裁きを欠片も気にしないただの独善者だ。

 

 どちらにしても、春也の慣れ親しんだ日本の法治社会にあまりにそぐわない。

 人が死ぬ場面を実際に自分の目で見る機会などなかなか無い平和な社会では、芽吹くこともなかった考え方だったのに。

 しかも、春也はもうその考え方を矯正する気も矯正できる気もしなかった。

 

 気付いてしまった自分の異端。

 それは、どう抑えようとも抑えきれない郷愁に、自分の故郷の方から『帰ってくるな』と拒絶されたような、そんな錯覚を覚えさせられるのだった。

 

 

 





「人殺しは死ぬべきか?“はい”か“いいえ”以外で答えるな」


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